32_南の格納庫
旧街道を南へ戻る道は、三日かかった。
石積みの里のカシマに別れを告げ、三つ岩のユラへ短く立ち寄り、中継所跡で一泊した。掲示板にトメが今回の行程を書き込む。「風渡りの商隊・旧街道南端を目指す」。書いている間、隊商の誰も特に何も言わなかった。いつもの仕事のひとつだった。
コウキは歩きながら、南の方角へ意識の端を向け続けていた。
金属の気配は確かにある。遠い。でも旅の始まりのときよりずっと近い——一年前、初めてこの感覚に気づいたとき、世界はこんなに広くなかった。今は旧街道の南端から先、草原を二日分西へ進んだ場所に何かがあると、指で辿るように感じ取れる。
夕暮れの野営でルウが火を起こしながら言った。
「またいつもの旅だな」
「そうだな」
「草原、道標、水場、見張り。何も変わらない」
「変わらないのはいいことだ」
ルウが少し間を置いた。「まあな」と言い、薪を一本加えた。
それ以上のことは何もなかった。それでよかった。
視界の北に、標塔が一本立っている。昨日から変わらず、あの場所にある。南西にも遠く白い柱。どこへ行っても、見える。一年以上この景色の中を歩いてきた。
コウキは焚き火の反対側に座ったアレクの横顔を見た。タケルのことを考えているかどうかは、わからなかった。アレクは何も言わなかった。それも、いつも通りだった。
翌日の昼前、三つ岩集落に立ち寄った。ユラが門前に出てきて、アレクと短く言葉を交わした。「まだ旅を続けているか」と老人が言った。「まだです」とアレクが答えた。トメが集落との交換交易を手早く済ませた。川魚の干物と革紐、こちらからは塩と鉄の針を渡す。ユラが「次もこの道を使ってくれ」と言い、アレクがうなずいた。コウキはその間、南の方角に向けた観測網を維持したまま立っていた。気配はある。遠い、でも確かにある。
中継所跡では一泊した。掲示板に複数の隊商の記録が増えていた。トメが読み上げた。「南下の商隊が三週間前に通った。銀崖まで十二日と書いてある」。旧街道は、もう風渡りの商隊だけが使う道ではない。それがただ確認されるだけで、誰も何も言わなかった。
トメが自分の記録を掲示板に追記し、「次の旅人へ」の情報を残した。
* * *
四日目の昼すぎ、旧街道の最後の道標の前に立った。
石柱。胸の高さほどの石を積み上げて作られた目印が、草原の中にぽつんとある。ナクロが石の表面を指でなぞった。
「これで終わりだ」と静かに言った。「次の道標はない」
南の方角には草原が続いている。地面は緩く起伏して、遠くの稜線が薄くかすんでいる。道はない。人が通った跡も見えない。
「タケルの地図ではここから西に二日だ」とトメが帳面を開きながら言った。「格納庫は南の標塔の根元。正確な距離は書いていない」
「感じるか」とアレクがコウキに向いた。
コウキは西の方角に観測網を向けた。
ある。確かにある。金属の気配——標塔の根元と同じ素材の、静かな応答が西の草原の先から返ってくる。
「ある。西、少し南寄り。今日の夕方には見えてくると思う」
アレクがうなずいた。「行こう」
ダグが黙って前に出た。道標のない草原への先行偵察——いつも通りの動きだった。
* * *
道のない草原は、それほど困難ではなかった。
地面はほどよく乾いており、車軸を脅かすような深い溝もなかった。草の背は腰丈ほどで視界を塞がず、風が吹くたびに一斉に揺れる。南西の遠くに標塔が立っているのが見え、方角の目印として使えた。
ダグが前を走り、コウキが馬車の先で歩く。隊商の馬二頭が後に続く。
二時間ほど進んだところで、ダグが戻ってきた。
「北側に水場があります。浅い窪地に集まっている感じです。鹿の跡が多い」
「立ち寄る」とアレクが言った。「今日の野営はその先でいい」
水場は小さな湧き水だった。セレナが水を確認し、ディンが舌先で味を見て「問題ない」と言った。ルウが川辺の茂みを少し探ると、野兎が一羽かかった。ルウがそれを手際よく処理して革袋に入れる。コウキが草の中に根菜があるのを見つけ、掘り出して隊の荷に加えた。夕食の食材が一つ増えた。
水場の近くで野営を張り、翌朝また西へ進んだ。
二日目の昼前、低い丘の稜線を越えたとき——コウキは足を止めた。
草原の向こう、白い柱が立っている。今まで見てきたものと同じ形、同じ光沢。でもそれは今まで遠くで見ていたものではなかった。距離は——走れば息が上がるかどうかというくらい。これほど近くで標塔の全体像を見るのは、北東のものに続いて二度目だった。
「あれだ」
コウキが言うと、隊全員が立ち止まって標塔を見た。
「また来た」とルウが少し笑った。
「格納庫を探す」とアレクが言い、前に進んだ。
* * *
標塔の根元は、少し様子が違った。
北東のものは草原の平坦な地面に直接立っていた。南のこの標塔は、緩い傾斜地の頂点に建っており、根元の地面がわずかに盛り上がっている。ナクロが先に歩いてその周囲を一周した。
「南側ではなく——北西」ナクロが止まって言った。「ここだ」
地面に石の蓋があった。北東のものより一回り小さい。測量隊の記号が刻まれている。ナクロが蓋に顔を近づけて記号を読んだ。
「北東と同じ形式です。でも記号の数が違う。こちらは十六個。北東は十二個でした」
「標塔ごとに違うのかもしれない」とコウキが言った。
「鍵器具は一本で共通して使えるか」とセレナが聞いた。
コウキは鍵器具を取り出した。掌に収まる短い金属の棒——刻み目が並んでいる。この棒を持った瞬間、観測網がかすかに震えた。棒が「生きている」のを感じる。
「試してみます」
蓋の前に膝をついて、記号の中央にある小さな穴に鍵器具の先端を差し込む。
一瞬、何も起きなかった。
そして——十六個の記号が順番に、内側から青白く光った。蓋の縁に力が集まる気配。石の蓋が自重に反してわずかに浮く。
「来た」
ルウとナクロが蓋の縁を掴んで引き上げた。石の扉が持ち上がり、地下への石段が現れた。北東のものと同じ石段だった。ただ、段の数が多い——二十段近くある。
ダグが松明を持って先に降りた。
* * *
格納庫は、北東のものより広かった。
直径は十五メートルほど。天井が高く、暗い空間に松明の明かりが届く。中央の金属柱——根——が北東のものより太い。壁一面の金属記録板は、北東のものよりずっと多く貼られており、二千年分の時間の厚みのようなものを感じさせた。
「これは」とナクロが壁を見渡して言った。「北東よりずっと古い」
「標塔の設置時期が違うのかもしれない」とアレクが言った。「配置図では均等に並んでいたが——古いものと新しいものが混じっているか」
コウキは壁を見ながら先に進んだ。
部屋の奥に、密閉容器が二個、石の棚の上に置かれていた。北東の廃中継所で見たものと同じ形——金属の蓋が圧着された円筒形の容器。大きさも同じくらいだ。
「タケルの地図の通りだ」とコウキが言った。
「二本ある。確かめよう」とアレクが言った。
セレナが容器の一個を手に取った。何かが入っている重さ。蓋の端に溝があり、爪でひっかけると外れた。中に、黒い布に包まれた棒状のものがあった。取り出すと——鍵器具だった。
コウキが手を近づけると、観測網がはっきりと反応した。
「鍵器具です。間違いない」
もう一個の容器も同じだった。布に包まれた鍵器具——刻み目の数が微妙に違う。ナクロが二本を並べて帳面に書き写した。
「形状は同じですが、刻み目のパターンが違います。同じ標塔の地下を開けるためのものではないかもしれない」
「それぞれ別の格納庫に対応している可能性だな」とアレクが言った。
コウキは二本の鍵器具を手に乗せた。観測網がそれぞれに異なる応答を返した——同じ素材、同じ作り。でも「向いている方角」が違う感覚があった。
「北のものと、もっと遠くの——西か、それとも南か。方角が違う」
「全部で何本揃えれば足りるかはまだわからない」とアレクが言った。「とにかく今日は三本になった」
「廃中継所の一本と合わせて三本ですね」とナクロが確認した。
アレクがうなずいた。「先は長いが、手は増えた」
* * *
地上に出る前に、コウキは中央の金属柱に手を当てた。
根——標塔の地下に伸びる太い柱。北東のものに触れたときと同じ素材。でも返ってくるものが違った。
北東の標塔からは球殻の断面図と標塔の配置が主に見えた。この南の根からは、水脈の流れ図が強く出てくる。地下の水の動き、南から北へ流れる水脈の線、集まっては散り散まっては集まる水の動き——タケルが何年もかけて記録し続けたものの背景が、ここに蓄積されていた。
「水だ」とコウキが小声で言った。
「何が見える」とルウが隣に来た。
「水の地図。どこをどれだけの水が流れているか。この根が感じているのは——標塔が水脈の変化を観測しているのかもしれない」
「獣が変な動きをするのも、水が動いているからだと言ってたな。その水の動きをこれが観ていた、ということか」
「タケルも同じことをしていた。三十年間、同じものを手で触れながら紙に書き続けた」
ルウが少し黙った。「かぶってるな」と静かに言った。
「そうだ」
コウキは手を離した。水脈の感覚が遠ざかる。地下の空間に二人の息と松明の音だけが残った。
* * *
地上に出ると、夕方の草原が広がっていた。
西の空が橙色に焼けていて、その中に標塔の白い柱が浮かび上がっている。高く、どこまでも真っすぐ、傷一つない。二千年間ここに立ち続けた柱が、夕光を受けて静かに輝いていた。コウキは少しの間それを見上げた。
「三本」とアレクが言った。「次は四本目を探す。どこにあるかは——また考える」
「タケルの記録の中にまだ断片が残っているかもしれません」とナクロが言った。「装置がまだ動いている。コウキさんが拠点に戻れば」
「いつかもう一度行く」とコウキは言った。「でも今はこれで十分だ」
革袋を開けて、三本の鍵器具を確認した。廃中継所で得た一本、今日の二本。どれも掌に収まる短い棒で、手に取ると観測網が静かに応答する。生きた道具だとわかる。
「タケルが言ってた通りだったな」とルウが空を見上げながら言った。
コウキは少し間を置いた。
「そうだ」
それ以上は言わなかった。ルウも何も言わなかった。夕風が草原を渡り、二人の間を抜けていった。
アレクが振り返って「野営の場所を決める」と言い、先に歩き出した。隊商が動き出す。馬のひづめの音、荷の軋む音、ダグが前を走る足音。
コウキは南の標塔を最後にもう一度見た。
夕暮れの中、白い柱が遠ざかっていく。今この場所の地下に、壁一面の記録が静かに眠っている。標塔の根が今も水脈を感じ、数字を蓄え続けている。そのことを、今ここにいる隊商の他には誰も知らない。
それでいい、とコウキは思った。知っている人間がいれば、続けられる。
草原に踏み出した。三本の鍵器具が革袋の中で小さく音を立てた。




