第16話 アルコールは危険です
時刻は午後7時。
休日を明日に控えた金曜日の街は、この時間も活気を失う事はない。
そんな街を歩き、鴫原飛佳子はある場所を目指す。
足を止めたのは街の中に立つ、少し大きめのマンション。インターホンを押すと、「どぞ〜」と間の抜けた声と共に自動ドアが開いた。
エレベーターを上がり、7階で降りると、街をある程度一望出来る高さである事を実感する。
彼女がいる部屋の前に立ち、改めてインターホンをプッシュ。すると、黒いドアがガチャリと音を立てて開いた。
「やっほ〜! ヒヨコちゃぁん!」
「あ、あんたね……」
飛佳子は中から出て来た彼女の様子を見て肩をガックリと落とした。
「もうちょっとまともなもので出迎えなさいよ夏香」
「エッへへ、気合いいれたもんでね」
彼女ーー夏香の姿は、伊勢海老を象ったパジャマだったのだ。突き出た前髪が触覚のようになり、かなり完成度が高い。
「コスプレ大会じゃないのよ? あんた何するか分かってる?」
「もちろん!」
夏香は目を輝かせ、高らかに叫んだ。
「今日は! ヒヨコちゃんと2人きりで、飲み明かすのだよぉぉぉ!!」
「うるせぇぞ!!!」
「あ、すみません」
隣のおじさんに怒られたが、今日は2人で約束した飲み会の日なのだ。
「入って、どうぞ」
「んぐ……ま、惑わされないわよ」
「へ?」
何のことかわからない様子の夏香を差し置き、飛佳子はテーブルの前に座る。背負ったリュックの中から酒と肴を取り出した。
「ヒヨコちゃん、サワーとかしか飲まないの?」
「え!? あ、あぁ……と」
飛佳子は動揺する。
確かにその通りなのだ。飛佳子は普段酒をほとんど飲まない上、アルコール度数が3%以上のものを飲んだ事がない。
だがそんな事を言ってみようものなら、十中八九馬鹿にされる。
「ま、まあもっと強いの飲めるわよ? こんなのジュースよジュース。でも最初は慣らさなきゃいけないし」
「そだよねー。じゃ、始めよー」
と言いながら夏香が取り出したのは、10%発泡酒3本を取り出したのだ。
「は、はぁっ!? あ、あんた本気でそんなに飲む気!?」
「うん、準備運動がてらね」
「じゅ、じゅびうんどう!?」
思わず噛んでしまう飛佳子。だがそんな事を気にせず、夏香は発泡酒を空ける。
「さぁ、乾杯乾杯!」
「か、乾杯……」
飛佳子もサワーを空けると、小さくカンッと打ち付ける。
すると夏香は発泡酒の缶を口に付け、グビグビと飲み始めた。そして、
「プッフゥ!! 堪らないね!!」
「そ、そう……」
飛佳子は戦慄しながら、サワーを飲み始める。
揺らいでいる。酒が弱いなどとバレてしまったらイジリのネタにされる。悟られないようにしなければ。
「な、夏香! この豚トロ食べない!? あそこのスーパーのやつ美味しいのよ!」
「本当に!? 食べる食べる!!」
夏香は大喜びしながら豚トロをモリモリ食べ始める。伊勢海老が豚を食べる光景はシュール極まりないが、これで酒を飲むペースを誤魔化せる。
「ふっへへ、美味しい! レポート上がりの酒と肴は美味しいのぉ!!」
「本当ね。データが合わなくて苦労したのよ……ん、美味しい」
「本当だよ〜。ん、ゴクッゴクッゴク、プフィ!! 美味い!」
話をしていると、夏香は早くも発泡酒を一本空にしてしまった。
「う、嘘!? 早!?」
「んあ? 何が?」
「い、いや、何でもないわ」
しかも本人はケロリとした顔で2本目を空けている。もう春だというのに、飛佳子の背中には寒気がして来た。
「そう言えばヒヨコちゃん、彼氏とか出来た?」
「は、はぁっ!? いきなり何言い出すのよ!?」
「だってヒヨコちゃん可愛いのに全然彼氏作る気配ないじゃん。勿体無いよ」
「あ、あんたには関係ないでしょ! ンックンック」
話を誤魔化すために、飛佳子はサワーを一気に飲み干した。そして最後に残った豚トロを頬張る。
「あ、なくなっちゃった。それで彼氏……」
「次はイカ軟骨よ!」
「おぉ! 渋いね、いいよいいよ!」
話を遮り、飛佳子はイカ軟骨唐揚げをテーブルへ放る。そしてサワーの2缶目を空ける。
「だ、大体彼氏が何よ! 男のために時間使うくらいなら友達と遊んだりネットした方が有意義!」
「でもでも、楽しいこともたくさんあるよ。デート行ったり、ご飯一緒に食べたり」
「え、あいつちゃんとそんな事するの?」
「するよぉ! 奏は優しいんだよ。普段は照れてるからあんなんだけどさ」
「本当かしら……」
とてもそうは見えない。
奏は夏香に対してだけでなく、ほぼ全ての他人に対して辛辣だ。彼の甘々な姿など想像がつかない。
「え、なになに? キスしたりとか、一緒に風呂入ったりするの?」
からかうように飛佳子は尋ねる。これであたふたする様子を想像してにやけていると、
「キスはこっちが言えばしてくれるよ。お風呂は……ん〜…………たまに?」
「ひぇ、ひぇ!?」
思わずその図を想像してしまい、飛佳子の顔は真っ赤に染まる。
それを隠すように、サワーを一気に喉に流し込む。
「う、嘘……もっ、もっと聞かせて!」
「えへへ、いいよぉ」
ニヤニヤする飛佳子に、にへらと笑う夏香。
「奏はね……実はクマさんの縫いぐるみ集めが好きなんだ」
「ぷ、プククク……何それ、似合わない……!!」
「あと他にはねーー」
「キャハハハッ!! な、何それ、ありえない、アハハハハ!!」
話すうちに2人の会話は弾み、酒はどんどん進んだ。もう何が何だか分からなくなるほど。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1週間の楽しみ、休日の朝。俺のスマートフォンに一通のメールが届いた。
件名:たすけて
本件:頭がガンガンするぅ。飛佳子ちゃんが動けなくなってるからお迎えしてあげてー。ついでにお水とお薬お願いぃ。あぁあぁあぁあああ
「…………」
初めてだ。こんなに呆れた気分になったのは。
続く




