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あいつが前世を愛さずとも  作者: 甘
タイヨウについて
6/49

#1 マスカレイド⑷




「オープニングステージ、パフォーマンスパート、本番いきます!」




始まりの声がした。右耳につけたイヤホンからだ。


イヤモニと呼ばれるこのイヤホンは、50人それぞれの耳に合うように、わざわざひとつひとつオーダーメイドで作られた。貢がれた大金の重みで、右耳が引きちぎれそうだ。


そこに追い討ちをかけるように、カウントダウンがつんざく。




「アクション!」




クラシカルなメロディーが、静かに流れ出す。


イントロは40秒。その長い尺を余すことなく群舞で使い切る。初っ端から振りが細かいうえに、100%のシンクロが求められる。


審査が本格始動する前から仕掛けられた好戦的なスタイルに、振付師(プロ)の本気を感じた。



やってやる……!



4拍子を変わらず刻み続けた。


イントロの冒頭、C4の高らかな音色から1、2、3と続き、俺たちはゆっくりと顔を上げていく。宇宙柄の幕しか見えなくとも、そのきらめく星々を客に見立て、最高の笑顔を作った。


4の静寂。そこに突如として登場するドラムが新しい拍を打ち鳴らしたのを合図に、全員でいっせいに両足でジャンプした。



そのときだ。


ガタン! 何かが作動した。



笑顔はあっけなく崩れた。


何かトラブルか、50人が一度に着地した反動でどこかの機材が倒れたか、いや、そんなことはどうだっていい、ストップはかかってない、気にしてはいけない、いけない!


混乱する頭を振り、その勢いのままその場で一回転する。



やけに目の前が拓けて見えた。


俺たちだけを閉じこめていた光が、夜明けを告げるように板の上からすべり落ちていく。



幕が、開いてる。



はじめて見た向こう側は、ステージよりもはるかに広大で、自分の存在がとんでもなくちっぽけに感じた。


段々畑のような造りの客席が、3階席まで等間隔で続いている。そのちょうど真ん中あたり、いくつかの人影が座していた。


体内メトロノームがずれていく。振りが乱れていく。



だめだ、集中!


集中……できるわけねえだろ!



しょせん付け焼き刃の精神だったのだ。


他にも対応しきれていない奴が何人もいた。靴がすり減るほど練習したフォーメーションは、すでに見せられるものではなくなっている。



――とっさのアドリブ力。



よぎった言葉に、パンク寸前の頭がカッと燃えた。


これもアドリブ? ふざけんな!


事故だ。罠だ。いじめだ。大事なオープニングステージが、台無しじゃねえか。


悪いのは俺か? そっちだろ!


くそ! くそ! くそっ! 本番でなければ、今度こそクレームを入れてやったのに!



照明が揺らめく。


光が、反射する。



ステージ下と通路沿いにもセットされているカメラが、光も影も余さず視ていた。


客席にいる例の人影が、何者かまでは判別できない。が、こちらを正視するその眼は、観劇よりも監視に近しい。その周りにちらばるスタッフも、似たような目つきをしていた。


黒歴史が、脳裏をせしめる。ただ自己紹介するだけの1分間。あのときも、あんなだった気がする。


俺を早々に拒んだ、あの眼だ。



格好悪く見えていることなんか知っている。こんな姿を俺だって見せたくはない。


やりたいことを何もできていない。させてもらえない。


俺も、ここにいるのに。



タンッ……!


板の弾む音に、空気が震えた。


イントロのラスト、あとはステップとターンを繰り返すだけのシーンで、その音は明らかに地上から浮いていた。


暗く沈む少年たちの中から、ぽんとひとつ宙に抜けた茶色い頭が、すべての光をさらっていった。


2列前の、右端。そこでさっきまで俺と同じように潜んでいたタイヨウが、唐突に、体を半回転させながら俺たちのひとつ上へと昇ったのだ。



いやがらせかのように奪われた視線は、振りを叩きこんだ俺の身体が自動で回ったあとも、奴を追いかけ続けた。


地上に帰った彼は、列から2歩ほど右に逸れてしまう。まるで蚊帳の外。悪目立ちもいいところだ。


しかし、彼は笑っていた。遊ぶことしか考えていない無邪気な少年が、おもしろいいたずらを思いついたときのように。


見方によってはかわいらしいと思うかもしれないが、俺にはずる賢い悪魔にしか見えなかった。


戸惑いながらも、俺たちは原型を維持しようと右へステップを踏む。


そんな俺たちのほうに体を向けたタイヨウは、ぐるぐると釣竿を巻くように腕を回し始めた。客席からは彼に釣られるがまま、俺たちが流れてくるように見えるだろう。


ふと足元を覗けば、そこにはリハーサルで指示されたバミリがあった。オーライオーライと手招きされながらの移動によって、不覚にも、崩れに崩れたフォーメーションはきれいに整列したのだ。


不快だった。きっと表情は不細工に歪んでいる。醜態を晒すまいと、つま先に擦るバミリを睨み続けた。



一方、3列目の左端に位置する、中性的な少年だけは、その場を動かなかった。ひとりだけ左側に取り残されたにもかかわらず、その少年は堂々と腕を広げ、息を吸いこむ。


これは手筈どおり。


Aメロが、始まるのだ。


ここから大サビまで、全員平等に割り振られたワンフレーズのソロパートが続く。2番が終わるとまた群舞。イントロとはまたちがう、猛々しいブレイクダンスを基調とした構成で圧倒したのち、ラスサビで満を持しての全員歌唱をし、フィナーレとなる。



立ち位置の入れ替わりが激しいなか、最終的に三角形のフォーメーションとなった俺たちは、なんとかラストまで歌いきってポーズを決めた。


音が消える。


上がる息を押し殺すように、浅く鼻呼吸を繰り返す。


暗闇に覆い隠された客席から、まばらに拍手が響いた。


また、すぐに音が消える。


左右に重心を取らず背筋を伸ばした状態での決めポーズが、足腰を圧迫していく。最後列にいる俺は早々にカメラを探すのをあきらめ、カットの声を今か今かと待った。



もう1分は経過しただろうか。


いまだカットはかからない。さすがにおかしいと俺たちは視線を交わす。


客席の闇がだんだんと晴れていく。


客席の真ん中にいた人影のひとつが、ゆらり、立ち上がった。




「『オンステージ』――それは、少年たちの夢が輝く場所。第2回目となる今回、オープニングステージ『カンパネラ』とともに舞台の幕が開かれました」




ひとりの男が、マイクを片手に檀上に上がってくる。


西洋の王族のように一個一個のパーツが大きく、華やかな顔立ち。シンプルなブラウンのスーツを装う、腰の位置が高すぎる異次元のスタイル。


明らかに芸能人オーラがぷんぷんする彼の正体に気づいたとき、俺たちははじめてテレビを忘れて取り乱した。




「このたびMCを務めさせていただくことになりました『1/2(ハーフデー)』のミノリです。よろしくお願いします」




トップアイドルといえば?


『1/2』!



国民の9割はそう答えるであろう。現在の日本のアイドル市場に最も貢献している、結成15年目の男性2人組ユニット。


その片割れが、彼、ミノリさんだ。


イギリス人の血を引くクォーターで、33歳には到底見えない美貌を持つ。ダンスの鬼才としてもおそれられ、アイドル界きっての表現者(アーティスト)として世界に名を馳せている。



彼のパフォーマンスに感動して、俺はダンスを始めた。


すべてのきっかけをくれた人。


俺の、憧れ。


そんな人と、今、同じ場所にいる。



心臓がドキドキいってる。


前回の司会進行はフリーのアナウンサー、審査にはネクストブレイクで話題のアイドルやダンサー、シンガーソングライターが携わっていたから、ミノリさんレベルが番組に参加してくれることに驚きと感動を隠せなかった。




「私のほかにも、豪華な顔ぶれがそろっています。早速ご紹介しましょう。少年たちを指導し、審査してくださる監督(メンター)の方々です!」




客席から監視するように観ていた面々に、照明が当たり、俺たちはいよいよ腰を抜かした。


本プロジェクトの発案者である根津さんから始まり、ミュージカル界の巨匠、国際映画祭で賞を総なめした名監督、トレンドを生み出し続ける音楽プロデューサー、ティーン支持率ナンバー1のファッションブランドオーナーと、各界隈の第一人者が集結していた。



全員、本物だよな? そっくりさんってオチじゃねえよな? だってこんなんやばくね? 夢だとしてもできすぎてる。


まじのガチで、あの大御所たちに指導され、審査される? デビューもしていない俺たち一般人が?


恵まれすぎだろ。前世でどれだけの徳を積んだんだ?

破格のスケールでお届けしてんな番組ぃ!!




「そして、今回は、各審査ごとにスペシャルなゲストをお招きすることになりました。幕開けとなる第1話、来てくださったのはこの方!」


「はじめまして。雨ヶ谷 丈です」




ファッションブランドオーナーの隣でそう名乗るのは、ベビーフェイスが特徴の人気俳優だ。代表作には連続ドラマ『星のない夜』、映画『SIESTA THE MOVIE』や『からあげはあげない』など錚々たるタイトルが挙げられる。たしかアラサーである彼は、女性人気が根強く、最近は結婚したい芸能人ランキングで殿堂入りを果たしたらしい。


意外にも山路が乙女のように目をキラキラさせていた。そういえば、雨ヶ谷丈が戦隊ヒーローのレッドを()っていた時代もあったっけ。




「雨ヶ谷さんは、本日このコスモシアターで千秋楽を迎えた舞台『アイドルの親』にて、主演を務めたんですよね?」


「はい。タイトルにもある、アイドルの父親という役でした。出演するにあたってアイドルについてたくさん調べましたが、アイドルの方々は本当にかっこいいですね。でもそれと同じくらい、むずかしいなとも感じました。奥が深すぎて、公演が終わった今でもはっきりとはつかめていません」


「アイドルと俳優では見せ方がちがいますもんね」


「自分は役柄でもアイドル本人ではなかったので、このオファーをいただいたときも、自分がいてもいいのか、実はけっこう悩みました。ですが、今回のテーマが“マルチに活躍するスターの発掘”と聞き、形はちがえど同じ世界を生きる者として参加させていただこうと心を決めました。『オンステージ』だからこその輝きを、学ばせていただきます」




間髪入れずに山路は激しい拍手を送った。他の奴らも放心状態のなか、ほとんど感覚のない手を叩く。


とんでもサプライズは終わらない。拍手も止まぬうちにミノリさんは話を進めた。




「今回、番組主題歌でもあるオープニングステージの楽曲『カンパネラ』は、バンド『砂漠基地』のボーカリスト、NON(ノン)さんに提供していただきました」

「NONさん……!」




瞬間、俺の手は止まり、代わりに口が動いていた。すぐに両手で口を覆った。もう拍手はできない。




「NONさんはバンド活動だけでなく、バラエティーやドラマにも引っ張りだこ。舞台『アイドルの親』では、ダンディーな芸能事務所社長を熱演した、第2回目にふさわしいマルチなスターのひとりです」




俺が自己紹介でやった『クピド』を手がけたのも、実はNONさんだ。


JPOPとジャズを掛け合わせた曲を作らせたら右に出る者はいないほど、彼の作るメロディーラインはいつもキャッチーで洒落ている。


オープニングステージの練習期間中、作詞作曲振付を誰が担当したのか、かたくなに教えてもらえなかったが、言われてみれば『カンパネラ』も、アップテンポなダンスナンバーの中にNON節が炸裂している。気づけなかった俺が鈍かった!




「あ、ちなみに、振付を担当したのは、何を隠そうこの私です。『カンパネラ』のクラシカルかつ遊び心ある曲調、そしてサビの華々しい盛り上がりを、振付にとくと詰めこんでみましたが……いかがでしたか?」


「わ……わ……まじかよ……」


「サイコーでーす! ありがとーございまーす!!」




感激して震える俺のななめ前で、山路が月並みな感想を軽々と叫んでいて腹が立った。さっきまで乙女化してたくせに。その能天気な度胸はいったいどこからくるんだ。


ミノリさんが手を振って山路に応える。それを見てさらに腹が立ってきた。無料でファンサされやがったこいつ。ずっる。




「――テレビの前のお客様も、オープニングステージを楽しんでいただけたでしょうか」




あ、ミノリさんの声が変わった。


マイクを通して伝わる声の波長が、静けさをまとって大きく広がっていく。


劇場特有の緊張感がよみがえる。




「ここから少年たちの才能と可能性を懸けた物語が始まります。期間は前回同様、約3か月。全5回の審査を、11回の放送に凝縮し、皆様にお届けしてまいります」




前回はオーディション終了後にネット配信があり、1週間遅れて地上波でも放送された。地上波での最終回のすぐあとに『GaoR』のデビュー会見が行われ、計画的に世間の注目を集められた。


今回はリアルさを追求し、ほとんど時差なく地上波とネット配信が進行される。順調にいけば最終回は生放送になる予定だ。それを利用し、今回は監督(メンター)の意見だけでなく視聴者投票も設けられ、審査結果に直接影響が出るシステムとなった。


そうしてみんなに愛されるスーパースターはできあがるのだ。




「舞台の上で輝く少年たちへ、あたたかな応援とご声援をどうぞよろしくお願いいたします」




舞台下からスタッフが「あとに続け」とカンペを出しているのに気づき、俺たちはあわてて「よろしくお願いいたします!」と頭を下げた。声も一礼もすべてバラバラで、素人感が前面に出ているが、それがかえって少年らしくていいのだろう。スタッフは親指を立てていた。




「すべてはここから、オンステージ」




その決め台詞で、ようやくカットがかけられた。


一気に力が抜ける。はあああああ、と濁点がつきそうな勢いで息を吐きだした。


疲れた。いろんな意味で。寿命が5年くらい縮んだ気がする。


カメラが止まっても、客席にはやはり著名人が座っていて、憧れのミノリさんもいて、なのに舞台上にいるのは俺で。頭がパンクしそうだった。



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