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019「扉を破る少女」

〈二〇二五年 七月二十四日 Dekopoモール 深海区域(マリンエリア) ???〉



────目を覚ますと、知らない天井だった。




「────────」

 眠りから覚めると、そこは大きめの〝部屋〟だった。

 窓はなく、扉は自分から見て左右に一つずつ。

 監視カメラが部屋の角とその対角線上に二つ置かれていた。


 ナギトの記憶にも、確かこういうのがあったような。


「○○しないと出れない部屋みたいな…………リティア、わかる?──リティア?」

 いつもなら話しかけてくるはずの存在が、今日はいない。

 リティアとの契約は切れたはずだが、それでもいないのはおかしい。


────そういえば、怪しい軍服の男と三つの頭の犬に連れ去られたんだっけ。

 今更ながら、レイは状況を把握する。

 前に目線を向けると自身とは離れた位置に固まる十数人の子供たちが、レイの視線にびくりと体を震わす。


「…………むにゃ」

 寝息に目を向けると、私のすぐ横にノワ子が横たわっていた。

 まだ気絶しているようだ。

 起こした方が面倒くさそうなので、一旦放置しよう。



「おい、ブツブツ言ってたお前……孤児院の子供じゃねぇよな?」

 すると、周りにいた子供たちの中で一番背の高い金髪の少年が話しかけてきた。

 私たちを避けるように固まった子供たちをかき分け、少年はレイへと歩み寄る。


「こじ……うん。んー、私はレイ。よろしく」

 正直言って何を言っていいのかわからなかったので、とにかく自己紹介をしてみる。


「はぁ?名前なんて聞いてねぇよ、お前はどこからきたんだって聞いたんだ」

 駄目だったらしい…………こう言うのは苦手だ。

 ナギトが少し羨ましい、けれど今ナギトは居ない。

 私一人で情報収集をしなければいけない。

 ノワ子は…………まあいいか。


…………ちゃんとできるかな。


「たぶん、くうそうげんかいじん」

「ここにいるのは大体空想現界人だろ」

 覚えたての用語を使ったものの、突っ込まれてしまった。

 確かに少年の言葉は正しい。


「ちっ、せっかく外の手がかりかもしれねぇってのに……」

 少年はそうぼやいた。

 どうやら、レイと同じでここから出たいと思っているようだ。


「……少年はここにいつからいる?」

「少年じゃなくて、ルートだ。そうだなぁ、けっこういる」

 それは、人によって違う意図とも取れる表現だが、別に気にしない。

 むしろ、情報を落としてくれただけで、儲け物だ。



 攫われてからそこまで時間は経ってない。

 リティアが出てこない、意識を失う前のあの光景、つまり私はあの軍服男に()()()()、攫われた。


 迅速な状況把握を行うレイは頭を回す。

 そう、やるべきことはすでに決まっているのだ。


「ちょっと、この子に強く当たりすぎじゃない?」

「うるさいな、カルネ……別にそんなこともないだろ」

 ルートという少年の後ろから、カルネと呼ばれた茶髪でおさげのおとなしそうな少女が出てくる。

 すると、話しかけられた少年はけだるげな反応を示す。


「ふたりは、つがい?」

「つがっ…………そ、そんなわけないじゃない!?私とルートが!」

「つがいってどういう意味だ?」

 ちょっとした歩み寄りの言葉だったが、なぜか怒らせてしまったらしい。

 ルートに関しては言葉の意味が分からなかったようで、怒らなかった。


 

「とにかく、ふたりはここにどれくらいいる?」

「半日くらい?かな。みんなここから出たいけど、こっちのドアには魔力の鍵がかかってるから無理なの。反対はトイレだから出れないし」

 そう、下を向いて自身の無力を嘆くようにカルネは言う。

 しかし、ルートはそんな彼女とは裏腹に、あっけらかんとした様子だった。


「別に出れなくてもいいだろ。キキョウ姉が助けに来てくれるんだし」

「でも!もしこのままだったら…………」

 そう、ルートに食って掛かるカルネだが、言葉尻が弱くなっていく。

 ルートの意見は正しい、彼らは見るからに素人だ。

 多分魔術的な仕掛けが施されたこの部屋から出ることはできない。

 あまつさえ出れたとして、レイたちを攫った軍服男と相対することになる。


 そうなれば、確実に出る前よりも状況は悪くなるだろう。



 決まっている、彼らは今はここから出ない方が良い。

 そして、彼らを探す者がここを探し当てるのを待てばいいだけだ。


──────だが、それは理想論である。


「──────私はここから出る」

「おい!俺たちも色々試したけど、全然だめだったんだ」

「レイちゃんも、外に出たい気持ちは……わかるけど」

 レイの言葉を聞いた二人は口々に否定の言葉を吐く。

 彼らは正しい、出来ないのならば無理をすべきではない。



 だが、彼らの知り合いがここを探し当てられない可能性も十分ある。

 対してレイにはナギトとのパスがあり、見つけることは容易いだろう。


「────」


 故に、レイはノワ子を背負い、ゆっくりと施錠されたドアへと歩み寄る。

 そして、悠然とドアノブへと手をかけ────力を籠める。


 騒然とする子供たちの視線を無視し、少女は全身の魔力を掌へと注ぐ。

 本来、魔術的に施錠されたドアは特定の魔力を持つ者の魔力に反応し、開錠する。


 だが、それはあくまで一般的な使用方法だ。

 魔力が形作る結界には限界点がある、特定の魔力以外の魔力でも施錠に瀕して使われた魔力の十倍ほどの魔力をぶつければ…………




──────バキリ、と凄まじい音がなり、見えないガラスの幕のようなものが割れる。


 そして、ありえないことに目の前の一番年少の体をした少女がそれを成したことに一同が驚愕し、口を開けた。


 そして、それをあくまで勘だけで成し遂げた少女は言った。



「…………みんなここにいた方が安全。けど、少なくとも出た方が確実」


『──────』

 一同は息を呑む。

 そして目の前の小さな少女が、己よりもはるかに大きな存在であると感じていた。



「──────ついてきたい人だけついて来て。ここから出たみんなは、()()守る」

 その言葉に、彼らの足を縛っていた恐怖という縄が、少しだけ緩む。



──────そして、少女が去ったあと、部屋には誰一人として残って居なかった。



◆◇◆◇◆


〈Dekopoモール 深海区域(マリンエリア) 一階〉


 紆余曲折あり、和解した俺たちは一度、情報共有を行うことにした。

 一度、俺たちは商店の前から階段を上がって移動し、別の洋服店の死角になる場所で三人が座っていた。

 警戒はあの機械で出来た犬が行ってくれているらしい。


 ともかく、ここで行いたいのは情報共有だ。

 ちなみに、キキョウがポイントで買ってくれたご飯を食べた後です。

 端末で買ってくれた食料は普通にうまい、どうやらポイントを支払うだけで現物が所有者の近くに現れる仕組みのようだ。

 凄い超技術だが、これまで散々トンチキなものを見てきたので驚かない。

 

 レイとノワ子には悪いが、次会ったら御馳走してあげよう(キキョウが)。


「────というわけで、情報共有を頼みたいんだが」

 俺は神妙な顔で、目前に座る新たな同行者の二人に尋ねる。

 とはいえ、何も知らない状態でそのまま進むわけにもいかない。

 情報共有を迅速に行い、レイたちに追いつくのが今のベストだろう。


「…………なるほどな、お前さんらも結構複雑な身の上じゃねぇか」

 試着室の椅子に腰かけ、キキョウはしみじみと呟く。

 対岸に座る俺は大体のこれまであったことは話し終え、一仕事終えた気分だ。

 確かに少々特殊な状況だと自覚しているが、空想から出てきた人間も変わらないだろう。


「そうか。俺たちは、ともかく、この空間で生き残ることが大前提だ。そんで、この空間から脱出が次点だ」

 レイの能力やらリティアの事は言っていない。

 流石にここで全開示するのはリスクが高い。

 何が地雷になっているかわからないし、あっちもむしろ唐突に距離を詰められれば、逆に疑心が湧くだろう。


「ふーん、んじゃあ端末もなくて、最初のチュートリアルもせずにこの〝イベント〟に巻き込まれたってことか。災難だったな」

「チュートリアルってのが非常に気になるが……ま、一旦良いか」

 ちなみに、キキョウに端末からポイントで食料が買えることを教えてもらった。

 メアリアから何かしら情報を引き出せなかったことを後悔してはいた。

 しかし、あの時は〝入場券〟をもらったので、これ以上何かを要求するのは気が引けたので仕方ない。


「ふふ、ナギト様……泣きながらベーコンを食べてらしたものね」

「う、正直今まで食べた中で一番おいしいベーコンだった」

 クアリが微笑みながらからかってくる。

 空腹で死ぬか、怪物に殺されるか……そんな、あまりに生きた心地のしない空間にいたのだ。

 そんな中で、ようやく食料にありつけられたのだ……そりゃあ、涙ぐらい流すだろう。


「ああ、女々しい野郎だ。アタシの訓練じゃ、一週間絶食なんてザラだぜ?」

「マジか…………ん、それはお前が軍にいた時の話か?」

「それに関しては隠してねぇからな。アタシの能力も軍の人体実験で手に入れたんだぜ」

 これまでの言動や銃の扱いに関しても、軍人じゃないと辻褄が合わない。

 自慢するように口の端を上げて笑うキキョウに、俺は少しの違和感を覚える。

 いや、テリスマンと同じ空想現界人に対する既視感である。


「とにかく、状況を整理しよう。俺たちとキキョウたちが、それぞれ別エリアで軍服男とケルベロスに襲われて、それぞれの仲間と引率していた子供を攫われたってことでいいか?」

「ああ、私ん時も大体同じだ」

 ふむ、やはり子供が狙われた理由はわからないか。

 あの幼児化の能力はケルベロスのものなのか、それとも軍服男の能力なのか。

 少なくとも、敢えて幼児化して攫うということに、並々ならぬ性癖を感じるような…………


「レイたちに追いついてから問題になるのは軍服男の能力か。年齢を操作できるってことは間違いないと思うが……」

「エリア間を移動できるほどの、移動能力……アタシらもまるで察知できなかった」

 そう、それが一番の問題なのだ。

 もし、仮にこのモール全体へどこでもワープ可能ならば俺たちは絶対に追いつけないことになる。

 それに別の能力でこちらの位置を割り出している可能性が高い、やはり他にも協力者が居そうだ。


「けど、クアリが通ったのは通路なんだろ?瞬間移動(テレポート)みたいに一瞬で移動できるものじゃなかった。やっぱり、こっちの位置を何らかの方法で探知している可能性が高いな」

「ああ、クアリが見た人形の兵士も気になる。人形兵が探知に関わってる可能性も十分あるぜ」

 そう、ただあの軍服男も、クアリの見たという人形兵士もドアで移動していた。

 例えば、何らかの罠のようなもので通った人間を識別し、場所を把握できるなんていう能力があれば可能だ。

 すべては予想なので、決めつけすぎるのは良くないが。


「ただ、レイたちのいる場所と俺たちの距離はなんとなく把握できる。この区域(エリア)にいることは確かだ」

「なるほどなぁ、その契約便利だな。アタシらもやるか?」

「キキョウ様がよろしいなら…………」

 そう、なんか冗談めいたノリで、《身体の契約》は結ばない方がいいだろ。

 リティアも俺も、かなり無理をした契約だ。


「俺は大丈夫だが、魂がどっちかに吸われて死ぬかもしれんぞ」

「ま、マジかよ…………冗談だよ、じょーだん」

 実際詳しくないので、明確なことは言えない。

 あと、たぶんレイは俺とのパスは残っていても、魔力は供給されていないだろう。

 ロリコン軍服の事と言い、めちゃくちゃ心配になってきた。


「そこで、教えてほしいんだが、キキョウたちが軍服男に襲われたときってどんなだった?」

 そう、キキョウ側にどんなことがあったかも、詳しく知っておきたい。

 そう判断した俺はキキョウに聞くことにした。


「正直、話したい内容でもねぇが……仕方ねぇな、話す。そもそもの発端はアタシが言い出したんだが──」

 苦い顔をしたキキョウは、それでも思い直した様子で口を開いた。

 そして、キキョウは子供たちが攫われた時のことをポツポツと話し始めたのだった。


〈Tips!〉

・魔力による施錠について

 レイが壊した扉は軍服男による施錠用アイテム、ゲームマスターが魔術的に作った魔道具により施錠されていた。

 レイ自体、ナギトからの供給が断たれていたが、それでも膨大な魔力を持つため強引にこじ開けられた。魔力を知らない【空想現界人】では開けられない代物。


・リティアの不在について

 幼児化に際して、レイの能力や存在そのものが弱体化されたため、レイを通して世界に現れたリティアは消えてしまった。

 されど、レイとナギトの契約を依り代に現れることは可能。

 今は顕現に少々時間がかかっている模様。

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