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あいつが前世を愛さずとも  作者: 甘
タイヨウについて
7/49

#1 マスカレイド⑸



人生でまたとない贅沢な待遇を受け、手放しで喜びたいのに……喜びはたしかにあるのに、脳裏にはどうしても最悪なオープニングステージが離れず、歯噛みした。


サプライズはうれしいけど、絶対今じゃなかった。


ミノリさんたちに観られるってわかっていたら、こんなことにはならなかった。


せっかくのオープニングステージ。番組の主題歌や放送前に公開されるPVにも使われる大事なファーストインプレッションが、あんなゴミでいいのか。いやよくない!




「パフォーマンス部分だけ、テイク2いきましょう」




舞台下、そしてイヤモニからも突如響き渡った指示に、不完全燃焼の感情が一瞬にして鎮まった。


テイク2……?


撮り直しってこと?


安堵して騒がしくなる周りを見て、俺はやっと理解できた。


なんだよ! もう一回あんじゃねえか! ビビらせやがって!


そりゃそうだよな! あのまま放送されれば、前回より格が落ちただのデビューする気ないだの批判の嵐確定! アンチ大量発生! 自ら首を絞めることになるもんな!


あいつ……タイヨウだけが目立つオープニングステージなんか、認められるわけがねえ。




「霧矢ぁ、もっかいだって。やったね」


「山路、気ぃ抜くなよ」


「もち」


「ちゃんとやるぞ」




今度こそ、ちゃんと。



テイク2はつつがなく進んだ。


練習どおり、あるいは失敗を糧にし、ミスひとつなくパフォーマンスができた。


本来の俺の実力はこうだ。これなんだ。はじめてまともに発揮でき、肩の荷が少し軽くなった気がした。



その後、予定どおり1時間の昼休憩で身体を休め、そして、問題のミュージカルパートがやってきた。


ミュージカルパートは、それぞれのソロパートとサビ部分の収録となるため、セクションごとにメンバーを分け、タイムスケジュールを決められた。Aメロから順に撮影され、待ち時間にSNS用のコメントや意気ごみ、雑誌のインタビューなど山のようにあるタスクをこなしていくことになる。


俺の担当パートは、Bメロだ。



 Welcome,ladies and gentleman!

 Everyday and every night very entertain.

 Do you know about me and your seIf?

 そう ぐもん だね ちょっと あせあせ ばんくるわせ

 アルコールどすう つよめ ちょうだい

 ソフドリは どうしたい?

 OK,oh yeah! FreeでCheers!



リズミカルなラップ調で、サビに向けてテンションを高める、橋渡しのような部分だ。


担当者は俺のほかに、タイヨウと山路、あと4人ほどいる。


同じセクションのメンバーとして、練習期間もよくグループを組まされ、必然的に一緒にいる時間が長くなった。


よりにもよってどうしてこいつらと。何度そう思ったことか。


しかも、パートは監督(メンター)によって割り振られ、最初の自己アピールに成功したタイヨウと山路は案の定いいところをもらっていた。


タイヨウはBメロの頭。Aメロから転調し、雰囲気がガラリと変わるから印象に残りやすい。山路がやるBメロの尻部分は、コールアンドレスポンスが入り、サビの前に思い切りぶちかますことができる。


俺はといえば、印象的なタイヨウの次。5秒ほどのフレーズは、全体で見ればまだましな部類だろうが、タイヨウのあとでは確実に霞んでしまう。おそらく消去法で決められたのであろう。


練習中、いやでもその格差を目の当たりにし、そばにいることがいやで仕方なかった。なのに一緒にやらされる時間はクソ長く、カメラが回っているから態度に出すこともできない。ストレスがたまる一方だった。




「霧矢! Bメロ撮影するってさ」


「準備大丈夫?」




俺の気も知らず、山路は肩を回しながら俺の名前を呼び、タイヨウは都さんと話す傍ら要らぬ心配をしてくる。


仲間。ライバル。……あぁ、やっぱり、なれそうにない。一生。




「さて、Bメロはこれで全員ね」




カメラマンやスタッフを率いて、都さんが簡単に工程を教えてくれた。


各パート部分では口パクで歌いながら、舞台セットを自由に使ってカメラにアピールする。サビ部分ではBメロメンバーのみの構成でダンスする。どちらも手持ちカメラでの撮影となり、表情や細かい動作がよく伝わるようになる。




「ソロパートは一発撮り、サビは何度かカットを重ねることになります。特にソロパートは、ほぼ確実にどこかで使用されることになるので、気を引き締めて挑んでください。みなさんのアドリブ力に期待しています」




プレッシャーえぐ。


アドリブ力って、結局どうすりゃいいんだよ。



答えが見つからないまま、リハーサルに入った。


裏で『カンパネラ』が流れ出す。


Bメロまで飛ぶと、パートの順番に舞台上に送り出される。なめるように寄ってくるカメラに、歌詞に則った表現をし、違和感ないように去っていく。


撮影の流れをインプットしたところで、もう一度微調整とチェックが行われる。


2番目に出番のある俺は、タイヨウの撮影中から舞台セットに入る必要があるため、今しか敵情視察できない。ここぞとばかりにカメラマンの次に近い距離から観察すると、彼の余裕っぷりがひしひしと伝わってくる。


パーティー常連であるお貴族様のような立ち振る舞い。セットのひとつである丸テーブルから本物のワインの入ったグラスを手に取る、しなやかな指の使い方。接近するカメラをまるでパーティー参加者のように見立てて礼をとり、




「Welcome,ladies and gentleman!」




タイミングよく録音と合わさった口パクを、本物の挨拶へと昇華させた。


そのまま自然に俺とすれちがい、カメラのフォーカスを俺へと移す。




「Everyday and every night very entertain」




俺のパート――毎日、毎晩、すげえ楽しませてやるよ。


今がそうだった。あいつの演技に、まんまと見入っていた。その笑顔のまま口パクしていた。


俺が楽しんでどうすんだ。これだからあいつのあとはこりごりなんだよ!



舞台袖に戻ったタイヨウは、スタッフにグラスを返却し、ほかのメンバーの応援に徹していた。ゆらゆらとはためく衣装の後身頃を持ち、通路の邪魔にならないよう配慮も欠かさない。


できすぎている。


傷ひとつない完璧な仮面に、亀裂を入れてやりたい。


もしも、先ほどのパフォーマンスパートのような突拍子もない事故が起きたら。


そしたらあいつは、どうなるのだろうか。




「よし、本番いこうか!」




カメラ監督のかけ声で、全員が位置につく。


脳内にリハーサルの模様を繰り返し再生させながら、俺は動いた。


先陣を切るタイヨウのいる丸テーブル付近へ近づいていく。




「Welcome,ladies and gentleman!」




リハーサルどおりの挨拶をかました彼は、俺にバトンタッチするように横を通り過ぎていく。




「Everyday and every night very entertain」




俺はカメラに挑発的な目線を送りながら、そっと、右足を伸ばした。


爪先にふわりと軽い感触を覚え、角度を変えて強く踏みつけた。




「あっ!」




声を上げたのは、カメラマンのほうだった。しかしさすがプロ、カメラがぶれることはなく、視線だけが俺のうしろに釘付けになっていた。


その反応で気がつきました、と言わんばかりに、俺もうしろを見やる。


優雅に歩いていたはずのタイヨウが、バランスを崩し、転びかけていた。


原因は明白。俺がわざと後身頃の裾を踏んづけたからだ。


この程度のいたずらくらい許してほしい。今までの俺の苦悩に比べたら屁でもないだろう?


あのまま派手に転倒し、グラスは割れ、舞台は水浸し。大掃除をし、時間が押しに押したあと、ようやくテイク2、といったところか。どうせ笑い話にしかならないだろうが、まあいいか。



俺は、油断していた。



顔面から倒れると思われたタイヨウだったが、屈んだ体勢で即座に持ち直した。


グラスから滴り落ちたワインを一滴残らずすくい取り、天井へ垂直にグラスを投げる。


立ち上がりながら後身頃についた汚れを払うようにその場でターンを決めたあと、ワインをこぼさないようにグラスをキャッチする。


カメラを横目に捉えると、口元に人差し指を添えウインクをした。



はっと我に返ったカメラマンは、急いで3番手のメンバーに焦点を当てた。


俺は自分が画角に入らなくなったことを確認し、何事もなかったように舞台袖へ消えていく背中を、すぐさま追いかけた。


照明のない暗闇の中、必死に手を伸ばした。


グレーのジャケットをつかむと、彼は悠然と振り返る。




「お疲れ様」




いつもみたいに笑っていた。――笑うな。


身長差を埋めるように首をかしげさせ、俺の顔を覗きこむ。――見るな。


俺が何か言うのを黙って待っていた。――黙るな。



よけいみじめになる。


なんで。どうして。


こうなるはずじゃなかったのに。



カメラにどこまで映っていたのかはわからないけれど、俺の唯一のパートは俺のものだけじゃなくなってしまった。


楽しませたのは、明らかにこいつだった。


こんなの倍返しってレベルじゃねえ。


ああいうのをアドリブ力と呼ぶのなら、俺には一生無理だ。


奇跡だ。俺が引き起こした、悲劇だ。


それを何とも思っていないこいつは、いったい何なんだろう。




「霧矢くん」




不意にタイヨウに名前をささやかれた。


前方に舞台裏用のカメラがあることをアイコンタクトで気づかされ、あふれかえるものすべてを押し殺した。




「あ、さ、さっきはごめん、俺のせいで」


「大丈夫だいじょーぶ! なんとかなったし! 結果オーライ!」




タイヨウ。


ステージにいなくとも、痛いほどまぶしい。


太陽そのもの。




「ほら見て、霧矢くん。Bメロ終わるよ」


「――OK,oh yeah! FreeでCheers!」




ラストの山路のパートに合わせ、タイヨウは乾杯のジェスチャーをした。


何も気にしてないからおまえも気にするな、と上から言われているようで、水分の枯れた笑いが出た。


てっぺんで灼きつくす太陽にとって、誰もが平等に下なのだ。下等生物だと知っているからやさしく扱うのだ。




「……っ、畜生」




きつく握りしめた拳を、掲げることはできなかった。



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