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幸福な時間  作者: 悠木 泉
12/18

孤独

 「ガラスの城」を出てから3か月が過ぎた。

今は、ワンルームマンションに住み、入社以来のライバルであり、親友でもある香川の紹介で小さい鉄工所で経理と営業の仕事に就いている。勿論、出世などとは無縁の暮らし。でも、毎日楽しく仕事も出来ているし、何事も分相応が良いのかも知れない。

 今夜は、久し振りに香川と飲みに行く約束をしている。

オレの羽振りの良い時は手をすり寄せて集まって来た人々も、落ちぶれたら皆離れて行った。よく聞く話で驚きはしないが、自分がその立場になると空しいものだ。

 しかし、いくら立場が変わっても、以前と変わらず接してくれる人こそ、真の友人知人だ。香川は数少ない変わらない友人。いつも行く、きれいとは言えない居酒屋でビールを飲む。オレの進退を決める会議で香川はかなりオレを弁護してくれたと人づてに聞く。「良いこととは思わないが、誰にでも起こりうることだ。ぶつかった男性が亡くなったのは気の毒だけど

故意にぶつかった訳ではないし、不運な出来事だと思う。同じ状況なら僕も戻って様子を見たかどうか分からない」香川は優しい男だから、オレの気持ちが軽くなるように気遣ってそう言う。

 しかし、今も気に掛かるのは差出人がどこの誰なのか。香川によれば、あれから手紙は届いていないと言う。会社側はもう調査を止めているので、香川が知人に依頼して引き続き調べてくれているが目立った成果は出ていない。

 唯、一つ府に落ち無いことがある。あの手紙のオレの名前、桐山健にきりやまたけしとふりがながあったことだ。普通、健はけんと読む。たけしと読むひとは少ないのに何故読めたのか? 

 あれから2年が経った。香川が紹介してくれた鉄工所が不況のあおりで倒産してから、34才のオレはハローワークに通っている。なかなか良い仕事は見つからない。短期間のアルバイトをしながらその日暮らしをしている。「ガラスの城」を出る時に義理の父だった社長から頂いたまとまった金は、もう底をついた。身体を壊し、入退院を繰り返す内に心も萎え、ギャンブルに手を出してほとんどの金をすってしまったのだ。

 更に、オレにとっては喜ぶべきか、悲しむべきか、元妻の理央と香川が結婚したのだ。36才になっている娘の先行きを案じた父親が、婿にと選んだのが香川だった。確かに彼はオレなんかより、何倍も良い男だ。仕事も出来るし、誰にも分け隔てなく優しく誠実だし何より家柄も育ちも申し分ない。理央にとっても香川の方が良いだろう。結婚前に、香川から会いたいと連絡があった。「誰にも言ったことはないが、僕は女性が苦手なんだ」オレは驚きはしたが思い当たることはあった。香川の口から女性の話は出なかったから。「僕の母親は7才の時に亡くなった。とっても綺麗で優しい母で僕が何をしても誉めてくれた。大好きな母だった。マザコンなのかも知れないが、母のような人を求めるので、なかなか、女性を好きになれなかった」「そうだったのか。でも、そんなの大したことじゃないよ。みんな何か抱えている」オレはいつも良くしてくれる彼を励ましたかった。何不自由なくここまで来たと思っていた香川にも人に言えない悩みがあったのだ。

 香川はオレに代わってあの「ガラスの城」に住むのだが彼ならあの奇妙な建物も歓迎するだろう。オレなんかよりずっと人間が出来ているから。理央には、全て話したと言う。彼女も前の夫のオレには言えなかっ自分の秘密も話したとか。二人は、きっと上手くいくと思う。理央はピアニストを辞めて、子供たちに広い「ガラスの城」でピアノを教えるという。もう指を心配することなく家事が出来るし、香川を支える可愛い妻になるだろう。

 しかし、心の何処かに淋しさがある。やはり、理央を愛していたのかも知れない。一人取り残されたような、孤独感をもてあまして、つい不慣れなギャンブルにはまりこんでしまった。それでも、そんなオレを励まし、力になってくれる香川が紹介した服飾メーカーから面接の連絡があり、久々にスーツに身を包みその会社に向かった。

 そして、ここで、心の奥底に沈めていた、告発する手紙の謎が解けることになる。

 


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