安らぎ
正社員として勤めたかったが服飾メーカーに不採用となったオレは、就職試験の日の朝、エスカレーターを降りてきた若い男の大きなリュックが肩にぶつかってから痛みが取れない。
今のような湿気の多い梅雨時は特に応える。医者に掛かる余裕もなく市販の湿布薬でしのいでいる。オフィス街の会社の夜警のアルバイトで暮らす日々。以前は社長の娘婿として不自由なく暮らしていた。会社に着けば、皆一目置いてくれる。上から目線に慣れたオレには人に使われる者の苦労が、実感として分からなかった。今、その大変さを感じつつ仕事をしている。これもいい経験と思って。
しかし、良くないことは続くのか、仕事中、痛めていた右肩を更に痛め、夜警の仕事も辞めざるを得なくなり、病院に行ったりして、支出がかさみ、遂に家賃も溜め込んでマンションを追い出された。親友でいつも気に掛けてくれる香川に助けを求めようかとも思ったが、こんな惨めな姿を見られたくないし。ネットカフェで寝泊まりしながら、何とか食い繋いでいた。
その年も押しつまった寒い日の夕方。ある小綺麗な教会の前を通り掛かったとき、沢山の人の列を目にする。皆、お世辞にもいい服を着ているとは言えない。列の先頭ではひとりのシスターが、大鍋からスープをカップに注ぎ、もう一人のシスターが、ロールパンを2個ずつ配っている。ついオレもスープの良い匂いに引かれて列に並んだ。列の人々は若いひとも居れば、高齢者も、母親と小さい子どももいる。こんな光景を見るのは初めてではないが、すべて運転手付きの社長の娘婿専用の車の中からだった。あの時、あの列に並ぶ日が来るなど思いもしなかった。
シスターの入れてくれるスープは野菜たっぷりで美味しいし、何より暖かい。一人一人に「今晩は。大丈夫ですか?お困りのことはありませんか?」とやさしく話し掛けている。オレは久し振りに聞く優しい言葉に、不覚にも涙ぐんだ。「大丈夫ですよ。お辛かったですね。よろしかったら中へどうぞ」誘われるままに、頂いたスープとパンを持って教会の中へ入った。既に数人が椅子に座り、舌鼓を打っている。教会の中は暖房が効いて落ち着ける。「まだ沢山ありますから、おかわりどうぞ」シスターの声が響く。スープその物は温かいが、人を思いやる、優しい真心をも含んでいるから、より温かいのだ。「おかわりいかがですか?」余りの美味しさに、空になったカップにスープを入れて、ロールパンまで下さる。「有り難うございます」頭を下げると50代と思われるシスターは「よろしいんですよ。困った時はお互い様と申しますでしょう」と微笑む。教会の祭壇に掲げられている、マリア様のような微笑みだった。
人心地ついたオレは帰ろうと立ち上がった途端、へなへなと座り込んでしまった。慌てて駆けつけたシスター二人に抱えられ、長椅子に寝かされた。今日までの疲れがほっとした瞬間に出たようだ。恥も外聞も忘れて帰る家もない今の状況を話した。一番年長とおぼしきシスターが「よろしかったら、今夜はここにお泊まり下さい」
嬉しくてオレはシスターの好意に甘えることにした。礼拝堂の隣の部屋にはベッドもあり、オレはすぐ眠りに就いた。
この事が切っ掛けで、オレは教会の中庭に建つ小さい家に住み無給の雑用係になった。三度の食事と温かい住まいを頂けるだけで本望だ。朝早くから、夜まで庭仕事や水汲み、教会の掃除、窓の修理、力仕事、いつかのように列に並ぶ人々の世話や給仕も。
出来る事は勿論、出来ない事も考えてこなした。週に3日はシスターの紹介で介護施設の雑用や運転手をして働いた。シスターたちはいつも優しく、「けんさん」と呼んで大事にしてくれる。何もかも失ったからこそ、空っぽの器だからこそ、今まで経験したことのない、新しいことが沢山入るのだ。いくら働いても金とは無縁だ。
しかし、なぜ辞めないのかと考えた時、オレは気付いた。自分の為でもあるけれどそれ以上に人の役に立っているから遣り甲斐があるし、人に喜んでもらえるのが、これ程嬉しい事とは思わなかった。だから、続けられるのだ。こんな気持ちになったのも初めてだった。かつても身を粉にして働いたが、すべて自分の為だった。地位、名声、財産が欲しかったからだ。その結果手に入れたすべてを失くした。
今はその一つさえ持たないのに、心は穏やかで満たされている。すべてを持っていたあの時とは比べものにならない程ずっとずっと。
そして、5か月ほどたったある日。オレは懐かしい人に出会う。




