33_掲示板の地図
夜明けと同時に、標塔が見えなくなった。
そういうわけではない。標塔はそこにある。白い柱が草原に立ち、朝霧の中でも確かな影を持っている。ただ、出発して一時間ほど東へ歩くと、背後の標塔は草の稜線に半分隠れた。コウキは一度だけ振り返り、そのまま前を向いた。
道のない草原を、来た道を辿って戻る。目印は観測網の記憶——水場の窪地、丘の形、朝日の角度。それだけあれば足りる。
ダグが前を走る。馬車の車輪が草を踏む音がする。隊商が動いている、いつも通りの音だった。
「昨日の水場まで昼前には着く」とセレナが馬車の上で言った。「今日中に旧街道まで戻れる」
「そうしましょう」とアレクが答えた。「三本確保した。次を探す前に一度まとめる」
コウキは革袋の感触を確認した。腰に下げた小さな袋の中に、三本の鍵器具が入っている。掌に収まる短い棒。昨日それぞれを手にしたとき、三本は微妙に違う応答を返してきた——廃中継所で得た一本は遠くの北の方角を向いている感覚があり、南の格納庫の二本はそれぞれ別の方角を向いていた。コンパスのように正確ではない。ただ、どこかへ「向いている」という感覚が確かにある。
朝露が草の先に光っていた。視界の東、遠くに標塔が一本立っている。また別の標塔だ——北の方角に白い柱。どこへ行っても、見える。一年以上この景色の中を歩いてきた。
* * *
昨日立ち寄った水場に着いたのは昼前だった。
湧き水が低い窪地に溜まっており、周囲に鹿の足跡が残っている。ダグが「今日は獣の気配がない」と言い、セレナが水を確かめた。ディンが舌先で確認して「問題ない」と告げる。
馬に水を飲ませながら、コウキはルウの隣に座った。
「なあ」とルウが草の根を指でつつきながら言った。「結局、何本いるんだ」
「わからない」
「わからないのか」
「今のところは」
ルウが少し間を置いた。「三本じゃ足りないのはわかった。でも十本なのか二十本なのか、そのくらいの話はできるか」
コウキは水面を見ながら考えた。
昨日、南の標塔の根に手を当てたとき、流れ込んできたのは水脈の地図だった。北東の標塔では球殻の断面図と標塔の配置が主に見えた。同じ球殻の中の話なのに、見えるものが違う。それが何を意味するのかを、コウキはまだうまく言葉にできていなかった。
「標塔は全部で千六百九十二本ある」とアレクが水筒を持ちながら近づいてきた。「全部が同じ情報を観ているとは限らない。それぞれが球殻の違う場所、違う種類の変化を観測している」
「そうだと思う」とコウキが言った。「北東の根からは球殻の構造が見えた。南の根からは水の動きが見えた。他の標塔からは——気温とか空気の流れとか、別のものが見えるのかもしれない」
「全体像を出すためには、いくつかの組み合わせが必要だということか」
「経路を表示させるためには、という話なら」とコウキは続けた。「北東の地下で見たとき、壁に経路の断片が出てきた。でも足りないと言った。三本になった今でも、まだ足りないのは変わらない」
「十本じゃないか、という気がするな」とアレクが言った。「千六百九十二本を均等に割って、地理的な方角で区切ると——まあ、感覚の話だが」
ルウが顔を上げた。「十本か。けっこうあるな」
「七本でも八本でもいい。問題は次がどこにあるかだ」
アレクがそう言ってから水筒を一口飲んだ。「とにかく旧街道に戻る。中継所跡の掲示板を見てから考える」
* * *
旧街道の最後の道標が見えてきたのは、水場を出てから三時間後だった。
胸の高さほどの石を積み上げた目印。ナクロが見上げて「また来た」と言った。コウキも同じことを思ったが、言わなかった。
旧街道を北へ戻る。昨日までの道なき草原と違い、硬く踏み固められた地面の感触がある。車輪の音が変わった。馬が少し歩きやすそうにした。
道標が時間ごとに現れて、遠ざかっていく。この道を整備した人間がいて、誰かが使い続けて道になった。今は三つの隊商が定期的に通り、少しずつ記録が増えている。
トメが馬車の上で帳面を開きながら言った。「中継所跡まであと一日半。夜明け前に出れば昼には着く」
「夜明け前に出る」とアレクが即座に答えた。
* * *
中継所跡に着いたのは翌日の昼過ぎだった。
石積みの基礎だけが残る広場。柵の残骸、井戸の石組み、そして掲示板の枠——角材を組んだ板面に、複数の隊商が書き残した記録が並んでいる。
トメが馬車を降りて掲示板に近づいた。風雨を防ぐ庇の下で、二週間以上前の書き込みが消えずに残っている。
「新しいのがある」とトメが言った。「三週間前だ。『石組みの商隊』と署名している」
「知らない名前だな」とアレクが言った。「読んでくれ」
トメが声に出して読み上げた。
「旧街道を北上中、街道から北東へ三日ほど歩いた草原を行商で迂回した際、石の柱が地面から突き出ている場所を見つけた。高さは人の膝ほど、形状は加工された石。周囲数十メートルに、古い石積みの跡がある。人が住んでいる気配はないが、石積みには測量隊と同じ形の刻み文字があった。道標の類いかもしれないが確認できず。記録として残す」
誰も何も言わなかった。
コウキは思わず北東の方角を向いた。意識を向ける。観測網を遠くへ延ばす——
ある。
かすかだ。行きに廃中継所を感じたときよりずっと遠い。でも確かに、金属の気配が北東の方角から返ってくる。標塔の根元と、廃中継所の格納庫と、同じ素材の、静かな応答。
「感じるか」とアレクが低い声で言った。
「ある。遠い。でも確かに」
「方角は」
「北東、三日路か四日路といったところ。正確な距離はわからない。でも——」コウキは少し間を置いた。「廃中継所を感じたときと同じ感触だ。格納庫かもしれない」
アレクがうなずいた。「行ってみる価値はある」
「旅程は」とセレナが地図を広げながら言った。「ここから北東三日路として——二日。往復四日。銀崖までの予定には影響しない」
「ナクロ」とアレクが言った。
「はい」
「廃中継所までの距離感と比べてどうだ」
ナクロが地図の上に指を置いた。「廃中継所は旧街道から北に三日路でした。今回は北東三日路——ほぼ同じ距離帯ですね。測量隊が格納庫を設置するときの間隔として、三日路前後を基準にしていた可能性があります」
「格納庫同士の距離が等間隔だとしたら、他の場所も予測できる」とトメが帳面を開いた。「地図に描き込んでおこう」
「そうしてくれ」とアレクが言った。「今夜は中継所跡で野営を張る。明日朝から北東へ向かう」
コウキはトメが掲示板に今日の記録を書き込むのを見た。「風渡りの商隊・中継所跡通過、北東の草原へ向かう予定」。書き込みの隣に「石組みの商隊」の記録がある。互いの隊商が顔を合わせたことはないが、掲示板の上で情報が重なっていた。
* * *
夜の野営。焚き火の前でコウキは革袋を開けた。
三本の鍵器具を並べる——掌の上に乗せると、小さな棒が三本、並んで光を反射する。それぞれの刻み目のパターンが違う。観測網が三本それぞれに微妙に違う応答を返してくる。廃中継所の一本は北の方角へ、南の格納庫の二本は別々の方角へ向いている感覚。
「本数が揃えば何ができるんだ」とルウが焚き火の向こうから言った。
「まだわからない」とコウキは正直に言った。「北東の標塔の地下で壁に触れたとき、経路の断片が出てきた。全部の鍵が揃ったとき、その経路が完全に見えるんじゃないかと思う。でも——」
「でも?」
「それが何につながるかは、まだ見えていない」
ルウが少し間を置いた。「正直だな」
「わからないことをわかったふりはしない」
「まあそうだな」とルウは焚き火に小枝を足しながら言った。「タケルも三十年間、わからないまま記録し続けたんだろうしな」
「そうだ」
コウキは三本の棒を革袋に戻した。かすかな音が鳴る。
「全部の部品が揃ったとき、何かが変わる感じはする」
「感じ、か」
「それしかない」
ルウがそれ以上は言わなかった。焚き火が揺れる。夜の草原に風が通った。
「今夜は寝ろ」とアレクが後ろから言った。振り返ると、アレクが星空を見上げながら立っていた。
「そうします」
「明日から二日、また道のない草原だ。感覚を使うなら休ませておけ」
「はい」
コウキは空を見上げた。星が白く散らばっている——天井のスクリーンに映し出された光の点。人工太陽は今ここよりずっと遠くを照らしていて、地表は静かな闇の中にある。視界の北に標塔の影が一本、暗い空に輪郭だけで立っていた。
三本の鍵器具が革袋の中に収まっている。北東の草原に、四本目がある。
コウキは毛布を引き寄せて横になった。
* * *
翌朝、夜明けの少し前に目が覚めた。
焚き火は落ちていて、灰の中に赤い芯がかすかに残っている。ダグがすでに起きており、北東の方角を向いて立っていた。言葉は交わさなかった。ダグが軽くうなずく。コウキもうなずいた。
隊商が朝の支度を始める音がした。馬が水を飲む音、荷を積み直す音、セレナが旅程を確認する声。
コウキは革袋の感触を手で確かめながら、北東の方角に意識を向けた。
金属の気配——遠い。でも確かにそこにある。
「行きましょう」とコウキが言うと、アレクが振り返らずにうなずいた。ダグがすでに前を走り始めていた。




