現役一番星と元一番星
一番星同士の戦いが始まります。
最後に輝く星はどちらか。
【繭国】の州都【蟲籠】は始皇帝の天下統一を助けた功績で煌びやかな都になっている。【蟻塚】や【糸蛹】のような原始的な土台のある歴史ある街に比べて近代的な街並みだ。城の方は【愁国】より巨大且立派だ。始皇帝より資金援助を受けたのだろう痕跡がそこかしこに見える。
「中々の街並みですね」
「美鳳は待っていて良かったのに、もう」
何故ついてきたのかは言うまい。既に答えは知っている。
今はただ目的を達成すべく移動を急ぐ。
城の入り口には上空を見上げる優男の姿が見えた。
風にあおられて彼の纏う羽織の模様が見える。天道虫の背中に輝く一番星。間違いなく事前に聞いていた狩透という男だろう。
無視して進もうとした巨大蛾は突風にあおられる。
それはただの突風ではなかった。風を受けた蛾の羽が一枚いつの間にかなくなっていたのだ。焼き切られたならば焦げ跡が残るはずだ。斬られたのなら断面は鋭利になっているはずである。だが羽は瞬く間に最初から何もなかったかのように消えてしまったのだ。
片翼を失って墜落するように高度を下げる巨大蛾は最後の力を振り絞って乗せていた主たちを地面へ送る。
「今、何をされたんですか!?」
「一番星の蟲に攻撃されたのよ」
「蟲!? 蟲なんて何処にも見えませんが!?」
蜻道のように加速力のある妖蟲が高速で動いているのだろうか。或いは周囲の景色に擬態で溶け込んでいるのだろうか。
しかし鬼山間のような羽音がするわけでもなく、姿を消すタイプ特有の気配の痕跡さえ見えないのだ。
正門を守る彼を退けようと美鳳は木属氣巧術を内包した符を使用する。敵の術を記録する高価な符ではなく、中位相当の木属氣巧術を予め記録した《符族》以外にも製作できる汎用符である。符が燃え尽きると同時に数多の樹木が枝分かれして狩透を襲うも、その攻撃が彼に当たる前に消滅した。
「一体何が、彼は蟲使いではないのですか……?」
「蟲使いで合ってるぜ。アイツが使役するのは朽喰蟲。目視できない小ささの蟲だ」
「極小型の妖蟲ということですか?」
「ああ。俺の使う氣喰蟲と対をなす接触禁忌種。氣喰蟲は文字通り氣を喰らうが、朽喰蟲は氣以外何でも喰う。炎だろうが雷だろうが何でもな。傍から見ればアイツが術を消しているようにしか見えねーが、アイツの周りを漂ってる超小型の蟲が喰ってんのさ」
美鳳が符を媒介に発動した木属氣巧術も彼の扱う朽喰蟲に完食されたのだ。鱗粉が使役した巨大な蛾の片翼を消滅させたのも同じ蟲だという。
「そんな、小型の蟲に自分の質量より大きなものが食べきれるわけがないじゃないですか」
「ところがそれができてしまうの。朽喰蟲は新陳代謝を自在に操れる。普段は小食でも戦闘時は一瞬で喰らいつくすと同時に消化して糞を散らしている。人間の目にはそれが物体を塵と化している風にしかみえないだけ」
物体を朽ち果てさせるほど貪り喰らい塵へと化してしまうのが名の由来となっている。博識の美鳳も流石に知らなかった。知るはずもないだろう。その虫を肉眼で目視できず近づいた者は喰らい尽くされ塵に代わるのだから。
それまで若葉を食べていた金玄蜂蛾も咀嚼を止めて目を見開いている。
「狩透といったか。その若さで朽喰蟲を使役するとは大したものよ。始祖の隷属力でも強めに命じねば御しきれぬ種、《蟲族》でも扱える者は片手で数える程度だろう」
「……お褒めに預かり恐縮でございます。金玄蜂蛾様」
なんとそれまで敵対していた狩透が頭を垂れて跪いたのだ。呆気にとられる美鳳達を気にすることもなく、金玄蜂蛾のみに目を合わせて丁寧な口調で続ける。
「俺も腕に覚えがありますが、流石に金玄蜂蛾様の隷属能力を使われては太刀打ちできません。ただ……恐れながら俺に始祖の力を行使するべきではないかと。貴女様はまだ幼体。力の行使には負担がかかります。その御力は偽物を討つときに使うべきかと」
「……!? そなたは余が本物だと認めるのか?」
「俺の目は節穴じゃありませんよ。元々天守閣の玉座にいる害虫を監視するために一番星を拝命したのです。奴が始祖の力を用いて各町を襲ってくると事前に警告を出したのも俺です」
つまるところ、彼はスパイとして内偵していたらしい。金玄蜂蛾が幼体でありながら始祖の隷属を扱えるように偽物の方も同等の力を扱えた。それは《蟲族》にとって致命的となる。だから直接手を下せなかったということを彼は弁明した。
「始祖の力を持つ害虫を駆除できるのはホンモノの金玄蜂蛾様をおいて他にいませんので」
「騙されないわ、狩透!! 貴方が鳴夕を手にかけたというのは事実でしょう!?」
「ああ、六番星か。それなら無事だよ」
彼が指を鳴らすと部下らしい男達が使役する蟲に乗って意識を失っている鳴夕が運ばれてきた。対象を塵へと変える朽喰蟲の使い手が本気を出せば骨も残らないだろう。五体をとどめていること自体、彼が手加減していた証である。
「官僚たちの目があったから何もしないわけにはいかなかったんだ。悪いね、姫様」
「……鳴夕、無事でよかった」
鱗粉は心から安堵し、眠る彼女の頬を撫でた。体温も温かく呼吸も見られる。本当に手加減して気絶させたのだろう。
「必要なら俺の部下たちに案内させましょう。害虫の場所まで近道できるはず。女性陣は通っていただいて結構……但し、お前はダメだ甲影」
それまで金玄蜂蛾に傅いていた彼は急に立ち上がり、敵意を甲影に向けた。
その言葉を予想していたらしい甲影は警戒を解いていなかった。
「どーせ、ンなことだろうと思ったよ!! 俺だけ蚊帳の外だったからなァ!!」
「成程。そなたは甲影と戦いたいのか?」
「左様です。俺も《蟲族》のはしくれ。【国】と同胞、そして金玄蜂蛾様のためには働くつもりです。ただ男として譲れないものもございます故」
小声で密談する鱗粉と美鳳。目配せした彼女達は頷き合って早々に結論を出した。
「「「甲影(さん)、あとは頼む(よろしく)(お願いします)」」」
「ハッ、それも予想内だぜ、姫様方よぉ……」
彼一人此処と留まって一番星と戦ってくれるなら鱗粉達は無傷でそのまま城に入れる。しかも《八星天道》構成員の護衛つきだ。乗らない手はなかった。
元々彼に現役一番星を抑えてもらうというのは話していた通りだ。経緯は違うだけで狙い通りではあった。
城へと入っていく姫二人と女王の背中を見送ったのを合図に男達の戦いは始まった。
「来るがいい、元一番星!」
「お前に一番星を背負えんのかよ、元二番星!!」
羽音を立てて黒い嵐となって移動する氣喰蟲と無音ながら不気味に蠢く朽喰蟲が激突する。
何でも喰らい尽くす朽喰蟲が一見すると氣喰蟲も食ってしまうようにみえるだろう。だが朽喰蟲にとって始祖の力を除けば唯一の天敵が氣喰蟲だ。
人間の目では目視できなくとも氣喰蟲は判別できる。何故なら彼らは餌である氣を感知できるからだ。彼らの複眼には小さな朽喰蟲も氣の粒子となって見えている。
朽喰蟲は新陳代謝をコントロールし、一瞬にして消化してしまうわけだがそんな芸当ができるのも彼らが氣を用いた生命活動をしているためである。
そして氣を喰われた朽喰蟲は抜群の暴食消化能力を発揮できない。体が小さい分生命活動に使う氣を食い尽くされる時間が短い。氣を食い尽くされれば文字通りミクロのゴミにしかならない。
ただ一方的に力関係があるかと言われればそうでもなかった。氣喰蟲にとっても朽喰蟲は天敵なのだ。なにせ氣を喰らい尽くす前に大軍で貪り食われれば氣喰蟲も消化されてしまうためである。どちらが上というより双方にとって互いの存在が天敵なのだ。
「〈氣吸編隊・貪婪〉!!」
先に仕掛けたのは甲影だった。彼の皮膚を喰い破って湧いて出てきた氣喰蟲が黒い嵐となって狩透へと襲い掛かる。
氣を吸いつくされれば恐ろしいものの、氣喰蟲は目視が可能だ。ただその飛行速度を加味すると目視段階で躱すのは非常に難しい。狩透は自身の周りに漂う朽喰蟲を差し向けて氣喰蟲の大群にぶつけた。
「〈崩喰消化・防喰〉!!」
迫る氣喰蟲が狩透の腕に肉薄した瞬間、塵のように半数が消滅する。攻撃編隊を組んでいた氣喰蟲が喰い負けたようだ。目視できる程度のサイズであるがゆえに半数が一気に消滅したのは視覚的に中々衝撃的絵面である。
ただ狩透に軍配が上がったわけではなかった。何故なら彼もまた氣喰蟲の吸氣攻撃を受けており、左腕をまともに動かせなくなっていたからだ。
ちょうど朽喰蟲を指揮するべく伸ばしていた左腕だ。今ではダランとぶら下がり氣を感じ取ることができない。
「お前の蟲は一匹たりとも触れさせなかったはずだが……?」
「ああ。お前さんの肌に触れたヤツはいねーよ。だがな、お前は朽喰蟲を動かすために氣を放出して目印にしている。その体外から放出された氣を空気中で吸い取ったのさ。氣喰蟲を相手に氣を放出するのは悪手だって習っただろ?」
「放出された氣を辿って左腕内部の氣をも喰うとは〝接触禁忌種〟なだけあるな。しかしその種別は俺の朽喰蟲とて同じこと」
一瞬にして四肢の氣を喰らった氣喰蟲の吸氣速度も凄まじいが、その氣喰蟲を半数も消化した朽喰蟲の貪食速度もまた目を見張るものがある。
この勝負、甲影の勝ち筋は朽喰蟲によって自軍が壊滅する前に狩透の氣を戦闘不能まで吸いつくすことである。
言うは易く行うは難し。実際の所、かなり旗色が悪かった。以前も小規模なもめごとで互いの蟲を使った喧嘩が起きたことはあったが、ここまで蟲の使役速度と消化速度が速くなかったのだ。その当時の経験から先手必勝で気を吸い尽くせば終わると甲影は考えていた。目測を誤ったのだ。《八星天道》の階級に上下があることを前提に侮るなと【愁国】の人間には忠告していたが当の自分が痛感することになった。彼はもう一番星を背負うに相応しい妖蟲使役術を身に着けているのだ。
「舐めるなよ、甲影。俺は左腕を使えなくされたが、お前は蟲の半数を失った。お前にとって蟲の喪失は攻撃性能の半減だけでなく感知力の減退も意味する」
甲影は朽喰蟲を目視できていない。全て氣を喰う氣喰蟲が感知しているに過ぎないのだ。氣喰蟲の喪失は朽喰蟲を見失うということ。失明状態で戦場に立つようなものだ。故に氣喰蟲を温存しなければならないが生半可な吸氣攻撃では先ほどの〈防喰〉によって食い散らかされるだけである。第一、今彼の周りに何億匹の朽喰蟲が漂っているかさえ分からないのだ。一撃突破戦術が失敗した時点で慎重な甲影はとる戦術を変える。持久戦で少しずつ氣を削っていく方針に転換したのだ。
しかし彼の性格と消極的な姿勢からその持久戦到来を先読みした狩透は彼を死地へと追い込んでいた。
「〈崩喰消化・別祓〉!!」
「くそっ! なんだ、こいつら!?」
――伏兵。狩透は敢えて朽喰蟲の一部を彼が後退するであろう場所に待機させていたのだ。氣を感知して襲い掛かる氣喰蟲が伏兵の存在に気づかないわけがない。しかし彼らが朽喰蟲の奇襲に感づいたのは仲間たちが喰われた直後だった。
おかげで二分の一になった氣喰蟲の大群はさらに半数、即ち戦闘開始から四分の一に数を減らしてしまった。
「何故だ、どうして氣喰蟲の感知が遅れた……?」
「氣喰蟲とて喰える氣の総量で捕食対象を把握している。ならば予め氣を感じさせないくらい空腹状態の朽喰蟲を待機させ一気に襲わせればいい」
「はぁ!? 飢餓状態の朽喰蟲は無差別に周囲を捕食するじゃじゃ馬だ! 平時でさえ操れる奴は殆どいねーのに、攻撃命令まで飢餓状態で待機させるなんてできるはずが――」
「お前はいつまで俺を二番星だと侮っている? 不可能を可能にするから〝一番星〟を拝命したのだぞ!!」
狩透の言う通りだ。一番彼を侮っていたのは甲影自身だった。歴史上、一番星と二番星はそれぞれ氣喰蟲の使役者と朽喰蟲の使役者が拝命していた。世代によってどちらが一番星にもなりえたのだ。彼が出世したのは政治的な思惑だけではない。輝く一番星を背負うに足る実力者になっていたのだ。
「甲影、名実ともに一番星の地位貰い受けるぞ! 〈崩喰消化――〉!!」
狩透が勝負を決めに来た瞬間、周囲に漂う朽喰蟲が恐れ攻撃を躊躇っているのを敏感に感じ取った。狩透自身も背筋に怖気が走る。急に暗雲たちこめ周囲が暗くなったのだ。先ほどまで晴れ晴れと陽光が差していたのに通り雨でも来たのか、と見上げた彼は益々戦慄した。
周囲を闇で包んだのは雨雲ではなかった。それは夥しいまでの蟲の大群、より正確に表現するなら氣喰蟲の群れだったのだ。
「……馬鹿な!? この大軍を一体どうやって集めて」
「〈氣吸編隊・招集〉、俺の氣を餌に野生種を虜にする奥の手さ」
「お前の氣量は多いがそれでもこれほどの規模の群れを集めるには足りぬはずだ……!?」
「俺の氣だけじゃねーよ。現役一番星様の氣も混ぜさせてもらったぜ?」
最初に狩透の左腕を使えなくするほど気を吸われた時だ。その氣を蓄えて吸収していた氣喰蟲が主である甲影に還元していたのである。朽喰蟲の優位性が感知のしにくさにあるとすれば、氣喰蟲の優位性は吸い取った氣の有効活用にある。現役一番星と元一番星の氣があれば野生種の氣喰蟲をも呼び寄せることができるらしい。
流石に全軍で襲われたら手持ちの朽喰蟲では対処できない。先に氣を絞られて終わるだろう。冷や汗を垂らした狩透は尚も勝負を諦めてはいなかった。
「あの大群を使役するというのか……? 不可能だ。氣喰蟲は気性の荒さから野生種を使役できぬはず。だから〈圣家〉の者は代々自分の体に寄生させて共生し絆を深めていくと聞く。なぁそうだろう元一番星!」
「言葉を返すようだが〝不可能を可能にするから〝一番星〟を拝命した〟んだぞ?」
蟲の暗雲は羽音を立てて五本の竜巻のように織りなしている。彼の使役術〈氣吸編隊・嵐〉は文字通り黒い嵐となって地表を呑み込み黒い雨が降り注いだ。
氣を食べてしまう氣喰蟲、氣以外何でも食べる朽喰蟲
どちらも接触禁忌主です。金玄蜂蛾ですら隷属させるには多量の力を消費します。それだけ始祖の因子が強い種類です。妖魔大戦ではこれらの危険妖蟲も相手どらなければなりませんでした。




