#3 ファンタジスタ⑷
中間チェックの大トリ、Eチーム。
背格好のバラバラな4人が、しゃんと居並ぶ。たたずまいが全員優雅で美しく、前世は貴公子かもしれなかった。
垣間見える余裕は、Dチームで流れが変わったおかげか、それとも練習に基づく信頼か。
今までと明らかにちがうにおいがした。まるで気高く芳醇な。
「Eチームこと『OUTSIDER』です。よろしくお願いします!」
左端の上背がある少年は、思いのほか無防備な笑顔を見せた。不覚にもドキッとして、目が釘付けになる。
参加者の中で真っ先に名前を覚えた人。
タイヨウ。
自ら熱と光を生み出せる、銀河系の恒星と同じ名前。いまどきありふれた、親しみある名前。
けれど、一度聞いたら、忘れられなかった名前。
突出したルックスに、愛嬌のある性格。1話では、手始めにクラシックダンスをやってのけ、度胸と実力まで兼ね備えている。
意識してしかるべきなのだ。
凝視しすぎたか、彼がにこっと俺に笑いかけた。俺は思わず口を開閉させる。言葉は何も出てこない。動悸がする。
彼のチームが、俺の曲をやるのか……。
俺が作詞作曲のベースを手がけた楽曲――『beauty』。
今回のゲスト出演とともに制作依頼があり、三日三晩寝ずに専念したら形になってしまい、あれよあれよという間に専門家の手が加えられできた曲だ。
夢を追うオーディション参加者を蛹にたとえ、脱皮から羽化までを、主調を変化させながら織り成した。
いっそさっさと公開処刑してくれと願っていたのにまさかのアンカーに回され、しかも最も注目していると言っても過言ではない彼が選んでいるしで、まったく評価どころじゃない。むしろ俺がフィードバックされたいくらいだ。
チーム『OUTSIDER』の4人はスタンバイの前に円陣を組み、ナントカインマインド〜と独自のかけ声を叫んだ。互いの背中をバシバシ叩き合い、笑いが漏れる。仲の良さがうかがえた。
和やかなムードのまま彼らは縦一列になる。先頭に来たのは、ヤマジさんだ。彼もこのチームだったのか。今の今まで気づかなかった自分に呆れてしまう。
彼らが目を瞑りうつむくと、でこぼこな背丈にもかかわらず、正面からはヤマジさんの姿しか見えなかった。抜け目なく計算されている。
酸素がすっと引いていく。
嵐の前の静けさ。
ADのカウントダウンが緊張感を誘う。
俺は曲の始まりにくる、オルガンの音を待った。
楽曲依頼の際、やんわりと要求があった。シティポップな感じに、と。おそらく課題曲のジャンルをかぶらせないためだ。現に、クールなダンサブルの『Phoenix』、きらきらの王道『秘密のパーティー』のように曲ごとにわかりやすい特徴がある。
それでシンセサイザーを使って、蛹化の過程と重ねた青さのあるイントロにしたのだが。
ゼロの合図で、俺は肩肘を張る。
じわりと静かな音色が広がった。
先頭のヤマジさんは依然として目を閉じながら、なめらかに腕を前に伸ばした。主旋律の流れをつかむように右と左の手を小指から順に合わせていく。そうして合掌した手を胸元に持っていきながら首をぐるりと回す。あえての一音の見逃しから、その場で俊敏にポーズを取った。ハニワのような盆栽のような、よくわからないポーズだった。
すまし顔でキメているヤマジさんのうしろから、ひとりまたひとりと小気味よく横にずれていき、果たして奇抜なポーズで静止する。それぞれ趣向の異なる構えで横一列に変形した。
芸術品の展示を鑑賞している気分だった。
事前に確認したコレオとはまるで印象がちがう。かなりアレンジされてある。今の4人のポージングもそうだ。データ上では蛹が脱皮し蝶になるまでの進化の図を表していて、とにかくこんな怪しいポーズではなかった。
原型を留めていないのは、なぜか。
解釈がずれているのだろうか。
しかし、歌い出し、
「他人とはちがうね」
開眼したヤマジさんの声は、まさしく俺の思い描いていた色をしていた。
ムーディーな伴奏にまぎれ、すんと背伸びしているような歌い方。レッスン室に入ったときに聞いた、天真爛漫なロングトーンからは想像つかない繊細さがあった。
おどろきを隠せない俺に、彼は冷ややかな一瞥を寄越した。デビュー前とはいえアイドルらしからぬ目つきに、ぞっと悪寒がよぎる。
脱皮前の幼さや不器用さを想定してか、いや、それにしては睨みが利いている。なんというか、優等生の気疲れのような……どうせ知らないでしょうと、幼稚なのは俺のほうだと、諭されている気がした。
彼はAメロを鼻にかけて歌いながら、ドラムのリズムと一緒にステップを刻んでいく。微動だにしないほか3人に触れながら前を過ぎると、3人の瞳がぎょろりとうごめき、ヤマジさんのいるほうによろめく。
アイソレを駆使したシンクロダンスをし、全員が中央に集まった。
ひとりうずくまったタイヨウさんを、3人の両腕が素早く覆う。一見、蛹の体現にも受け取れるが、妙に動きが洗練されている。
タイヨウさんがふらりと立ち上がった。
「ここに閉じこめるのは、僕のためと、君は言ってた」
抑揚のない歌声で、Bメロをたどる。
タイヨウさんの周りで直線的に振れた3人の手が、きれいな長方形をつくった。
額縁のような枠組みに閉じこめられたタイヨウさんは、中空に手を這わせた。ガラス一枚隔たっていると錯覚させる、完璧なパントマイム。手つきが徐々に荒々しくなり、歌声にも力がこもる。
「ここにいるほうが幸せになれるよ。誰が言ってた?」
小洒落たコードに刺さる攻撃的な効果音が、ぶわっと轟いた瞬間、彼のこぶしが突き出した。
殻を破る爆発力や燦然たる進化を表現したくてBメロのラストにねじこんだ効果音だが、今は、ただ、ガラスの割れる音にしか聞こえなかった。
長方形の辺となる、黒い生地をまとう腕が豪快に波を打ち、バラバラに放れていく。
解放のとき。
タイヨウさんは不敵な微笑をたたえた。
羽化する蝶があんな表情をするだろうか。いいや、しない。もっと活き活きとした輝きに包まれ、清々しい感動をもたらすはずだ。
彼らに可憐な羽は、ない。
はなから必要がない。だって彼ら自身が美しい。この場にいる全員の目を奪う、異様な妖しさがある。
どんどん血をたぎらせていくのが、かえって痛々しく、不自然に感じた。
蝶でもなければ人でもないのだろう。
そこまで考えて、俺はハッと思い当たる。
彼らのやりたいことって、もしかして――。
顔を歪ませたタイヨウさんは、手招きするみたくこぶしを開き、指先を華麗に回した。腰も回して背を向ければ、今まで脇を固めていたメンバー2人が飛び出す。
サビへのつなぎに変調させた和音が、勢いよく破裂する。
「僕が僕を愛でよう。Beautiful」
「I'm so beautiful」
透明感のある声質をかすれさせた、ヒステリックな叫び。
身のこなしは浮世離れしているのに、人間味がひしひしと伝わってくる。それがやはりどこかちぐはぐしていて、少し気味が悪い。
俺は確信した。
単なるレッスン室が、瞬く間に、景色を変える。
ここは、美で埋め尽くされた世界――美術館。
彼らはそこに囚われた、名だたる芸術品。
魂を宿し、覚醒した品々は、自由を求め、人間臭く足掻こうとしているのだ。
本家の解釈とは異なる世界観に、俺は愕然とした。
なるほどそうきたか。
その手があったか……!
もはや笑ってしまいそうだった。
この曲を形にしたとき、きれいにまとまりすぎて、なんとなくいやだったのだ。三徹クオリティーだからだろうかと、ディレクターや編曲者や演奏家などプロたちに相談した。けれどみな、口を揃えていい曲だとGOサインを出した。
ちっともうれしくなかった。
こんなんじゃない、きれいごとを言いたいわけじゃないんだと、完成したあともずっと納得できずにいた。提出期限さえなければ、データを丸ごと覆してしまいたかった。
芸能界は、きらびやかなだけじゃない。
きれいな花には棘がある。
癒す薬も毒になる。
輝く宝石にも傷はつく。
アイドルにも、心はある。
なのに、おかしいな。
エンタメで消費されるだけの商品になり、アンチのサンドバッグにされ、見て見ぬふりして笑う便利な機械になっている。
心はきっともうハートの形をしていない。
傷つくほど強くなるとよく言うけれど、あんなの嘘っぱちだ。一度の負傷が致命傷になり得るのに。
それとも俺がおかしいのかな。
俺、蝶の羽をきれいだと思ったことなんか、一度もないよ。ふつうに気持ち悪いよ。
だけど、少なくとも、サビを踊る4人はわかってくれている。俺が本当に言いたかったことを、上っ面な曲からひとつ残らず拾い集めてくれた。
あふれんばかりの美の暴走。
覚醒前後にギャップがある分、いっそう訴えかける力が際立つ。
目が痛くなった。すぐに耳も痛くなる。
怖いのに、なのに、俺は安心して見入っていた。
狂気すらまとう彼らの世界に耽るしかなかった。
オルガンの奏でるメロディーに、彼らは感情むき出しにしてダイナミックに動く。足を高く振りかざし、胸をしなやかに浮かせた。それでも節々の所作は丁寧で、かぐわしく、どの瞬間も絵になる。
ヤマジさんがジャンプして身を捻り、バタフライツイストという凄技をさらりとやってのけた。
4人はまた横に整列し、右端から順に背を向ける。ふくらむサウンドの上を一歩、二歩と歩き、最後の一音でヤマジさんだけが振り向く。人差し指を添えた唇をニヤリと吊り上げると、落ち着いていく余韻に浸りながら踵を返した。
音が止み、物言わぬ4つの背中がたたずむ。
美術館本来の無機質な静寂に呑まれる。
声を出すことはおろか、拍手するのもためらわれた。
あ、でも、別にいいのか。ここは本当の美術館じゃないんだし。
と、気づいてもなお、周りの硬直した空気にあてられ、俺は小指ひとつ動かせなかった。
さっきまで威勢よく喋り倒していた現場指導員の2人は、毒気を抜かれ、前かがみになって4人を見つめている。見学していた他グループの少年たちも、唖然として目やら口やら開けている。
「あ、あの〜?」
及び腰でタイヨウさんが沈黙を破った。
俺の両隣にいる指導員2名はハッとしてわざとらしく手を叩いた。しかし長くは続かず、ボイストレーナーはぼんやりと頭を抱え、ダンスインストラクターはどぎまぎと胸を押さえる。
なかなか美術館から抜け出せずにいる。
2人の長所でもあり短所でもあった、自由気ままな雄弁さが、完全に封じられ、いつまで経っても評価に入れない。
チーム『OUTSIDER』の4人は、元凶の自覚もなく顔を見合わせる。
ヤマジさんが怪訝そうに眉根を寄せた。
「お、俺らのパフォ、そんなやばかったすか?」
即座にボイストレーナーがうなすぎ、ダンスインストラクターが否定する。
「えっ、どっち!? 可もなく不可もなく的な意味すか?」
「いいほう! いいほうですよ!」
俺は反射的にフォローを入れた。ね? と両隣に話しかけると、今度はそろって首を大きく縦に振った。
少年4人はほっとして愁眉を開く。
「美術館や芸術品のコンセプト、ですよね?」
月並みな感想よりも真っ先に出てきた質問に、ヤマジさんが嬉々として食いついた。
「はい! そうっす! あーよかったー通じたー……あ」
「ヤマジさん?」
「あー、その、すみません……」
なんでいきなり謝られた!?
あ、もしかして、蛹から蝶への解釈を捻じ曲げてしまったことに対する罪悪感から……?
気にすることないのに。
俺としてはお礼を言いたいくらいだ。
「どなたの提案ですか?」
「僕です」
手を挙げたのは、タイヨウさんだった。
「ああ、あなたが……。すばらしい観点ですね。おみそれしました」
「ありがとうございます」
「さすがタイヨウさんっ」
イェーイ! とヤマジさんが左横のタイヨウさんに両手を向ける。パチンと軽快な音が弾ける。流れでタイヨウさんはほかのメンバーともハイタッチする。
ここのリーダーは、まちがいなくタイヨウさんだな。
チーム『シノギ』のセンリさんが先頭に立って引っ張るリーダーに対し、彼はチーム全体で楽しんで、平均レベルを底上げするタイプだ。
「僕、好きです。『beauty』」
不意に来た、タイヨウさんの告白。笑いなしの真面目な顔つきに、俺の耳裏はぼっと紅潮した。
今だけ、俺もこのチームの一員になったような気持ちになる。かつてのなつかしさがふわりと吹いた。
あの日以降、歌うことのなかった『クピド』を、無性に歌いたくなった。
俺も好きになりたい。あの曲も、この曲も。




