告白
ファンの皆様へ、大切なお知らせ。
平素より『GaoR』を応援していただき誠にありがとうございます。
このたび、『GaoR』は、3月31日の新曲リリースイベントをもちまして、グループ活動を無期限休止いたします。
突然のご報告となり大変申し訳ございません。
『GaoR』は、約10年前、サバイバルオーディション番組『オンステージ』で受賞した面々がグループを組み、アイトウエンターテインメントよりデビューしました。
振付師の顔も持つリーダー、フーゴ。
作詞作曲を手がける、ダグ。
ファッション界の広告塔、ギミー。
グループきっての演技派、オーガ。
以上の4名で、今までグループ活動に尽力してまいりました。
シングルのミリオンセラー達成、ワールドツアー成功、ミュージックビデオ再生回数億突破、歌番組の大トリに抜擢、表紙を飾った雑誌の重版、ブランドのアンバサダー就任、ドラマ・舞台主演……。そのほか数え切れないほどの名誉と経験をいただきました。
すべてファンの皆様の応援があったからこそ、メンバーそれぞれが努力でき、成し遂げることができましたのだと思います。
「『GaoR』を人気者にしたい」
「トップに立つ」
「強く輝き続けなければいけない」
「みんなを笑顔にする」
全員が同じ思いでした。
だから、どんなことも乗り越えられました。
なぜなら、『GaoR』は、犠牲の上に生まれたグループだからです。
グループ誕生のきっかけとなった『オンステージ』では、各回の審査結果の下、多くの仲間たちとの別れがありました。
しかし、それだけではありません。
本来『GaoR』には、もうひとりメンバーがいるはずでした。公には第2回目より新設したとされる、HEROを授賞予定だった者です。
彼は、棄権しました。『オンステージ』最終回直前のことでした。番組プロデューサーいわく、やむを得ない事情だと。それ以上のことは聞かされませんでした。当然、棄権した彼の名がデビュー候補に上がっていたということも。そのときは何も知りませんでした。
知っていることといえば、彼が誰よりも真摯に夢と向き合っていたことです。だからこそ、夢をあきらめざるを得ない何かがあったのだろう。でもそれならそうと挨拶くらいしてほしかったし、伝えたい感謝も山のようにあった。みんな、別れを惜んでいました。
そうして、『オンステージ』は最終回を迎えました。
プライバシーの観点から、番組上では、彼の存在は秘匿されることになりました。
彼との思い出がすべてなかったことになるのは、とても寂しく、悔しい気持ちでいっぱいでした。それでも彼の分までがんばろうと、覚悟を決めたのです。
幸いにも4人とも同じ方向を向いており、グループとして活動することに異論はありませんでした。
グループ6周年を過ぎた、ある日。
HEROになるはずだった仲間が、あの日姿を消した本当の理由を知りました。
とても残酷で、今でも信じがたいです。けれど、それは、嘘偽りのない真実でした。
この言葉の真意は、本日正午より行われる記者会見にて、あらためてお話いたします。
ここで明言できるのは、真実を知ったからこそ、グループ活動無期限休止を決断したということです。
無知は罪でした。
嘘であふれた世界でした。
「償わなければいけない」
これがメンバーの総意です。
『GaoR』の名を一度仕舞い、それぞれの償い方を見つけていく所存でございます。
そして、いつかまた、生まれ変わって会いに行きます。その第一歩が、このお知らせであり記者会見です。
なお、プライバシー保護のため、個人情報の開示はいたしません。情報の詮索や特定、誹謗中傷、そのほか攻撃性の高い行為を発見し次第、法に則った対応をいたします。モラルある言動およびご配慮のほどよろしくお願いいたします。
ファンの皆様は突然のことで混乱しているかもしれませんが、『GaoR』の覚悟をどうか温かく見守ってくださると幸いです。
ありがとう。
またね。
だいすきだよ。
『GaoR』
フーゴ、ダグ、ギミー、オーガ
・
「――これはいったいどういうことだ!!」
11時58分36秒。
アイトウエンターテインメントの事務所、そのなかに設けられたイベント会場に、根津部長の怒号が轟いた。
控え室で彼とセッティングしていたスタッフは鼓膜を押えながらうろたえ、会場のホールに集うマスコミはざわつき出す。
控え室とホールをつなぐ通路で待機する俺たち『GaoR』は、さして変わりなく、正午に始まる記者会見へ向けて粛々と準備していた。
根津部長がドシドシと音を立てながらこちらに迫り来る。鬼のように殺気立っているが、今の俺たちにはどこ吹く風だ。
そんなことより、メンバーカラーの装飾を身につけなければ。
「はい、オーガ。おまえのはこれな」
リーダーのフーゴに呼ばれ、もらったのは、青のループタイだった。
フーゴが付けているのは赤のネクタイ。その隣にいるダグには緑のスカーフ、ギミーには黄の紐リボン。それぞれのメンバーカラーだ。火炎模様を織った全員共通の黒スーツに、鮮やかなワンポイントがよく映えている。
かわいい、似合う、かっこいい、とガールズトーク並にほめ合っていると、
「黙ってないで説明しろ! これは何なんだ!!」
無視されてご立腹な根津部長が、とうとう火を噴いた。亀裂の入った携帯画面を、眼前に突きつけられる。
『ファンの皆様へ、大切なお知らせ』
それは、つい10秒前。
俺が、俺の携帯から、俺のアカウントで、全世界に発信させた。今回予定していた記者会見とは何の関係もない、俺たちの文書だ。
「活動休止? メンバーがもうひとりいた? 何をふざけたことをぬかしてるんだ貴様ら! 事務所に話を通さずによくも勝手なことを……!」
SNSのうち、写真の投稿をメインとしたアプリだけは、個人の管理を許可されている。
上の声を聞かずとも、好きなときに好きな写真を投稿し、ファンからのリクエストにもすぐに応えることができる。もちろん、自分の意見にも。
事務所もまさかこんな使い方をされるとは、夢にも思わなかっただろう。
「今日は、事務所主催の大型ライブイベントを発表する予定だっただろう! なぜこんな真似をした!?」
根津部長が発案したそのイベントは、『オンステージ』に次ぐ大規模なプロジェクトである。
俺たち『GaoR』はメインパーソナリティとして宣伝活動を行い、当日は司会進行をメインにイベントを先導していく。
今日はそのことについて、俺たちが代表してサプライズ発表をし、本格的な準備を始動させる――予定だった。
『ファンの皆様へ、大切なお知らせ』
その見出しが出回ってしまえば、後の祭りだ。
「よりにもよってこの大事なときになぜ……なぜ……!」
もしも、予定どおりに事が運んでいたら、彼は名プロデューサーとして、業界の歴史にその名を刻んでいただろう。
まだわからないのか?
だからだよ。
「何とか言ったらどうなんだ!!」
「……」
「……」
「……」
「……話しますよ」
「あ、ああ、オーガ、やっと言う気に……」
「あなたが気にしていることすべて、カメラの前で話してきます」
俺たち4人は、粛々と、準備していた。
観衆の注目の集まる好機を、どうしたら誰にも邪魔されずに牛耳ることができるか。ずっとタイミングをうかがっていたのだ。
これでもう、どう足掻いても話に触れざるを得ない。
なかったことになんかさせない。
そのための記者会見だ。
俺はメンバーと顔を見合わせた。
フーゴの迫力ある三白眼は、いつにも増して鋭く、切れ味がいい。ダグの表情は一見無垢に見えるが、よく目を凝らすと緊張して引きつっているのがわかる。口角を上げているのは、ギミーだけ。しかし、人一倍両目を腫らしている。
俺は……どうだろう。
こいつらにどう見えているだろうか。
わからない。表情管理は得意分野なのに、自分が今どんな表情をすればいいのか、正解が見つからない。
考えてみれば当たり前か。
今から俺は、俺たちは、アイドルとしてではなく、一個人としてカメラの前に立つのだから。
『オンステージ』に参加したとき以来だろうか。
あのとき、俺はただの“冬至 凰河”だった。
自由だった。無敵だった。怖いものなどなかった。
――大丈夫。君は、ちゃんとかっこいい。
なつかしい声に、意識が遠のく。
うん。ううん。
そんなことない。
かっこつけるのがうまくなっただけだ。
「ご、5秒前です……!」
スタッフから合図が出た。
異常事態が発生しているのは目に見えて明らかなのに、スケジュールどおり動いてくれるスタッフには、頭が上がらない。
『GaoR』の4人で肩を組み、頭のてっぺんを接触させる。
考えていること、心の最深部まで、手に取るように伝わってくる。
みんな気持ちは同じだ。
行先も、責任も、傷つくのも、同じがいい。
「よし! ワン、ツー、スリー、フォー! 『GaoR』go!」
「ま、待ちなさい! まだ話は終わってない!」
リーダーのかけ声とともに歩き出した。瞬間、根津部長が最後尾のギミーの腕をつかみあげる。
「痛っ……!」
「き、貴様らに記者会見を任せられるか! 私が代わりに……」
「ッ痛いってば!」
言葉を遮る、棘のある悲鳴。
ギミーの赤らむ眼が、恨めしげに吊り上がる。目にも止まらぬ速さでつかまれた腕を回転させ、無骨な手を振り払った。袖のシワを直しながら、息を吐く。
「そこで黙って聞いててよ」
呆気に取られた根津部長をよそに、俺たちは表舞台へと身を投じた。
いくつものフラッシュが、一斉に焚かれる。
進む手足は焼け焦げるように痺れ、感覚を狂わせる。けれど、今さら立ち止まることはできない。
向かい合う記者やカメラマンは、わくわくと期待に満ちた顔をしていた。おそらく、まだ、公開されたばかりの文書を知らずにいるのだ。
怖い。
苦しい。
でも。
昨晩、気合い入れに、ひさしぶりに4人で酒を酌み交わした。そのときのアルコールだろうか、体内で燦々と燃えている。心臓部へ昇るにつれ、心拍数を上げていく。
カメラが俺を捉えた。反射的に笑顔を向けそうになり、口の端を引き締める。ぐっと喉を奮い立たせた。
もう逃げ場はない。
始めよう。
俺たちの、罪と罰を。
「――皆様、このたびはお集まりいただき、誠にありがとうございます」
12時00分44秒。
予告どおり、記者会見が幕を開けた。




