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華風皆殺し娘の交渉術  作者: 微睡 虚
第九章 拳国恩讐編
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師父との再会

お師匠さんとのお話です。

天征活殺拳が覇兇拳になった理由、外弟子を伝承者にしない訳が師の口から語られます。


 護帝覇兇拳の師範、(リー)老仙(ラオシェン)が呆気にとられたのは一瞬だけだった。

 瞬きしている間にボロボロの弟子・(ホン)(タン)を奪回し、少し離れた場所へ下ろす。


 踏み込みの速さが尋常ではない。一紗(イーシャ)も牛魔廷での修業がなければ見えなかっただろう。

 老仙(ラオシェン)は自らの髭を触りながら吟味するように周囲の様子をうかがう。初めに鎧兜(カイドウ)を、次いで審判をしていた一紗(イーシャ)に視線を移し、最後に少し離れた場所にいた美鳳(メイフォン)蕾華(レイファ)を眺めた後、大きくため息をついた。


「あのう、話を聞いてください。私達は争いに来た訳では……!」


「そうよ! そりゃあ誤解されかねない状況だけど、先に決闘を申し込んだのは(ホン)(タン)の方で!」


「分かっておる。まずは中で話そうか」


 彼は洞察力もあるようで周囲の状況から何があったかおおよそ見当がついたらしい。一紗(イーシャ)達を責めるようなことは言わなかった。あまりの物わかりの良さにこちらが狼狽してしまう程である。


(ホン)(タン)! 客人に茶を用意せい」


「しかし!」


「ワシの客人じゃ……文句はあるまい?」


「…………承知しました」


 あれだけ人の話を聞かずに食って掛かっていた(ホン)(タン)も師の命令には素直に従い引き下がった。


 改めて客間に通された一同は不自然な沈黙に肩身の狭い思いをしていた。

 老仙(ラオシェン)鎧兜(カイドウ)が一言も口を利かないので(ホン)(タン)が食器を用意する音が大きく聞こえてしまう。


 人格者に見える老仙(ラオシェン)であるが、『覇兇拳道場』に伝わる裏のルールを取り仕切っていた人物でもあるのだ。癖のある老獪の可能性も捨てきれない。


 この道場は国内外から広く弟子を募集してきた。国籍、民族に差別はなく分け隔てなく覇兇拳を教えてより才覚のある者を次世代を担う伝承者に指名する。それが表向きであるが、実際は公募の弟子に混じって覇兇拳開祖の子孫――いわゆる直系の子供達を鍛える蠱毒の修練場なのだ。如何に努力しようとも伝承者は始祖の血を継ぐ者と初めから決められており、何も知らない他の弟子達は始祖の血脈を鍛えるためだけの当て馬にされていたのである。


 その隠された真実を知ってしまった鎧兜(カイドウ)はやさぐれて覇道に生きることとなってしまった。

 敬愛していた師父の裏切りに耐えきれなかったからだ。


 だが、今はその感情を押し殺してでも途中で投げ出した修業を再開したいと考えていた。師への敬愛、裏切りへの憎悪、二つの感情に揺れながらも力を得るためには彼を頼らざるを得ないのだ。

 複雑な想いをどう口にしたらいいか迷っているように感じられた。


 一方で師・老仙(ラオシェン)も言葉を選んでいるようだ。このままだと沈黙したまま何時間待つことになるか分からない。最悪こじれて殺し合いに発展することも考えられる。

 そこで一紗(イーシャ)が口火を切ることにした。


「お師匠サンさ、何で覇兇拳は開祖の血筋にしか継がせねーんだ? 最初から出来レースなら外から弟子を取る必要もない。他を捨て石にするつもりで公募してんならそれは生贄だ。鎧兜(カイドウ)が出奔するのは自然な道理だぜ。俺も同じ立場ならそうするね」


「……鎧兜(カイドウ)から聞いたか。裏の仕来りを隠していたことについては済まなかったと思うとる。じゃが、それもやむにやまれぬ事情があったのじゃ」


 髭を擦る老仙(ラオシェン)も秘密を抱えていたことに関しては罪悪感を抱いていたらしい。

 ただ気になるのはその事実を黙認していたことである。


「ふーん、弟子達を騙してまで貫く理由があるってのかい?」


「順を追って話そう。覇兇拳はかつて天征活殺拳と呼ばれておった」


「ソイツは知ってる。妖魔大戦でも大活躍だったそうじゃねェか。〝皇鬼〟も知ってたぜェ?」


「皇鬼だと……!? そうか、そこまで知ったか。ならば隠し立ても必要あるまい。鎧兜(カイドウ)よ。座学では敢えて話さなかったことを今教えよう」


 老仙(ラオシェン)は天征活殺拳の原点から話を始めた。

 古の時代、この【陽光霊山】で心身を鍛えていた仙人が何十年と修業を続けた果てに経孔を刺激することで氣の流れを完全に掌握する術を身に着けたところから始まる。彼は天下すらも征れ、命を活かすも殺すも自在の御業を〝天征活殺拳〟と名付けた。


「開祖は氣の流れを完全に支配し、自らの寿命さえも超えた。不老長寿を手にしたのじゃ」


「憑霊術も身に着けずに!? にわかには信じ難いわね……」


「まさに仙人ですね」


 仙人はいくらか弟子をとったものの、天征活殺拳を体得できる者は殆どいなかった。片鱗を扱える者は多少いたが、結局彼らは師である仙人よりも先に死んでしまった。

 それから千年以上【陽光霊山】で時世の移り変わりを見ていた。浮世離れした生き方であるが、彼は自分の人生に満足していた。


 しかし、運命は彼に安寧を与えなかった。


 世界中に突如穴が開き、そこから妖魔の大軍勢が侵攻してきたのだ。

 手強い妖魔を彼は難なく倒すことができたが、彼自身の体は一つしかない。救える命は自分が動ける範囲だけだ。そこで彼は再び拳才のある者を集めて弟子をとることにした。

 妖魔大戦の中で数多くの弟子が活躍し、また戦死していった。


「開祖は妖魔大戦を生き延びたが、《九妖王魔》に受けた呪傷が元で不老長寿ではなくなってしもうた。弟子達に後を託して天へ還った。問題はその後じゃ……」


 倒さねばならない強敵がいたこと、そして最強の師の監視があったことで自分を律することができていた弟子達の中で覇道に目覚める者達が現れ出したのだ。自分や相手の氣を自在に操ることができるのだから氣巧術が中心となる世界では神になった感覚さえ覚えてしまうだろう。


『万物を活かすも殺すも俺次第。俺こそが世界を統べる王だ!』


 偶然か悪に身を落とすのは外からとった弟子達であり、それを止めるのはいつも開祖の血を引く子孫達だった。

 天征活殺拳は非常に凶悪な拳であり、悪用すれば被害は甚大である。長い歴史の中で覇道に目覚める継承者と正義大義のためそれを討つ伝承者の血みどろの争いになってしまったのだ。


「そして遡る事千年前、使い手の多くが覇道に走るこの兇拳は戒めの意味を込めて覇兇拳と名を改められた。以来、闇の暗殺拳として伝承者は仙人の血筋に限定されるようにもなった。(リー)義仁(イーレン)が始皇帝の傍盾人として活躍し、護帝の名を賜るまで日の目を見ることはなかった」


「じゃァ何で俺や他の連中を、門下を広く募集するようになったってんだァ?」


「……なるほど、政治的圧力ですか」


 美鳳(メイフォン)の指摘に老仙(ラオシェン)は静かに首肯した。

 天下統一に貢献し、始皇帝を守った拳法ならば全国から注目されるのは必至だ。良家の子息や武門を志す者が揃って弟子入りを志願する形となったのだ。紅帝の手前、断るわけにもいかず、当時の伝承者は公募するようになった。


「そっから開祖の血筋を順守した玉を磨く捨て石制度の始まりってワケだ」


「不幸なことじゃった。開祖の血筋にも選民意識がある者もおったからのぅ。鎧兜(カイドウ)、お前が話を聞いてしまった(リー)家の男もそうじゃ。自分に誇るものがない者程血筋を誇りたがる」


 鎧兜(カイドウ)の脳裏に過去の記憶がよみがえる。あの日見た師父の親族という男も長らく道場を出入りしていたが、覇兇拳を極めた者ではなかった。だからこそ家柄と血筋に固執したのかもしれない。外からとった弟子は覇道に目覚める危険がある。だが同時に開祖の血筋と切磋琢磨させる逸材でもあったのだ。政治的な思惑と開祖親族の姦計が一致した瞬間だった。


「黙って聞いていればひどい話よねぇ。政治的な話とか血の順守とか、鎧兜(カイドウ)を含めた他の御弟子さんたちには寝耳に水でしょう」


「お嬢さんの言う通り。古く(かび)の生えた仕来りじゃ。故にワシは鎧兜(カイドウ)、お前を伝承者として指名するつもりじゃった」


 (リー)老仙(ラオシェン)の言葉に目を見開く鎧兜(カイドウ)。ならば何故早く指名してくれなかったのかという落胆、師に見捨てられたわけではなかったという安堵、どうせ自分を懐柔させるための甘言に過ぎないという諦め、自分より相応しい鬼才がいるだろうという思慮、あらゆる感情が混濁して鎧兜(カイドウ)を動揺させる。


 ――次の瞬間、一紗(イーシャ)の拳が飛んだ。

 狙いは(リー)老仙(ラオシェン)の顔面である。


「適当なこと言ってんじゃねーぞ。鎧兜(カイドウ)は血筋で見捨てられたのだと腐ったんだ。アンタが心からそう思ってたんなら鎧兜(カイドウ)が此処にいた昔に言ってやるべきだったんじゃないのか!!」


 一紗(イーシャ)の拳は垂直に立てられた老仙(ラオシェン)の掌に止められていた。

 だがその言葉は深く彼の胸に刺さったようだ。


「ワシも仕来りに縛られていた側だったのじゃろうな。……だが今の言葉に嘘はない。そもそも開祖の血筋でなくとも伝承者に選ぶ話は先代からあったんじゃ」


 それは老仙(ラオシェン)の息子の代だった。彼は血を分けた息子よりも外から取った兄弟弟子を伝承者に選ぼうと考えていた。それだけ両者の実力は伯仲だった。だが血筋を重んじる《(リー)家》と《(リー)家》という二大本家が反対したことで老仙(ラオシェン)の息子が継ぐことになったのだという。


「あの子もワシの顔を立てて遠慮したんじゃろうて。じゃからこそ、息子もあの子も戦死した今、次世代の伝承者には血筋に関係のない者を選ぼうかと思うておった」


「お爺さんの息子さん達亡くなったの?」


「ああ、残念ながら……〝帝都大火〟でな。若いお嬢さん方も噂くらい聴いたことあるじゃろう?」


 美鳳(メイフォン)蕾華(レイファ)は察して目を伏せる。鎧兜(カイドウ)も既に知っている情報らしい。

 一人蚊帳の外の一紗(イーシャ)は小首をかしげる。


「帝都大火? なんだそりゃ?」


「味方だった最後の五大民族《焔族》が帝国から離反した事件です。紅帝が炎王の怒りを買ったことで帝都の七割が《焔族》達によって焼き払われました。一時期は亡国も危惧された程」


「あの災戦でバカ息子らは都民を避難させるべく炎王と戦い散った。もう十六年は昔の話じゃ」


 老齢の老仙(ラオシェン)が何故道場の師範であり続ける理由は次世代を担うはずだった息子達が先に戦死していたからであった。元々、鎧兜(カイドウ)が覇兇拳の門を叩いたときには老仙(ラオシェン)が師範だったが、それは息子達が都に招集されて多忙だったためである。本当は折を見て後進に後を譲り隠居する予定ではあったが息子たちの訃報を聞いたことで続けて道場に立たざるを得なかった。そういった状況が開祖の親族を焦らせたのだろう。彼らは頻繁に道場へと足を運び老仙(ラオシェン)の背中を押すようになる。「早く次の伝承者を決めるように」と。


「しかし、全て言い訳じゃ。お前や秀英(シュウイン)を傷つけたことに変わりはない。……本当にすまなかった」


「俺ァ……別に昔のことを蒸し返しに来た訳じゃねェ……」


 そういう鎧兜(カイドウ)の表情は兜で全く見えないが、彼の眼元が少し光に反射したことを一紗(イーシャ)は見逃さなかった。一度は別れた者同士、簡単に以前のように打ち解けることはできないだろうが、少なくとも憎み合う仲ではなくなったのだろう。師弟としての新しい関係を構築できれば幸いだと少女達が見守る中、一人だけ水を差す者がいた。


「師父! 何を打ち解けていらっしゃるのですか!? あの悪童・鎧兜(カイドウ)ですよ!? 覇兇拳の名と師父の顔に泥を塗った男ですよ!?」


 持ってきたお盆を引っくり返しながら猛抗議する(ホン)(タン)は納得できない様子である。


「覇兇拳の伝承者争いから外れた者は名を上げる道具として他の流派からつけ狙われる。鎧兜(カイドウ)の虐殺はいわば正当防衛じゃ」


「確かに拳法家たちはそうかもしれません! ですが、奴は実の妹君・美鳳(メイフォン)殿下の国を奪った悪漢ですよ!? 御いたわしい姫君は都落ちしたとか」


「中途半端に情報が停まってるな。その憐れな美鳳(メイフォン)は此処にいるぞ」


 皆の指が自分を助けた天女と思っていた少女を差している。

 そこで(ホン)(タン)は彼女を妹だという鎧兜(カイドウ)の発言をようやく思い出したらしい。

 師父を傷つけた鎧兜(カイドウ)憎しであらゆる情報の更新が停まっていたようだ。真実を知った彼はがっくりと肩を落としていた。


「まさか貴女が天女様ではなかったなんて……」


「そっちかよ!」


 茫然自失の少年はその場に捨て置かれ、老仙(ラオシェン)はゆっくりと立ち上がった。

 その顔は孫が里帰りに来たお爺さんのように溌剌としている。


「お前がここに来た目的は投げ出した奥義を体得するためじゃろう。それくらい察しが付く。――構えよ、久しぶりに腕を見てやる」


「いいのかァ? 俺は一度は覇道に落ちた男だぜ?」


「お前のためにこんな秘境にまで足を運び、お前のために怒り、ワシを殴ろうとする仲間がいる。それだけで今のお前の人柄は推し量れるものじゃ」


 やはり年齢を重ねているだけあって察しが良い。

 もっと交渉が難航するかと思っていたが、思いのほかあっさりと再修業が認められた。

 すぐ外の中庭で拳を構える二人の気迫は目に見えて凄まじい。

 特に上半身の着物を脱ぎ去りシックスパックを剥き出しにする老仙(ラオシェン)からは老齢を感じさせない輝きがあった。熱気にも似た闘気が観戦者の方まで伝わってくる。盲目の人間はこの闘気を醸しだす男が老齢とは気づかないだろう。

 拳を合わせる男達の汗が飛ぶ中、蕾華(レイファ)が頭を捻り始めた。


「ん~何か重要なことを忘れているような……」


「恐らく道場破りの件ですね。首領が謎の覇兇拳使いという」


「そうよ、覚えてるなら言ってよ、美鳳(メイフォン)老仙(ラオシェン)さんに話を聞かないと」


「いや、面倒な話はもう少し後にしようぜ」


 しがらみも嫌なことを忘れて拳で語らう師弟の会話は傍目に見ても楽しそうであり、一紗(イーシャ)としては水を差したくはなかった。

一紗(イーシャ)も【倭国】で別れた牛頭(ゴズ)詩侑(シユウ)や、今は亡き牙王との修業の日々を思い出して少し心が温かくなっていた。




老仙(ラオシェン)爺さんは察しの良い人物なので

弟子達が勘違いから決闘をしていたことも御見通しでした。


仙人が考案した天征活殺拳ですが彼亡き後、

外弟子が悪落ちし、直系の兄弟弟子が止める事件が頻発しました。

それも妖魔大戦終戦から本編が始まる千年前までずーっと続いたわけです。

なので千年前当代だった伝承者が「覇兇拳」と改名し戒めました。


ちなみに、名前が変わっただけで弱体化したわけではありません。

まぁ最強なのは間違いなく一代で仙人と呼ばれるに至った開祖ですが

歴代伝承者たちもオリジナル技とか作って伝えているので無能ではないです。


開祖の血筋を組む総本家の〝リー家〟は《(リー)家》と《(リー)家》の二つがあります。

普通宗家は一つですが、元は一つでどちらも才ある者を輩出している家系なので同格で「二大本家」となっています。

当代の老仙(ラオシェン)は《(リー)家》、

【枢国】を落とした(ハイ)(ゲン)や始皇帝の傍盾人だった義仁(イーレン)は《(リー)家》ですね。

伝承者決定は血統主義ですがどちらの本家から後継者が選ばれるかは完全実力主義です。

なので何代も同じ家系から師範就任が続いたこともあります。


また、二大本家の血筋は拳法の才能がある者が多いですが必ずしも覇兇拳を習ったわけではなく

適性がなければ他の流派に流れる者も多いです。

鎧兜(カイドウ)のトラウマとなった本家筋の男もそうでした。


第一章の時読み返していただくと一目瞭然ですが

直接外弟子達を「捨て石」だと侮辱したのは本家の親族です。

老仙(ラオシェン)本人は一切言っていません。

彼に非があるとすれば、立ち回りが致命的にド下手クソだったことですね。

生粋の武人であって政治家ではないので。


余計な情報を弟子の耳に入れないようにしていた行動が却って不信感を増長させてしまったのです。

他にも隠し事は在りますが……。


はい、ルーツが分かれば察しの良い方は《仙絶血砕流(センゼツケッサイリュウ)》の由来と首領の正体が分かっちゃいますね。

この辺りは次話で答え合わせです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 鴻堂君が、残念過ぎるw。天然かなww。 仙絶血砕流…。素直に見れば、そのまま言葉通りの意味だよねw。
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