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022「水面下の祈り」

本日二話目です。

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〈二〇二五年 七月二十四日 御加実市 深海区域(マリンエリア) 二階〉



────水中にいる……そう自覚した瞬間、俺は即座に水中を蹴って移動していた。


 驚愕もある、戸惑いもある、だがそれらは置き去りにして、今はなすべきことをする。


 瞬時に、バタ足で泳いだ俺は、目の前で混乱しているクアリを抱きかかえる。

 突如水中に追い込まれた人間なら普通の反応だ。

 すでに溺れかけていたクアリを連れ、飲食店の物陰に隠れる。


 そして、辺りを見回すと、キキョウが能力を発動していた。

 キキョウの能力は万能型なので、陸海空のどのジャンルにも対応できる。

 キキョウの身を包むのは、小型の潜水艦だ。

 《機械猟犬(ハウンド)》から姿を変えた《潜伏役(ステルサー・ロール)》は、本来地面に潜って身を隠す用途だ、無論水中でも使える。

 

 心配していなかったが、潜水艦内部なら息ができるらしい。

 しかし、あの潜水艦は一人乗りだ、俺たちの入るスペースはない。


…………つまり、自前で空気を発生させなければならない。



「────っ」

 クアリの表情を見るとすでに前後不覚に陥っているだろうことがわかる。

 様子を見るに、どうやらクアリは水が苦手で、泳げないらしい。

 そんな二重苦(ダブルバインド)状態のところ悪いが、今はクアリの能力が頼りだ。


 しかし、ここは水中に等しい場所、音は伝わらない。

 音のない空間で出来ることは………………やるしかないか。


 そして、俺は──────クアリにキスをした。


 勘違いしないでほしい、ただの人工呼吸だ。

 緊急時の適切な処置だ、どうかファーストキスには数えないでほしい。

 まあ、普通に傍から見れば少女に無理やり接吻した変質者だが、そんなことは置いておく。

 茫然自失の状態から、クアリは強制的に俺へと意識を移された。


 何か、ショックを受けた様子の彼女が俺を見る。

 問題ないと判断した俺は、両指を絡めて祈りの仕草をした。



………………それだけで、全てが伝わった。




 能力が発動される、クアリが言っていた祈るポーズを取ることで発動する結界の能力だ。


「──────ぷはっ。よかった、結界内には空気があるみたいだ」

 予想通り、この部屋自体があのサメの結界のようなもの。

 結界内に結界が発生した場合、中にいるクアリの結界の効果が優先されるらしい。

 

「というか、服も体も濡れてない。効果的には、水中にいるときのものが再現されるだけで、外に出れば、効果が消えるのか」

 それに、サメの結界内にいる生物のみが影響されるらしいため、服はサメの結界内でもそもそも濡れていなかった。

 着衣での水泳とそれ以外では、雲泥の差なので普通に泳げるのはたすかった。


「な、ナギト様………?」

 クアリは顔を真っ赤にしていた。

 誤魔化すためにいろいろ言ったが駄目だったか。


「あー、ホントにすまん。初めてだったか?あんなの生命維持の為だからノーカンだ」

 あの時は、咄嗟にあれ以外思いつかなかったのだ…………勘弁してくれ。

 責任とか言い出さないよな?通報は勘弁してくれ、というかキキョウに知れたらその場で略式死刑であろう。


「う、はい。わ、わかっております。今はそれどころではないですし」

「そうそう、あとキキョウに言うのは本当にやめてね?」

 マジで、この状況でも死にそうだが、生き残っても死ぬのも勘弁だ。

 そう、早口で言ったクアリは本当にわかっているのかどうか…………ともかく、赤い顔で俯いた。


「──────二人だけの秘密、ですか?」

「お、おう。たぶんそれだ」

 なんかニュアンスが変だが、それでいい。

 んで、できれば忘れてくれると幸いだ。





──────ズドン、と水中で響いたような音が結界内にも伝わる。


 見た感じ、二匹のコバンザメは、キキョウの潜水艦の魚雷に撃墜されたらしい。

 咄嗟に身を庇った俺たちは、見上げるほどの巨大なサメが目に映る。



「──────っ」

 サメvsキキョウが目の前で勃発していた。

 しかし、サメの猛攻を回避するしかない潜水艦(キキョウ)、唯一の攻撃手段である魚雷もほぼ効果がないようだ。

 

「な、ナギト様、キキョウ様にて秘密にしておくよう言い使っておりましたが、これを………」

 そうクアリはおずおずと懐から、通信機(トランシーバー)を取り出した。

 ついでに拳銃(ハンドガン)も…………いや、思ったより信用されてねぇな?

 つか、シスター少女がそれ持ってるのなんかカッコいい……言っている場合ではないが

 

「サンキュ、ナイス判断だクアリ………んで、勝てそうか?キキョウ」

『──────チッ、この通信機使ってるってことは………ま、仕方ねぇか。おう、勝てるわけねぇだろ、この潜水艦はステルス用だって知ってんだろ?』

 俺は上部のボタンを押すと、無線通信でキキョウの声が通信機で伝わる。

 するとネガティブな答えが返ってくる。

 キキョウの言う通りだが、このまましてやられるわけにもいかない。


「正直、作戦がぽしゃった以上、ここからはアドリブなんだが……」

『………………陣地で自信満々に罠張ってるやつ相手にアドリブなんて考えたくねぇが。ソレ(アドリブ)の方が得意でな、どうせお前の方は小狡い策でも思いついてんだろ?』

 そう、荒々しく言うキキョウは、それでもある程度信用してくれているようだった。

 まあ、子狡いって…………まあ、自覚がありはするが。


「────そうだな、正直二人だよりの策で、成功確率も低い」

『ま、アタシは何でもいい、ただクアリは──』

「私も大丈夫です。ナギト様なら、この状況もきっと打開してくれます!」

 キキョウは俺の話しぶりに、クアリも戦術に組み込むことを予期したのだろう。

 ただ、その心配をよそに、クアリはやる気満々らしい。

 その信頼は少し重いが、とはいえやる気があるのは良いことだ。


「………………まあ、ぶっちゃけとれる策も少ないから、さっきの焼き増しの囮作戦だ」


 そして、俺が思いついた策に、キキョウは苦い顔を、クアリは覚悟を決めた顔をした。


◆◇◆◇◆


 空を泳ぐ巨躯が、小さな潜水艦を襲う。

 その様子を眺めていたナギトは分析する。

 あのサメはナギトたちにも気付いている……だがそれよりも潜水艦(キキョウ)が脅威と判断し、ナギトたちを無視しているのだろう。


 潜水艦もサメに応戦するが、コバンザメを屠った魚雷をサメはものともしない。

 それどころか、魚雷を打っている間は回避できないので、潜水艦(キキョウ)もほぼ防戦一方であった。

 

────このままであればジリ貧であろう。


 そう、魚たちの王であるザメは判断する。

 そして、王の領域である水中をわが物顔で闊歩する鉄屑をかみ砕いた後に、あの結界を張っている奴らも殺す。

 例外はない。


 ナギトは思う、あのサメの能力はその大部分が水中化を強いることに割かれている。

 他の能力はない、もしあったとすれば潜水艦を屠るためにすでに使っているだろう。

 つまり────



────────ただのデカくて、分厚い的だ。


 ナギトは口の端を上げた。

 そして………………



「────────クアリ!」

「はいッ!」

 彼女の名前を呼び、そして彼女が答えた瞬間────結界が()()()()()


 魚たちの王は一瞬、彼らの行動に瞠目する。

 ただ、それは一瞬のみ…………王の気を引くのには、ふぐわない策────



────ぱん、と水中に走る音が王の耳朶を打つ。


 それを成したものはナギトの掌に握られていた。

 ナギトの手にあるのは、クアリが持っていた拳銃だ。


 無論、素人であるナギトに拳銃を扱う心得はない。

 しかし、この距離でも弾丸はサメへと向かい、サメの注意を引くには十分だろう。

 そして、サメは巨体であり、的もでかいので当たってもおかしくはない弾だ。


 まあ、当たらなくてもよかった……ただ当たったのはただの運だろう。

 ただ、あった方が()()がある

 そう、その弾丸はサメにとっては一切ダメージのない攻撃でも…………



────だが、それでも(サメ)はその攻撃を、挑発と捉えることは当たり前だ。


 何らかの策かもしれない……たとえ、そうでなくても踏み潰すのが王の矜持であろう。

 そう判断した魚たちの王は、その巨体を落とすようにナギトへと大口を開けて突っ込む。


 驚愕に目を見開いたナギト。

 水中で、音のない世界で……それでもナギトは両者の間に捕食者と被捕食者の絶対的な格差を理解してしまう。

 故に、ボスはナギトを優先し、潜水艦(キキョウ)の事など忘れてこちらに来る。

 潜水艦(キキョウ)がサメの背を魚雷を撃つがすでに遅い。


 故に、魚たちの王(サメ)はナギトを噛み千切ろうとし──────




─────────ナギトが背を向けると、くるりと別の人影に代わる。


 反対側にいたのは────透明化したクアリが祈りを捧げていた。

 ナギトが施した策は単純、ステルス艦たるキキョウの潜水艦の光学迷彩をクアリに施すこと。


 ビーコンでの攪乱はおそらくうまくいっていた。

 しかし、ナギトの包帯に滲んだ血の匂いをかぎ分けたサメがこちらの存在を察知したのだろうと彼は踏んでいた。

 故に、サメの魔力探知は、キキョウの能力も効くということ。


 そして、《機械猟犬(ハウンド)》の効果は基本的に使い手のサポートを基本としたものだ。

 ステルス艦たる《潜伏役(ステルサー・ロール)》の能力は光学迷彩だ……それも対象を選べるもの、故にクアリを対象にし、サメの魔力探知を欺いた。

 

 故に、サメはクアリの存在を失念していた。

 そもそも、あの巨体にあの強力な能力……サメにとって、クアリの存在など、虫程度にしか感じていなかっただろう。

 サメはナギトの挑発に乗らず、ナギトたちが息切れするのを待てばいいのにもかかわらずだ。

 故に、これは奴の慢心が招いたものだ。



────────クアリの結界が、サメの全身を包む。



 ナギトとクアリは結界の外にいる。

 そして、クアリの結界はサメを空気のある空間に閉じ込める。

 流石に、サメが入ったクアリの結界も水中にはならなかったようだ。

 結界に包まれて水揚げされたサメの眼前に現れたものは──────



────サメには劣るものの、それでも巨大な二股に分かれた超電磁砲であった。





『──────《形態変(シェイプシフト)》、《大砲役(キャノナー・ロール)》』


 形態変換の宣言が、聞こえないはずの水中を泳ぐキキョウの口から聞こえたような気がした。

 それは、電力そこそこ消費する一撃必殺の電磁砲(レールガン)を放つ形態。

 二十秒……それがその強力無比の砲撃を放つ猶予であり、その間、砲塔の本体は移動できない。


──────19


 音を立てて、力を貯めている電磁砲をみて、サメは尾びれと背びれをばたつかせ、結界を破らんとする。


──────18


 ばきり、と結界にひびが入る。


──────17


 疑似的に水中であっても、クアリの額に玉の汗が見えるほど、少女は眉間に皺を作っていた。

 結界の維持に全力を注ぐため、目を閉じ祈りを全力で捧げる少女の様子は限界ギリギリであった。


──────16


 しかも環境は、呼吸を許さぬ彼女の苦手な水中だ。

 作戦自体は順当、しかし彼女に無理を強いるもので、これ以上見ていられない。

 だが、それでもナギトは生き残るために彼女を応援するしかない。


──────15


 ナギトはそれを自覚し、自らの無い手札を切る方法を水中で探す。。


──────14


 だがどれだけ探しても効果的なものはない、彼女にしてやれることは何もないのだ。


──────13


 サメは暴れる、己の命の危機を前にして……火事場の馬鹿力は結界内では出せない。

 空気がある場所でサメは本気を出せない……それが俺たちの唯一の生命線。


──────12


 結界の罅が少しずつ大きくなる。


──────11


 サメは王であることなど忘れ、必死にもがく。


──────10


 クアリの顔色が悪い…………サメの必死の抵抗で、結界の崩壊は近い状態に陥ってしまった。


──────9


 それでも、何とかしようと必死に掌を折らんばかりに合わせるクアリ。


──────8

 

 サメは目の前の電磁砲が唸ることに恐怖を覚え、抵抗も強くなる。


──────7


 結界の罅が全体に回る。


──────6


 どうして、結界を維持できているのかわからないくらい結界が痛んでいることがわかる。


──────5


 クアリは鼻血を流し、意識を保つのもギリギリで片目を開けて目を血走らせている。

 もはや、気合いで持たせているようなものだ。


──────4

 

 それでも、クアリは背中に感じる彼の熱を頼りに結界を発動し続ける。


──────3


 力が抜ける、すでに、結界は薄くなっていた。


──────2


 祈りの為に掌を合わせる力すら──────





──────背後から、掌が彼女の手に被さる。


 離れようとしていた彼女の手は背後から回されたナギトの手に握られる。

 その温かさから、伝わってくるのはナギトのせめてもの祈りだった。

 自らは何もできない、しかし一緒に祈ることはできる。


 その、折れていて、激痛が走っているだろう手……それでも、と手を握ってくれる暖かい手が彼女の意識と想いを確かに紡いでくれる。

 そして、彼女は静かに祈りを、掌に込める。



──────1






──────0を待たず、光の砲弾が海中に打ち出される。


 水中ですら、衝撃を持って伝わる轟音が聞こえた。

 間近から放たれた電磁砲の苛烈な一撃は、なすすべのないサメの腹をを串刺しにする。

 この時の為に用意された砲撃……凄まじい威力の稲妻は螺旋階段を貫いて天井まで到達していた。




 まるで、勝利を祝う祝砲の如き閃光が、ナギトたちの目を瞬かせた。


〈Tips!〉

・キキョウの能力について その②

 キキョウの《形態変》の《大砲役》は高威力を誇るがその場から動けない。

 そして、最低でも二十秒の待機時間が必要というデメリットも存在する。

 《潜伏役》は地面を潜れる潜水艦になる能力、光学迷彩と魚雷を搭載しており、水中でも活躍できる仕様である。

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