第17話 視線
※本作には、心理的に重い描写や残酷な表現が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
それは、偶然ではなかった。
雪瑶が恵玉妃の宮の手伝いに入って数日。
同じ仕事をしているだけなのに、
視線を感じることが増えた。
廊下ですれ違う女官たちが、
一瞬だけ雪瑶を見る。
すぐ逸らす。
だが、必ず見る。
「最近よく呼ばれているでしょう」
不意に声をかけられる。
振り向くと、見知らぬ女官。
衣の質が違う。
宮付き、それも位のある妃の者だと分かる。
「恐れ多いことにございます」
無難な答え。
女官は薄く笑う。
「謙遜しなくていいのよ」
「恵玉妃様のお気に入りなのでしょう?」
雪瑶は否定しない。
肯定もしない。
沈黙が一番安全だ。
女官はそれを見て、
さらに口元を緩めた。
「……賢い子」
その言い方は褒めていない。
値踏みしている声だった。
その夜。
雑用係の寝所に戻ると、
小さな違和感に気づく。
箱の位置が僅かにずれている。
中身は変わらない。
だが、触られた形跡だけがある。
——探られている。
雪瑶は表情を変えない。
ここは後宮。
何も持たぬ者ほど、疑われる。
翌日。
香炉の灰に細い線が引かれていた。
誰かが指でなぞった跡。
宮の女官が首を傾げる。
「昨日は綺麗だったのに」
疑いの目が、一瞬だけ雪瑶へ向く。
ほんの一瞬。
だが十分だった。
理解する。
これは警告だ。
「ここに入りすぎるな」
あるいは
「誰の側にいるか考えろ」
という無言の圧力。
その日の帰り際。
遠くの回廊から、
誰かがこちらを見ている気配がした。
視線はすぐ消える。
姿は見えない。
だが確信だけが残る。
雪瑶は初めて思う。
刃は見えない。
音も立てない。
それでも確実に、人を削る。
人を追い詰める。
それでも。
雪瑶は歩みを止めない。
ここで退けば、
復讐には届かない。
選んだのは自分だ。
囲いでも、罠でも、
進むしかない。
次回更新は【金曜日22時】を予定しています。
よろしくお願いいたします。




