#5 カンパニー⑶
物語はつつがなく進んでいく。
せっかくならドキュメンタリー仕立てに記録しつつ映研を復興させようとエイとヤマジは目論んだ。
まずは部長に会い行こうとするが、部長のいる3年の教室に立ち入ることも許されなかった。実はこれまで何度か説得を試みているのだが、いつも門前払いされあきらめてしまっていた。
情報精査をかねて聞き込みと交渉を重ねていく。どうやら部長とやらは映画賞を受賞したことがあり、部長に憧れて映研に入部した生徒が多数いる、という設定のようだ。
そんな部長が、ある日突然、エイに退部届を渡したという。理由を聞いてもだんまりで、部内では様々な憶測が飛び交った。スランプ、盗作、ゴーストライター、裏金……よくない噂があとを絶たず、疑惑をうのみにした部員は早々にリタイア。部長を信じている部員も、やがてシズのように見切りをつけ、エイたちの元から去ってしまった。
映研に部員を引き戻すには、やはり原因を解明しないと始まらない。
物語の鍵を握る、退部した部長。演じるのは、パーマヘアの少年、センリ。フーゴと同い年で、そうだ、元子役の経歴は彼のだった。
彼の初登場は、思いのほか早かった。
エイとヤマジの何十回目かの訪問に、仕方なく扉をスライドして開けてやったのだ。5分でも時間ができれば部長のところに押しかていたのが功を奏したらしい。
「部長! いいかげん退部の理由を教えてください!」
「お前らもいいかげんあきらめたらどうだ」
エイの頼みをあしらう仕草はぞんざいで、諭す声には部長の名残があり、扉にもたれかかる様はお世辞にも元気そうには見えない。あーうまい。たったひと言のセリフの間に複雑な心情をさらりと露呈してみせた。
演技未経験の少年が多いなか、最終審査のミュージカルで子役のアドバンテージをもろに利用してくるあたり、なかなかに肝が据わっている。俺は好きだぜ、そういう奴。
演技で食われかけながらも、エイとヤマジはめげずに主張する。
「あきらめるのはあきらめたんです!」
「廃部が決定したらあきらめます!」
はいそうですか、と扉を閉めようとするセンリに、ふたりはあわてて扉を押さえる。
あれ、そういえば3年の教室の扉、スライド式か。部室のは片開きだったよな? 使い回しじゃないんだ。
ちょっとした道具で場所の差別化し、大きなセットを造る手間や費用や時間を削減したのか。ついでに少年たちが場面をどう表現するのかも審査できるし、一石二鳥ってわけだ。
ほかにも、ヤマジの記録用カメラで撮った映像をときおり舞台後方のスクリーンに反映させたり、学年別にカラーリングをした制服とその着方で役のイメージを助長させたり、監督の技が随所に光っている。
「……あいつは?」
緑のネクタイをゆるく着用しているセンリは、跳ね散らかった頭を掻きながらつぶやいた。
「あいつは何か言ってたか」
「あ、あいつって?」
「……何も言ってねえのか」
伏線らしきセリフを意味ありげに吐き捨て、聞き返されたら、いやなんでもないとごまかす。よくある古典的な芸もわざとらしさがなく、教科書に載せたいレベルだ。
「お前らが来ても意味ねえよ。さ、帰んなさい。授業に遅れんぞ」
見計らったように予鈴が鳴る。扉がぴしゃりと閉ざされたと同時に舞台は暗転した。
舞台から教室のセットが取り除かれ、場面転換。黄味がかった檀上では、10人前後の少年たちがなぜか二派に分かれ、対峙していた。赤・青・緑の色が混沌とした上履きの並び、担いだり放り捨てたりされたぺらぺらのカバン。放課後の廊下や生徒玄関あたりでのできごとのようだった。
「部長の噂、まだ信じてんのかよ! バカじゃねえの!?」
「お前らこそ信じきれなくて退部したくせによく言うぜ!」
口論、勃発。荒々しいBGM付き。
おそらくあの少年たちは映研を退部した元部員で、部長の悪評を真に受けた側とそうでない側で一触即発の状態にあるのだ。おおかた、部長の悪口や愚痴を言っていたところに、信仰派が出くわし、対立に発展したのだろう。
口論の激化に比例し、裏で流れるサウンドもボリュームを増していく。少年たちが威勢をそのままに声量のみを落としていく。
ジュインッとDJがレコードをこすったような調整音がうなった。ビートを刻んだリズムが舞台を乗っ取る。少年たちの葛藤は口から体に移り、リズムどおりに牽制し合う。
その光景は、まさにダンスバトル。
二派のグループ対決を経て、相撲みたく土俵をつくり一対一のフリースタイルバトルが決行される。メロディーのテンポが速まった。最初に名乗りを上げたのはシズだった。相手チームからひとり指名し、ふたりでセンターに立つ。シズは初っ端、片手で倒立して度肝を抜いた。背を反らして両足を地面につけ、背骨を失くしたように起き上がる。舞台後方に下がった少年たちが歓声とブーイング半々のリアクションをする。勢いをつけたシズは血気盛んに暴れまわった。
ミュージカル開演後最高潮の活気にまぎれ、メトロームのような律動が耳を打った。すぐそばからだ。発信源は、フーゴだった。前かがみで舞台に集中しながら、右足で規則的に地面を突いていた。右足の動きは、ダンスバトルのテーマのBPMと完全一致している。シズの技巧が炸裂すると、観衆と化した少年たちを上回る熱量でフーゴも絶賛した。
――エンターテインメントを熟知したステージングで、プロをもうならせた“脅威のMVP”。
フーゴも『オンステージ』最終審査のソロライブでフリースタイルを取り入れていた。ソロライブの間奏をアドリブのダンスでつなぐのだ。練習中からリハ、本番も、毎回ちがったダンスだった。俺を含め何人も、間奏に入るたび気になって見ていた。
『GaoR』のワールドツアーでアメリカを訪れたとき、フーゴはライブ前後にメンバーを連れてダンス大会を見学しに行ったり、道端で踊って人を集めたりしていた。そうやって日々エンタメを体感し、ダンスの引き出しを増やしている。このミュージカルも同様、ヒップホップの本場に劣らない刺激があった。
しかし、ダンスバトルの途中、思わぬ横やりが入る。
「みんな、昇降口前で何してるの!?」
旧校舎の部室に向かうエイとヤマジが通りかかったのだ。元部員たちは一気に白け、帰ろうとする。エイが先回りして阻止し、退部を考え直してもらえないか、頭を下げてお願いする。元部員たちが気まずそうに目を逸らすなか、シズがためらいがちに口を開いた。
「部長が戻ってこない以上、いる意味なんか……」
「シズは気にならないの!? 部長の事情!」
シズの視界からもエイがいなくなった。
「気になってるんでしょ? 一緒に突き止めようよ!」
「退部するなら、全部知ってからしろよ。そしたら文句言わないから」
そのときは元部員全員がエイとヤマジを置いて去ってしまったが、翌日、シズを始めとする部長の復帰を望む派閥が映研の部室に戻ってきた。
部長と、悪評を信じている一派とは、いまだにすれちがったままだ。そこでまずは、部長の退部と同時期に知れ渡った怪しい疑惑について調査をすることになった。
噂の出どころを探るのは本来不可能に等しいが、今回は身内に犯人がいた。悪評を信じている一派のひとりが、部長の本性を盗み聞いてしまったのだという。シズとヤマジでその犯人を半ば強引に部室まで連れこみ、詳しく話を聞いた。
「つまり……部長が退部届を出した前日に、部長が部室で誰かと言い合っていたと?」
「盗作とか裏金とかを聞いて怖くなって、ほかの部員にも話したのか」
「でも会話を全部聞いたわけじゃねえんだろ?」
話し合いが加速する。悪行の疑惑はかつて部長が受賞した映画賞と何かしら関係があるのではないかと考えたエイが、学校から支給されたノートパソコンで当時のコンテストを調べ始める。
カタカタとキーボードを叩く音。
ピコピコと電子の弾ける音も。
「ちがうよ」
少年の群れから遠く離れた、舞台上手側の奥。丸みを帯びたうす黒い影が、わずかに揺れ動いた。
あ……そうだった。
俺は今の今まで忘れていた。
そこにはあいつもいるんだった。
「その疑惑は、センリのじゃない。僕だよ」
舞台セットの一部になっていた孤立した椅子に、ずっとうずくまっていたパーカーの少年――タイヨウが、突如として話に入ってきた。
俺の、観客の死角を狙った、演出。なぜ忘れていたのかふしぎなほど、彼の存在がみるみる舞台を侵していく。
今のがタイヨウの初セリフ? だよな? うっわ、強烈。
部員たちも困惑している。
フードを目深にかぶったタイヨウは、パーカーの中にこもらせていた足をあらわにした。パイプ椅子を軋ませながら、よいこらしょ、と腰を上げる。巻き肩でもほかの少年を優に超える、ひょろりとした背丈。フードによる物理的な陰も相まって、殺伐とした気迫がある。
沈黙にゲームオーバーの音が落ちる。
タイヨウは部員たちを尻目に外に出て行ってしまった。
その後、インターネットの情報で、例のコンテストにタイヨウも作品を出品していたことがわかった。
前提として、そのコンテストは30年も続く伝統あるイベントで、応募作の中から専門家によって選び抜かれた十数作が、一般投票でランキング付けされ、上位の作品が入賞するという仕組みになっている。そして当時の1位がセンリ、最下位がタイヨウの作品だった。
タイヨウの作品については、コンテストのサイトにあるコメント機能やネットの掲示板で執拗に叩かれていた。コメントの一部が舞台上のスクリーンに投影される。スランプ、盗作、ゴーストライター、裏金……噂で耳にしたワードだらけだった。
タイヨウの疑惑、セリフ、彼自身も謎めいていて、かえって忘れられなくなる。俺以外の観客、部員たちも似たような気持ちだろうが、舞台は煽りつけるように展開していく。
部長の悪評を信じ込む元部員たちにも、新事実が拡散されていく。シンセサイザーを使用した反復のメロディーに機械的な歌とダンスで、陰湿な伝言ゲームのような図ができあがっていた。
音楽は放課のチャイムで解散する。
扉が引き戸になった。3年の、部長のいる教室だ。
ノック音と「部長」と呼ぶ声がして、センリはまたエイとヤマジかとうんざりしながら扉に隙間を空けて覗いた。だがそこにいたのは、部長の悪評にだまされていた元部員のうち、青いネクタイをした数人だった。
センリに気づいた彼らは、開口一番、謝罪した。悪い噂を流したこと、信用することができなかったこと、そして本当に悪いのはタイヨウだと聞いたこと。盗み聞きから始まった疑惑をうのみにした彼らは、又聞きした新事実もまた、易々と受け入れてしまうのだった。
バンッ! と扉が全開になる。
「あいつが言ったのか? 自分がやったことだって」
センリの声はマイクがぎりぎり拾える低さだった。
萎縮しながらうなずく元部員に、センリはついに教室を飛び出した。舞台袖へ走ってはけていく。
そろそろ物語は佳境か。
引き戸から開き戸に替わった檀上に、センリがまた走って登場する。部室にはタイヨウしかいなかった。今までどおり端っこに隔離された椅子にちょこんと座り、うすっぺらい端末で音を鳴らしている。
センリはずけずけと近づき、タイヨウの胸ぐらをつかみかかった。
「お前はなんで……! そうやって……!」
ゲーム機がすべり落ちる。表面から落下した。液晶画面にヒビが入ったにちがいない。
「俺が辞めた意味わかってんだろ!? なのに……なんで……!」
タイヨウのフードが頭から取れた。それでも表情はつかめない。顔を紅潮させて怒号するセンリの前では、タイヨウの顔に色はないも同然だった。
エイたちがぞろぞろとやってくる。部室に部長がいることにまず喜び、タイヨウともめている状況に混乱し、扉手前で固まった。
しんと静まり返る。
センリは力任せに手を放す。タイヨウは体勢を崩し、とっさに両足を服の外に放ってバランスを保った。
はあはあ、とセンリの乱れた呼吸だけが、劇場に反響する。はあああ、とひときわ長く吐くと、声帯を弱く震わせた。お前はなんで、と。同じセリフに音階がつけられた。
センリのアカペラに遅れて、ギターのコードが奏で始める。センリは苦しそうに腕を躍らせ、その動きに委ねてタイヨウの上半身がねじられ、エイたちは波を荒立てないようにふたりの周囲を放浪する。
センリは歌う。
タイヨウの疑惑はでっちあげだと。
タイヨウの作品ははじめ、投票数1位だった。それに嫉妬したセンリの作品のファンが仲間を募り、根も葉もない噂をネットで流し、情報操作した。タイヨウは心が折れ、映像制作から距離を置き、ゲームに没頭するようになった。
センリがそれを知ったのはつい最近だった。そのコンテストで結果1位となったセンリに、わざわざランキングの裏側を知らせるのは酷だと思ったタイヨウが、さりげなくセンリからネットを遠ざけたのだ。
しかし、現代は情報化社会、完全にネットと乖離するのは難しい。ある日の部活終わり、センリとタイヨウのふたりが残った部室で、何気なくサイトを見てしまったセンリはタイヨウを問い詰めた。どうして相談してくれなかったのか、そんな形で受賞したってうれしくない、と。
それを部員のひとりが立ち聞きし、悪評が触れ回ってしまうのだが。のちにセンリの耳にも入った。否定はしなかった。今度は自分が犠牲になろうとした。
真実を知った翌日、センリは退部した。コンテストでの一件の責任を取って。
「知っていたならどうして部長を止めなかったんです!?」
退部の経緯を理解したエイが、センリに次いで歌唱に加わり、タイヨウにバトンを渡す。センリのアカペラ以降、受け身な動きを続けていたタイヨウが、ようやく自分の意思でセンリに手を伸ばした。
「引き留めたりしないよ。僕だって勝手に秘密にしてたんだ。お前の勝手を咎められるはずないだろう」
その手をセンリがつかもうとして、すり抜けられる。パイプ椅子を巻きこんだふたりのダンスが始まった。苛立ちを強調しているセンリの演技に、タイヨウのやるせない空気感が微妙に噛み合わず、徐々に舞台から浮いていく。
静と動、交わらない線。
観ていてハラハラさせられるものの、ふたりを主軸にした場面でちゃんとふたりに注目できているなら御の字。俺はまんまとふたりの手のひらの上にいるのだ。
それにしても、番組で視聴者投票している最中に、匿名投票や組織票の悪例を扱うとは。皮肉がきいてる。根津部長、よくOK出したな。どちらかというと保守寄りの人だと思っていたのに。
「事情はわかりました」
水と油のようなセンリとタイヨウに、エイが割って入って中和した。音楽がフェードアウトしていき、センリとタイヨウがゆっくりと目をそらす。
「退部を含め、部長たちのやさしさなんでしょうけど、でも、それじゃあ何の解決にもなってないじゃないですか。本当に悪い人たちは何の反省もせず、今ものうのうと誰かを傷つけているかもしれないのに」
素性の知れない不特定多数の誹謗中傷は、芸能界ではよくあることだ。悲しいけれど。
俺も被害に遭ったことがある。今も。現在進行形で。毎日誰かしら俺をきらい、嗤い、蔑んでいる。俺はあまり考えないようにしているが、やさしい奴ほどすべて把握しようとし、結局心を病んでしまう。
むやみやたらに人を傷つける連中は、罰しても完全にいなくなることはない。ネットを介していればなおさらだ。頭と心の腐った奴がひとり現れれば、ゴキブリみたくわんさか出てくるし、データで残った言葉や画は定期的に世に出回る。
どうするのが最善なのか。武器を持って突進したい気持ちをおさえ、俺は考え続けている。デビューしてからずっと。
「映画、もう一度作りましょう! 今度は、みんなで!」
エイは実力で黙らせる選択を取った。真っ先に賛成したヤマジに続き、ひとりまたひとり、エイたちのほうへ駆け寄っていく。センリとタイヨウは部員たちに囲われ、逃げ場を失った。
スローテンポなミュージックが、部室のセットをそのままに舞台上の時を流す。数日経過したくらいに、部長を疑っていた少年たちもよそよそしく部室に顔を出した。
ヤマジがテーブルにノートパソコンを置き、記録してきたカメラ映像を再生させた。スクリーンに無音で少年たちの思い出が流れていく。
エイがセンターで踊り出す。エイの近くにいる人から振りが伝染し、やがて15人全員がシンクロする。意欲のみなぎるフレーズをひとりずつ歌いつなげ、サビで心をひとつにパワーを放出させる。
輪になるように外周を巡回し、空いた真ん中にセンリとタイヨウのふたりが倒れこんだ。時計の針のように床に寝そべり、手足をくねらせながらうつ伏せになる。
ふたりが顔を合わせる。まずセンリが上体を起こし、タイヨウに手を伸ばした。タイヨウの手が風になびくように浮いていく。センリはじれったそうにタイヨウの手を取り、一緒に立ち上がった。ふたりは力なく笑い、背をくっつけ、周りの少年たちが歌うサビにフェイクを響かせた。
ヤマジが宙返りをしながら舞台を横断し、歌は2番に突入した。
廃部だった面影はどこにもない。みんなが心置きなく楽しんでいた。ソロとオールを循環させた大サビは特にきらきらしていて、明るい未来を連想させる。
青春の1ページをしかと刻み、ミュージカルは幕を閉じていく。第2部の予感を感じずにはいられなかった。




