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あいつが前世を愛さずとも  作者: 甘
先輩について
24/49

炎症⑴




「只今より、スペシャルドラマ『SIESTA(シエスタ)BAKU(バク)―』の制作発表会見を開始いたします」




ゴールデンウィーク明け。


落ち着き払った六本木にある、複合施設の高層階にある一室。


マスコミ関係者でびっしりと埋まった会場を、男性アナウンサーがハキハキと取り仕切る。




「ドラマ制作陣、そしてご出演される主要キャストの皆様にご登壇いただきましょう。大きな拍手でお迎えください」




手前の扉が開かれた。


廊下で待機していた俺は、フラッシュの焚かれた会場に足を踏み入れた。


ひとりひとりの登場に合わせ、アナウンサーによる端的な名乗り口上があったが、シャッター音にかき消されてしまう。


ドラマのポスタービジュアルを背景に掲げたステージに、総勢8名の登壇者が勢揃いすると、閃光の嵐が勢いを増す。


中年男性が立ちはだかるように前に出た。




「みなさん、本日はお忙しいところお集まりいただきありがとうございます。プロデューサーの中田(ナカタ)です」




縁の太いメガネにカメラを反射させ、マイクに親和性の高い声を響かせる。




「みなさんおそらく、美男美女のキャスト陣にいろいろと話を聞きたいと思うんですが……まずはね、私のほうから本作について説明させてください」




ミステリーの鉄板と名高い大人気シリーズ。


『SIESTA』


二重人格の探偵という一風変わったキャラクターのボンスケが、次々と巻き起こる難事件に立ち向かっていくサスペンスドラマである。


約7年前、ゴールデンタイムの連続ドラマとして放送され大ヒット。当時『オンステージ』に並ぶ社会現象を巻き起こした。その後も人気が衰えることなく、ドラマ1期・スペシャルドラマ・ドラマ2期・映画・ドラマ3期の順に公開され、長きに渡り愛されている。




「皆様の応援のおかげで、今回、2本目となるスペシャルドラマを制作する運びとなりました。誠にありがとうございます」




彼は気持ちをこめて一礼する。


たっぷり3秒見送って頭を上げると、メガネのレンズがキランと光る。後方の壁一面に敷かれたポスタービジュアルを、マイクの持っていない左手で示した。




「タイトルは『SIESTA―BAKU―』。満を持しての、ボンスケの過去編となります」




主人公・ボンスケは探偵として活躍する一方、彼自身の謎については明かしてこなかった。


なぜ、彼は、ふたつの人格を持っているのか。

秘められた過去に、いったい何があったのか。


ドラマ1期からそこはかとなくほのめかされてきたが、7年経った今もなお、伏線は回収されていない。映画とドラマ3期にてようやく片鱗に触れ始めた程度だ。


シリーズ最大の謎が、いよいよつまびらかにされる。




「今までベールに覆われていた学生時代のエピソードということで、まったく新しい『SIESTA』をお見せする所存です。それに伴い、今回に限り、ボンスケを準主役に据え、タイトルにあるバクという少年を主人公に物語を紡いでいきます」




新主人公のバクについては、あえてここでは多くを語らず、遠回しにドラマの視聴を誘発した。


中田プロデューサーは、司会のアナウンサーに目配せする。


アナウンサーは「それではお待たせいたしました」と前置きし、キャスト紹介を始める。




「今作の主人公・バクを演じますは、オーディション番組で発掘されたニュースター――」




耳目が一斉に一箇所に集まる。




「――タイヨウさんです!」




185センチを有する彼、タイヨウさんを捉えるのは、待ち合わせ場所にたどり着くより容易いことだ。


高校生の役柄に合わせ、ありふれた黒の学ランを着ているが、生涯エキストラにはなり得ない天性のスタイルが黙っていない。


列のちょうどセンターにたたずんでいることもあり、場内の注目度は100%にちがいなかった。


2か月前まで連続ドラマ『YOURS』で男主人公を熱演していたこともあり、重度の期待を寄せられている。


火傷しそうなほどの熱視線もなんのその、彼は余裕綽々とマイクを握る。




「お初にお目に……ゲホッゲホッ!」




かと思えば開口一番、咳き込んでしまい、頬がほんのり赤らんだ。




「す、すみません、緊張して……。あは」




照れ隠しの笑顔がなんともかわいらしく、真摯にレンズを覗いていたカメラマンが失笑する。


こほん、とタイヨウさんは咳払いをし、自ら編集点を作った。




「えっと、お初にお目にかかります。タイヨウです! あの『SIESTA』シリーズに参加でき、大変光栄に思っています。若輩者ではございますが、精一杯がんばります!」




始終、授業参観のような雰囲気だった。よくできましたと言わんばかりのほほえましい表情でアナウンサーは進行する。




「続きまして、ボンスケの高校生時代を演じますは、近年新人賞を総なめしている注目の役者、ヒノデさんです」


「は、はいっ。はじめまして。ヒノデと申します」




俺も保護者のひとりとして見守っていた手前、突然自分のターンが来たように感じ、声が裏返ってしまった。首元までかっちりと締まった制服に苦しさを覚える。


俺には彼みたくとっさに愛嬌はできない。何事もなかったようにコメントして押し通した。




「これまで名探偵ボンスケを演じられてきた大先輩、晴家 龍儀(ハルイエ リュウギ)さんの胸を借りるつもりで、高校生ボンスケと向き合っていきます」




『SIESTA』の現実軸では30歳であるボンスケを、ドラマ1期から背負い続けている晴家さんは、日本の映画界を支える名優のひとり。俺より20も年上なはずなのに、いまだに大学生役を演じることがあるほど、限界知らずな演技力を持つ。


龍様の愛称で親しまれる大先輩と、時間軸が異なるとはいえ同じ役を務めるのは、プレッシャーもあるが誇らしくもある。



登壇した6名のキャスト、そして最後に監督が挨拶し終えたタイミングで、スタッフによる椅子のセッティングが完了する。全員着席。記者や視聴者へのネタ提供、トークセッションのお時間だ。


アナウンサーがキーワードの書かれたフリップを取り出した。ポスタービジュアル、キャスティング、龍様。事前に知らされていた3つのトークテーマだ。


いの一番にピックアップされたのは、ポスタービジュアルについてだった。ここに来ればいやでも目に入る特大ポスターを、誰もが気にせずにはいられない。


劇場スクリーンに負けず劣らずなサイズの俺とタイヨウさん――ボンスケとバクが、背中合わせに立っている。前面に映っているのは、言わずもがな主役のバクだ。


当人を抜きにして周りは口々に印象を告げる。




「ふたりともかっこいいなあ」


「ポスターから早速ミステリアスな雰囲気が漂っていますね」


「つい見入っちゃう!」


「バクとか見ろよ、オーラえぐいぞ。ほとんど顔が見えないのに」




バクは右上の角に手をやり、ポスターを内側から破るような仕草をしている。実際に編集で一部分が剥がれ、めくれているデザインになっている。


彼の腕はちょうど顔面にかぶり、弧を描いた口元だけが覗く。


今にも荒ぶる台風の目のようだ。




「ヒノデくんのボンスケもなかなかにエモーショナルでいいよね」


「ふたり以外に無駄なものがないのも、未知なる背景という感じがしてわくわくします」




俺の演じるボンスケの横顔は、どこか物憂げだった。うつむきがちに背後のバクを気にしている。


バクの手で破かれた一片が、燃えカスとなり、宙をさすらう。そんなリアルなデザイン加工がなければ、実に殺風景な世界だった。たったふたりぼっちの、寂しい惑星。




「撮影、楽しかったですよね、ヒノデさん!」




ビジュアルのイメージとは裏腹に、タイヨウさんはウキウキで話しかけてきた。




「そうですね。いろんなパターン撮りましたけど、これが採用されたのはびっくりです」


「僕もです! 顔、隠れちゃったからNGかと思ってました」


「あら。そこが興味そそっていいんですよ」




老舗旅館の主人を彷彿とさせる女性が、しとやかに称える。彼女こそが『SIESTA』を築いてきた名監督である。ポスタービジュアルの撮影にももちろん立ち会った。


彼女が先導してビジュアルにこめられた意味やこだわりを共有していく。撮影の裏話にもちょろっと触れると、アナウンサーが相槌まじりに食いついた。




「キャスティングの裏話もあれば、ぜひお伺いしたいのですが」




2つ目のトークテーマに完全に移行すべく、はっきりとした質問が投下される。




「バクとボンスケの配役には、何か決め手があるんでしょうか」


「んー、話せば長くなるんですが、いいですか?」




冗談半分な口ぶりの中田プロデューサーに、アナウンサーは快活な笑顔でふたつ返事する。


中田プロデューサーはミーティングを開くように監督と向かい合った。




「さて、どこから話そうか」


「キャスティングの理由は、ひとりひとり様々ですもんね。特に主役・準主役についてはいろいろ話し合いました」


「そうそう。あーでもないこーでもないって、何度も会議を重ねて。そうしてやっと決まったー! と思ったら……まさかこうなるなんて」


「ええ、まったく。予想だにしませんでした。……というのもですね、みなさん。おどろきになるかと思いますが、当初、ふたりの役柄は逆だったんですよ」




いたずらにためにためて知らされた、正真正銘の裏話。


マスコミのどこからか、えええっ! と100点満点のリアクションが反響する。


役の降板や世代交代ならまだしも、配役の入れ替えはそうそう聞かない。キャスティングにはそれぞれ意味があり、事情がある。トレンドやスケジュールに折り合いをつけたり、事務所やスポンサーの意向を聞き入れたり、何段階ものステップを超えてようやく決定するのだ。


ドラマの軸ともいえる主演を変更するなんてリスキーすぎる。


しかし、先月、それは起こった。


顔合わせのあと、軽く読み合わせをしたとき、唐突にタイヨウさんが提案したのだ。




「ボンスケとバクの役、スイッチしてみませんか? って、タイヨウくんが言ったときは、正気の沙汰じゃないと思ったね」




中田プロデューサー、笑って言ってますけど……「思った」んじゃなくて、「実際に言った」の間違いじゃないですか。お前さん正気か、って。徹夜明けの据わった目つきでめちゃくちゃ凄んでましたよ。すごく怖かった。デスゲームが始まったような空気感で、生きて帰れないんじゃないかとひやひやしてた。


笑い話になってよかったけれど。




「あはは、ひどいなあ。僕はいつだって正気ですし、真剣ですよ! 読み合わせしたとき、みなさんどこか噛み合ってない感覚があったでしょ? だから心機一転どうかなって」


「それで本当に提案しちゃうのがすごいですよね」




俺がモノローグのテンションでつぶやいたひと言にも、タイヨウさんは聞き漏らさず、真剣に応える。




「恐れ多くはありましたけど……でも、いい作品にしたいですから!」




読み合わせのときも、彼はずっとその調子だった。


キャスティングを無下にするわけでもなく、自分本位な感情をさらけ出すわけでもなく。それでいて、ドラマを成功させるためなら、ためらいなくなんでもやろうとする。


作品(ここ)に賭す心意気は、もしかしたらプロデューサーら制作陣よりも強く、実直かもしれない。



彼の言葉には裏表がない。


悪気なく、客観的に、物事を判断できる力がある。それは、自分自身のことも。


配役の入れ替えを提案した際、まずもって自分がボンスケであると発生するデメリットを羅列した。晴家さんと顔タイプは似ているが背格好がちがいすぎるだとか、そのせいで変にいびつに見えてしまうだとか。


その点、俺だとしっくりくるらしい。ふつうにしていても高校生に見え、弱さと強さも同時に伝えられる表現力があるのだと。彼自身、バクであれば見た目だけでも異彩を放つことができるし、良質な化学変化を生み出せるだろうと考えた。



俺にとっては、願ってもない提案だった。


主役を手放すのは悔しいけれど、正直、バクという役は俺の手には追えない。たぶん、俺とバクは、本質的にちがうんだと思う。俺にはないものをたくさん持っていて、擬態することすらさせてくれない。はじめて役柄に恐怖を覚えた。


読み合わせでは、やはり俺が一番つまずいていた。監督に何度も止められた。でもどうすればいいのかわからなかった。


バク。『SIESTA』シリーズに初登場のキャラクター。今作の主人公。手本がないから、俺が一から作り上げないといけない。俺がだめだと作品もだめになる。せっかくの過去編が水の泡。……焦ってよけいに錯乱する。バクの理解者になれる気がしなかった。



だからタイヨウさんが提案してくれたときは、心底安心してしまった。


ボンスケのことならドラマをよく観ていたから理解できる。それに、長い目で見れば、ボンスケを演じたほうが、今後も出演できる可能性が高い。なんて、打算的なことも考えて、主演を降りることを正当化させようとした。


いい作品にしたい。俺も同じ気持ちだ。俺のせいでシリーズに泥を塗ってはいけない。


足を引っ張るくらいなら、思い切って提案に乗るほうがずっといい。




「結果的によかったでしょう? 役を逆転させて」


「うんうん、英断だよ。さっすがHERO!」


「あーっ、いじるのやめてくださいよー!」




タイヨウさんと中田プロデューサーが親子のようにじゃれあう。デスゲームの空気で対峙していたとは思えない仲睦まじさ。やっぱりタイヨウさんはすごい。彼なら本当のデスゲームに立ち会っても、持ち前の説得力で参加者を懐柔してしまうだろう。前人未踏の全員生還ルートに到達できそうな風格さえある。


ヒーローを冠する肩書きは、彼みたいな人にこそふさわしい。




「ちなみになんですが、これまでのシリーズで主演を張ってきた、ボンスケ役・晴家さんのご出演はありますか」




恐縮そうに水を差したアナウンサーが、3つ目のトークテーマについて訊ねた。龍様ですか、と監督がしみじみと愛称を口にする。




「彼については……そうですね。楽しみにしていただけたらとだけ、お伝えしておきましょう」




意味深に微笑む監督に、カメラのライトが立て続けに瞬いた。それを利用するように中田プロデューサーが起立し、マイクをキンとうならせた。




「トークの最後に、ひとつ、重大発表といきましょう」




もったいぶった言い方でカメラを独占する。


あぁ……ついに、アレを言うのか。


俺は腹筋を力ませ、背筋を伸ばした。


中田プロデューサーは顎を引き、中指でメガネをくいっと上げた。




「今回、業界初の試みを企画しております。テレビドラマと演劇をつなぐ、エンターテインメント連動企画!」


「演劇……?」




ざわつく場内を見渡すプロデューサーの眼が、悦に入った色を光らせた。




「スペシャルドラマ『SIESTA―BAKU―』の地上波放送とともに、同タイトルのミュージカルをドラマと同時刻に上演いたします!」




前代未聞の大型企画。


同じキャスト、同じストーリーで紡がれた2種類の『SIESTA-BAKU-』が、ほぼ同時に公開される。


シリーズでは初の舞台化であるが、ドラマがすぐに再放送されないのと同じように、ミュージカルもまた一度しか公演されない。


企画内容だけでいえば、博打にも近いだろう。実現できたのは、ひとえに、長寿シリーズの人気の高さと今までに得た莫大な興行収入のおかげにほかならない。




「この企画の目的は、ふたつあります。まず第一に、シリーズを応援してくださる皆様に、感謝の気持ちをこめて特別な催しがしたかったため。第二に、芝居を愛する者として、演劇をより盛り上がるきっかけにしたいと考えたためです」




今回、利益は二の次なのだ。


みんなを楽しませたい。極上のお祭りにしたい。根底にある思いは、ただそれだけだ。


今日だってそう。放送および上演は秋にもかかわらず、みんなの楽しみになりたいがために早めに情報解禁された。もはや制作発表会見は、このときのために行われたと言っても過言ではない。




「ミュージカルは、日本の演劇界を先駆した演出家・炎谷氏の監修の下、『SIESTA』の世界観を完全再現いたします。どうです? 面白そうでしょう? どちらの『SIESTA―BAKU―』をご覧になるかは、皆様の自由……で、す、が! 一夜のSIESTA祭を、どうぞお見逃しなく!」




俺もシリーズの一ファンだし、せっかくならまったく新しい『SIESTA』を楽しみたい。


祭りばやしみたいに心音が騒いだ。


やることは目白押しだ。現在進行形で実施されているドラマ撮影。会見のあとも撮影スケジュールが組まれている。明日からは個人インタビューやドラマ主題歌の制作が立てこみ、来月からはドラマ撮影と並行して舞台稽古が始まる。


活きのいいフラッシュが、俺の日常を切り裂いた。



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