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あいつが前世を愛さずとも  作者: 甘
タイヨウについて
3/49

#1 マスカレイド⑴



人生を変える。


そのために、ここに来た。




東京都、港区。


ビル群のせしめる大都会の一端で、青白い建物が我が物顔でそびえ立つ。


テレビ局。オトナばかりを育てるそこに、俺ははじめて足を踏み入れた。成人式を来週に控えた俺に、怖いものなどない。



受付前に立てかけられた案内板に従って10階に行くと、どこからか流行りのJPOPが流れていた。手前の部屋からだ。ざわざわと浮いた空気で満ちている。


長テーブルがずらりと4列に並べてあった。席は、入った順。と、扉の貼り紙のとおり、自分と似た背格好の少年たちが、すでに着席していた。


もう最後のテーブルしか空いていない。


あと5分で、午後1時。指定された集合時間になる。みんな、5分前行動が板についている。



こんなにも広々とした部屋なのに、隅っこ、しかもテーブルを独り占め状態で、ひどく肩身が狭い。


大学入学したてのオリエンテーションも、はじめはそうだった。が、ここまでひりついてはいなかった。なにか、ほかにもっとあてはまる状況があった気がする。なんだっけ。あ、ああ、あれだあれ、大学受験だ。人生を懸けた大一番。重大な分岐点。あのときのプレッシャーによく似ている。


BGMがイントロに戻った。引っ掻くように唸るベースと、色気ある雄叫び。それが今は唯一の安心感をくれる。身を委ねるほかなかった。



俺より若い奴のほうが多かった。垢抜けきっていない少年が、ざっと数えて40、いや50人ほど。


黒いシャツで少しでも大人の余裕を醸し出したかったが、同じように考えている奴ばかりで、逆に気恥ずかしくなる。


そんななかでも堂々と見える奴というのは、大なり小なり名の知れた奴だ。周りからコソコソとミーハーな声が向けられている。そいつらの服装はむしろラフで、スウェットやデニムが多く、だからか自然体に見えた。



この場を取り仕切る大人の姿は、まだなかった。その代わり、数台のカメラが設置されていた。


無人のカメラからかすかに漏れる、無機質な息遣いに、否応なしに肩肘が張る。


見られている。


まったく落ち着かない。



壁は、一面ガラス張り。解放感を出しているつもりなのだろうが、今は逆効果だ。


冴えた空。うすい雲をも映した高層ビル。うごめく背広姿。世界は広く、そして平坦なのだと煽られているようだった。



……変えてやる。


胸が昂った。



ゴンゴン!


自分の心音、かと思った。ちがう、ノック音だ。


振り向けば、真っ赤なネクタイをした男が、扉に拳を突きつけていた。


一瞬にして静まり返った。


本能のようなものが働いた。おそらく、彼が、ここのボスだ。



長テーブルの中間につくられた通路を、彼は満足げに進んでいく。百獣の王が統べるジャングルのような香りがした。


そのあとを5人ほどの大人が続いた。一番前、向かい合うように置かれた席を囲み、パソコン、プロジェクター、マイクなどの機材の動作確認を始める。


最後尾にいたショートカットの女性が、その横に立った。


マイクテスト、チェック、チェック。ノイズ混じりの声に、肺がぐっと締まったのを感じた。


ショートカットの女性が、腕時計を見る。ここからでは見えるはずもない秒針の動きが、いやにゆっくりと感じ取れた気がした。


今、マイクのスイッチが、入る。




「みなさん――」


「すみません、遅くなりました!」




入口から、まっさらな風が吹きこんだ。


突如として現れたのは、汗を滴らせた美少年だった。



180以上は確実にあるであろう身長。手よりも小さそうな顔。だぼっとしたストリート系の恰好でも、非凡なモデル体型は隠せていない。


遅刻確定に焦ってエレベーターを待てなかったのか、荒く乱した呼吸を必死に抑える様は、ドラマのワンシーンのよう。


少年らしい少年が多いなかで、ひときわ成熟した何かが光っていた。




「ずいぶんとかっこいい登場ね」


「す、すみません」




肩をすくませてはにかむ美少年に、ショートカットの女性はわずかに目を眇める。


一瞬、真っ赤なネクタイの男とアイコンタクトをとった。彼に苛立ちの気配はなく、どちらかといえば好奇の色がにじんでいた。


女性は口角を上げた。




「いいわ、ぎりぎりセーフよ。席に座りなさい」


「ありがとうございます!!」




あの少年は、きっと晴れ男なんだろう。


さっきまで張り詰めていた緊迫感を、いとも鮮やかに浄化してしまった。大人子ども問わず感化され、笑顔が咲いていく。



彼は俺の左隣に座った。持て余された足が、俺のとぶつかる。すみませんと会釈をされ、思わず目を逸らした。


……やらかした。


おそるおそる横目に見直すと、彼はもう前を向いていた。


無駄のないすっきりとした横顔。襟足にかけて長くなる茶色い髪。髪より暗く濃い色をした無垢なまつ毛は、陽の光を吸い込んで黄金にきらめいている。


誰よりも明るい。なのに、だから、今にも透けて消えてしまいそう。


なぜか、寒気がした。




「さて」




前方の照明が落とされた。




「みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございます」




機材特有の膜を張った声が、テーマパークさながらに俺たちを歓迎する。ショートカットの女性は、マイクを持っていないほうの腕を大きく広げてみせた。




「そして、おめでとうございます! この場にいる総勢50名が、本プロジェクト、サバイバルオーディション番組『オンステージ』へのチケットを手にしました!」




正面のスクリーンに、文字が投影される。



『オンステージ 2nd』



その一文に全神経を持っていかれた。


そうだ、これだ。俺は、このために来たのだ。




「みなさんご存知かと思いますが、あらためて本プロジェクトについて説明いたします」




『オンステージ』


それは、6年前、日本ひいては世界で活躍できる男性アイドルを発掘すべく開催された、公開オーディションである。



アメリカ発の動画配信サービスとワールドワイドな芸能事務所・アイトウエンターテイメントがタッグを組み、このプロジェクトは実現した。


世界各国の同企画から数多くの支援を受け、国内最大規模となるアイドルオーディションが行われた。


その模様は、動画配信サイトにて全世界へと配信され、一大ムーブメントを巻き起こした。


オーディション参加者全員でパフォーマンスする番組主題歌、通称オープニングステージは、PV公開後わずか1ヶ月で1億回再生を突破。その波に乗って地上波でも放送されるやいなや、テレビ離れが深刻化する若年層を取り込むことに成功し、最終回の最高視聴率は深夜帯にもかかわらずなんと10%を記録した。



そうして想像以上に多くの視聴者に注目され、約3ヶ月間に渡り合宿をしながら審査に挑み、最後まで勝ち抜いた4人の少年が、アイトウエンターテイメントと契約を結んだ。


4人はひとつのグループとなり、デビューすることとなった。それこそが、現在国民的アイドルへと成長した、ボーイズグループ『GaoR』である。


今もなおBGMとして流れ続けているこの曲は、史上最短でミリオンヒットを叩き出した彼らの最新シングル『黎明』だ。



圧倒的な実績は、当時の話題性を何度も何度も呼び起こし、6年経った今でも色褪せることはない。


第2回はまだなのか、いつなのか、と期待の声が相次ぐなか、昨年の4月、満を持して開催が発表されたのだ。



応募サイトは秒で落ちた。


オーディション番組に出演するためのオーディションは、想像を絶する激戦だった。


夏に始まり、10回以上の審査を経て、先月ついに合格通知が届いた。初雪を蹴散らす温暖な日だった。転売ヤーが喉から手を出しても触ることすらできない、超ウルトラプレミアムチケット。拳で握りしめながら町内を3周走った。息は上がったが、ちっとも疲れなかった。


俺は、ずっと、このときを待っていた。




「夢を持つあなたを応援したい。そんな思いからすべては始まりました。同じ思いを持つたくさんの企業様にお力を借り、こうして第2回目を迎えられています。もちろん、私も、みなさんを応援する一人です」




ショートカットの女性の笑い方が、とたんにやさしくなった。




「自己紹介が遅れましたね。私は本プロジェクトのマネジメントを務めている、(ミヤコ)といいます。マネジメントなんて横文字だとわかりづらいですが、簡単に言うと、裏方のまとめ役といったところです。これからよろしくお願いします」




ふっと肩の荷が軽くなった気がした。


一礼する都さんに、俺たちは拍手する。


ここにも、味方はいるんだ……。




「夢を叶えるお手伝いをする。そのために作られたのが『オンステージ』です。第1回目で受賞した『GaoR』は、先日ワールドツアーを成功させました。また、個人としての活動の幅も広げ、大河ドラマ主演やハイブランドのアンバサダーなど、それぞれ地位を確立させています。そのほか、受賞には一歩及ばなかったファイナリストの方々も、芸能界に名をとどろかせています。その活躍は、アイドルの枠には収まらない――まさしく、スター」




響く。声が、脊髄の芯まで。


奥歯が震えそうになり、思わず強く噛み締めた。




「原石だった彼らがこうして本物になってくれたからこそ、本当の意味で『オンステージ』は成功したのだと確信を持つことができました」




番組が与えた影響は、計り知れない。世間にだけでなく、むしろ芸能界へのほうが強かったのではないかとも謳われているほどだ。


世に放出された新鮮な才能を、けして逃すまいと、放送終了後、界隈の誰もが手を伸ばした。やがて世間一般の関心が定番化されていったが、そのころには各々が存在意義を証明したあとであり、業界全体に一役買ったのはたしかだった。


今や番組に参加したこと自体が、大きなステータスとなっている。




「物語の続きを求める声も、たくさんいただきました。正直、美しい形のまま終止符を打ったほうがいいのではないか、という意見もありました。ですが、逆に言えば、この企画がなければ、スターとなった彼らは今ごろどこかで野放しにされていたかもしれません。夢をあきらめてしまっていたかもしれません」




チャンスをものにする確率は、運命の人と出会うよりはるかにむずかしい。


あきらめる選択肢を選ばずにいた俺たちは、世に出れば異端児も同然だ。


こっちだって、ふつうになんか、なりたくない。




「私たちの思いは、当初から変わっていません。夢を持つあなたを応援したい。この場が夢を追いかけてもいい理由となれるよう、2回目となる開催を決めたのです」




マイクに乗る言葉が、血流を沸き上がらせる。




「未成年にしぼった第1回目。そこから進化すべく、第2回目では25歳まで対象年齢を広げました。さらに、歌やダンスに秀でたアイドルを目標にするのではなく、ポージングや演技、アドリブ力などもこなせるマルチなスターへと可能性を拡げ、募集をスタートしました。応募者数は、ありがたいことに1回目の約20倍。厳選に厳選を重ね、1回目よりもはるかに厳しい審査になりました。ここにいるみなさんは、すでに、私たちが選び抜いた逸材です。それを本物にできるかどうかは、これからのみなさん次第です」




認められた。夢を追いかけてもいいのだと。俺はすごいのだと。


そうだ。やっぱりそうだったんだ!


これまでの人生は、間違いじゃなかった。


これからだってきっと。




「未来のトップスターと出会えることを期待しています」




そう締めくくると、真っ赤なネクタイの男にマイクが渡された。


彼がゆっくりと立ち上がる。たったそれだけのことで緊張感が走る。


ごくりと、隣の美少年がかすかに喉を鳴らした。こいつも同じなのかと思うと、少しだけ気が凪いだ。




「えー、はじめまして。アイトウエンターテインメント企画部部長の根津(ネヅ)です。ここではプロジェクトリーダーをやってます」




年齢は40代前半だろうか。どっしりと前に構えられた姿勢に、聞きやすさよりも話しやすさに特化させた声音がよく通る。


彼よりも年増の大人もいたが、その圧倒的なボスの風格には白旗を振らざるを得ない。


オンステージ。それはこの場において、彼のための言葉のような気さえしてくる。




「この企画を立ち上げたのは、かれこれ10年くらい前になるのかな。そこから紆余曲折を経て、6年前の伝説ができあがりました。ただ、それで終わるのは実にもったいない!」




そうでしょ?


と、いきなり一番前の席にいる少年に投げかけた。しどろもどろに同意が返ってきたと同時に、彼の凛々しい眉が弧を描く。




「伝説はしょせん伝説でしかない! 超えるものをつくりあげることが、若者のためであり、芸能界のためでもある。そう自負しています」




最近の選挙演説でも稀に見る気迫に、ぶわっと鳥肌が立つ。一挙手一投足に自信がみなぎっている。


どこでも成功するタイプだ。政治家になっていたら、俺はきっと彼に投票していた。


未来は、彼の手中にある。




「ここにいる全員がひとつのチームです。一緒に良いものを作りましょう。これからどうぞよろしく」




ぱちぱちとまばらに手が踊り出す。自然と音が連なっていく。大きく、大きく、ふくらんでいく。手のひらがじりじりと熱くなっていくのもいとわずに鳴らし続けた。




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