第8話「残響の入隊」
戦場は、今日も壊れていた。
だがその“壊れ方”だけが、以前より少し違って見えた。
崩れるのではない。
最初から“そこに何もなかったように消えていく”。
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主人公は観測ドームにいた。
軍施設の最深部。
ここは前線ではない。
だが、戦場の“結果だけ”が集まる場所だった。
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モニターには、戦闘記録が流れている。
白い天使。
その“残像”。
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彼女の形をしたものが、戦場を横切る。
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だが主人公は、それを見ていても確信が持てなかった。
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「これは……本当に“敵”なのか?」
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声は出なかった。
ただ思考だけが、勝手に漏れる。
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その瞬間。
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視界が揺れる。
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――入隊式。
――整列する兵士。
――まだ幼い自分。
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「お前は遅い」
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誰かの声。
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振り返ると、そこに“彼女”が立っている。
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白い戦術制服。
圧倒的な静寂。
戦場そのものの輪郭。
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「戦場では、一拍遅れた奴から死ぬ」
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そう言って、彼女は歩き出す。
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――そこで、映像が途切れる。
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主人公は息を止めていた。
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「……何だ、今の」
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記憶。
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だが確信が持てない。
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“見たことがある”のではなく
“今初めて見せられた”ような感覚。
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通信が入る。
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ノイズはない。
だが、やけに近い。
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「観測ログと同期」
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彼女の声。
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主人公は顔を上げる。
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「お前は……」
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言葉が止まる。
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“お前”の先が定まらない。
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彼女か。
戦場か。
それとも自分か。
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通信は続く。
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「あなたの記憶断片に、入隊初期データの欠落が確認されました」
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主人公は目を細める。
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「欠落?」
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「はい」
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短い返答。
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「あなたの軍歴は正常です」
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「しかし、最初の同期記録のみが不自然に欠損しています」
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主人公の胸の奥がざわつく。
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「最初の……同期?」
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その言葉を口にした瞬間。
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また“何か”が流れ込む。
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――彼女の背中。
――戦場へ歩く列。
――遅れる自分。
――それでも追いかけた理由。
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だが、そこから先がない。
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理由が抜け落ちている。
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「俺は……なんで軍に入った?」
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呟く。
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通信が一瞬だけ止まる。
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そして。
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「記録上は」
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「あなたは“彼女への適合を目的として入隊”しています」
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その瞬間。
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主人公の中で、何かが軋む。
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適合。
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それは“憧れ”ではない。
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もっと機械的な言葉だった。
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だが同時に。
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その言葉が、妙にしっくりきてしまう。
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まるで最初からそうだったように。
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「……違うだろ」
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主人公は小さく笑う。
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「俺はそんな理由じゃない」
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だが。
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その“違う”を支える記憶が、どこにもない。
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再び映像が流れる。
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戦場。
彼女。
白い残像。
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その動きの中に、一瞬だけ“別の顔”が混ざる。
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――こちらを見る彼女。
――何かを言いかける彼女。
――止まる彼女。
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だが次の瞬間には消える。
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主人公は気づく。
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これは戦闘記録ではない。
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“彼女の可能性の残骸”だ。
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通信が続く。
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「模倣エンジェルユニットとの交戦記録を更新します」
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その言葉に、主人公は反応する。
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「模倣……?」
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初めて聞く単語のように。
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だが同時に。
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どこかで“知っていた気がする”。
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「それは何だ」
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問う。
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通信は少しだけ遅れて答える。
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「対象“天使演算体”の戦闘記憶を基に生成された戦術再現体です」
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「別可能性の再構成」
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主人公は息を呑む。
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別可能性。
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その言葉だけが、やけに重い。
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戦場の映像が重なる。
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彼女が何度も現れる。
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違う動き。
違う死に方。
違う勝ち方。
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それを主人公は、何度も“壊してきた”気がした。
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だが確信はない。
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ただ“喪失感だけ”がある。
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そして最後に。
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主人公は気づく。
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自分の中にある彼女は。
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もう人ではない。
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「名前だけが残ってる」
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そう呟く。
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その瞬間。
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モニターの彼女が、一瞬だけこちらを見る。
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まるで。
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「まだ思い出せる」と言うように。




