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第8話 そろそろ働きませんか?

 

 世のみんなに問いたい。こんな経験は無いだろうか?


 自分が仕事、勉強、塾、はたまたバイトで忙しい日々を過ごしている時、隣で


「あー暇だなぁ、何かやることねーかなー」


 とか言ってる奴がいると、無性に腹が立つこと。自分への嫌味でも何でもなくても、そいつにナパームストレッチ決めたくなることは無いだろうか?


 俺は現在、そんな心境に毎日襲われているのだ。

「奏〜、暇だよ〜。どっか連れてって〜」

 と言いながら、目の前の怠惰は日朝ヒーローを見ながら呻いている。

「んなことよりお前も皿洗い手伝え」

「わたくし、お皿なんて重くて持てなくてよ」

「朝から元気に丼かき込んでたじゃねえか。ってか汚ねえから食い方改めろ」

「お、悔い改めよとかけた感じ? 朝から絶好調ですな」

「ソイヤッ!!」

 朝からくだらないギャグを思いつくその頭にタワシをシュート。見事に額へ命中した。

「アウアッ!! 前頭葉の細胞が……」

「そのヘタレ根性、そろそろどうにかしなきゃな。それに……」

 俺は洗い終わった皿を片付け、立てかけていた箒の柄で夏香の脇腹を突っつく。フニっとした弾力で押し返される。

「今は天高く、馬肥ゆる秋。だがお前が肥える時期じゃねえはずだ」

「大丈夫大丈夫。まだ2キロ増えただけだって」

「女子にしちゃ死活問題だろ。女子じゃねえけどさ」

「フッフッフッ、奏……?」

 夏香は不敵な笑みを浮かべ、布団を跳ね除けて起き上がった。


「マシュマロ女子っているじゃん? 私もそれになれば万事解決じゃ無い?」

「なんも解決してないんだってこと、気付こうぜ」


 まあ、こうやってゴネるのは分かってたことだ。

 使いたくはなかったが、切り札を使うか。



「俺、スマートなやつがタイプなんだよなぁ。痩せてる夏香、輝いてたなー」

「……ウェッ!?」


 ……意外と効いてるな。

 なら、ダメ押しにもう一発。


「夏香がなんかバイトしてくれたら美味いもんでもつくろーかなー」

「や、やります! やらせてくだひゃい!! よ、よーし、夏香お姉さん頑張るぞ!」


 こいつが単純で良かったなと、心から嬉しく思った。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「というわけで、はい、自己紹介どうぞ」

「火野里夏香でーす。今日からここでバイトしまーす。よろしくお願いしまーす」


 この伸び切った挨拶。

 別の場所なら即刻クビもありえるのだが、やはりここを選んで正解だった。


「夏香先輩! ここでバイトしてくれるんですか!?」

「そーだよ。これからよろしくね、ふゆのん」

「こちらこそ〜!」

 と言いながら抱き合う夏香と冬乃。俺の知らない間に本当に仲良くなったなこいつら。


「彼女、変わったな……」

「何で旧友みたいな言い方してんだよ」

 相も変わらない陽室。


 今まで常識人2人、非常識人1人でやってきたのが、これで釣り合いが保たれてしまった。

 ま、いつまでもあんな状態にするよりは全然マシか。


「夏香、制服は大丈夫だったか?」

「うん、それがさぁ……」

 何か問題があったのだろうか。サイズ的には問題は無いと思うが……。

「思ったよりメイドっぽく無いね」

「知らんがな。うちのマスターが古風なメイド趣味なんだから我慢しろ」



 そして夏香の研修が始まったのだが……。


「奏、お皿ってどう洗うの?」

「普通に洗え。水で濡らしてスポンジでーー」

 ガシャーン



「ふゆのん、ブルーマウンテンって何? 山を買ってくればいいの?」

「先輩、それコーヒー豆の名前です」



「陽室くん、これガリガリすればいいの?」

「一緒にお願いします、せーの」


 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ



「頼むから少しは成果を出してくれ!!」


 俺は休憩室で悲鳴のような叱責を飛ばした。

「俺ちゃんと教えたよな!? 一応教えたよな!? 俺難しいこと頼んで無いよな!?」

「やめて下さいよ先輩! そんなに怒ること無いですよ!」

 すると冬乃が間に割って入った。

「夏香先輩は今日が初めてだったんです! 初めはみんな失敗しますよ!」

「頼んだ食器の半分が粉々って、もう許されるか怪しいレベルだぞ!」

 この指摘は冬乃も同意だったのか、口を噤んでしまった。

 失敗した当人は素知らぬ顔をしながら、冬乃に教えてもらったコーヒーの淹れ方を練習している。


「……まあ失敗が続くときもあるだろうけどよ、次にやらなきゃいい話だ。分かんないことあったら俺が教えるから、無理はすんなよ」

「……奏」

 優しい言葉をかけてみると、夏香はゆっくりこちらを振り返る。

 その顔は、前よりも活力があった気がした。


「じゃあ、一つ聞いていい?」

「お、何でもいいぞ」




「ここって、時給はいくらなの?」

「あ、そう言えば。私も月末に貰うし、毎回違うので分かんなかったんですよ。いくらなんですか?」


 ………………。




「俺も知らん」



 続く

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