021「王は享楽に嗤う」
〈二〇二五年 七月二十四日 御加実市 Dekopoモール 深海区域 二階〉
────避けようがない強敵。
それに対する案は三択、撤退するか、強行突破するか……それとも────
「────ま、妥当なのは相い対しつつ、上手く回避するってぇ手だな?」
キキョウがそう、顎に手を添えて言う。
サメの部屋に入り、サメとは戦わずにこの先に行くのが最善の策だ。
ただし、そう上手くいくかは分からない。
「俺はあんまり見てないが、この〈区域〉の大きい魚……ボスっていうのか知らないが、大体の行動パターンは決まってるからな。縄張りを出れば追ってこない」
そう、ここにきた時の、大部屋のシーラカンスは特にまさしく回遊魚だった。
特定のルートを周回、獲物を見つけ次第喰らう。
逆にそれのテリトリー内以外からは出てこない。
おそらく、GM側が設定している可能性が高い。
「ああ、お前も気づいてんのか。なら、話は早ぇ……なんか、良い案はねぇか?」
キキョウは俺の方を向き、作戦を強請る。
正直、無責任に成功するかどうか分からない策を進めるのは気は乗らないが…………ただ、俺はキキョウの能力を知っているので、確かに作戦は立てやすい。
「…………別に、そこまでいい案があるわけじゃない」
そのボスとやらの能力も知らない。
ただ、これまでの区域の魔獣からパターンを予測できることもある。
「宙を泳いでいるってことは、そのボスも水の影響を受けるってことだ」
この区域に住まう水棲生物は、基本的に水の中にいるような振る舞いをしていた。
だからこそ、それを利用して、思いついた作戦が一つある。
「なら、水中にいる抵抗や水圧を受けるはずだろ?つまり、そのサメ自体のスピードは速くない。なら、キキョウの索敵ビーコンを囮にして、その間にサメの脇をすり抜ける」
そう、キキョウが索敵する時に使うビーコンを使う。
俺があげたのは《機械猟犬》の形態の一つである《索妨役》のビーコンだ。
「ビーコン?」
キキョウが顔を顰めて、聞いてくる。
まあ、ビーコンに囮ができるような機能はないのでその反応は当然だ。
「ビーコンは、索敵の他に索敵妨害もできるよな?」
「ああ、電波式とアタシたちの使っている技術式のレーダーを妨害できるな。でも、こっちじゃ電波すら使ってるやつはあまりいねぇが」
確かに空想現界人にレーダーを使って索敵することもあまりないだろう。
ただ、俺の予想はそれに続いて、もう一つある。
「予想だが、魚類モンスターは何らかの魔力の探知を使って獲物の位置を把握している」
「根拠は?」
「まず、俺は深海魚型のモンスターにあったんだが、深海魚はかなり視力が弱い。だが、それでもこちらを認識しているそぶりがあった」
あの時、深海魚のシーラカンスが獲物を喰らっている最中に逃げなければ、食べられていただろう。
おそらく深海魚は俺に気づいていた、深海の魚は視力がほぼないにもかかわらず。
暗闇でもない水族館のような場所でも、探知していた。
「んで、魔力、俺の知り合いの妖精がつかってるんだが……」
「はあ?アタシは妖精じゃねぇぞ」
「魔術師は魔力を使っている。じゃあ、【空想現界人】は?何を動力源にしている?」
そう、それはリティアも言っていたこと。
リティアは自前で魔術を使える、そしてその能力は魔術師のそれと似過ぎている。
本人曰くそれは……
「そりゃ、それぞれの物語を起源とするエネルギーなんじゃねぇのか?」
「いや、そもそもが【空想現界人】が、魔力で再現された創作物の登場人物って説だ」
この説は一定の信憑性がある。
空想現界、【ゲーム】のそもそもの仕掛け人は、【ゲーム】外の人間、魔術師の可能性がある。
「確かに、【ゲーム】外に居やがるのは魔術師だけで、【ゲーム】自体が何らかの大規模な魔術によるものって考えれなくもないな」
「ああ、むしろそう思った方が自然だ」
ただその場合、この【ゲーム】にいる黒幕はとんでもない魔術師ということになる。
無論、ここでは語ることもないので割愛する。
「んで、アタシの世界の技術式の索敵妨害も、魚類モンスターたちの魔力探知を妨害できると?予想を前提にし過ぎてるぜ?ぶっつけでやっていい策じゃねぇ」
「────ああ、だからそれはオマケだ」
瞬間、俺の言葉にキキョウは切れ長の眉を歪めた。
いや、まあ、説明上先に「魔術=空想現界人の能力」説を言っておきたかったから許しておくれ。
「本当の策は簡単で単純、だからその魔力探知を妨害する策はできたらいいな……のオマケだ」
「じゃあ、その本命の策って──」
クアリが興味深そうに聞いてくる。
本当に単純、というかドヤ顔で語るほどでもない(ドヤ顔)
「──まあ、普通に血の囮だな」
「…………なるほどな、妥当な策だ」
キキョウも気づいたようだ。
サメは血の匂いに敏感だ、そして奴らは何らかの方法で空中を水中に互換する能力を持っている。
「ここが空気のある場所でも奴らなら、血の匂いを普通に察知できるだろ。キキョウ切るものくれ」
「ハッ、随分と潔いじゃねぇか、そういうのは好きだぜ?」
そして、血を出すのは言い出しっぺの俺だ。
キキョウが出した刃物を貰い、手首に宛がう。
取り出したるは鞄に入っていたビニール袋。
普通に地面に撒いてもいいんだが、それだと乾燥するかもしれない。
「な、ナギト様?」
「なあに、ちょっとチクってするだけだ」
シュ、と手首を切ると紅い液体が出て、ビニール袋に溜まっていく。
クアリは、血を見たからか青い顔をしていた。
すまんが、必要なことなので我慢してくれ。
「…………ん、こんなもんか。キキョウ、ティッシュと包帯くれ」
そして、ある程度血が溜まったところで、一度やめる。
まあ、ザメは血の一滴を何百メートル先でも嗅ぎ分けるって聞くし、これくらい出せばいいだろ。
「ったく、アタシは便利屋じゃねぇぞ」
「ナギト様、何でもないように手首切ってますけれど……」
「ま、これぐらいどうってことない。あ、普段からしてるわけじゃないからな?」
キキョウはそう言いつつ、端末を操作し、買ったであろうティッシュと包帯を投げてよこす。
昔は多少の傷を負うこともあったから、傷には慣れているだけだ。
そして、腕の傷に止血を施す。
普通に痛かったが、これで準備は完了。あとはこれをあのボス部屋の入り口に置くだけ
「おし、んじゃあサクッとクリアすっか!尊い犠牲もあったし」
「俺を勝手に殺すな…………とにかく、血が乾くまでが勝負だ。一気に駆け抜けるぞ」
そして、俺たちのタイムアタックが始まった。
◆◇◆◇◆
「ビーコンを置き去りにしてもよろしかったのでしょうか?」
あの後、俺たちはキキョウの《機械猟犬》が形態変化したビーコンに、俺の血が入ったビニール袋を括り付けた。
そして、焦らず、音を立てないようにサメを迂回し、飲食店街の螺旋階段を駆け上っていた。
この階層は、螺旋階段を囲うレストランと、外側の水槽の二重構造となっている。
サメは今外側におり、俺たちは中心の二重螺旋階段におり、サメからは身を隠せる位置にいる。
「ああ、サメが血を辿って行ったとしても、俺たちがいないことはわかるからな。だから、移動できるビーコンで、姿の見えない俺たちが逃げているように演出してもらう」
「ビーコンの索敵はきちんと使えてる、あのサメも追って来てるな。アタシらが階段を上ってる間は一生外側をぐるぐるしてもらおう」
キキョウは虚空に浮かび上がった移動している二つの点に目を向ける。
順調にサメと鬼ごっこできているようだ。
サメがそこまで速くなくてよかった、それにビーコンもサメから逃げきれるほど速いなんて意外だった。
「まあ、ビーコン自体、索敵したときに場所がバレっからな。囮に使うことも多いんで、移動出来て、速度も出る設計だ」
ああ、《機械猟犬》を設計した研究狂いの計らいか。
あのキャラ、《|機械仕掛け》弄り好きが高じて、軍の化学顧問になるぐらいで。
しかも、割と戦術的な思考もかなり切れるらしい。
「やっぱり、アアルの設計は伊達じゃないって────」
「────アイツの名前は出すな……アイツのせいで、アタシの《機械猟犬》が散々なことになったからな。てか、んなことまで知ってんのか。軍内では有名だがよ?」
そう聞いてくるキキョウに曖昧に返す。
知ってるも何も、結構重要なキャラである。
主人公や主要キャラの〝|機械仕掛け〟を勝手に弄って恨まれたりしていたヤバい奴だが。
「そのアアル様とキキョウ様とはあまり仲がよろしくないので?」
「おう……《機械猟犬》の設計が妙に多機能になったのもアアルのせいらしい」
「おい、クアリ……聞くなって言ったよな?」
クアリの天然がキキョウの地雷を普通に踏み抜く。
まあ、本人は無意識でやっているし、その明快な性格ならそこまで悪いことにはならないのか、やはり陽キャ・イズ・パゥワァー。
当のクアリは、申し訳ありません!とキキョウに謝罪していた。
「……サメの様子はどうだ?」
「今のとこ、違和感はねぇな。きちんとナギトの血を追ってきてやがる」
そう、キキョウに聞くも、特に異常はないらしい。
あのサメの能力自体は不明だ、モンスターは大体特殊能力を持っている可能性が高い。
無論、持っていない可能性もあるが、そこらへんが未知数だ。
「一番厄介なのが、遠距離攻撃でビーコンを潰される場合だが……」
「んの場合は、《機械猟犬》の操縦モードで応戦ってわけだよなぁ?」
そう、キキョウの《機械猟犬》は遠隔で操作でき、形態も自由に変化できる。
ただ、《機械猟犬》は遠隔操作できる距離も限りがある。
しかし、破壊されても《|機械仕掛け》は基本的に修理を必要としない。
「ただ、使用電力には限りがあるんだろ?あと距離も」
「ああ、《機械猟犬》の使用電力は、ホンキじゃなければそこまで大きくはねぇ。けど、一日中使えば流石に切れる。再充電も可能だがな?」
そう、能力にも当然制限がある。
キキョウの場合は電力だ、詳しい仕組みはともかく、あの機械の犬は電力で動いているわけだ。
再充電も可能だが、【ゲーム】空間で電子機器やら、コンセントも使えないだろうし、望み薄だ。
「今、どれくらいなんだ?残電力は」
「半日くらいだな。不測の事態だったから、バッテリーはねぇ。当然、ここじゃ充電も出来ねぇしな?」
この〝イベント〟を生き残る上において、少しマズい。
しかし、キキョウは子供らを逃がし終えて離脱したら、半日くらいでことが片付くのか。
そう上手くはいかない気はするが。
「キキョウ様、やはり一度ここを出たら休憩なされては?子供たちが攫われてから、通しで捜索されていては……」
「いや、今は駄目だ。あの軍服男がどんな手段を持ってるかはまだわかんねぇ。この〝イベント〟からアイツが子供たちごと逃げるのが一番厄介だ」
そう、俺たちが追う軍服男が、どんな手段を取っているか定かではない。
今、すでに〝イベント〟から脱出し、雲隠れされているかもしれない。
「とはいえ、子供たちの次は俺の仲間とか、明らかに他の奴らもターゲットにしてる可能性が高い。レイとの《身体の契約》から伝わる距離的にまだ、あの軍服男はまだこの〝イベント〟にいると思う」
「だろうな、アタシも────」
そう、キキョウが言いかけ、手元に映し出された、レーダーを見た瞬間。
────それは見ていた。
「──────キキョウッ!!」
咄嗟にキキョウへと飛びつく。
上から強襲してきたのは、平べったい小さなサメであった。
飛びついたはいいものの、回避しきれず俺はサメに激突される。
腕で防御したものの、激痛が腕から離れない。
折れたと見たほうがいいな、そう分析する。
「ナギト様っ!?」
そして、目の前の俺が突如としてサメに襲われ、驚愕しているクアリ。
上を見ると、もう一匹のサメが回遊していた。
クアリに声をかけようとし────────
────────俺は自身が水の中にいることに、驚愕した。
◆◇◆◇◆
────うっとおしい。
あまりに滑稽で、愚鈍で、醜悪だ。
魚たちの王は緩やかな憤怒に、身を預ける。
そう、それはあのコバンザメどもに纏わりつかれるよりも、うっとおしい。
まるで、自分の家に湧いた蠅どもが身の回りを飛び回っている感覚に等しい。
魚の王の感覚は凄まじく鋭い、たとえ包帯に巻かれた傷であっても血の匂いをかぎ分けるくらいには。
王は、知性も優れている……故に最初から気づいていた、あの地を這う下等生物どもの策略に。
それでも乗っていたのは、王たる余裕と、退屈を紛らわす余興に近いもの。
完全に魚たちの王は彼らを弄んでいたのだ。
王は、自身の巣を荒らすものを許さぬ。
無礼な者を許さぬ。
ただ、少し退屈はしていた、ここに来るものが弱すぎるからだ。
自身の立っている場所が水中と自覚したものらの絶望は、見物だったが何度か見たらすぐに飽きた。
魚たちの王の能力は、対策をされるはずもない…………あまりに強力すぎたのだ。
空中を水中にする能力、自らの巣を荒らす愚か者どもにも海の試練を課す能力。
それらは、本来対策をもってして、超えられるものだ。
しかし、それでも一度巣に入ってしまえば、完全なる初見殺しである
故に、その巣から出ていった者はいなかった。
そう、よほど水中に適した能力でないと、王には太刀打ちできない。
王の元々のスペックから、水中で王に敵う者などそうはいないのだが。
そして、王は退屈を紛らわす為に、敢えて罠に嵌ってやった下等生物を屠りに、その巨体を曲げ、優雅に向かうのだった。
〈Tips!〉
・空想現界人の能力の仕組みについて
魔術的に再現された空想現界人は、その能力の原理を魔力に依存している。
無論、【空想現界】という現象自体、現代の魔術を超越しているものなため、能力自体が魔術ではあるが一種の異能とも呼べよう。
・ボスザメの能力について
ボスザメの能力は、自らの領域内における生物に海中にいると同等の影響を押し付ける能力。
そのため、服は濡れないし辺りの物体も浮力では浮かばない、あくまで生物を対象とした能力である。




