35_集まる図の先
集まる図の先
第四格納庫での夜は静かだった。
星が白く散らばる天井を見上げながら、コウキは七本ではなく五本の重さを腰に感じていた。まだ五本だ。七本ではない。革袋が軽く揺れるたびに、あと何本という問いが頭の端に浮かんで消えた。
翌朝、夜明け前にダグがすでに荷を整えていた。
「南西に向かうか」と短く言った。問いではなく確認だった。
「まず旧街道に戻る」とアレクが言った。「そこから南西に折れる」
「了解」
一行は夜明けの草原を南へ歩き出した。標塔が視界の北に二本、東に一本——昨日と同じ場所に、同じように立っている。数千年前から変わらない金属の輝きが、低い朝の光に白く浮かんでいた。
ナクロは歩きながら帳面を開いていた。
「タケルさんの石板と、昨日の石板——右の小部屋にあった金属板の記録です」
「照合できたか」とコウキが聞いた。
「一部は。ここを見てください」
コウキは隣に並んで帳面を覗いた。タケルの石板から書き写した記号列と、昨日の格納庫で書き取った図形が、ページをまたいで並んでいる。
「この部分——」ナクロが左のページの記号を指さした。「タケルの石板に同じ記号の並びがある。集まる図と同じパターンです」
「それが中心の場所を示している?」
「たぶん。下に数値の羅列があります。座標のような形です」
コウキはナクロが書いた数値の列を眺めた。解読できない——ただ、観測網に向けてその数値を意識してみると、何かが応答した。弱く、遠く、方角として返ってくる。
「南。今いる場所よりずっと南で——下」とコウキはゆっくり言った。「地下の深いところ、という感覚がある」
「銀の船の方角か」とアレクが聞いた。
「違う。もっと遠い。銀の船より奥」コウキは少し間を置いた。「標塔の根のネットワークの——中心、みたいな感じがする」
アレクは何も言わなかった。風が草を揺らした。
「ラプラスエンジンの場所、ということか」とルウが口を開いた。
「たぶん。まだはっきりとは見えない」
旧街道に戻るまで半日かかった。道標の石積みが午前の光に長い影を落としている。トメが帳面に今日の行程を書き込み、セレナが水筒を確認した。
「南西に三日半路、半日路ほどの誤差」とセレナが地図を広げながら言った。「今日中に半分は詰められる。明日の午後に到達できる計算だ」
「銀崖への帰路と方角は合っている」とトメが確認した。「寄り道にはならない」
「行こう」とアレクが言った。
* * *
旧街道を南へ少し戻り、道標のない草原へ折れる。
コウキは南西の感覚を確かめながら歩いた。昨夜より少し近い。距離は感じにくいが、方角は揺れない。五本の鍵器具が革袋の中で揺れるたびに、観測網がかすかに応答する。
ダグが前を走った。馬が草を踏む音、荷が揺れる音。隊商の音だった。
昼過ぎ、草原の中の低い窪地に水場を見つけた。昨日とは別の場所だが、同じように獣の足跡が周囲に残っている。コウキが感覚を向けると、今は誰もいない。
昼の休憩で、ダグが腰を落とした拍子に草むらから山鳥が一羽飛び出した。反射的に腕を動かしたダグが、休憩中だというのに正確に仕留めた。
「仕事か?」とルウが聞いた。
「習慣だ」と短く答えた。
ルウが羽を引き抜きながら笑った。コウキも少し笑った。夕飯の分になる。
水場のそばでナクロが照合作業を続けていた。トメが隣に座り、数値の羅列を眺めながら「この並びは——石板の別の箇所にも同じ数字が出てくる」と言った。
「どのあたりにありますか」
「測量隊の記録石板の一番後ろのページ。ルインが読めなかった部分だ」
ナクロが帳面を開き直した。ルインが三叉路の町で解読した石板の記録と照合する。
「これ」とトメが一か所を指さした。「十二という数字に見える記号が出てくる。石板の右隅に」
「十二」とナクロが繰り返した。「廃中継所の蓋に刻まれていた記号——十二個でした」
コウキはそれを聞いて立ち上がった。
「鍵器具が十二本、ということか」
「仮説ですが」とナクロが言った。「廃中継所の蓋の記号が十二個。第四格納庫の蓋は十二個を三か所に分けた四個ずつ。鍵の総数を示しているとすれば——」
「今は五本」とルウが言った。「あと七本だ」
コウキは南西の方角に意識を向けた。一本ずつ確かめるような旅が、まだ続く。それだけのことだと思った。
* * *
翌日の午後、標塔が見えてきた。
西南西の方角に一本——草原の果てに白い輪郭がぼんやりと浮かんでいる。コウキは革袋に手を当てた。
「あの標塔の根元だ」
「距離は」とセレナが聞いた。
「二時間もかからない。でも格納庫は標塔の根元から少し外れた場所にある気がする」
「前回の第四格納庫と同じパターンか」とアレクが確認した。
「たぶん」
ダグが先に走り出た。草を分けて、草原の低い土の感触を確かめながら進む。
一時間後、ダグが草むらの中に石の柱を見つけた。
第四格納庫のものとほぼ同じ高さ、同じ四角い形。表面に刻まれた測量隊の記号が、風に削られながらも残っていた。
「二百年以上前から立っていた」とナクロが石の表面を指でなぞりながら言った。
「倒れないということは、それだけ深く埋まっているということだ」
石の柱から草を踏んで少し先に進むと——地面が変わる感触があった。コウキは立ち止まった。
「ここだ」
地面を手で払うと、平らな石の面が現れた。今度の蓋は廃中継所と同じ一か所の差込口だが、周囲の記号の並びが違う。ナクロが記号を帳面に書き写す間、コウキは鍵器具を一本取り出した。
差込口に近づけると——五本全部が同時に「返事」をした。
「あ」とコウキは思わず声を上げた。
「どうした」とルウが聞いた。
「五本全部が反応した。どれを使えばいいかじゃなくて——五本揃ったことで、解錠に必要な何かが変わった気がする」
「どれを差し込めばいい」
「たぶん、どれでも」
コウキは手に持っていた一本をそのまま差込口に合わせた。記号が青白く光り、蓋が浮き上がった。
ルウとナクロが蓋を持ち上げると、石段が地下へ続いている。ダグが松明を持って先に降りた。
「狭い」と地下から声が上がった。「でも大丈夫だ」
コウキが続いて降りると、一室だった。廃中継所より少し広い、壁の素材が金属——測量隊の格納庫の構造だ。隅に密閉容器が二個。
「右の壁に板がある」とダグが松明を向けた。
コウキは板に手を当てた。観測網が応答する——流れ込む情報は断片的だが、今日は形がはっきりしていた。球殻の断面図の一部。根のネットワークが描かれた図。そして——経路の線が一か所に集まっている。今まで見てきたどの断片よりも鮮明な、「中心への道筋」。
「見えた」とコウキは言った。「場所じゃなくて——方法が」
「どういうことだ」とアレクが降りてきながら聞いた。
「全部の鍵器具を、一か所に持ち込む必要がある。標塔の根元——どれか一つの標塔の地下で、全部を同時に使う。根のネットワークを通じて、ラプラスエンジンのある深部に到達できる、という図が見えた」
アレクが少し考えてから言った。「北東の標塔——廃中継所の根元で最初に入った場所か」
「たぶん。でも確信はまだない。十二本揃ったとき、もっとはっきり見えると思う」
「密閉容器を開けろ」
ナクロが一個ずつ確認する。一個目から鍵器具が一本。二個目から鍵器具が一本。
「七本になりました」とナクロが言った。
「上がろう」
* * *
地上に出ると、夕暮れの赤い光が草原を染めていた。
コウキは七本を掌の上に並べた。短い棒が七本、それぞれに刻み目が違う。観測網が一斉に反応した。
以前とは違う。「集まる図」が動いた——七本の応答が重なり合い、中心が浮かび上がる。薄く、けれど確かな輪郭。場所というより方向、方向というより感覚——けれど今まで感じたことがなかった解像度で、「そこへの道」が流れ込んでくる。
「見えたか」とルウが聞いた。
「動いた。図が——中心が、はっきりしてきた」
「どこだ」
「地下の深い場所。標塔の根のネットワークの先。今いる場所から感じるには遠すぎる」
ルウが七本の棒を見つめた。「七本か」
「あと五本」
「本数、わかったのか」
「十二本だと思う。ナクロとトメが石板に十二という数字があると言っていた。廃中継所の蓋の記号が十二個だったことと合わせると——」
ルウが少し間を置いた。「タケルは知っていたのか」
「たぶん」コウキは七本を革袋に戻しながら言った。「全部の格納庫の場所を地図に残してくれていた。あと五本、どこにあるかも、どこかに書き残してくれているかもしれない」
「あの人は三十年かけたことを、全部残してくれていたんだな」
焚き火の準備を始めながら、ルウが静かに言った。コウキは何も答えなかった。
夜の焚き火は草原の中で小さく揺れた。
ナクロとトメが石板の数値をもう一度確認していた。セレナが翌日の行程を地図で整理している。ダグが馬の足を確認してから戻ってきた。いつもの夜だった。
「石板の十二という数字」とトメが言った。「もう一つ手がかりがある。記号の配列の前後に、何か所かに格納庫を示すと思われる別の記号が並んでいる。全部解読できれば——残りの場所が特定できるかもしれない」
「ルインに見せるか」とアレクが言った。
「帰路に三叉路の町を通れるなら」
「寄れる」とセレナが地図を見ながら言った。「銀崖への道と外れない」
「そうしよう」とアレクが決めた。
コウキは空を見上げた。北に標塔の影が一本、暗い草原に輪郭だけで立っている。人工太陽は今頃、世界の反対側を照らしている。疑似天体層に映し出された星が白く散らばっていた。
「アレクさん」
「何だ」
「北東の標塔の地下——最初に入った場所。あそこで十二本を全部使う必要があるとして、今から戻るにはずいぶん遠い」
「あと五本集めてから考えれば十分だ」
「集まる図の中心、あそこだといいんですが」
アレクが少し笑った。ほとんど音のない、静かな笑いだった。「お前が感じる場所が正しい。これまでも全部そうだった」
コウキは七本の革袋を腰に感じながら横になった。火が揺れる。風が通る。遠く南西の方角に今日開けた格納庫がある。北東の方角に、最初の標塔がある。
十二本。あと五本。
タケルは全部を書き残してくれているかもしれない。そう思うと、先が長くても、どこか落ち着いた気持ちで目を閉じることができた。
「明日は銀崖へ向けて動く」とセレナが言った。
「わかりました」
風が草を揺らした。焚き火が静かに燃え続けた。




