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切ない ―後宮に消えた忠誠と復讐の記録―  作者: 雪燈
第2章 欲と愛が交差する後宮
18/23

第18話 罠

※本作には、心理的に重い描写や残酷な表現が含まれます。


苦手な方はご注意ください。


発端は、香だった。


貴妃の宮より依頼が来る。


「恵玉妃の宮で使っている香を調えよ」


断る理由はない。


雪瑶は静かに従った。


貴妃の宮は、華やかだった。


金糸の帳。 朱塗りの柱。 重く甘い香。


そして、玉座のような椅子に座る妃。


懐妊したばかりのその腹を、誇示するように撫でている。


「あなたが例の子?」


視線は柔らかく、冷たい。


「噂ほどの腕か、見せてちょうだい」


雪瑶は何も言わず、香を調える。


強すぎず、淡く澄んだ香。


主張しない香。


それが雪瑶の持ち味だった。


香炉に灰を落とす。


整える。


部屋を出る直前。


縁に、わずかな色の違い。


粉の粒子が、ひとつだけ粗い。


——混ぜられた。


一瞬で理解する。


だが証はない。


雪瑶は何も言わず、頭を下げて退いた。


翌朝。


宮中が騒いだ。


「貴妃様の御体が優れぬ!」


「昨日の香ではないか」


名前が呼ばれる。


雪瑶は中央へ引き出される。


広間。


視線は好奇でも憐憫でもない。

ただ処刑を待つ目だった。


貴妃は扇で口元を隠しながら淡く笑っていた。


「懐妊中と知りながら、刺激のある香を?」


「恐れ多いことでございます」


否定は、空気に溶ける。


証はない。


雑用係の言葉など、羽より軽い。


「軽率は罪よ」


静かな宣告。


「杖打ち三十。香への関与を禁ずる」


三十。


ただの下女には重い。


だが、終わる。


膝をついたまま、顔を上げない。


胸の奥で、何かが軋む。


——ここで終わるのか。


姉も、一族も、失ったまま。


まだ、何も返していない。


唇がわずかに震える。


恐怖ではない。


悔しさでもない。


飢え。


終われないという、鬼気。


雪瑶は静かに口を開いた。


「……私の手を離れた後、触れられております」


広間が静まる。


「証はございません。ただ——」


一拍。


「香の灰は、嘘をつきませぬ」


視線が刺さる。


身の程知らず。


そう告げる目。


「身分を弁えなさい」


冷たい声。


杖を持つ者が一歩進む。


雪瑶は、目を閉じない。


叩かれるなら、それでもいい。


終わらぬ限り、機はある。


杖の影が、雪瑶の背に落ちる。


空気が張りつめる。


雪瑶は、ただ前を見ていた。


目を閉じない。

次回更新は【金曜日22時】を予定しています。

よろしくお願いいたします。


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