第16話 選ばれるということ
※本作には、心理的に重い描写や残酷な表現が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
呼び出しは、突然だった。
朝の仕事割りの後。 名を呼ばれることなど滅多にない雑用係の列で、雪瑶の名だけが読まれる。
「……前へ」
名簿係の女官は顔を上げない。
「今日から配置が変わるわ」
ざわ、と空気が揺れる。
雑用係の配置替えは珍しくない。 だが、個別に告げられるのは稀だった。
雪瑶は黙って頭を下げる。
「妃様の宮付き補助に回ってもらう」
小さく息を呑む音が周囲で漏れた。
補助。 正式な宮付きではない。
だが、雑用係のままでは入れぬ場所だ。
「……承知いたしました」
声は平静だった。
宮へ向かう廊下。
後ろから声が刺さる。
「いいわね、気に入られて」
「何をしたの?」
「運が良い子は違うわ」
羨望。 嫉妬。 探る視線。
雪瑶は振り返らない。
ここで否定しても、肯定しても、同じだと知っている。
宮へ入ると、空気が違った。
前よりも近い場所まで通される。
「今日からこちらで手伝ってもらうわ」
宮の女官が淡々と言う。
「雑用係のままだけれど、扱いは内側と同じと思いなさい」
つまり―― 外には戻りにくい位置。
雪瑶は理解する。
選ばれるとは、自由を失うことでもある。
その日。
簾越しに、あの穏やかな声がした。
「来てくれたのね」
喜びを隠さない声だった。
「手が足りなくて困っていたの」
責めない。 試さない。
ただ、自然に必要としている響き。
「無理はさせないわ」
その一言は優しい。
だが同時に、
“ここにいなさい” と言われているようでもあった。
夕刻。
宮を出る頃には、他の雑用係の列には戻らなかった。
戻る場所が、なくなっていた。
名簿には新しい印がつく。
仮付き。恵玉妃宮内限定。
一度入れば、他へは回されにくい。
夜。
薄い布団の上で、雪瑶は天井を見る。
一歩進んだ。
それは確かだった。
復讐へ近づいたはずだった。
なのに。
胸の奥にあるのは、安堵ではない。
囲いの中へ入ったような、静かな息苦しさ。
後宮は広い。
けれど--
行き先が決まるほど、狭くなる。
選ばれるとは―― そういうことだ。
次回更新は【金曜日22時】を予定しています。
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