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あいつが前世を愛さずとも  作者: 甘
あいつについて
43/49

#5 カンパニー⑷



私立第二高等学校の世界が緞帳によって分け隔てられると、夢から覚ますように場内が明るくなる。


ミュージカルへの喝采は、15分間の休憩のアナウンスを境に落ち着いていった。


休憩中、テレビや配信では、少年たちの合宿所での様子やミュージカルの稽古風景が放送されることになっている。その合間にちょこちょこと、『GaoR』でよしみを結ぶファミレスやヒノデがイメージキャラクターのフルーツジュースなどのスポンサー勢のCMが挟められる。



ミノリ先輩がスタッフと打ち合わせに席を立ち、監督メンターの方々が最終結果の会議のため客席を出た。


俺たち『GaoR』も舞台裏に移動する。




「さてと。次は俺たちの番だ」




フーゴが肩をほぐしながら口角を上げる。




「朝まで練習した、大丈夫」




ダグはそう言って発声練習をする。




「ひと肌脱いじゃいますか」




ギミーは靴紐をきつく結び、数回ジャンプした。


イヤモニとマイクを装着し、ヘアメイクと衣装を手直し、喉と体の調子を診ておく。よし、準備万端。


4人で円陣を組んだ。ライブ前のルーティンのようなもので、しないと逆に物足りない身体になってしまった。


円陣のかけ声は、リーダーであるフーゴの担当だ。




「ワン、ツー、スリー、フォー! 『GaoR』go!」




ゴー!! と俺たちは頭を突き合わせ、地面に雄叫びをぶつける。


ステージに位置つくと、幕が上がる。視聴者投票が打ち切られ気が気でない一般客が、俺たちに気づくや、手放しでうれしがる。1階席の7割程度がガラ空きの仕様に、思わず本気で悲しんでしまいそうになった。


『GaoR』のライブパートは、フルサイズの楽曲を2曲分行う。最初にコールアンドレスポンスの多い、パンクなダンスナンバー『我王』でぶちかまし、洋楽の特徴を取り入れたダークでおしゃれな『黎明』でムーディーに耽る構成だ。


あまり眠れていないのに、脳は覚醒していた。2,3階席をはっきり捉えられるし、カメラの動向も寸分の狂いなく読み取れる。昨日、正確には今朝、入れ替えたフォーメーションもアレンジしたコーラスも完璧だ。


黄色いアイライナーを鋭く引いたギミーも、ゾーンに入っている。『我王』のサビ前で舌なめずりし、Cメロではジャケットから肩を露出させ、『黎明』の歌い出しで腰を揺らし、サビのかぶせでイヤモニを外した。


オープニングステージやミュージカルを目の当たりにして、アイドルの性がうずいていたのだと思う。




――個性を曲げず、けれどステージごとにちがった一面を魅せつけた“魔性のIDOL(アイドル)”。




モデル業のオファーが絶えないギミーだが、真性はステージでこそ発揮される。月日や場所や相手や気分でコーディネートを決めるように、曲調やテーマや会場や感情で表情を豹変させる。それでいて、自分らしさを忘れない。


2階のボックス席にファンを見つけたギミーは、人差し指を向けてウインクしてみせ、流れるようにカメラにも目配せする。いたずらっ子な笑みは健在だ。



ライブは大盛況で完走した。緞帳を開けたまま、俺たちは奈落で舞台を降りる。客席が見えなくなるまで手を振った。


イヤモニやマイクを取り除き、汗を拭き、ストローの差されたペットボトルから水分を補給する。同時進行でメイクさんとスタイリストさんに身なりを整えてもらう。


客席には戻らず舞台袖に向かった。スタッフの案内に従い、廊下を歩いていく。


廊下の突き当たりにあるドアが開いた。案内役のスタッフが停止信号を出し、俺たちはあわてて立ち止まる。


カメラを先頭に監督メンターの方々が、ドア影から一列になって出てきた。


会議が、終わったんだ……。



決まってしまった。

オーディションを勝ち抜いた覇者が。



ライブの熱が急速に引いていく。


縁のかすむ視界に、知人の姿が入りこむ。根津部長だ。最後に部屋を退出した彼は、会議でかけていたのであろう眼鏡を仕舞い、クォーツ式の腕時計をした手で左右のこめかみを押さえた。




「HEROが、彼か……」




楽屋に挨拶に来た人と同一人物に思えず、俺はスタッフにことわってひと声かけに行った。




「根津部長、どうしたんですか」


「あ、ああ、君か、オーガ」




手の甲に血管を浮き上がらせた根津部長は、とっさに手を下げ、うしろで組んだ。口元にできたしわが、笑いじわかほうれい線か、見分けがつかなかった。


体調不良でなければアクシデントの類だろうか。尋ねてみれば、ゆるく首を振られた。




「いや……彼と同じ名前の少年がいたことを思い出してな」


「え?」


「今だから言える話だが……第1回(君たち)のときも、本当はHEROの賞を考案していたんだ。彼に授ける予定だったから結局ボツにしてしまったがな」




……え?


聞き返すばかりの俺に、数拍置いて返ってきたのは「いやなんでもない」のセリフ。ミュージカルで聴いたのよりうんとがさつで、白々しかった。


根津部長はタバコを吸わない。なのになぜだろう、吐く息が煙たく感じてならなかった。目に水分がたまり、つんとしみる。


営業向けの繕い方でさておいた根津部長は、遠のいた監督メンターのあとを追っていった。


スタッフに呼ばれた俺は、はっとする。今は仕事中だ。よけいなことを考えてはいけない。廊下の突き当たり手前の通路を曲がり、駆け足で舞台袖へ移動した。


ミノリ先輩が舞台袖の先頭で待機していた。ディレクターと段取りを確認しつつ、俺たちを手招きした。




「ライブよかったよ」




仕事の話の前にひそひそ声で感想を伝えてくれるミノリ先輩は、きっと日本海くらい広い心に白鳥のように美しい余裕を飼っているにちがいない。俺の心にも純白な羽根をおすそ分けしてもらった気分だった。


舞台のスクリーンでは、第1話から今までを回想していた。大人と機材が混みあう1階席の前方に、オープニングステージ用の衣装をまとった少年たちが着席し、スクリーンの映像を懐かしんでいる。


その数列うしろに監督メンターが帰ってくる。



視聴率の高まるムービーが、オーディション全参加者50名の記念写真で完結する。次に映し出されたのは、俺だった。俺のいる、現在の舞台袖だ。段取りが頭に入ったディレクターの指示で、カメラマンが右肩にカメラを背負いながらミノリ先輩や『GaoR(俺たち)』をレンズにおさめている。


舞台袖にやってきた番組プロデューサーに、カメラがよそ見した。最終結果の会議にも参加していたプロデューサーは、MCであるミノリ先輩とゲストの『GaoR(俺たち)』に1枚ずつ封筒を手渡す。それぞれ異なる配色で、表に賞の名称が印字されてある。ここに封入されているのは、ついさっき記入されたであろう受賞者の名前だ。


運命を司る、重みのある一通。手が汗ばむ。


不正なく通達が託された様子を、全世界が目撃した。場内にいる一般客は息苦しそうに声を殺す。誰もかれもが神経を過剰に張りめぐらせ、寿命を刻々と縮めている。


ミノリ先輩は脇にかまえるカメラに流し目を送り、我先にスポットライトを浴びに行った。大きな背中を見送った画角で、スクリーンは消灯する。




「長らくお待たせいたしました。只今より『オンステージ 2nd』授賞式を行います」




センターに設置されたスタンドマイクからミノリ先輩の美声が反響した。




「あらためてCDデビューの確約された賞についてご説明いたします。賞は特性や展望を踏まえ、5種類に分けられています。総合的観点から最も高く評されたMVP、高いスキルとカリスマ性を発揮したVIP、ステージの華となり観客の心を奪ったVISU、表現者の素質が光るIDOL。そして、第2回目より新設された、世界を掌握する圧倒的主人公のHERO。以上の5つの賞に選出されるのは、各1名のみ。たった5人が、本当のステージに羽ばたくのです」




舞台袖からわずかに1階席が見える。少年たちは固唾を飲み、顔を青ざめさせ、祈るように手を握っている。


俺はあんなふうではなかった。胸を張り、笑みをこらえ、手は震えていたけれど、今思えばあれは武者震いだった。自分の名前が呼ばれたときの返事を、脳内で何度もシミュレーションし、現実で一番気合いの入った返事ができた。


こっちにいるほうがよほど心臓に悪い。


群青の封筒を受け取った手が、接着剤でくっついたように言うことを聞かない。せめて封筒にしわが寄らないよう力加減をおさえようにも、すでにほとんど力は入っていなかった。


ミノリ先輩はこともなげに檀上に立っている。ひっ迫した空気の中心で、ぎざぎざに角を立てた視線を一身に受けているにもかかわらず、顔色ひとつ変えずに説明を続けている。それも仕事のひとつと言わんばかりの働きぶりだった。


初解禁情報として、各賞に副賞がつくことが明かされる。前回はシングルリリースのみだったが、逆に言えば、『GaoR(俺たち)』の功績によって番組も豪勢になったのだ。俺は自分を誇らしく思う。




「それでは、5回に渡る厳しい審査を経て選定された受賞者を発表いたします」




ざわっ、と冷えた風が場内を吹き抜ける。




「MVPの発表者は、こちら。振付師の顔も持つ、『GaoR』の頼れるリーダー。フーゴくんです」




呼ばれたフーゴは、真っ赤な封筒片手に舞台へ進出した。ミノリ先輩からマイクをゆずられる。


フーゴはまず客席に向かって深く頭を下げた。耳上を刈り上げた頭を起こし、少年たちの顔をまんべんなく見渡したあと、慎重に封筒を開けていく。同色のカードに目をとおし、フーゴはマイクに口を寄せた。




「けっしておごらず、たゆまず、怖がらず、昨日の自分を超え続けた“大輪のMVP”――エイくん!」




直後、少年たちの中のひとりが顔を両手で覆った。おかっぱ頭が小刻みに揺れている。エイ、エイよかったな、泣くなよエイ、と周りにいる子たちに背中をさすられ、ますます顔を上げられなくなる。


フーゴがやさしくステージへ招くと、エイはぐちゃぐちゃに濡れた顔をしきりに手で隠しながら登壇した。ステージのセンターで嗚咽につっかえながら感謝を告げる。ありがとうございますありがとうございますと繰り返し、エイはフーゴに付き添われながら舞台後方に下がった。




「続きまして、VIPの発表者をお呼びしましょう。グループ内外問わず作詞作曲を手がける、音楽のスペシャリスト。ダグくんです」




ミノリ先輩に指名を受けたダグは、俺とギミーに行ってきますのジェスチャーをし、悠々と出かける。ミノリ先輩の隣に立つと、深緑の封筒を腹で守るようにしてお辞儀する。


あたたかな笑みを客席にふりまき、封筒に手をかけた。ダグのえくぼがゆるやかに深まった。




「好きこそ物の上手なれ、その言葉の真意を体現してみせた“一途なVIP”――ヤマジ リヒト!」




ヤマ、の段階で、ラメの光るジャケットを着た少年が立ち上がった。立ってから数秒してやっと声高に驚愕を表す。にわかに信じがたそうに目も口も大きく開いている。


おいで、とダグが呼ぶと、ヤマジはすれちがう仲間やスタッフをきょろきょろ見ながら、おそるおそる階段をのぼった。ダグに近づけば問答無用でマイクの前に立たされ、本日はお日柄もよく、なんて場違いなスピーチを始めてしまう。




「もうすぐオーガのターンだね」




ショートコントのような現実を気にかけながら、脇幕にひそむギミーが言う。


真っ青な封筒を抱く指先に血が通っていくのを感じる。封筒は折れていないし、VISUの判に影もない。俺も、前を見据えた。


ダグのフォローもありつつ、なんとか言いたいことを言えたヤマジは、エイと強めのハグを交わした。


ミノリ先輩が俺に一瞥をくれる。




「VISUの発表者は、大河ドラマ主演を史上最年少で務めた、グループきっての演技派。オーガくんです」




ギミーに背中を押され、俺は板を蹴った。鮮やかな光が、俺を歓迎する。


オーガくんどうぞ。ミノリ先輩が手ずからスタンドマイクを空ける。支えの棒にはまったマイクの持ち手に触れると、何人もの入り混じったぬくもりがじんわりと伝わった。


少年たちと対面する。つい30分ほど前までミュージカルを演じていた彼らが、今はふつうの少年らしく俺を見上げている。慰労と謝恩をこめて俺は最敬礼をとった。


髪を払うように背を起こす、その一瞬で、客席にあるカメラの位置がおおよそわかった。目を凛と細め、唇をほころばせていく。


真っ青な封筒から手のひらサイズのカードを取り出した。達筆に書かれた文字に、身の引き締まる思いだった。




――迷いのない自信、一等星級のセンスで、ステージを自分色に染め上げた“魅惑のVISU(ヴィジュ)”。




俺がこれを読むのだ。




――冬至 凰河!




俺が、先輩になるのだ。


胸が高鳴り、声が走った。




「全身で俺を見ろと叫び、観る者すべてのハートに火をつけた“不屈のVISU”――センリ!」




ミュージカルで圧巻の演技を知らしめた部長役の少年が、静かに天を仰いだ。本音をあけすけにさせた素顔を、閃光のカーテンがくるむ。


涙を拭ってから席を立った。仲間たちと握手やハイタッチをしながら、俺の元まで小走りでやって来る。マイクを断り、腹式呼吸で地声をとどろかせた。身を反らし、積年の思いを彼方まで飛ばす。俺は拍手を送った。


2階席にいるファンからおめでとうの言葉を受け取り、センリは俺とともに後列の受賞者と肩を並べた。


客席は場所によって天候がちがっていた。ミノリ先輩は雲を流すように進行する。




「IDOLの発表者は……もうおわかりですね? 『GaoR』のおしゃれ番長であり、ファッション界の広告塔。ギミーくんです」




ジャケットの胸ポケットに黄金色の封筒を差し入れたギミーは、ランウェイさながらに舞台袖から登場した。


マイクの高さを調節し、オンオフも併せてチェックする。例にならった作法をし、華麗に封筒を取り出した。マジシャンのような手つきでカードを指先に挟むと、滑舌よく口上を読み上げた。




「最初の5秒でわからされるステージ。ハイレベルなテクニックでフロアを沸かせた“百獣のIDOL”――アシワラ シズさん!」




黒髪の少年が両手でこぶしを固め、喜びをかみしめた。左右に座る子にもみくちゃにされ、あどけない笑いがあふれる。


右手と右足を同時に出しながらスポットライトの中に入りこんだ。あと一歩のところでつんのめり、ギミーが腕を引いて支えてやった。ついでに俺にしたみたいに背を押す。シズはスタンドマイクに鼻をぶつけながらも、仕切り直して今後の抱負を語った。


受賞者と発表者の列に『GaoR』がそろう。第1回目はここで終わりだった。しかし、パワーアップした2回目はまだ続きがある。




「最後に、今回新たに用意されたHEROは、僭越ながら私・ミノリが発表させていただきます」




ミノリ先輩はマイクを若干上に傾け、手筈どおり最後の賞を掲げた。


モノトーンの衣装になじむ真っ白な封筒。黒字で刻印された筆記体の「HERO」に、照明もカメラも人目も、すべて引き付けられている。


内側の文字までも透けて見えそうだった。透けさせなくても、俺にはもう見えている。


ミノリ先輩がカードを引き出す。ここに来る前に根津部長が漏らした言葉が、玉手箱のように吹き出していく。



HERO。


世界を掌握する、圧倒的主人公。


視聴者投票の結果が直結し、さらには監督メンターや仲間たちからの人望も厚い人。



受賞者は、ずっと昔から決まっていた。




「自ら輝くチャンスを生み出し、次の時代の夜明けを告げる“希望のHERO(ヒーロー)”――タイヨウくん!」




花火が上がったかのような歓声がステージを襲った。俺の横に整列している受賞者が満面の笑顔で、あるいは号泣して手を打ち鳴らす。脱落が確定してしまった少年たちも、自分たちのHEROを讃え、万歳していた。


胴上げしかねない密集に、タイヨウの頭が抜きん出ていて、表情が見えやすい。カメラマンもさぞ助かっていることだろう。


黄金比の顔に、一筋の涙が光った。


仲間に送り出され、タイヨウがこちら側に近づいてくる。階段の手前、なぜか足が止まる。訝しそうにスタッフがうかがっている。タイヨウは突然、客席側に方向転換した。その場で直立不動し、2,3階席に一礼、監督メンターに一礼、仲間に一礼、最後はスタッフに一礼する。再度舞台と向かい合うと、どこからか祝福の咆哮が響き渡り、便乗して口笛も吹かれる。



光に満ちたスターへの階段を、タイヨウは駆け上がっていく。


ミノリ先輩や俺たちにも律儀に一礼したあと、3階席よりも遠いどこかを見つめてほほえんだ。




「夢が、叶いました」




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