34_第四格納庫
一日目の草原は、どこまでも平らだった。
道がない。旧街道の硬い地面も、廃中継所への踏み跡も、ここにはない。ただ膝丈の草が続き、風が通り、視界の四方に標塔が点在している——北に二本、東に一本、遠く南に白い影が一本。どこへ行っても、見える。
ダグが前を走る。草を踏む音、馬が揺れる音、荷が揺れる音。隊商の、いつも通りの音だった。
「どっちだ」とアレクが馬上から言った。
コウキは観測網を遠くへ延ばした。意識を細く、遠くへ——
「北東。昨日より近い。でもまだ遠い。今日中には着かない」
「わかった。水場を探しながら進む」
トメが馬車の上から帳面を開いた。「昨日の中継所跡から北東三日路として、水場の見込みは」
「このあたりの草原なら、低い窪地に湧き水が出ることが多い」とセレナが答えた。「ダグに探させている」
一行はそのまま北東へ進んだ。標塔が少しずつ位置を変える——歩くほど、北の二本が斜めに開いていく。それだけの時間が経っていた。
午後に水場を見つけた。窪地の底に湧き水が溜まり、獣の足跡が周囲に残っている。コウキが感覚を向けると、獣の気配はない。昨夜ここに来た跡だ。
馬に水を飲ませながら、ナクロが帳面を広げた。
「廃中継所は旧街道から北へ三日路。南の格納庫は旧街道南端から西に二日。今日の目的地は中継所跡から北東三日路」
「三日路、か」とルウが草の上に座りながら言った。「毎回そのくらいだな」
「偶然じゃないと思う」とナクロが言った。「測量隊が格納庫を設置するときの基準があったはずで——馬で二日以内に到達できる距離、もしくは人が徒歩で三日以内に辿り着ける距離。そのくらいの間隔に収まっている」
「等間隔に配置した、ということか」とアレクが水筒を手にしながら言った。
「間隔というより——到達しやすい距離を守った。地形によって多少ズレるが、基準値があった。その基準が、大体三日路前後だったんじゃないかと思う」
「となると」とトメが帳面に何かを書きながら言った。「廃中継所・南の格納庫・今日の場所を三点として地図に描けば、次の格納庫がどのあたりにあるか予測できる」
「そうです」
トメがしばらく帳面を見て、顔を上げた。「今日の格納庫を基点にすると——南西方向に三日路前後が有力候補になる」
「南西」とセレナが繰り返した。「銀崖への帰路から大きく外れない距離ですね」
「帰り道に寄れるかもしれない」
アレクがうなずいた。「まず今日の場所を確認する。その後で考えよう」
夜営は草原の中に張った。焚き火の明かりが揺れる中、コウキは三本の鍵器具を取り出して並べなかった。今夜はまだ全部揃っていない。ただ革袋の重さを手で確かめ、北東の方角に金属の気配があることだけを確認して横になった。
* * *
翌朝、夜明け前にダグが出発した。
コウキたちが支度を整えて追いかけると、一時間も経たないうちにダグが戻ってきた。
「ある」と短く言った。「草に埋もれかけているが、確かにある。南の格納庫の入口と同じような石の蓋だ。ただ——入口よりも先に石の柱が立っている」
「どんな柱だ」
「高さは人の腰くらい。形は四角い。表面に刻み文字がある——測量隊の字と同じ形だ」
一行はダグの後を追った。
草を分けると、確かに石の柱が立っていた。ナクロが近づいて刻み文字を指でなぞる。
「測量隊の記号と同じ形です。道標、というよりは——目印として、ここに何かがあることを示している」
「二百年以上前から立っていたのか」とルウが石柱を見上げて言った。
「倒れていないということは、それだけ丁寧に設置したということです」
コウキは石柱のさらに奥へ進んだ。草と土の下に——感覚が返ってくる場所がある。
「ここだ」
地面を踏むと、土の下に硬いものがある感触がある。ナクロが手で草を除き、土を払った。平らな石の面が現れた。廃中継所の蓋と同じ材質——滑らかで均一な、二千年経っても変わらない金属の蓋。半分ほど土に埋まっていた。
四人がかりで周囲の土を掘り出す。蓋の全体が姿を現すと、刻み目が見えてきた。記号が十二個——だが並び方が違う。廃中継所では一列に並んでいた記号が、今回は三か所に分かれて四つずつ配置されている。
「差込口が三つある」とナクロが言った。
「三つ」
コウキは腰を落として蓋の表面を確認した。確かに、廃中継所には一か所しかなかった差込口が、今回は三か所ある。間隔は等間隔——三角形の頂点に相当する位置にそれぞれ一つずつ。
革袋から鍵器具を一本取り出した。差込口に近づけると——観測網が返す応答が、廃中継所のときと違う。反応はあるが、弱い。何かが足りない感覚。
「一本では足りない」とコウキは言った。「三か所に同時に差し込む必要があると思う」
「三本全部使えということか」とアレクが言った。
「そう思う」
アレクが一瞬考えてから言った。「やってみろ」
コウキは革袋から三本全部を取り出した。それぞれを一か所ずつ——右手に二本、左手に一本、両腕を伸ばして三か所に同時に当てた。
一瞬、何も起きなかった。
それから——蓋全体が静かに震えた。
十二個の記号が順番に青白く光り始める。右から、左から、中央から——三方向から光が広がって記号を照らし、最後に三か所の差込口が同時に光った。蓋がかすかに浮き上がった。
「浮いてる」とルウが言った。
「引き上げよう」とナクロが蓋の縁に手を当てた。
ルウと二人で蓋を引き上げると、暗い空間が現れた。石段が下に続いている。
* * *
ダグが先に降りた。
松明の明かりが地下を照らす。コウキが続いて降りると——廃中継所とは違う空間だった。
一室ではない。通路が左右に伸びている。幅は人が二人並べるくらい、高さも十分にある。壁は金属で覆われており、廃中継所の格納庫よりも格段に施工が丁寧だ。
「広いですね」とナクロが降りてきながら言った。
「奥に小部屋がある」とダグが松明を向けた。
通路の左右に、それぞれ小さな扉がある。ダグが先に確認する——左の扉を開けると、密閉容器が三個。右の扉を開けると、さらに小さな石板が壁に埋め込まれていた。
「右を先に見ます」とコウキは言った。
石板は手のひら大の金属板だ。表面に刻み目が無数にある——文字と、図形。コウキが手を当てると観測網が反応した。
情報が流れ込む。
南の標塔の根で見た「水脈の流れ図」、北東の根で見た「球殻の断面図」——それとも違う情報だ。数字の羅列。座標か、距離か。そして——図形。複数の点が一か所に集まる矢印の図。中心の点から、四方に向けて矢印が伸び、それが戻ってくる形。
「何が見えた」とアレクが低い声で聞いた。
「集まる図が見えた。いくつかの点が一か所に集まる——そういう図形。数字もあったけど、まだ読めない」
「集まる、か」
「鍵器具を集めた先に、何かがある。そういう意味だと思う。でも場所はまだわからない」
コウキはもう一度手を当てて、記憶に刻んだ。ナクロが横で帳面を開き、コウキが口で説明した内容をすべて書き取っていた。
「左を確認します」
密閉容器は三個——廃中継所と同じ構造だ。ナクロが開け方の手順を確認し、一個ずつ慎重に開封する。一個目は空。二個目を開けると、中から鍵器具が二本出てきた。
「二本」とコウキは手に取った。観測網が即座に反応する——廃中継所の一本、南の格納庫の二本と同じ「向いている感覚」がある。この二本はそれぞれ違う方角を向いていた。
「計五本になりましたね」とナクロが言った。
「三個目は」
「空です」
アレクが周囲を見渡した。「記録はすべて取れたか」
「はい」
「では上がろう」
* * *
地上に出ると、昼の太陽が真上にあった。
コウキは草の上に腰を下ろして、五本の鍵器具を並べた。掌の上に並べると——小さな棒が五本、それぞれに刻み目が違う。
観測網が五本に同時に反応した。
廃中継所の一本は北の方角。南の格納庫の一本は南、もう一本は西南西。今日の二本はそれぞれ、東南東と西。五本が五方向を指している——羅針盤を五本並べたような感覚。
「なんか変わったか」とルウが隣に腰を下ろしながら言った。
「見えた範囲が——少し広がった気がする」とコウキはゆっくり言った。「地下の石板で「集まる図」を見たあと、五本の応答を一度に受けたとき——地下の図が少し動いた感じがある。鍵器具が一本より三本のとき、三本より五本のとき、応答の量が変わる」
「揃えるほど、見えるものが増える」
「そう思う。でも——今はまだ途中だ。五本全部が指している先に何があるかは、まだ見えない」
「あと何本だ」
「わからない」コウキは少し間を置いた。「でも、揃えるほど図が動く。全部揃ったとき、あの図が完全になる——そういう感覚はある」
ルウが五本の棒を見つめた。「一本ずつ、か。地道だな」
「タケルが三十年かけたことだから」
ルウが何も言わなかった。風が草を揺らした。
アレクが近づいてきた。「次の格納庫の方角は感じるか」
コウキは五本の応答の向きを確認した。三本が固まっているのとは別の方角——南西。そこに微かな気配がある。今日の出発前より少し遠い感覚だが、確かにある。
「南西。距離は感じにくいが——三日路から四日路の範囲にあると思う」
「トメ」とアレクが言った。
トメが帳面を開いた。「廃中継所・南の格納庫・今日の格納庫の三点を描くと、間隔が大体揃っている。この三点から南西に三日半路を中心に探せば、半日路ほどの誤差の範囲にあるはずです」
「旅程は」とセレナが地図を手に取った。「ここから南へ二日、旧街道に戻って西へ一日、そこから南西へ……銀崖への帰路と方角が重なります。遠回りにはならない」
「わかった」とアレクが言った。「今夜はここで野営して、明日旧街道に向けて戻る。次の格納庫は帰路に組み込む」
「了解」とセレナが答えた。
* * *
夜の焚き火は静かだった。
コウキは五本の鍵器具を革袋に戻してから、空を見上げた。星が白く散らばっている——天井のスクリーンに映し出された光の点。人工太陽は地球の裏側を照らしている。視界の北に標塔の影が一本、暗い草原に輪郭だけで立っていた。
ナクロが帳面を閉じた。「今日の地下、石板に描いてあった「集まる図」ですが」
「うん」
「測量隊の記録石板に似た書き方をしていた。タケルさんが残した石板にも、似た記号の並びがありました。あの石板を解読すれば——集める先の場所が出てくるかもしれない」
コウキはそれを聞いて、少し間を置いた。
「タケルは知っていたのかもしれない」
「たぶん」とナクロは静かに言った。「だから石板を渡してくれたんだと思う。全部を説明する時間がなかったから、記号として残した」
焚き火が揺れた。乾いた草の匂いが風に乗っていた。
「石板はトメさんが持っている」
「ルインにも見せたが、全部は読めなかった。ナクロが帳面に書き写した記号を、もう一度今日の石板と照らし合わせてみます」
「頼む」
コウキは草の上に横になった。革袋の中に五本の鍵器具がある。それぞれが別の方角を向いている。南西の方角に、まだ行っていない格納庫がある。
集まる図の中心に、何があるのかはまだ見えない。でも——一本より三本、三本より五本のとき、見えるものが増えた。全部揃ったとき、その図が動く感覚が今日よりずっと大きくなる気がする。
「今夜は寝ろ」とアレクが言った。
「はい」
「明日また道のない草原だ」
「わかりました」
コウキは目を閉じた。五本の重さを腰に感じながら、草原に横たわった。風が通り、焚き火が静かに燃え続けた。
南西の方角に、六本目がある。




