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華風皆殺し娘の交渉術  作者: 微睡 虚
第十二章 繭国分裂編
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新世代の大妖魔

金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)蠅蟷螂(ヨウトウロウ)、雌雄を決する戦いです。


蠅蟷螂(ヨウトウロウ)は新しい妖魔王を自称するだけの力はあった。

卵を産む卵管があるため動きが緩慢だという楽観視は戦闘が始まった途端に崩れ去った。彼女は卵管を切り離して身軽になったのだ。離れた卵管も蓄積分の卵を産み続けている。

既に設置されていた卵からは妖蟲が孵化しつつある。彼らもまた幼虫とは思えない生きた戦闘兵器だった。生まれ落ちた幼虫に統一性はなく兄弟姉妹で似ていない。芋虫状のものもいればバッタのようなものもいる。ただ油断はできない。なにせ今の金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)幼体くらいの大きさでありながら殺傷能力を有しているのだ。


 芋虫達は糸をまき散らして動きを封じようとしてくる。バッタ状のものは生まれた瞬間飛びかかってくるのだ。突撃までの挙動は分かりやすいモノの当たれば致命傷なのは彼らがめり込んだ壁の亀裂から一目瞭然である。彼女の戦闘の邪魔になるまいと金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)はいつのまにか彼女の肩口に移動していた。両手の自由を得た鱗粉(リンフェン)は懐から蟲笛を取り出した。


「鬱陶しいわ。〈魔笛・刃音風蛾〉~~~♪~~♪」


 攻撃をよけつつ蟲笛を吹く。その音色に導かれた複数の蛾たちが刃のように鋭くなり一陣の風となって生まれたばかりの幼虫や卵を切り裂いていく。

 これに激怒したのは産みの親・蠅蟷螂(ヨウトウロウ)である。


「己、我が愛しき稚児たちを屠りおって!!」


彼女は両前脚は大鎌状になっており、薙ぐだけで柱を切り崩してしまう。先程防御していなければ体が両断されていたであろうことは想像に難くはなかった。

さらに螽斯(キリギリス)を思わせる後ろ脚は抜群の跳躍力があり、離れた場所から一瞬にして距離を詰めてくる。

 防御する前に切り刻んでしまえばいいというのだろう。

 だが彼女が切り裂いた鱗粉(リンフェン)は蝶の郡に変わり身していた。


「ドブネズミは逃げ足が速いわ……!」


蠅蟷螂(ヨウトウロウ)さま、幼虫たちの指揮はわたくしめにお任せを。貴女様をうまく補助してご覧に入れましょう」


 それまで具に姪の動きを分析していた狡白(ジャオバイ)は触覚を軸に生まれたばかりの幼虫たちに指示を出す。今までは本能的で単調な攻撃ばかりだったが参謀指揮官の適切な采配により鱗粉(リンフェン)は攻撃が掠ることが増え、徐々に退路を封じられていく。皮肉にも太古の妖魔大戦で金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)が《蟲族》の眷属を得た時と同じ状況になっていた。


「昔を思い出すな、余もいきなり配下の動きが良くなり《蟲族》を迎えたことを誇ったものよ」


金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)さま! 感心してる場合ですか!」


 実際の所、生まれたばかりの幼虫に適切な指示を出すのは《蟲族》でも相当の手練れだ。それも大妖魔の幼虫をである。在りし日神童と謡われた男の名采配が光る。

 打たれ弱い芋虫は後方から糸の罠を作ることに終始させ、前衛はバッタ型で固めている。幼虫が生まれたばかりの卵の殻ですら姿をくらましたり防壁とした利用したりして巧みに戦場を支配しているのだ。


「お前にこの伯父を超えられるか!! 鱗粉(リンフェン)!!」


「国の一大事に何を言っているの!! 蹴破って見せるわ!!」


 そうはいっても空元気だ。明らかに蠅蟷螂(ヨウトウロウ)側の手数が多い。今ほど部下たちの力添えを欲したときはない。せめて幼虫の群れさえどうにかしてくれれば産みの親である蠅蟷螂(ヨウトウロウ)に集中できる。しかし泣き言は言っていられない同胞たちは今、この蠅蟷螂(ヨウトウロウ)が起こしたスタンピードに対応している。彼らが妖蟲の物量に押し切られる前に自分が元凶を断たなければならないのだ。


「諦めろ、鱗粉(リンフェン)!! お前ではこの物量に抗えなぬ!!」


「同胞たちが! 【愁国】の人たちが!! そして美鳳(メイフォン)が切り開いてくれたこの瞬間を私が台無しにできるわけないじゃない!!」


 劣勢においても鱗粉(リンフェン)の士気は頗る高かった。頼る者がいなくとも主君として投げ出すわけにはいかない。一度は日和見で消極的で自分のことしか見えていなかったが故に鳴夕(ミンシー)蜻道(チンタオ)をはじめとする臣下の信頼を失ってしまったのだ。言い訳はしていられない。仲間たちが信じてたくしてくれたこの大一番を勝ち切らなければならない。たとえ相手が自分よりはるかに強くとも。


「あっ!!」


 しかし現実は非常である。崇高な理念と戦闘力は比例しない。先を読んで仕掛けていた狡白(ジャオバイ)の糸の罠に足を取られてしまったのだ。それを見逃す蠅蟷螂(ヨウトウロウ)ではなかった。口から消化液にもにた酸性の毒液を鱗粉(リンフェン)に吹きかけたのだ。


「死ね!!」「さらばだ姪よ」


 ただの毒なら耐性のある鱗粉(リンフェン)でさえ強酸には抗えない。射線上には彼女の顔面がある。女の子の顔面が焼けただれるのも悲劇だが蠅蟷螂(ヨウトウロウ)の消化液はそんな生易しいものではなかった。飛沫として散った駅でさえ床を貫通して下階まで溶かす強酸性だ。そのまま彼女の頭部を溶かしてしまう可能性さえあった。

 だが彼女は死ななかった。その肩口に張り付いてた金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)の幼体が自らを盾にしたのだ。勝ち誇り汚い笑みを浮かべる蠅蟷螂(ヨウトウロウ)と叫ぶ鱗粉(リンフェン)

 溶解液に包まれた金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)はぶるぶると体を震わせて液を弾き健在な姿を示してきた。


「――驕りが過ぎるぞ蠅蟷螂(ヨウトウロウ)。余にとってぬるま湯のような酸度だ」


金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)……!! 貴様、妾を愚弄するか!!」


 酸が効かないならそのまま踏み潰そうと巨体を持ち上げる。

 その前に態勢を戻した鱗粉(リンフェン)が紙一重で回避した。


金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)さま、助かりましたが……あまり無茶をなさらずとも」


「如何に余が寛大とて、余を騙り余の配下を騙してきた青二才が好き勝手していれば流石に腹も立つ。これは雌雄を決する大戦。言ったはずだぞ、鱗粉(リンフェン)。余も力になると」


 その声は静かな怒気を孕んでいた。ゆるキャラのような見た目といってもかつて人類を震撼させた妖魔王。自身より年若い世間知らずの後輩が調子づいていたことに相当苛立っていたようだ。


金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)さま……」


「余を使え!! 姫巫女・鱗粉(リンフェン)!! 余の友よ!!」


「……はい!!」


 今までは何処か心に枷をかけていた。信奉する対象、使えるべき主君、そういう格上の存在として一線を引いた遠慮があった。だから蟲を使役するといっても使役する対象として妖魔王を選ぶなど恐れ多いと感じていた。しかし今、妖魔王自らが背中を押してくれた。対等に肩を並べて戦えと。ならばその信頼に応えるしかないのだ。


「〈蟲王術(チュウオウジュツ)全蛹包糸(ゼンヨウホウシ)〉」


 鱗粉(リンフェン)は祈るように自身の氣を金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)に分け与える。すると金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)の全身から発汗するように数多の糸を放出した。その糸が玉座の室内中を埋め尽くしていた蠅蟷螂(ヨウトウロウ)の幼虫やその死体、卵と卵管までも全て包み込む。


「これは……金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)様の妖術、まさか」


《蟲族》ならば教本で習う知識。妖魔大戦において転生卵から蘇生した金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)は配下の妖蟲の肉体と力を取り込んで繭となり、一気に成体へと急成長する。万人規模の犠牲を出してようやく倒した金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)が数日後に健在の姿で現れ多くの民族の心を折ったことはあまりに有名だ。


「まさか妾の子をアバズレがァ!!」


 激怒した蠅蟷螂(ヨウトウロウ)が鎌を振るうが糸の濁流はその大鎌さえも圧し折って吸収し、巨大な繭を形成してしまった。


金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)様の御前に妖蟲を並べるなんて愚の骨頂。お勉強の成績は良かったはずですよね、伯父様」


「おのれ、鱗粉(リンフェン)……!」


 勿論、知識としては知っていた。しかし生まれたばかりの金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)と共鳴し実の姪がやってのけると思わなかったのだ。自身が眷属となった蠅蟷螂(ヨウトウロウ)の強さへの驕りもあった。

 蠅蟷螂(ヨウトウロウ)は牙と立てたり、足蹴にしたりして繭を攻撃しているが固すぎてびくともしない。防御力においては無敵のようだ。


「さぁ金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)様、お美しいお姿をお見せ下さい。伯父上と蠅蟷螂(ヨウトウロウ)をぶちのめしましょう!」


「誠に残念だが鱗粉(リンフェン)。余はこの姿では動けぬ」


「……へ?」


 その瞬間、玉座の間は沈黙に包まれた。外のスタンピードの音が聞こえてくるほど静かな一瞬である。


金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)様は成体の体を作られるまで七日七晩はかかる。勉強不足だったな鱗粉(リンフェン)よ」


「……え? ではその間どうしろと?」


蠅蟷螂(ヨウトウロウ)の幼体と卵は始末したし、本体の殺傷力も削ったぞ……?」


 確かに室内にいた夥しい妖蟲の幼体は綺麗さっぱり片付いている。蠅蟷螂(ヨウトウロウ)の方も前脚の大鎌を失って攻撃力は大きく削がれたといってもいい。

 ただ蠅蟷螂(ヨウトウロウ)が脱皮をすると失われていた前脚が綺麗に再生してしまった。


「攻撃力、削がれていませんが……? 金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)と同じ〈脱皮〉使えるじゃん……」


「…………余の重臣ならなんとかせよ」


金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)さまァぁぁぁああ!!???」


 酷い無茶ぶりである。確かに成体になるまで時間はかかると何処かで読んだ記憶はあったがあまりに勝利を確信しすぎて頭から抜け落ちていた。――というより力の弱い妖蟲なら糸にからめとられて吸収されて終わっていたはずだ。それだけ蠅蟷螂(ヨウトウロウ)が想定より強かったといえる。

 鱗粉(リンフェン)が絶叫し終わると聞こえてきたのは男女のせせら笑う声だった。含み笑いで堪えていたのがいつの間にか爆笑に代わっていた。


「如何に九妖王魔といえど、今の姿ではどうすることもできんようじゃ。敵前で無様を晒すとはのぉ虚けの王よ」


「本当に見限って正解でしたよ蠅蟷螂(ヨウトウロウ)様」


 今まで幼虫たちの使役に使っていた分余裕ができた狡白(ジャオバイ)はその分の氣力を全て蠅蟷螂(ヨウトウロウ)の補助に当てた。手駒が減るなり戦術を変える。《蟲族》の采配の恐ろしさだ。

 基本は木属氣巧術による足止めや火属氣巧による牽制で確実に逃げ場をつぶして蠅蟷螂(ヨウトウロウ)が攻めやすい位置を確保している。

 蠅蟷螂(ヨウトウロウ)の膂力が足りなければ自身の氣で武装強化する臨機応変ぶりだ。おかげで初手には通じた蝶の盾が簡単に破られてしまった。


金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)さま、せめて事前に成体になれなかったのです?」


「無茶をいうでない。余は卵から孵化したばかり。まだ力を蓄えていたのよ。これでも急いだ方じゃ。もりもり若葉を食してな」


 食っちゃ寝していたのは怠惰だったからではなく戦いに備えていたのだ。そして大一番で敵の手駒をつぶした。確かに役者としては十分すぎいるくらいの働きをしただろう。


「ククク、愚かな妖魔王よ。最早全盛期の力もあるまい。だからこそ妾は成り代われると確信したわ!」


「言うだけはある。確かに今の世にそれ程まで強大な力を身に着けた妖蟲はおらなんだ」


「ええ。金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)にたてつく妖蟲が現れるなんて……」


 蠅蟷螂(ヨウトウロウ)の攻撃をかわしながら相手の強さの秘密を分析する鱗粉(リンフェン)。そもそも少し強い程度の妖蟲など始祖の隷属力でひれ伏して終わりのはずだ。しかし案の定、蠅蟷螂(ヨウトウロウ)は隷属しなかった。そればかりか〈脱皮〉や〈産卵〉、毒攻撃など金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)に似た力を身に着けている。


「妾が如何にして力をつけたか知りたいか? ふむ、ここまで踊り余興を披露してくれた礼に教えてやろう。美味いモノを喰ったからじゃ」


「美味いモノ……?」


 少し考えこんだ鱗粉(リンフェン)の首元すれすれに大鎌が薙いでくる。間一髪だった。言葉も全て動揺を誘う罠だ。情報をペラペラ囀っているだけではない。それが分かっていてもつい耳を傾けてしまう。ただ蠅蟷螂(ヨウトウロウ)の言葉に金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)は思うところがあった。


「美味いモノ……まさか貴様……!!」


「そうじゃ。お前の転生卵ぞえ? 妖蟲は始祖の因子を持つ妖蟲を喰らうことで知恵と力をつける。最も効率的に補給するには金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)の卵を喰うのが手っ取り早い」


 如何に金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)といっても卵の状態では最弱だ。自身が直接産んだ卵なら多少頑丈だが、ランダム転生の〈眷属転卵〉ではガワが脆弱な卵に産まれることもある。蠅蟷螂(ヨウトウロウ)はそれを狙って喰らっていたのである。


「待って。じゃあ金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)様が此処数十年顕現されなかったのは!?」


「虚けの姫も理解したかえ? 妾が喰らっていたからよ。おかげでその力を奪い、妾も卵から転生を繰り返して力を蓄えさせてもらったのじゃ」


「道理で転生卵がうまく働かなかったわけだな。しかし余の依り代となる卵はそう簡単には見つからぬし数も少ないはず。数個喰らったところでそこまで増長はするまい」


「ああ。故に妾はお前の転生卵に代わる餌を欲した。すぐに見つけたよ。お前が力を分け与えた眷属。《蟲族》達には始祖の因子があった!!」


 蠅蟷螂(ヨウトウロウ)が何故執拗に《蟲族》の生贄を求め喰らっていたのか。それは始祖の因子を吸収しやすくするためだったのだ。

 大先輩であるはずの金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)を侮辱し、その転生卵を喰う。それだけでも恐れ多いのにこの化け物は妖魔王が愛して力を分け与えた眷属たちを喰らった。天啓でもなんでもない。自分の力を増すために食らったのだ。


「古の神話がでしゃばるからこうなるのじゃ。妾が妖蟲達を牽引し、新たな伝説を作ってくれようぞ!! 妖魔大戦に敗れた雑魚妖魔共に代わり妾こそが人間界を支配する!!」


 鱗粉(リンフェン)は静かに青筋を立て拳を震わせていた。



金玄蜂蛾(キンゲンホウガ)が長らく不在だった要因は蠅蟷螂(ヨウトウロウ)がその卵を食っていたからでした。

元々始祖因子の強い特異個体な上に他の妖蟲ができないことをやっていたので急成長もします。しかしその告白は鱗粉(リンフェン)を激怒させるに十分でした。


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妖魔界の老舗vs新興。下克上じゃけぇ!。
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