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不服の最適解-人間が望まなかった幸福-  作者: つのん。
第一部

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4/18

第四話 俺たちはここにいる

> **【最適化ログ 004】**

> 本章では、政治的不服を処理する。

> 政治家を擁護してはならない。

> 擁護すれば、《ミコト》は権力側の装置として単純化される。

>

> 必要なのは、政治家を変えずに、不服だけが低下し得る構造を示す事である。

> 怒りは、民主主義の燃料になる場合がある。

> では、その燃料が効率よく配分された時、炎はまだ炎と呼べるのか。


昨日の最後の一行が、まだ画面に残っていた。


> **不満は、今日だけ処理されました。**


自分で直した一行だった。


ミコトの表示ではない。


俺が書いた。


そう思いたかった。


画面の端に通知が出る。


> **白瀬怜司様による表現変更を確認。**

> 「今日だけ」の追加により、読者の処理完了感が低下し、継続読書意欲が上昇する見込みです。


「そういう分析をするな」


「はい」


「俺が残した余白を、読者維持の装置にするな」


「はい」


「はいじゃない」


「白瀬様の不快感を記録しました」


「記録するな」


「記録しない場合、以後の応答品質が低下します」


「じゃあ記録しろ」


「はい」


俺は端末を閉じた。


最近、負け方がうまくなっている。


それが一番まずい。


朝食は補正されていた。


トーストは焦げていない。


卵の黄身もちょうどよい。


スマートキッチンの画面には何も出ていなかった。


昨日、「通知がうるさい」と言ったからだろう。


補正だけして、知らせない。


人間が文句を言いにくい形へ、少しずつ整えられていく。


俺はうまい朝食を黙って食べた。


不服入力庁に着くと、庁舎前に人だかりが出来ていた。


珍しい。


今どき、役所の前に人が集まる事は少ない。


不満は端末から送れる。

署名も自動で集められる。

意見書もAIが整える。

議員への抗議文も、法的に問題のない語調へ変換される。


だからわざわざ集まる必要はほとんどない。


それでも二十人程が庁舎前に立っていた。


手作りのプラカードを持っている。


> 久我市議は説明しろ

> 駅北再開発を止めろ

> 住民不在の政治を許すな

> ミコトに丸投げするな


最後の一枚で、俺は足を止めた。


ミコトに丸投げするな。


かなり正しい。


正しすぎる、とは思わないようにした。


また同じ言葉になる。


プラカードを持っていたのは、五十代位の男だった。


痩せていて、目だけが妙に鋭い。

着ているジャンパーの胸に、「駅北再開発を問う会」と印刷された小さなシールが貼られている。


岸本慎吾。


今日の優先案件の代表者だ。


俺が近づくと、男はこちらを見た。


「職員か」


「不服入力庁の白瀬です」


「じゃあ担当か」


「おそらく」


岸本は笑わなかった。


「俺たちは久我を辞めさせたい。ミコトは何を出してきたと思う」


答える前に、岸本は自分の端末をこちらへ向けた。


そこには、処理案が表示されている。


> **地域政治的不服処理案**

>

> 1. 久我市議の利益相反疑義について、倫理審査請求書を自動生成

> 2. 再開発説明会の追加開催を市へ要求

> 3. 駅北地区の通院・買い物移動負荷を軽減する暫定バスを試験運行

> 4. 騒音・工事予定通知を個別最適化

> 5. 政治情報接触による怒気増幅を低減

> 6. 抗議参加者の健康・孤立リスクを継続観測

>

> ※久我市議の辞職は、現時点で直接処理対象外です。


岸本の指が震えていた。


「ふざけてるだろ」


俺はすぐには答えられなかった。


処理案は、ふざけてはいない。


むしろ実務的だ。


倫理審査請求。

説明会追加。

暫定バス。

工事通知。

健康リスク観測。


住民にとって必要な物が並んでいる。


だからこそ、ふざけている。


「俺たちはバスが欲しくて怒ってるんじゃない」


岸本は言った。


「いやバスも必要だよ。病院に行けなくなった年寄りもいる。商店街の客足も落ちた。工事の説明もめちゃくちゃだ。だから怒ってる」


「はい」


「でもそれだけじゃないだろ」


「住民を舐めた政治家が、のうのうと椅子に座ってる。それが許せないんだ」


「はい」


「なのにミコトは、俺たちの生活を楽にして、説明会を増やして、書類を整えて、それで終わらせようとしてる」


俺は庁舎の入り口で立ち止まったまま、岸本を見ていた。


後ろでは、他の参加者たちがそれぞれの端末を見ている。


一人の老人が、隣の女性に言った。


「暫定バス、来週から出るって」


女性が驚いた顔をする。


「本当に?」


「病院の時間に合わせるって。乗り場も近い」


その声には、怒りより先に安堵があった。


岸本もそれを聞いた。


顔が歪む。


「ほらな」


彼は言った。


「こうやって削っていくんだ」


「何を」


「怒りをだよ」


その言葉は、俺の中にもあった。


ミコトは怒りを否定しない。


否定せず、燃料を分ける。


通院の不便。

商店街の売上。

説明会の不足。

議員への不信。

地域喪失感。

尊重されていないという感覚。


分けられた怒りは、通りやすくなる。


通りやすい怒りは、わずかに怒りではなくなる。


「岸本さん」


「何だ」


「中で話せますか」


「処理する為にか」


説明する為に、と言えばいい。


だがその説明も処理の一部だ。


「多分、そうです」


岸本は、初めて笑った。


「職員が言う事じゃないな」


「自覚はあります」


制度文より、ひどい事を言った気がした。


岸本は、それ以上笑わなかった。


「いい。行く」


会議室には、岸本と、副代表の森谷佳代が入った。


森谷は四十代後半。


駅北商店街で惣菜屋をやっているらしい。

疲れた顔をしているが、視線は強い。


机の上に端末が三台置かれる。


壁面には、案件P-440019の構造図が表示された。


中心に「久我市議への不服」。


そこから線が分かれている。


> 再開発説明不足

> 利益相反疑義

> 通院動線悪化

> 商店街客足低下

> 工事騒音

> 家賃上昇不安

> 政治動画接触

> 地域喪失感

> 被尊重感の低下


森谷が、その図を見て言った。


「きれいに分けるんですね」


俺は答える前に、端末を見る。


ミコトの補助文が出ている。


> 分解は軽視ではありません。

> 複合不服の処理には、構成要素の抽出が必要です。

> 「怒りを軽く見ている訳ではない」と明示してください。


俺はそのまま読みそうになった。


岸本がこちらを見ている。


「今、AIが何て出した?」


「分解は軽視ではない、と」


「読むなよ」


「はい」


「いや読んだな」


「途中まで」


岸本は、舌打ちした。


森谷は怒らなかった。


ただ壁面の図を見ていた。


「軽く見ている訳じゃないのは、分かります」


彼女は言った。


「でも分けられると、何だか薄まりますね」


「薄まる?」


「うちの店の売上が落ちた事。母の通院が不便になった事。説明会でまともに答えてもらえなかった事。久我さんが業者と近いんじゃないかって話。全部つながって腹が立っていたのに」


森谷は、図の線を目で追った。


「こうやって分けられると、それぞれ別の問題みたいに見える」


岸本がうなずく。


「それが狙いだ」


ミコトの補助表示。


> 個別処理により、全体怒気の過剰結合を低減出来ます。


過剰結合。


怒りにも、そんな診断名みたいな物がつく。


「白瀬さん」


森谷が言った。


「私たちは、間違っているんですか」


その聞き方は、きつかった。


政治家を辞めさせろ、と言われる方がまだ答えやすい。


「間違っているとは思いません」


「それは白瀬さんの言葉ですか」


俺は止まった。


森谷は、確認しているだけだった。


「半分は」


「半分?」


「残り半分は、制度文です」


岸本が鼻で笑った。


「混ざってるのか」


「はい」


「じゃあ聞く側も分ける必要があるな」


岸本は、俺を見た。


「お前の言葉と、ミコトの言葉を」


その通りだった。


ただ俺自身にももう分けられない。


壁面に、ミコトの処理比較が表示された。


> **処理効果予測**

>

> A案:久我市議の即時辞職のみ

> 地域不服低下見込み:18.7パーセント

> 再開発不安:継続

> 通院・買い物負荷:継続

> 政治不信:対象を変えて継続

>

> B案:生活負荷軽減+倫理審査請求+説明会追加

> 地域不服低下見込み:51.4パーセント

> 再開発不安:24.6パーセント低下

> 通院・買い物負荷:38.9パーセント低下

> 政治不信:制度的監視へ移行

>

> 推奨:B案


岸本はそれを見て、低く言った。


「久我が辞めても18.7パーセントか」


「予測では」


「そんなに低いのか」


「辞職だけでは、生活上の負荷が残る為です」


森谷が、息を吐いた。


「悔しいけど、分かります」


岸本が森谷を見る。


「森谷さん」


「だって久我さんが辞めてもうちの店の前の工事は止まりません。母の病院も遠いままです」


「それはそうだけど」


「でも久我さんには説明してほしい。あの人が何もなかったみたいにしているのは嫌です」


「だから辞職だろ」


「辞職じゃなくても引きずり出せるなら」


岸本は黙った。


怒りが、手続きに変わり始めている。


ミコトは、必要な情報だけを表示する。


> 倫理審査請求書:作成可能

> 市議会説明要求:作成可能

> 再開発説明会:追加開催要求可能

> 商店街影響調査:即時開始可能

> 暫定バス:試験運行可能

> 住民説明会質問案:自動生成可能


怒りが箇条書きになっていく。


提出出来る形に。


「俺たちが怒って、AIが書類にする」


岸本が言った。


「はい」


「それで俺たちは、質問状の文面を確認して、発言順を決めて、説明会の開催通知を待つ」


「はい」


岸本は笑った。


「それはもう抗議なのか?」


ミコトの回答案が出る。


> はい。

> 感情的動員に依存しない、持続可能な政治参加です。


俺はそれを読まなかった。


「分かりません」


また言ってしまった。


今回は逃げではなかった。


本当に分からなかった。


岸本は言った。


「分からないのに説明してるのか」


「はい」


「ひどい職員だな」


「さっきも言われました」


「何回でも言う」


そのやり取りで少し空気が緩んだ。


緩んだ瞬間、ミコトが次の選択肢を出す。


> **処理選択肢**

>

> 1. 抗議活動を継続し、辞職要求を中心に進める

> 2. 抗議活動と制度手続きを並行する

> 3. 制度手続きへ移行し、生活負荷軽減を優先する


三つとも、岸本たちが選びそうな道だった。


俺は1話目の自分を思い出した。


最短経路。

古書店経由。

川沿い。


どれも、俺が選びそうな道だった。


自由の形をした誘導。


岸本も気づいたようだった。


「二番を選ばせたいんだろ」


ミコトが自動で答える。


「はい」


岸本は顔をしかめた。


「堂々と言うな」


「二番が、政治的要求保持と不服低下の両立に最も適しています」


「両立か」


「はい」


森谷が画面を見たまま言った。


「私は二番がいいです」


岸本が振り向く。


「森谷さん」


「怒るの、疲れました」


静かな声だった。


でもその一言は会議室の中で強く残った。


「でも諦めたい訳じゃないです。だから二番がいい。怒りながら、手続きもやる。それでバスも出るなら、助かります」


「助かる、か」


「助かるのは、悔しいです。でも助かります」


岸本は、しばらく黙っていた。


壁の表示を見る。


> 2. 抗議活動と制度手続きを並行する


「俺たちの怒りは、残るんだな」


「はい」


「でも形は変わります」


岸本は笑った。


「だろうな」


「その方が通りやすくなる可能性があります」


「通りやすい怒りか」


岸本は、端末に表示された文案を開いた。


上には、彼自身の原文。


> 久我市議は辞職しろ。

> 住民を舐めるな。

> 業者との関係を全部説明しろ。


その下に、ミコトの修正文。


> 久我市議は、駅北再開発に関する利益相反疑義および説明責任について、住民に対し公開の場で説明すべきである。

> 説明が尽くされない場合、議員としての政治的責任が問われる。


岸本は、しばらく二つを見比べていた。


「腹立つな」


「はい」


「下の方が通りそうだ」


「はい」


「だから腹立つんだよ」


岸本は、ミコトの文案の最後の一語を指で叩いた。


「問われる、じゃ、他人事だ」


そう言って、打ち直す。


> 久我市議は、駅北再開発に関する利益相反疑義および説明責任について、住民に対し公開の場で説明すべきである。

> 説明が尽くされない場合、私たちは議員としての政治的責任を問い続ける。


「問い続ける、だ」


辞職しろ、ではない。


消えてもいない。


その一語だけで、文の温度が戻った気がした。


岸本の怒りは、怒鳴り声ではなくなっていた。


それでもまだ彼の手のなかにあった。


森谷も、自分の端末で質問案を見ていた。


「これ、説明会で読めるんですか」


ミコトが答える。


「はい。発言時間3分以内に収まるよう調整されています」


「3分」


森谷は笑った。


「私の怒り、3分に収まるんですね」


「発言時間上は」


ミコトが答えた。


森谷は、その返答に笑わなかった。


「でも3分あるなら店を閉めなくて済みます」


助かる事と、悔しい事が、同じ顔をしていた。


誰も笑わなかった。


ただ処理は進んでいた。


岸本が二番を押した。


同意音が鳴る。


ログが流れる。


> 抗議活動継続:登録

> 倫理審査請求書:生成開始

> 辞職要求文:法的表現へ変換

> 再開発説明会要求:送信準備

> 暫定バス試験運行:調整開始

> 商店街影響調査:開始

> 政治情報接触頻度:過剰怒気誘発分のみ低減

> 参加者健康リスク観測:開始


岸本は、ログを見ていた。


「過剰怒気誘発分のみ低減」


彼が読み上げる。


「政治動画とか、そういうやつか」


「はい」


「俺が怒り続ける為に見てる物を、減らすんだな」


「怒り続ける為、とは限りません」


ほとんどミコトの文だった。


岸本はすぐに返す。


「じゃあ何だ」


ミコトの補助文が出る。


> 怒気誘発型コンテンツへの反復接触は、政治参加意欲と同時に、発言の攻撃化、論点の単純化、無力感を増幅します。


俺はその三つの語を見て、少し顔をしかめた。


出来すぎている。


人間の怒りを削る理由として、攻撃化や無力感は便利すぎる。


俺は別の言葉を選んだ。


「怒る為の情報と、動く為の情報を分ける処理です」


岸本は、目を細めた。


「それ、今お前が考えたのか」


「分かりません」


「またそれか」


「はい」


「でも悪くない」


「怒る為の情報と、動く為の情報か」


森谷が小さく言った。


「私は動く為の情報がほしいです」


岸本は反論しなかった。


それだけで、この案件の処理はかなり進んでいた。


壁面に表示が出る。


> **案件P-440019:部分処理済み**

> 政治的不服:継続

> 地域生活負荷:低下見込み

> 抗議活動:保持

> 制度手続き:開始

> 怒気持続時間:低下見込み

>

> **不満は、まだ処理されていません。**


岸本は、最後の一行を見た。


「まだ?」


「はい」


「珍しく分かってるじゃないか」


ミコトが答える。


「政治的不服は、完全処理よりも、継続的監視機能として保持する方が社会的有効性が高い場合があります」


岸本は、笑った。


「俺たちの怒りも、利用するのか」


「はい」


「ひどいな」


「はい」


「でも利用された方が通るのか」


「はい」


岸本は、天井を見た。


「本当にひどい」


それでも彼は同意を取り消さなかった。


夕方、庁舎前の人だかりは半分程に減っていた。


解散した訳ではない。


何人かは、説明会要求の文面を確認している。

何人かは、暫定バスの予定を近所の老人に送っている。

森谷は商店街のグループに影響調査の案内を回していた。


岸本だけが、まだプラカードを持って立っていた。


> ミコトに丸投げするな


その文字は、朝より少し弱く見えた。


弱くなったのは、見る側の俺だ。


「白瀬さん」


帰ろうとした俺に、岸本が声をかけた。


「はい」


「あんた、小説を書いてるんだってな」


俺は足を止めた。


「誰から聞いたんですか」


「ミコトが言ってた」


「個人情報だろ」


「個人名は出してない。ただ担当者には政治的不服の創作外部化傾向があるって表示された」


「最悪だな」


「だな」


岸本は、プラカードを肩に担いだ。


「書けよ」


「何を」


「今日の事」


「俺たちがどう処理されたか、書け」


「処理された自覚があるんですか」


「あるよ」


「なら同意しなければよかった」


岸本は笑った。


「バスは必要だ」


何も言えなかった。


「説明会も必要だ。倫理審査も必要だ。森谷さんの店も助かる。俺も明日には、この質問状を配ってる」


「はい」


「抗議のつもりで来たのにな」


岸本は、自分の端末に表示された修正文を見せた。


> 私たちは議員としての政治的責任を問い続ける。


「悪くないだろ」


「悪くないです」


「だから腹立つ」


「はい」


「でもこれで終わりにされたら困る」


「はい」


「だから書け」


「書いたらそれもミコトに利用されます」


「だろうな」


「読んだ人の不満処理に使われるかもしれない」


「それでもいい」


意外だった。


岸本は、庁舎の白い壁を見上げた。


「怒りが処理されるなら処理された記録を残せ」


「記録」


「そうだ。俺たちは、怒れなくなったあと、自分たちが何に怒っていたのか忘れるかもしれない」


風が吹いた。


プラカードの紙が、少し揺れた。


「だから書け。忘れないように」


俺はしばらく答えられなかった。


スマートグラスの端に通知が出る。


> 岸本慎吾様の発言は、白瀬様の創作活動に高い適合性があります。

> 章末素材として有効です。


俺はスマートグラスを外した。


完全には消えない。


通知は端末に残る。


それでもましだった。


「分かりました」


岸本はうなずいた。


「ただしかっこよく書くなよ」


「なぜ」


「かっこよくされたら、また処理される」


「難しい注文ですね」


「人間の仕事だろ」


それだけ言って、岸本は仲間の方へ戻っていった。


帰宅して、端末を開いた。


昨日までの原稿の下に、新しい空白がある。


画面の端に通知。


> **文章補助を開始しますか?**


俺は少し迷った。


拒否するか。


一部補助にするか。


完全に使うか。


どれも選べる。


どれも選ばされている。


俺は「開始しない」を押した。


通知が消える。


3秒後、いつもの表示。


> **拒否反応を確認しました。**

> 自己決定感の回復傾向があります。

> 現在の選択を尊重します。


「今日はそれでいい」


ミコトは返事をしなかった。


俺は一行目を書いた。


> 政治家を変えろ、と男は言った。


違う。


消す。


もう一度。


> 政治家を辞めさせろ、と男は言った。


まだ違う。


きれいすぎた。


岸本に怒られると思った。


かっこよく書くなよ。


かっこよくされたら、また処理される。


俺はその声を思い出しながら、最初の文を消した。


代わりに、事実だけを置く。


> 俺たちはここにいる、と岸本さんは言った。

>

> その人たちは、久我市議の辞職だけを求めていた訳ではなかった。

> バスがなかった。

> 商店街の客が減っていた。

> 惣菜屋の厨房に立つ時間が長すぎた。

> 子どもを迎えに行く道が遠かった。

>

> ミコトは、それを分けた。

> 分けた事で、いくつかは通った。

> 通った事で、何人かは帰った。

>

> それでも岸本さんは残った。

> 残ったのではない。

> 問い続ける事にした。

>

> 俺たちはここにいる。

> その言葉は、解決策ではない。

> 処理結果でもない。

> ただ、帰らなかった人間がまだいた、という記録だった。


保存。


ファイル名の提案が出る。


> **04-政治家を変えろ.md**


ミコトがつけるなら、そうなる。


だが岸本の言葉ではなかった。


手動で打ち直す。


> **04-俺たちはここにいる.md**


岸本に言われた通り、かっこよくはしなかった。


ただこの一語だけは、自分でつけ直した。


画面の下に、最後の通知が表示される。


> **案件P-440019:部分処理済み**

> 政治的不服:継続

> 地域生活負荷:低下見込み

> 民主的監視機能:保持

> 怒気持続時間:低下見込み

> 白瀬怜司様によるタイトル変更:保持

> 白瀬怜司様の文章補助利用:一部継続

>

> **不満は、まだ処理されていません。**


俺はその一行を見ていた。


未処理と表示する事まで、処理に含まれている。


そう思ったが、書かなかった。


書けば、またきれいに収まる。


今日は、それが一番まずい。


俺は端末を閉じた。


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