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37_銀崖の交易

 三叉路の町から北東の標塔が遠ざかるにつれ、道の質が変わった。

 旧街道の踏み固められた石畳から外れ、銀崖へ向かう山道に入ると、地面が岩の破片混じりの固い土に変わる。隊商の荷車が小刻みに揺れた。

「この道は昔からこうだったか」とコウキは隣を歩くナクロに聞いた。

「子どもの頃はこっちが当たり前でした。旧街道の方が例外で」ナクロが帳面を革鞄にしまいながら言った。「荷車には向かない道ですが、銀崖の石は軽くないので、荷を積んで下りるより人で運ぶことが多かった」

「重いのか」

「一番密度の高い石は、人の頭ほどの大きさで腕が痛くなるほど重い。父が若い頃から同じ仕事をしていました」

 前方でダグが斜面の上を見てから手を振った。道は安全だ、という合図。セレナが馬の手綱を引いて速度を保つ。

 夕方、低い丘の麓で野営した。ルウが夕刻に山鳥を二羽仕留めてきた。羽をむしりながら、火の前で「銀崖の石料理でも食えるかな」と言った。

「石は食えない」とコウキが言った。

「わかってる。石工の飯が地味だって話だ。肉を食わせてやる」

 火が落ち着いてきた頃、コウキは腰の革袋に手を当てた。七本の重さが手のひらに伝わる。観測網を軽く開くと、北東の方角にかすかな応答があった。次の格納庫——ルインが地図に書き入れた北北東の点——はまだ遠いが、確かに感知できる範囲にある。

 鍵器具を七本揃えてから、応答がわずかに鮮明になった気がする。本数が増えるほど、観測網が「次の場所」を指す方角が強くなる。揃えるほど見える範囲が広がる、という感覚がここにも出ていた。

「銀崖まで、あと二日か」とコウキは言った。

「今日の分を引いて、明日の昼には見えてくる」とセレナが答えた。「予定通りだ」



  * * *



 翌日の昼過ぎ、稜線の上に崖が見えてきた。

 銀崖——切り立った岩壁に沿って、人の手で石を積み上げた集落。建物が岩壁に張り付くように段々と連なり、一番上の区画では今も採掘の音が聞こえる。石を打つ硬い音が、風の中に混じって届いてくる。

「半年ぶりだ」とナクロが言った。小さい声だったが、独り言ではなかった。

「変わって見えるか」とアレクが聞いた。

「……少し。左の崖面の上に足場がない。前はあったはずの場所に」

 コウキも岩壁を見た。ナクロの言う辺り——崖の中腹より上に、採掘の足場が張られていない区画がある。その部分だけ、岩が素のままだった。

 門をくぐると、石の床に足音が響いた。集落の中は旧街道沿いの集落より空気が重い——岩が熱を吸い込んで、外より一度二度高い感じがする。石工たちが道を行き交い、荷を担ぐ若者が挨拶をした。

「風渡りの隊か」と門番の男が言った。「半年ぶりだな。顔が増えたか」

「一人増えた」とアレクが言った。ナクロを指した。「銀崖出身だ。帰省も兼ねてる」

「それはいい」と男が笑った。「広場の宿が空いている。今夜は北の棟が静かなはずだ」

 宿に荷を下ろしてから、アレクが手を叩いた。「今日は仕入れの挨拶と顔つなぎだ。明日の朝から本格的に動く。各自、時間は好きに使え」

「了解」とルウが即答した。

 コウキとナクロは二人で集落を歩いた。



  * * *



 石工の区画は集落の東側にあった。

 ナクロが路地を迷わず進んでいく。子どもの頃から通った道だから体が覚えているらしく、角を曲がるたびに「ここを左に」という説明もなく自然に折れる。コウキは少し後ろをついて歩いた。

 小さな工房の前に老人が一人、石を磨いていた。白髪で背が低く、手が大きい——石工の手だとコウキにも一目でわかる。

「父さん」とナクロが声をかけた。

 老人がゆっくり振り返った。ナクロを見て、それからコウキを見た。

「戻ったか」と短く言った。

「少しだけ。交易の寄り道です」

「そうか」老人はもう一度石に目を落とし、また磨き始めた。「上の採掘区が止まっているのは、わかるか」

「門から見えた。足場がなかった」

「三か月前から止めている」老人が言った。「岩の割れ方がおかしい。内側から押されるような亀裂が走る。外から打てば外へ割れるはずが、打つ前から内に割れる。二人が怪我をした」

 コウキは聞きながら、静かに観測網を開いた。

 銀崖の地下——岩盤の奥。意識を向けると、水脈が動いている感触があった。以前はここに流れがなかった場所に、細い青い線が走っている。水が、元あった水脈から外れて岩の隙間を新しく通り始めている。球殻の変形が、ここでも静かに進んでいる。

「岩が内側から割れる」とコウキは繰り返した。

「聞いたことがあるか」と老人が聞いた。

「……少し。地下の深いところで、何かが少しずつ動いているのかもしれない」

 老人がコウキを見た。品定めするような目ではなく、ただ確認するような目だった。

「そうかもしれない。三十年前の記録を見ると、こんな割れ方は書いていない」老人が言った。「最近のことだ」

「ナクロが、お父さんは三十年採掘をしていると言っていました」

「石は嘘をつかない。割れ方が変われば、地下が変わった」老人はそう言って、また磨き始めた。「気をつけて旅をしろ。ナクロが一緒なら、頼むよ」

「はい」



  * * *



 夜、宿の一室でアレクが地図を広げた。

 ルインの工房で書き入れた五か所の点が、旅程の上に散らばっている。トメが帳面を開き、ランプの灯りで数字を確かめた。

「北北東・四日路前後が一番近い」とトメが言った。「次が北東のさらに北寄り・三日半路。この二つは連続して当たれる」

「次の旅で二か所を押さえる」とアレクが言った。「銀崖を出たら北上する。旧街道には戻らず、そのまま北へ」

「了解」とダグが言った。

「南東と西と北西は、帰路の旅程と合わせて順番を考える。今夜はそこまでだ」

 地図を畳むと、室内が少し暗くなった。ルウが壁に背を預けて伸びをした。

「銀崖の採掘が止まっているのを聞いたか」とルウが言った。

「老人から聞いた」とコウキは答えた。

「あれも繋がってるのか。岩の割れ方がおかしいって」

「たぶん。水脈が動いている。地下の岩の割れ目を通って、新しいところへ流れが移った。それが岩を内側から押している」

 ルウは天井を見ながら言った。「タケルが言ってた球殻の変形ってやつか」

「そう。クストスが消えてラプラスエンジンも止まって二千年、少しずつ球殻が変形している。ここにも出てきている」

「二千年続いたのが、今頃こんなところにも出るのか」

「出るのが遅いのか、早いのか、コウキにはわからない」とコウキは言った。「ただ、確実に広がっている」

 ルウがしばらく黙った。それから「七本揃えたら、どのくらいわかるんだ」と聞いた。

「十二本揃ったときに、経路が見える。標塔の根のネットワークを通って、ラプラスエンジンの場所まで続く道が」

「そのまま行ける、というわけじゃないんだろうな」

「行けるかどうかは、行ってから考える」

 ルウが笑った。「前はそういう言い方しなかった。考えてから動いてた」

「アレクに似てきたかもしれない」

「ならいい」



  * * *



 翌朝、出発前にナクロが父の工房に立ち寄った。

 コウキは少し離れた路地から、二人が短く話しているのを見た。老人が何かを言い、ナクロが頷く。父から子への言葉は聞こえなかったが、ナクロが工房を離れるとき、足取りが少し軽くなっていた。

「行けるか」とコウキは聞いた。

「大丈夫です」とナクロが言った。「父は採掘の記録を丁寧につけているので、地下の変化をまとめてくれると言っていました。次に来るとき受け取ります」

「それは助かる」とアレクが言った。「旅日記に加える」

 銀崖の門を出た。崖面の上に空が広がり、北東の方角に標塔が一本見える——この集落から北へ二日ほどの場所に、いつも立っている柱。滑らかな金属の輝きが朝の光を受けて白く浮かんでいた。

 コウキは意識を北へ向けた。北北東四日路——ルインが地図に書いた点。かすかだが金属の気配がある。標塔の根元と同じ素材の、遠い感触。

「感知できるか」とダグが隣で聞いた。

「ぎりぎり。近づけば強くなる」

「ならいい」とダグは短く言い、前を向いた。斥候の足が軽く動き始める。

「行きましょう」とコウキは言った。

 隊商が動き出した。荷車の音が石の道から外れ、山を下る草の斜面を踏んでいく。銀崖の採掘音が後ろに遠ざかり、やがて風の音だけになった。

 七本が腰で揺れている。北へ向かう道が、朝の光の中に続いていた。

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