炎症⑵
ミュージカル『SIESTA-BAKU-』。
一夜限りの公演というほかにはないプレミアム感に、シリーズ愛好家やミーハーなファンが飛びつき、相場の倍以上あるチケットは販売開始5分でソールドアウト。連日メディアやSNSで話題になり、続報を待つ声があとを絶たない。
制作発表会見後、早速『SIESTA』全シリーズの再放送が決まり、長い長い前夜祭は好調なすべり出しを見せた。
裏では、豪華な本祭に向け、着々と準備を進めている。
「――テメェは、オレの全部を知らねえから、オレを好きでいられんだよ」
死んだ目をしたタイヨウさんが、俺を睨めつける。
息が、上がる。けど、無理やり押し殺し、生唾を飲みこんだ。
こめかみにぬるりとした気持ちの悪い感触が伝う。
パンッ!
活きのいい虫をつぶしたような音が、一回だけ響いた。
「ストップ」
正面に腰を据える無愛想な老人が、皮のたるんだ手を重ねていた。
頭髪の白い彼は、演出を手がけたら右に出る者はいない偉人、炎谷さん。ミュージカル『SIESTA-BAKU-』の総合的な指揮を受け持っている。
先週から本格化した舞台稽古は、常に緊張感で張りつめていた。
ストップのひと声で糸が途切れた俺は、口から肺の底まで全開にし、ぷはぁっと息を吐き出した。リノリウムの床にへたれこむ。床の表面に結露したように汗がぽつぽつと浮かんでいる。粘質的な匂いがした。
「ヒノデさん、大丈夫?」
けろっとした顔のタイヨウさんが、中腰になって手を差し伸べてくれる。
「あ、ああ。全然。平気」
「でも、顔色が……」
「タイヨウ」
ありがたく手を借りて立ち上がると、炎谷さんが粛に口を挟んだ。
「今の、最後のセリフ。今までで一番いい出来だった」
「あっ、ありがとうございます!」
「バクのつかみどころのない性根や底知れない本能を、眼差しひとつでよく表したな。やはり君の創造性はすばらしい」
炎谷さんの表情は依然として冷淡としているが、饒舌な口にはたしかな熱が回っていた。
タイヨウさんはくすぐったそうに後頭部を掻く。俺と同じくらい、いやそれ以上に汗をかいているのに、ふしぎと清涼感であふれている。俺がイメージモデルを務めるフルーツジュースのライバルにあたる、競合他社のスポーツ飲料のCMをやっているだけある。
「君をはじめて見つけた『オンステージ 2nd』がなつかしい」
「もう1年経っちゃいましたね。当時は大変お世話になりました」
実は、炎谷さんは監督として『オンステージ 2nd』に出演していた。
俺も一応、3次審査の特別審査員として招待されたけれど、審査当日はスケジュールが合わず、後日ひとりでVTR鑑賞することになり、監督の方々と顔を合わせることはなかった。
先見の明を持つ巨匠、炎谷さんと直接お会いするのは、これがはじめて。そもそもミュージカルそのものが未経験で、稽古に力が入る。
だから、いつもどおりのタイヨウさんが評価されるのは、当然のことなのだ。炎谷さんとの共演経験のほか、『オンステージ 2nd』の最終審査でミュージカルを実演した経歴は、多少なりともゆとりをもたらすだろう。
でも……役柄と同じように立場も逆転できたとして、俺は彼のようにはできないと思う。俺は、怖がりだから。
「オープニングステージのテイク1を、私は鮮明に憶えているよ」
「あー……ハハ。あれですか、あのびっくりサプライズ」
「結局、秘蔵されてしまったが。あのとき、とっさにアドリブを入れた君を見て、私はとても感動したんだ。君は演劇をすべき人間だと思ったよ」
最上級の褒め言葉に、タイヨウさんは泡を食って口ごもる。汗でメイクが取れ、素の覗く顔は、こころなしか今まで見たことのないまっさらな色を浮かべていた。
直毛の髪をかきあげた彼は、言葉を探すようにテープの敷かれた床に視線を這わせた。
「そ、それで僕にオファーを?」
「当然それだけではないがな。ボンスケ役に推薦するなら君しかいないと思っていた。……だがどうやら、私の目はだいぶ老いぼれていたようだな」
「え……」
「君は、まぎれもなくバクだ」
タイヨウさんはためらいがちに俺のほうをちらりと一瞥した。俺は瞼を伏せ、口角を上げる。
俺のことを推してくれたのはプロデューサーだと聞いた。ロングランヒットした映画『未だ蒼きハルの子へ』を観て、いつか俺を起用したいと考えてくれていたらしい。
映画では一途な思春期の少年を演じていたのに、何をどうしたらトリッキーな役どころであるバクにあてはめられたのか。タイヨウさんがものにできているのも、正直信じがたい。
バクは、周りにどう思われようと我が道を行く、孤高の少年。自分のことしか信じられず、主人公らしくない凶悪性を晒す。10代の危うさを臓器の中にまで押し詰めたような役柄だ。
俺とは対極に在る少年を、俺はおそろしく、それでいてまぶしく感じてしまうのだ。
「しかし、ヒノデ」
「は、はいっ」
突然、炎谷さんに名指しされ、ビリリと総毛立つ。
「君のボンスケは、まだ見るに堪えない」
打って変わって辛辣な批評。
予想はついていた。稽古が始まってから、散々言われてきたことだ。
「今のシーン、バクを怖がっていただろう。ボンスケはバクに対して恐怖はないと、何度言えばわかるんだ」
「す、すみません」
「炎谷先生! ひ、ヒノデさんは午前のドラマ撮影から少し体調が悪くて、それで……!」
「黙りなさい、タイヨウ。言い訳は聞きたくない」
「っ、あ……は、はい……」
ついさっきまでべた褒めしていたタイヨウさんにも、冷徹な叱責が下される。
庇ってくれたタイヨウさんに、俺はアイコンタクトで詫びを入れた。
今のシーンについて炎谷さんから具体的な演技指導を受けた。予想どおり俺への指摘事項が多く、台本にびっちりとメモを書きこんだ。
そのうえで何回か同じシーンを練習したあと、評価は変わらないまま30分間休憩することとなった。
「お疲れ、燈之出」
扉横で見守っていたマネージャーの雪さんが、わざわざタオルを届けに来てくれた。礼を告げながら手を広げるが、石鹸の泡を抱きしめたようなタオルを頭の上にかぶせられる。生地の面積が広く、鼻先からうなじまで覆えてしまえた。
「水とピズフルとスポドリ、どれがいい?」
「……水で」
彼の重量感あるトートバッグから、クリアなペットボトルが取り出された。俺が好んでいる天然水だ。俺は受け取ってすぐ、口内いっぱいに水を流し入れた。
「吐き気は? 一応、薬は買ってきたけど」
「あ……いえ、大丈夫です」
「……きつかったらすぐに言うんだぞ?」
「はい、ありがとうございます」
俺は目を伏せ、台本を持った手でタオルの端をつかみ、顔の汗を拭き取る。冷えた額に、こつんと、やさしい衝撃が触れた。
「体調不良は、言い訳じゃないからな」
俺を軽く小突いた雪さんは、芯の太い声で言う。俺はまつ毛を震わせて苦笑をこぼした。
トートバッグから響いた機械音に、話の腰を折られた。思い出したように雪さんがバッグの中身をまさぐる。
「そういえば、さっき燈之出の携帯に着信きてたよ」
「俺のに?」
彼は俺からペットボトルを回収し、代わりに預けていた携帯を手渡した。
「急ぎだったら悪いし、かけ直してきたらどうだ?」
「そうですね。そうします」
気分転換もしたかったし、ちょうどいい。
俺は稽古場を離れ、非常口の近くにある自販機のそばで携帯を見た。画面に浮上する1件の着信履歴。表示された名前に、ああなんだ、と笑ってしまった。
折り返し電話をすると、コール音はすぐに途切れた。
「あ、もしもし、オーガ?」
『おう、ひさしぶり。仕事中だった?』
ガサガサとしたノイズまじりに耳を打つ、少年感のあるトーン。音楽アプリのプレイリストに入っている『GaoR』の音源で、よく聴く声音だ。だからか、俺はそこまでひさしく感じない。
オーガ。『オンステージ』での戦友であり、ルートはちがえど芸能界に居続けている仲間のひとり。
同い年の彼とは、オーディション中、一度だけともに審査に挑んだことがある。例の『クピド』だ。俺のミスをカバーしてくれたひとりである彼は、最終審査でVISUという賞をゲットし、鮮烈なデビューを遂げた。
だいぶ大差がついてしまっているが、それでも変わらずに交流を続けていて、定期的に俺と『GaoR』、ほか数名で飲み会を催しては、互いの活躍を称えあっている。
「俺は絶賛ミュージカル稽古中だよ」
『うわ、忙しいときにごめんな。たいした用じゃねえんだけど……今度の飲み会どうすっかなって思って……』
「休憩中だから気にしないで。俺も話したい気分だったし」
と言うと、恋人かとつっこまれた。俺は喉を鳴らす。
「そっちは? 仕事じゃないの?」
『移動中。……てか、なんか元気ない?』
「えっ」
喉の奥が、引きつった。
「な、なんで」
『声。いつもとちがうじゃん』
「そ、そう? あ、あれかな、稽古でけっこう声張ったから」
『それだけじゃないだろ絶対』
早く言えと、端末越しでも十分に圧を感じる。
えっと……。なんていうか……。俺は左手に携えた台本を握りしめながら、歯切れ悪く言葉を吐く。
「稽古の前にドラマ撮影があって……そのときに、ちょっと、自信喪失したというか……いや元々ないも同然なんだけど」
『……またか』
オーガの呆れかえった顔がありありと目に浮かぶ。
「あ、あはは。そう、また。俺の持病が発症したみたい」
はあ~~~とため息が聞こえ、思わず謝ってしまった。陰気な風が首元をよぎる。
沈黙。逆に耳が痛い。
俺は少しずつ肩を丸めながら、乱れた髪を隠すタオルを指先でくるくるといじる。
遠くに走行音だけがさざめいていた。赤信号か、物音ひとつしなくなると、
『ヒノデさ』
いやにいい声が響いた。
『3次審査のゲストで出たとき、少し叩かれてたじゃん?』
「へ? あ、うん」
1年前のことを掘り返されるとは思わなかった。
当時、みんなが触れなかった話題だ。
SNS上での騒ぎに関しては、基本的に腫れ物に触るように扱うことが多いのだ。
俺自身、とりたてて相談するほどのことでもなかった。視聴者にとやかく言われることは、出演依頼を受けたときから覚悟していた。
立場をわきまえろ。落ちた奴が審査できるのか。どうしてデビュー組よりも早く出ているんだ。
俺への批判はどれもまちがいじゃない。俺も考えていたことだ。幸い、アンチの標的はすぐに移り変わり、直接的な被害は特になかった。
なのにどうして今さら。
『俺さ、めっちゃムカついたんだよね、あれ』
「そ、そう、だったんだ」
『ヒノデの一件に限った話じゃないけど……。勝手に比べたり蔑んだりして、そんでさ、あろうことか俺らのことを持ち上げてる奴もいて。世の中、腐ってんなあって』
俺が言うと大事になっちゃうから抑えてたんだけど、と腹の虫どころを悪くしたようにぼやく。俺は胸がすく思いだった。
『なんでわかんねえんだろうな。お前らがバカにしてんのは、俺の大事な友だちなのに。そんなんで俺の好感度が上がっても、ちっともうれしくねえっつの』
「オーガ……」
『ちくしょう。SNSでしか文句言えねえ奴、全員、開示請求して屠ってやろうか』
「お、おいおいっ」
言いすぎ、言いすぎ!
今や『1/2』と肩を並べる人気アイドルが、そんなこと公言したら、それこそ炎上もんだよ。
あわてふためく俺をかえってなだめるみたく、電話の向こうから静かな笑みが吹かれた。
『……って、あいつなら言ってただろうな』
あいつ。その3文字で思い浮かぶのは、チーム『三つ子』の最後のピース。
俺らより2つ年上の、チームリーダー。
苦を苦と思わず、暑苦しいほどに笑う人。
――楽しかったな、クピド。
先輩。
俺らの精神的支柱だった。
彼の何気ない言葉に、俺は救われていた。
『良くも悪くも直球だったから』
過去形なのが、つらかった。
デビューしてほしかったし、するだろうと思っていたのに、先輩は俺よりも早くステージを降りてしまった。
先輩を惜しむ気持ちは、月日が経っても消えやしない。
今、どこにいるのか。何をしているのか。
どうか幸せに笑っていてほしいけれど……。
『でも、ヒノデはちがうだろ?』
意図的に声色を明るくしたのがわかった。
『何を言われてもさ、自分の中で咀嚼して、全部受け取ろうとすんじゃん。飯だって米一粒残さないし』
「ご、ごはんは関係ないでしょ」
『とにかく! いい奴ってことだよ!』
「え、ええー……そ、そんなこと」
『いい奴だよ、ヒノデは。どんな声も絶対に無視しない』
そんなことないよ。
だって。
だって……。
本当にいい奴だったら、あのとき、逃げたりしない。
いつも助けてくれた先輩に、俺は……背を向けて、見限ったんだ。
『俺は、ヒノデはもっと図々しくなってもいいと思うけど……ここで自信持てって言ってもどうせ逆効果なんだろうな』
「……」
『俺の言葉もきっと、ひと晩考え耽る材料になって、じっくりことこと煮込まれるんだ』
ちょっと拗ねた口調に、俺は少し気がゆるむ。
食欲はまったくないのに、今晩はカレーにすることだけが先決した。
『だから俺から言えるのは、これだけ』
オーディション中に戻ったようにオーガは告げる。
『納得いく仕事をしろよ』
「……ん、ありがと」
俺は表紙の折れた台本を胸に抱いた。
誰でもない自分が納得できるように。それが一番の関門であろうことはわかっている。そういう意味では、炎谷さんより俺のほうが厳しいのかもしれない。
稽古、がんばらなくちゃ。風邪を引いても、台風が来ても。俺はここにいるのだから。
「もし予定が空いてたら、舞台観に来てよ」
『あぁー……』
とたんに言いよどみ、やがて無声になる。電波の調子でも悪くなったのだろうか。
何度か呼びかけ、耳をすます。落ち着きのなくなった衣擦れの音。ぼそぼそとしたつぶやきも聞こえる。
『……それ、あいつも、出るよな』
聞こえても結局、首をかしげるはめになった。
「あいつ?」
『あいつだよ』
使い回された指示語は、また先輩のことを指しているのかと思われたが、どうもちがうようだ。話の脈絡を考えれば、簡単に検討をつけられた。
あぁ、タイヨウさんのことか。
「なんだよその、名前を呼んじゃいけないあの人、みたいな」
『実際呼びにくいだろうがよ』
「まあ、わかるけど……」
どこか気難しい空気が漂う。
それでもオーガは頑なに言い改めようとしない。
『あいつって……どんな奴?』
「どんな……むずかしいな。ひと言では言い表せないけど……本当に、太陽みたいな人だよ。でも、心の奥までつかめない。たまに月のようにも感じるんだ」
『ふーん』
ふしぎな人だ。
でも……だからだろうか。彼が難なくバクを演じられるのは。
ガコンッ!
隣にある自販機に突発的な振動が起こった。
びっくりして顔を上げれば、
「っ、た、タイヨウさん!?」
噂をすればなんとやら、太陽と月の両面性を持つ美丈夫が目の前に現れた。
タイヨウさんは俺を横目に、自販機の取り出し口から白濁したペットボトルを拾い上げる。
「ヒノデさん? そんなところで何して……」
俺の耳に当てられた携帯を見て、彼は反射的に口をつぐんだ。
なぜか電話口の向こうからも焦りが伝わる。
『え。あ、あいついんの?』
「う、うん」
『じゃ、じゃあ切るわ。もうすぐ現場着くし。ヒノデまたな』
「ちょっ、お」
最後、早口で言い逃げし、あっけなく電話を切られてしまった。
ツー、ツー、と機械音が規則的に震える。
気まずさが膨れ上がる。
「すみません、お電話の邪魔をしてしまって」
携帯をポケットにしまう俺に、タイヨウさんは申し訳なさそうに首を垂らした。俺は黙ってかぶりを振るしかできなかった。
彼のつぶらな双眸が怪訝そうに丸められる。
「なんか……幽霊でも見たような顔してますね」
「えっ、ごめん」
「……僕を幽霊とまちがえたんですか」
「い、いや! ちが!」
今度は否定の声だけが絞り出た。オーガの焦りが感染したにちがいない。
タイヨウさんはその長い脚で軽々と俺に近づき、顔を覗きこんできた。
ひんやりと冷えた肌に、脂汗がしみる。
「やっぱり体調、まだ悪いですか?」
「え?」
思わず聞き返してしまった。
視界いっぱいに、彼の心配そうな顔が映っている。
「ドラマ撮影のときから体調悪そうだったので」
「え、ええっと……だ、だいじょ」
「撮影のせいで、体調が悪くなった、と言ったほうがいいでしょうか」
「……っ」
俺は息をのんだ。無意識に胃のあたりをさすっていた。
「そ、そこまで気づいてたんですね」
「吐きそうにしていましたから。殺人現場の再現に」
午前に行われたドラマ撮影。今日は、事件発生のシーンがメインだった。
郊外のとある路地の一角でロケをした。俺が到着したときには、美術スタッフによって舞台が整えられていた。
生々しい血のり、荒らされたごみの山、アスファルトに引きずられた金属の跡。鼻の曲がる異臭に、ハエがたかっていた。リハーサルからは死体役も加わり、現場はさらに殺伐とした。
死体役の体は細かくつくりこまれ、傷口からはみ出る肉の質感は今にも脈を打ちそうだった。
カメラさえなければ、本物の殺人現場と相違なかった。
腰が抜けた。泣きそうだった。吐き気が止まらなかった。
第一発見者となったボンスケも、似たような言動を取るため、撮影自体は問題なく片付いた。
演技上手だね、と監督に褒められた。ちがうんです、そうじゃないんです。そう言っても単なる謙遜と捉えられてしまった。
心が、痛かった。
撮影後、昼食は一口も摂れなかった。稽古場まで移動する車内で、雪さんが用意してくれた天丼をずっと眺めていた。
「顔合わせのときにも、資料を見て顔色を悪くしていましたよね」
「……よく見てますね」
資料に掲載されていた写真も、本格派のお化け屋敷で使用されていそうなほどリアルだった。
バクのほうが事件シーンと立ち会う機会が多く、今日以上にグロい場面もある。本来バク役だった俺は、先行き不安で仕方なかった。
ボンスケに替わってよかったと、今日つくづく思った。思った自分を恥じた。気持ち悪かった。
「タイヨウさんはああいうの平気、なんですね」
「慣れてますから」
「な、慣れ……慣れるもんですかね……?」
タイヨウさんのまなじりがやるせなく歪められる。
「実は昔、心臓が弱くて入院していたんです」
「え……」
「周りには死が当たり前にありました。もちろん死体自体を見ることはそうそうないんですけど。ないことも、ない、といいますか」
血流がゆっくり滞っていく。
胃の中をうごめいていた、どろどろとした異物感が、食道を這い上がる。口腔をよぎり、脳をじわじわと締めつけた。痛覚が暴れだす。
「幼なじみも、あんな感じだったんです」
「あ、あんなって……」
「手術とかいろいろほどこされたあとでしたけど、全身硬くて、白くて、でも手首についた締めつけの跡は黒くて――」
今日のシーンと重ねて想像してしまい、脳内をガツンと揺さぶられた気がした。激痛が走り、耐えられなくなった俺はその場にうずくまる。
「あっ、ごめん、僕……!」
「……う、ううん……俺も、ごめん」
タオルで顔を隠した俺に、タイヨウさんはしゃがみこんで、俺の肩を撫でようとする。しかし寸前で、その手を引っこめてしまった。
「やっぱり、まだ無理そうですね」
「ごめん……」
「いえ……。ふつう慣れるものじゃありませんよ」
でも慣れないと。
このままじゃだめなんだ。
納得いく最後なんか迎えられない。
年下の後輩に座長を押しつけておいて、おざなりにはできない。
「スポドリ、飲みますか?」
差し出された冷たいペットボトルを、丁重に断った。




