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あいつが前世を愛さずとも  作者: 甘
タイヨウについて
4/49

#1 マスカレイド⑵



気づけばマイクは都さんの手に戻っていた。


ほかの大人たちをひととおり紹介し終えると、パチン。視界がくらんだ。スクリーンの文字が消える。


大人を順にたどっていた指先が、ひらりとこちらに向けられた。




「ここからはみなさんに自己紹介をしていただきましょう」




ついに俺たちのターン。


思ったより早いと感じたのは俺だけではなかったようで、ざわつきが伝染していく。




「本名、肩書き、趣味特技……なんでもかまいません。あなたにとって必要だと思うことを、私たちに売りこむつもりで、1分間アピールしてください」




もう、始まっている。


そう自覚したときには、すでに、大人たちの顔つきは険しくなっていた。


自分たちは味方でありチームだと言っていたそばから、棲み分けはちゃんと明白に済まされていることを理解させられる。



俺たちはしょせんこっち側。


緊張も不安も今さらだ。



それにしても、さすがオンステ。自己紹介ひとつとっても、ひと癖ある。


ここに来るまでに散々審査し、すべてを知り尽くしたと言っても過言ではないだろうに、ここで自分で自分の必要性を説けだなんて、よくまあ平気で言ってくれる。


参加者同士の親睦ならともかく、大人側への営業だとほのめかしているのがたちが悪い。


ここはエンターテインメントが産まれる場所。主人公になれるのか、モブで終わるのか。答え方次第ですべてが変わる。



負けられない。


俺の存在意義は何だ。


俺の、武器は。




「トップバッターは……よし、君にしよう」




あ。目が、合った。




「そう、君だよ。ギリギリセーフの、君」




……あぁ、なんだ。




「僕、ですか?」


「うんそう、僕から。自己紹介してくれる?」




指名された隣の席の美少年は、驚きを見せつつも、ふたつ返事で立ち上がった。


でかい図体が凛と張る。造形美に拍車をかける。こんなに至近距離で、真下から凝視していても、崩れない。


彼が前髪を撫でるようにかきあげると、その端正な顔にこれでもかというほど陽が注いだ。




「はじめまして! ギリギリセーフの君こと、タイヨウです!」




屈託のない笑顔。腹から出た、高すぎず低すぎない声。「年は……19!」とジェスチャーで数字を表す姿は、案外あどけなく、かわいいと思わざるを得ない茶目っ気であふれていた。


名は体をあらわす。きっと彼は生まれる前から、そうだったのだ。


大人たちほど影響されていた。笑う人、食いつく人、親目線になる人、圧倒された人。根津さんなんか、限界まで目を開いている。




「元気なとこしかこれといった取り柄はないんですけど、ダンスが好きなんで! とりあえず踊っちゃいます!」




彼は、時間の限り踊った。


手拍子はなかった。


できなかった。


いかにもストリートダンスを得意とする服装をしているから、誰もかれもみんな、油断していたのだ。



あのしなやかな音の取り方。洗練された指使い。あれは――クラシックダンス!



ストリートダンスほどの爆発力はないものの、その意外性とクオリティには強烈なインパクトがあった。


ダンスが好き。それが如実に表れる、細やかな世界観作り。このいいところの少ない条件下を、本気で楽しんでいるようだった。



最後列の席といえど、踊るにしては狭すぎるスペースで、上半身の可動域をうまく利用し、立ち位置が動くことはほとんどなかった。


長い両腕が宙を這う。指先を天井へ伸ばし、やさしく空気を揺らす。軸のぶれない音取りは、4×8のビートを正確に生み出していた。



指先を見つめる彼の眼差しは、あまりにも澄んでいる。恋しそうに瞳の色を透けさせながらも、その奥には深い情熱が秘めてあった。


それはさながら、けっして結ばれない片思い、けれどもそれを望んでいるかのような――ああ、そうだ、姫を想う騎士のようなのだ。


見てはいけないものを見てしまっている気分だった。でもどうしようもなく目を離せない。



最後まで音はなかった。彼が、彼のリズムに、身を委ねていた。多少動きに癖があり、幾万の努力の跡が垣間見える。


上手い下手よりもまず、誰もが好感を抱いた。



彼がデビューしていない?


なぜ?


どうかしている。


これと同じ土俵に立たなきゃいけないこっちの身にもなってみろ。新手のいじめじゃないか。




「君」




思わずといった様子で、根津さんはマイクもなしに声をかけた。




「タイヨウくん、といったかな」


「はい、タイヨウです」


「そうか、ああ、すばらしかったよ」




噛み締めるように紡がれた賞賛に、空気がどっしりと重くなったのを感じた。暖房の効き目がいやに悪い。


ありがとうございます、とタイヨウは至ってシンプルに礼を述べる。顔を見なくてもわかる。どうせ福の押しかけた表情をして、自覚なくたらしこんでいるんだろう。


体のどこかしらの穴から、赤く煮えたぎった液体がこぼれでてしまうかと思った。




「と、トップバッターにふさわしいアピールでしたね! さっ、みなさん拍手ー!」




息を吹き返した都さんのひと声で、この場の金縛りが解けていく。


余韻は消えない。神経を蝕まれる。重力に抗えない。心拍数ばかりが先走る。




「続いて、隣の席の子! いってみましょう!」




今までの歪みを取り戻すかのように時間の進みが速くなる。


全員の視線が突き刺さる。


今度こそ、まちがいなく、俺を、見ている。


熱のこもる外気に触れる口許から、たちまち渇いていく。中へ、中へ、侵食が止まらない。キリキリと椅子の脚がうなる。



俺は今どんな面をしているんだろう。


どんなふうに見えているんだろう。



視線が増えたのを感じた。左隣からだ。反射的に見やれば、想像していたとおりの表情がそこにあった。




「がんばれ」




あ、きらいだ。


と、ごく自然にそう思えた。


防衛本能か、生理的なものなのか。定かではないが、断言できる。


こいつには、ぜったい負けたくねえ。




霧矢 勇(キリヤ ユウ)、20歳、『クピド』やります」




『クピド』とは、第1回目の『オンステージ』で披露されたオリジナル曲のひとつ。


ベースはジャズダンス。サビ前で変調する、不規則なリズム。


正直、一番苦手な曲。



だけど、やる。


だから、やってやる。



負けずぎらいが、俺の武器。









「自己紹介ありがとうございました! ひとりひとり個性が光ってましたね。大変見応えがありました」




時刻は、午後2時48分。


長いようで短い公開処刑が終わった。


自分の番が回ってきてからの記憶がほとんどない。


満足感と疲労が浮き彫りになる周囲に、俺の意識だけがぽかんと浮いていた。




「おそらくみなさんにとっても、発見や刺激の多い時間だったと思います。良き仲間、良きライバルとして、『オンステージ 2nd』を突き進んでいくことでしょう」




仲間。ライバル。


実感が湧かない。


なれるだろうか。


俺とこいつも?


ウケる。




「番組への期待が増す一方ですが、その肝心な審査内容につきましては、不正を防ぐため、番組開始とともに発表いたします。ひとつ言えるのは、前回よりも格段にスケールアップしているということです。楽しみにしていてください」




都さんの目つきが堅く光る。


その近くでは、根津さんも睨むようにして見据えていた。両肘をつき、視線を固定させ、ただただ一心に俺の左隣を。



あぁ、いやだ。いやだ、いやだ。


楽しみにって、いったい何を。どうやって。


内容が何であれ、もうここが生き地獄だと気づいてしまったというのに。


最悪だ。




「それでは、ここで15分の小休憩を挟みます。時間になりましたら、幕開けを飾るオープニングステージについて説明いたします」




俺はすぐさまトイレに駆け込んだ。


氷山の一角をろ過したような冷水でばしゃばしゃと顔を洗い、口をゆすぎ、喉の奥にたまったものをも吐き出し、生ゴミを処理するように拭い取る。


念入りに磨かれた鏡には、見慣れた自分の顔。二重の目、高い鼻、うすい口、引き締まった輪郭。地元では散々もてはやされてきた顔だ。


なぜだろう。今は、ひどくふつうに見える。


鋭い目尻、荒い鼻息、血のにじむ唇、しわの寄った顎。どれも感情がむき出しで、ふつうどころか、ひどく無様だ。笑えないほどに。



水が滴り落ちていく。


あのときの無音が、鼓膜に残ってる。


鼻先がひりつく。



……痛い。



血の気の引いた顔は見るに耐えず、とっさに天を仰げば、目に水がかかった。顔を洗ったときに、下ろしてた前髪も濡れてしまったのだろう。それを差し引いても、髪はひどく乱れていた。


グレーに近い黒がワックスを吸収しつくし、左側へ垂れている。


さっきの『クピド』のダンスで、重心が左にずれていた証拠だ。頭の振り方も雑だったにちがいない。


髪がこんなになるほどのミスを、俺がしでかすなんて、本来ありえないことだ。



ブリーチしていた髪を地毛の黒に戻し、くせっ毛をセットするのに予定より1時間以上かけ、時間ぎりぎりの到着になってでもつくり上げた理想のスタイリングだった。


いい印象を持たれたかった。



だめだったのだ。



濡れたままの手で、強引に毛流れをかき分けていく。

いくら整えても、朝の支度のときのようには戻らない。この鏡では、写してくれない。期待どおりになりゃしない。


そうなることくらい、はじめから知っていたはずじゃないか。


元よりここはそういう世界だった。



俺はここに何しに来た?


まだ、何もできてない。


泣くのは最後。あいつのあとだ。


でなきゃ、やってらんねえ。




「お、霧矢。ひっさしぶり」




見せられる程度まで毛繕いし終えたときだった。狐顔の少年がひょろりと現れた。


驚いた。


それまでトイレは貸切に等しく、おそらくみんなあの大部屋であいさつやら精神統一やらに勤しんでいるか、あるいは、暖を取れる部屋からわざわざ出てくるのが惜しいのだろうと踏んでいた。


が、彼はいたっていつもどおりだった。かったるそうにやり過ごす学校の休み時間となんら変わらない。


そう、いつもどおり。




「おま……いたのか、山路(ヤマジ)


「今気づいたのかよ。ひっでえなあ」




山路とは中学の同級生で、同じダンス部だった。3年のとき、山路が部長、俺が副部長を引き継ぎ、当時夢だった全国大会出場まで果たした。


仲は特別良くはない。きれいに言い表すなら、友だちというより、ライバルに近しい。


まさかこんなところで会うことになるとは。


大会での顔見知りや名の知れた有名人がいるだろうことは最初から予想ついていたけれど、がっつり縁のある昔なじみと再会するなんて、どこの漫画だよ。




「さっきの自己紹介、どうだったよ」




卒業式以来だというのに、山路は昨日も一緒に登下校したかのようなテンションで聞いてくる。


だが俺の記憶が正しければ、登下校を共にしたことはないし、部活以外での関わりはほぼなかった。


距離感をつかみあぐねていると、「あー、そういや」と便器の前でベルトをゆるめながら、期末テストの結果をからかうように失笑した。




「霧矢は散々だったな」




驚きや感動なんてものは一瞬にして消え失せた。




「あそこで『クピド』やろうとした度胸だけは買ってやる」


「……うっせえ」


「でもなんだよあのターン。初心者か」


「黙れって。そういう山路はどうだったんだよ」


「おいー! 見てなかったのか?」


「安心しろ。おまえ以外もちゃんと覚えてねえから」


「最悪だわ」




笑い声が、水流にかき消される。




「俺も散々だったよ」




はい、嘘。


テスト勉強してねえ、やべえと言いつつ、期末テストでは学年で10位の成績を取ってたじゃねえか。


ベルトをふたつ目の穴に通しながら手を洗いにこちらに来る彼を、不審に見やれば、ベルトがただのベルトではないことに気づいた。




「おま、それ、まさか」


「あ、気づいちった?」




洗ったばかりの手が、カチリとそれに触れた瞬間、ピカピカと安っぽい光が点滅し出す。


それは、小学生のころ毎朝欠かさず観ていた、戦隊ヒーローの変身ベルトだった。


すべて理解した俺は、我慢できずにため息を吐いた。




「……まぁたそれやったのか……」


「またって言うなよ」


「よくそれ持ってきてたな……」


「俺のお守りなんで」




山路は、根っからの戦隊オタクだ。


変身シーンから敵を倒し、決めポーズをするまでの一連の流れを、完璧に再現できる。


その特技を、俺は幾度となく見せられた。ダンス部に入部したとき、新入部員を迎えたとき、部長として部活説明会に出たとき、彼は必ず挨拶代わりにそれをやるのだ。


クオリティーが高いかどうかは、にわかの俺には判断しかねるが、激しいアクションシーンを連続でこなせる体力、攻撃されていると瞬時にわからせる表現力、変身や必殺技シーンのこだわり抜かれたディテールには毎度驚かされる。


てか、基本、俺はこいつに驚かされてばかりだ。




「メンタルすげえな」


「あんがと」


「褒めてねえわ」


「アッハッハッ! でもなあ、最後の着地だけミスって総崩れしちまったんだよなあ。ショック」




そう言いながらも、ベルトからはピコピコと陽気な電子音が鳴っている。


頭が痛くなる。


黙ってトイレを出て行けば、「おいー! 置いてくなよー」とあの音が追いかけてきた。2秒もかからず隣に並ばれ、さらには肩を組まれた。俺は睨みながら、けたたましいベルトをバシンッと叩く。やっと静かになった。


山路は痛がるフリをするも、すぐにけろっとして「つうかさあ」とのんきに話を戻した。




「あそこでノーミス! パーフェクト! 10点! ってなる奴いるかあ? そんな奴いたら見てみたいぜ!」


「……」


「……あっ」


「……」


「いたな、そういえば。一人だけ」




わざとか。わざとなのかこいつは。




「なんだっけ、タイヨウっつったっけ? 霧矢の隣にいたよな。知り合い?」


「なわけ」


「だよなあ。大会とかで見かけたことねえし」


「俺らとは畑がちげえんじゃねえの」


「かもなあ。レベチすぎ。怖っ」




そうこうしているうちに部屋に戻ってきたが、人の塊が出入り口を封鎖していた。台風の目となるのは、やはり、あいつ――タイヨウだ。


他の参加者にテーブルごと囲われ、絶賛の嵐が吹き飛んでいる。その光景はまさに、街頭で顔バレした国民的アイドルのそれだ。


正直、引いてる。ドン引き。俺の席どこだよ、座れねえじゃん。


相反して、山路は感心していた。




「ほへー、すげえなあいつ。何者だよ」


「さあな」


「あんなんが隣にいたら、そりゃ記憶喪失にもなるか」




同情じみたなぐさめ。肩をぽんぽんと撫でられた。虫唾が走る。重たいだけの腕を背負い投げようとすれば、ひゅるりと逃げられた。この野郎。




「んま、とにかくがんばろーぜ」




たいして気持ちのこもってない、表面的な激励であっさり締めくくると、山路は躊躇なく人だかりにダイブした。一瞬で姿が見えなる。神隠しにでも遭遇しているようで、アキレス腱が痙攣した。




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