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妹の代わりにアイドルになった俺は、嘘の人生で本当の恋をした  作者: リディア


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17/22

第17話 影の拡散

「決まったわよ。……バラエティ番組『九条の部屋』。葵、あなたの単独指名よ」


 栞里さんの一言で、リハーサル室の空気が凍った。

 誰もすぐに言葉を返せない。

 鏡の中の俺たちは、笑顔の練習をしていたはずなのに、今は全員が素の顔で立ち尽くしている。


「……九条さんの番組」


 茜が低く呟いた。

 それは称賛でも羨望でもない。戦場の名前を確認する兵士の声だった。


 俺は芸能界に詳しくない。だが、九条麗子という名前だけは知っている。

 去年、人気絶頂だった三人組アイドルが九条の番組に出演した時のことだ。


 九条は、泣き顔を見せて同情を誘おうとしたセンターの少女に対し、慈悲のない一言を放った。


『あなた、自分の顔を鏡で見たことある? そこに「あなた」は一人もいないわよ。全部、誰かの借り物じゃない』


 放送中、少女は一滴の涙も流せなかった。ただ、魂が抜けたような顔でカメラを見つめ続け、その放送を最後に、彼女が再び笑顔でステージに立つことはなかった。

 公式の発表は「心身の不調による無期限休止」。


 だが、業界ではこう囁かれている。

――九条麗子に、「自分」が空っぽであることを証明されてしまったのだ、と。


「処刑場」


そう呼ばれる理由を、俺は肌で理解した。


「……うちらの番が回ってきた、ってことやな」


 沙織が扇子をパチンと閉じる。その音がやけに大きく響いた。

「九条さんはな、本物しか認めへん。ちょっとでも揺らいだら、そこを徹底的に突く。笑顔が半秒遅れただけで、『何か隠してる?』ってな」


 揺らぎ。

 俺は、揺らぎそのものだ。


「単独指名ってことは……」


 ひなたが不安そうに俺を見る。


「葵ちゃんが、メインで回されるってことだよね」


 単独。つまり、逃げ場はない。

 茜も、沙織も、ひなたも盾にはなれない。俺一人で立つしかないんだ。


「……シャキッとしなさいな」


肩を強く叩かれた。沙織だ。


「うちらのセンターやろ。あんたが折れたら、全部終わりや」


「でも……」


 言いかけて、飲み込む。

 俺じゃない。本物の葵なら――その考えが、一瞬よぎった。

 ここは、本物の城山葵が立つはずの場所だ。俺は代役で、仮初めの存在だ。


「……作戦を立てるわよ」


 茜が一歩前に出た。その目は、恐怖よりも闘志が勝っている。


「過去の放送、全部洗うわ。どんな質問が来るか傾向を出す。葵ちゃんは感情の起伏を抑える練習。目線の泳ぎをゼロにするの」

「そうだよ! 葵ちゃんはすごいんだから、堂々としてればいいの!」


 ひなたが俺の腰にしがみつく。震えているのは俺だけじゃない。

 胸の奥が熱くなった。

 俺は嘘をついている。男であるという、決定的な嘘を。

 それでも、この子たちは俺をセンターとして信じてくれている。


「……ありがとうございます」

「私、やります」


 意識的に声を整える。可憐で、柔らかく、隙のないトーン。

 だが、その芯には修行で叩き込まれた「折れない心」が宿っていた。


「……っ」


 なぜか茜が顔を赤らめて視線を逸らす。


「まぁ、うちらがついとる。あんた一人やない」


 沙織の瞳も、今は真剣だった。


 

 事務室。栞里さんと二人きり。

 彼女は台本を机に置いたまま、珍しく視線を落としている。


「大輔くん。……これは、博打よ」

「博打、ですか」


「ええ。彼女は本物しか認めない。逆に言えば、不自然な何かがあれば、絶対に突く。……あなたがもしここで転べば、私のマネージャーとしての立場も、ひいては今期ボーナスの査定も……あ、いえ、今のは忘れてちょうだい」

「……え、ボーナス?」

「……コホン! とにかく! 私とあなたの首もかかってるってことよ!」


 一瞬、ものすごく生々しい「本音」が漏れた。

 でも、そのおかげで俺のガチガチだった肩の力が、ほんの少しだけ抜けた気がした。

 完璧だと思っていたこの人も、俺と同じように必死に自分の席にしがみついているのだ。


「……怖くない?」


 真っ直ぐな問いに、俺は少しだけ沈黙し、答えた。


「怖いです。でも……逃げません」


 栞里さんが、ほんのわずかに微笑んだ。

 マネージャーとしてではなく、戦友として。


 

 その夜。寮のベッド。

 台本を開く。内容は一対一のフリートーク。

 ――罠の匂いがする。


 ページをめくる指が、震える。

 止めたい。でも、止めたら終わる。

 俺は、最後の一ページまで目を通した。


「……やるしかないんだ」


 声が出れば、男の声になる。

 俺は台本を胸に押し当てて、そっと息を殺した。


 暗さの向こうで、誰かが見ている気がした。


 九条麗子の目。

 それだけじゃない。


 もっと古い。もっと粘ついた目。


「……ここに、いるのか」


 喉の奥で呟く。


 その瞬間。窓の外の月が、やけに明るく見えた。


 まるで――

「見つけた」と言っているみたいに。


 本日も読んでいただきありがとうございます。

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