覇兇拳道場
山頂の覇兇拳道場へと足を進めます。
鎧兜の師匠との再会は近いです。
青年に礼を言って『月閃夜照拳』の道場を後にした一紗達が向かったのは当初の目的地だった『覇兇拳道場』へと足を向ける。
その場所は【仙洛】の中央に聳え立つ【陽光霊山】の頂に存在している。
他の道場たちを見下ろす位置にあるが、それは覇兇拳が偉ぶっている訳ではなく、元々【仙洛】
の場所には覇兇拳修練場しかなかったのだ。のちに町が開かれることになってから他流派が畏敬の念を抱く覇兇拳に遠慮する形で山の麓に町を築いたのである。山頂は空気が特に薄くそこで鍛錬するだけで体力を消耗するため道場を開く立地になかったという側面もあった。
まさに幻の拳法を学ぶに相応しく、急勾配の斜面には数えたくない程の階段が山頂まで続いている。
「きゃっ!!」
「危ないぞ、美鳳」
段差に躓きかけた美鳳の手を一紗はとっさに掴んだ。まだ三分の一しか登り切っていないが、ここで足を踏み外しただけで麓にまで転げ落ちて命をも落とすだろう。
元々体を鍛えていなかった美鳳はもう限界のようだ。見かねた一紗は美鳳をそのままオブる形となる。
「すみません……私は待っているべきだったかもしれません」
「危険な道場破りが出没する街でお姫様を置いていけないだろ。それに今更下るより登り切って休んだ方がいい」
無言で頷く美鳳はそのまま体を預けることとなった。その様子を見ていた蕾華はわざとらしく階段に座り足を擦る。そしてチラチラと視線を送りだした。
「あー、もう歩ケナイワー。私も誰かにおんぶしてもらいたいなー」
「棒術鍛えてるお前はまだ歩けるだろ。俺は二人も背負えねーぞ。どうしてもっつーなら鎧兜におぶってもらえ」
「一紗さまがいいの! 兄妹なんだから美鳳が鎧兜におぶってもらえばいいでしょー? 代わってよ~」
「だぁああああ! こんな狭い場所で暴れるな! シャレにならん!」
一紗と長らく離れていたためか感情が暴走している。自分一人なら階段を踏み外す事もない一紗も人を背負って足場が悪い場所で押されれば非常に危険である。見かねた鎧兜は少女達の腰を持ちあげた。
「まどろっこしい。先に頂上に送ってやるからイチャつくのは後にしなァ」
「へ? ちょっと鎧兜何する気よ?」「兄上、まさか……」「あ、何となく察した」
彼は砲丸投げのような要領で残り三分の二はあるであろう階段の頂上へと少女三人を投げ飛ばしたのだ。通常人間三人を山頂へと投げ飛ばすなど不可能に近いが、鍛え抜かれた《膂族》混血の筋力と少女達の軽さもあって三人は風に乗った。
呆気にとられる蕾華と涙目の美鳳、着地の手順を考える一紗と三者三様で空を駆けていく。
鎧兜の狙いは正しく、三人の体は『覇兇』と書かれた門の上を通り過ぎた所で落下し始める。
一紗は美鳳をお姫様抱っこしたまま着地し、蕾華は樹杖を伸ばして着地点を支えてスルスルと降りて来る。
境内には広い修練場が広がっていた。一見すると寺院のような雰囲気がある。
山頂全てが覇兇拳の訓練場となっているようだ。人体急所に印のある案山子が何本も立っていたり、門下生が拳のみで掘ったであろう不動明王らしき石像が何体も鎮座していたりとかつての修業の光景がありありと想像できた。しかしかなり広く感じるものの、人気は殆どない。
「そ、空から女の子が降ってきた……」
道着を纏った坊主頭の少年が落葉を箒で掃いている姿が見えるのみだ。
口をあんぐりと開けている彼は少女が降ってきた事実から今度は彼女達の容姿の端麗さに目を奪われたようだ。ぽーっと熱を帯びた視線を送ってくる。
「歴史長き本道場においても空からの来訪者は中々珍しい。お三方はもしや天女様ですか?」
「おいおい、大丈夫か?コイツ」
「乗り物もなく空から舞い降りたところを見ればそう錯覚もするでしょう」
空から着地した少女達が見目麗しかったのだから人外の何かだと思ってしまうのも無理はないだろう。奇人変人を見るような眼で睨む一紗とは対照的に褒められた蕾華達は悪い気はしていないようだ。
「貴方、お名前は?」
「失礼、天女様。私は護帝覇兇拳修練者・暦・鴻堂と申します」
「じゃあ鎧兜の弟弟子にあたるワケか」
「カイドウ? 貴女のおっしゃるカイドウとは紅・鎧兜のことですか?」
少年の眼の色が変わった。浮かれた雰囲気からは隠しきれない殺気が漂ってきている。
あまり刺激しない方がよさそうだ。まずは敵意を鎮めてもらおうと言葉を選んでいる際、魔の悪い事に当の鎧兜が門をこじ開けて入ってきてしまった。
「懐かしいなァ。何年ぶりだァ? ハハ! 俺がぶっ壊した垣根直してねェじゃねェか」
「紅・鎧兜!! やはり貴様かァ!!」
「あン?」
鴻堂は一足飛びで鎧兜に肉薄すると、覇兇拳の型を見せる。
出奔したため手洗い歓迎を受ける覚悟のあった鎧兜はそれに応えるように拳を構えた。挨拶代わりの軽い一発のつもりだった。
――しかし。
「ぶはッ! 無念ッ!!」
盛大に吐血した鴻堂は池泉へと水没しブクブクと沈んでいく。
まだ修練者とはいえ、まさか覇兇拳使いを名乗る少年がここまで弱いと思わなかった一同は慌てて彼を助け起こした。
他に人もいないため勝手だとは思いつつもビショビショに濡れた少年を介抱すべく寺院の中へと入る。
幸いにも鎧兜が暮らしていた頃と布団や家財道具の場所は変わっていなかったため鴻堂を治療するのに苦労はなかった。
美鳳が治癒術を掛けている間、鎧兜は少し懐かしそうに室内を見渡す。
かつて門下生が描いたであろう習字の作品が飾られた居間があった。
墨汁で描かれた『正義』という文字の作品が四人分並んでいる。作者覧にはそれぞれ「暦・海亘」「李・雲深」「張・秀英」「紅・鎧兜」とあった。鎧兜の世代で最後に残った弟子達の名前である。
「師父……まだ捨ててなかったのかよ」
「色々調べてみたがお前の師匠さん、留守みたいだな」
「あァ。そもそもいたら俺の気配に気づくはずだしな」
一応生活感はあるので鎧兜の師は存命のようだ。ただ日常的に使用されている器や箸などは二人分だけなので暦・鴻堂と二人暮らしなのは想像が出来た。
「最凶拳法の学び舎っていうからもっとたくさん弟子がいると思ってたが……」
「その世代の伝承者が決まれば公募は取りやめられるのが習わしだ。だが師範代や修練者崩れが挨拶に来たり、他流試合してたり、もっと活気があるはずだった」
道場破りの件と関係がありそうだ。もしかしたら師範は《仙絶血砕流》を討伐に行ったのかもしれない。気になるのは道場に残された暦・鴻堂の方である。
「暦・鴻堂と面識は?」
「ねェな。あんな奴は俺が修練してた頃にはいなかった。そもそも覇兇拳修練者を名乗るには弱すぎる。覇兇拳の面汚しだぜェ」
鎧兜にしろその兄弟子の海亘にしろ護帝覇兇拳の使い手は揃って猛者である。
氣の流れを操るためあらゆる氣巧術の使い手が恐れる流派だ。それを本場で学んだ少年がただのワンパンで沈む等考えられなかった。
「みんなー! 鴻堂が目を覚ましたわ!」
蕾華の呼びかけに応じて寝室に赴くと、頭に包帯を巻いた鴻堂が締まりのない表情で浮かれていた。
「痛むところはありませんか?」
「大丈夫です。天女様の御力によってこの暦・鴻堂完全復活でございます」
「ソイツは天女じゃなく俺の妹だ」
「き、貴様は紅・鎧兜! 今度は負けぬぞ!」
「何万回やっても俺には勝てねェよ。ンなことよりテメェに聞きてェことがある。師父はどうした?」
「貴様に……! 貴様ら最悪の世代に! 教えることは何もない!! 貴様らのせいで師父が李・老仙様がどれだけ心を痛められたか!」
やはり鎧兜を見ると敵意が膨らんでしまうようだ。
なんとか話し合おうと美鳳が割って入る。
「落ち着いてください。私達は争いに来た訳ではありません」
「どいてください天女様。俺も覇兇拳を学んだ一人として奴に屈するわけにはいきません。鎧兜! 話があるというなら、私を倒してからにしてもらおう!」
「「「…………?」」」
少女達は鴻堂が何を言っているのか一瞬理解できなかった。
今の今まで床に伏していたのは鎧兜に敗れたからではなかったのだろうか。だがあまりにも彼が真剣な目だったためツッコミ所を見失ってしまった。当の鎧兜も広い心で先程のワンパンKOはなかったことにしてくれたようだ。
「いいだろう。漢同士、キッチリ拳でケリつけようぜェ」
両雄は中庭の修練場へと足を運ぶ。
今度はレフェリーとして一紗が間に入った。美鳳と蕾華は仲良く軒先から観戦するように足を延ばす。改めて二人が並ぶと体格差は歴然だった。鎧兜が《膂族》の混血ということもあるのだが、鴻堂の方は筋トレをしている高校生程度の筋力しか見えない。
「先ほどは卑怯な奇襲で後れを取ったが正面対決ならば負けはしない!」
「…………」
寧ろ門を開けたばかりの鎧兜に奇襲を仕掛けたのは彼の方なのだが、一々突っ込むと話が進まないため、一紗と鎧兜は顎の動きでスルー推奨を合意する。
どちらにしろもう一度完膚なきまでに敗北すれば口も軽くなるだろう。
「それではいざ、尋常に……はじめ!!」
「うぉおおおおおおお!!」
やはり先手を打ったのは鴻堂だった。
一応氣巧武術は使えるようで全身の力が強化されているのが見て取れる。格闘の基礎は修練しているようだ。その辺の氣巧術を使えない盗賊には楽に勝てる実力はありそうだ。
彼が正拳突きから足技まで様々な技を繰り出してくる一方、鎧兜はただ受け身をとっているだけだった。
どの程度手加減してやればいいのか判断に困っていたからだ。また鴻堂があまりにも弱いため、彼の一連の言動が師父の仕掛けた何らかの試練で物陰から観察しているのかもしれないという邪推までしてしまっていた。
「どうした!? 手も足も出ないか!?」
牽制に見えた拳打はやがて経孔狙いの覇兇拳へと変わっていく。それを察知した鎧兜が僅かに身体を反らして狙いを外すと鴻堂は露骨に動揺した。
(駄目だな……。才能も経験も何もない。これじゃ破門された満喰の方がマシだ。師父は何を考えてる!?)
一応座学で経孔の場所を学んでいるであろうこと、そして実際に技として師から伝授されているであろうことは想像できるが、実戦での戦い方の心得がまるでなかった。だから狙いが外れた程度で動揺してしまうのだ。
焦る鴻堂の隙を見て鎧兜は経孔を正確に突き氣の流れを狂わせてみせる。
上手く氣が練れずに困惑する彼の様子に大きなため息しか出ない。
「経孔を突かれたら経孔を突いて氣の流れを安定させる。覇兇拳使いの鉄則だ。テメェは師から一体何を学んできたァ?」
「煩い! 確かに 私は歴代修練者の中でも凡人だろう! だが少なくとも私は師を失望させるような振る舞いはしない!!」
僅かに動揺した鎧兜の隙をつくように、ようやく自らの氣を安定させた鴻堂が打って出る。
だが実戦経験豊富の鎧兜には通じず、アイアンクローされた状態で宙に浮く形となってしまった。
「ここまで力の差が……。私はお前達が憎い! 才に恵まれただけの癖に!」
反骨心を剥き出しにする彼の言葉に鎧兜はかつての自分を重ねた。才覚に恵まれた兄弟弟子に対して同じ感情を抱いたものだ。師とその親族が口にした「始祖の血才」。尋常ではない鬼才の持ち主だった兄弟弟子達。あの時停まった時間を動かすため、過去の自分を乗り越えるためにここに来たのだ。
丁度その時、門が開かれる音が響いた。自然と全員の視線がそちらに向けられる。
「いやぁ。参ったわい。老体にはこの階段もきつくなってきたのぉ」
オールバックにした長髪をストレートに伸ばした老人が片手で門をこじ開けていた。
顔の皺から彼が老齢であることは察するものの、体つきが老人のそれではなく筋骨隆々である。ボディビルダー選手権に混ざっても優勝できそうな体躯だった。《膂族》の純血であるため若い鎧兜と大して変わらない程の恵体である。
「師父……」
「鎧兜……か?」
久しぶりに再会する弟子は新しい弟弟子にアイアンクローを決めていた。誤解を生みかねない状況に少女達は仲良く天を仰いだ。
新しい弟弟子の鴻堂君の登場です。
歳は一紗達の方が近いですね。
ただ実力は……ご覧の通りです。
そして最後は李・老仙師父のご登場です。
シルエットだけでは老人だとは思えないマッスルマンですが老いは感じるようです。
まぁ覇兇拳道場がある場所が【拳国】で一番高い山な上、
麓から山頂までずっと階段が続いてる鬼畜仕様ですからね。
半分も登ってない段階でよろけて落下しそうになった美鳳が一般人として正常です。
海亘や鎧兜など名のある拳法家を育てた教育者――。
ですが後継者ルールにおいて鎧兜とは確執がある人物ですね。
次話で彼の真意が明かされます。すべてではないですけど……。




