特別編 プールに、光を……
ミンミンゼミが口煩く鳴いている。
いや実際には翅の音なのだが、とにかく煩いってことを伝えたかったんだ。
「プールキタァァァァァァァァァァ!!」
そして夏香もなぁ!!
という訳で、俺達は大きなプールに来ている。あ、一応言っておくが二人きりじゃない。最早テンプレパーティと化した、陽室と冬乃も一緒だ。
「にしてもプールか……何年ぶりだ?」
「俺達がプール実習の時はいつも豪雨だったからな。奏はその度に露骨にへこんでたっけ」
「うるせぇ、あの時は純粋だったんだよ」
そう、あの時は純真無垢だった。
プールで遊べなかったこと、女子の水着が見れなかったこと。それがどれだけ悔しかったか……。
ごめん、純真無垢は訂正しよう。
あの時は馬鹿だった。
それよりも俺には気になることが一つあった。
「冬乃、なんでそんなに青ざめてるんだ?」
「……」
その表情は全部血を抜きとられた様に蒼白だ。体調でも悪いのだろうか。
「あんま無理すんなよ。身体壊したらーー」
「プールなんて……」
「は?」
「プールなんて魔境なんですよ! 存在自体が!」
……あー、なるほど。
今回は冬乃もそっち側陣営ってことか。こりゃ俺、ツッコミ過労死するかもしれない。
「さあ行くぞよふゆのん。可愛い水着姿を見せておくれ」
「ブツブツ……ブツブツ……」
何やら呪詛を唱え始めた冬乃は、全く気がついていない夏香の手によって魔境へ旅立った。
「さて……」
陽室は俺の肩に手を置く。何故か決め顔をしていた。
「行くぞよ奏。桃源郷へな」
「魔境に堕ちちまえ」
プールは大盛況だった。
たくさんの人々が水に浮いていたり、はしゃいでいたりしていて楽しそうだ。
こうして見ると、親子連れだけじゃなく若者も多い。
水着も個性溢れるものばかりだ。
あ、俺はこう、よくある半ズボンみたいなやつだ。
「よくぞ来たな。戦士よ」
あ、うるさい奴一号、陽室が来ましたね。
奴は俺と同じタイプの水着だ。強いて言うなら色が真っ黒ってことが違う。
「戦士ってお前……」
「男は戦士だ。あらゆることに命を賭ける、どうしようもない生き物」
それポエムのつもり? どうしようもないのはお前のほうだろ。
こいつがいると天国が地獄になる。誰か俺に天国を見せてく……。
「お待たせしやした〜!」
「先輩、走ると危ないですって!」
よし、良かった。
そこには2人のヴィーナスがいた。
夏香の水着は、水色のビキニタイプだ。ヒラヒラしたフリルが子供っぽさを引き立てているのに対し、その豊満なバストが大人っぽさを演出している。
なんかまるでエッグハンバーグみたい。どっちも美味いけど、2つ合わせたら凄いというやつだ。
冬乃の水着は黒のタンクトップビキニだ。まあ無難なところだろう。余程自分のスタイルに自信が無いようだ……。
「割りと早かったな。冬乃がもっと粘るかと思ってた」
「奏先輩、嫌味ですか?」
冬乃がこっちを睨んでくるが、俺は気にしない。
みんな揃ったが、まずはどこに行こうか。
「みんな〜!! ウォータースライダー行こー!!」
夏香が大きく声を張り上げる。
そう言えば、昨日の夜からずっと言っていたことを思い出す。
「い、いきなりウォータースライダーですか!?」
「そうだぞ夏香。ウォータースライダーはまだ早いーー」
「問答無用! レッツゴー!」
「傍若無人すぎる!!」
だが言い出したら聞かないのは今に始まった事ではない。こちらが黙って諦めるのが、大人ってもんだ。
ーーさあさあ、高さ25m! 圧倒的スケールの怪物スライダーに挑戦して見やがれぇぇぇ!! ーー
マイクマンの言葉は嘘ではない。こりゃマジで怪物だ。
一番上から滑りきるまでに、急カーブや捻り、回転ポイントがいくつもある。
ジェットコースターじゃねえんだぞ。
「わーお! 凄いよふゆのん、人がアリのようだ!」
「無理無理無理無理!! 下なんて見れないですよ夏香先輩の意地悪〜!」
冬乃の弱点その2。高所恐怖症。
「奏、上を見てみろ。意外と冬乃がいいヒップして……」
陽室の苛立ちポイントその114。多角的な変態。
そんなこんなで頂上に着いた。
おぉ、ここまで来ると確かに怖いな。スライダーの入り口が冥府の門みてえなデザインだし、相当気合いが入ったウォータースライダーだ。
「……で、誰が先に行くんですか?」
冬乃はガクガク震えながら尋ねる。
「言い出しっぺの法則!」
すると、夏香が人差し指を立てながら言い放った。
あの、それだとお前ってことだよな?
「つまり私から! イェイ!!」
係員のお姉さんの元へ駆け寄る。お姉さんはかなり困惑していたが、準備完了を告げた。
「よーし、何度も言われたあの掛け声で!
火野里夏香、行きまーす!!」
「それ、劇中一回しか言ってねーぞ」
「ウェッ!?」
驚きに目を見開いた表情のまま、夏香は呑み込まれた。
奥から微かに、「嘘だァァァ」と聞こえた。いや本当だよ。
さて次なんだが……。
冬乃はスタートラインにしゃがみ込み、ガクガク震えている。
「ひええぇ……」
「冬乃、早く行け」
「嫌です……奏先輩先に行ってください」
「順番的に俺はまだだ」
何で嫌なのに来たんだ。
後輩だし、先輩の言ったことは断りにくいとは思うがな。でも出来ないものは出来ないと言わなきゃだめだ。
「仕方ねぇ。係員さん、俺が先に行きます」
「え、でも」
「後ろがつっかえてるんだ。お前のためじゃない」
「せ、先輩……!」
柄にもないこと言っちまったな。ま、本当のことだし、冬乃には夏香といつも仲良くしてもらってる恩もあ……。
ドス、という音。
前のめりに入口へ吸い込まれていく最中、俺が最後に見たのは、
「同志よ、無事の帰還を祈っている」
「陽室ぉぉぉ!! テメェ覚えてやガボボボ!!」
俺の意識は激流にもみくちゃにされて、今どこを流れているのかすら分からない。
どこだ!? 今俺はどこにいるんだ!?
どんどん意識が遠のいていく。俺は手を無茶苦茶に振り回しながら流されていく。
と、光が顔に届いたかと思った瞬間、水面に落ちる感触が背中に走った。
出口だ! とにかく、とにかく何でもいい!
何か捕まるものは!?
ムニュリと、何か柔らかいものを掴んだ。浮き輪だ。済まないが、持ち主に感謝しなければ。
「すみません! とある馬鹿に突き落とされて、死ぬところだっ……」
「あの〜、奏? 気持ちは嬉しいけど……」
俺が掴んでいたのは浮き輪ではない。夏香の胸にある、天然浮き輪だった。
「人前じゃ、流石に恥ずかしい……」
「…………」
まさか本当に、冥府の門だったなんてな。
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「先輩、サイテーです」
ウォータースライダーを後にした俺たちは、パラソルがかかったテーブルで休憩していた。
そしてあの事件は、すぐに冬乃と陽室に伝わった。夏香のせいで。
「アレは事故だ」
だが、冬乃の軽蔑光線は止まない。
「先輩サイテー」
「かなくんサイテー」
「かなくんって何だ陽室!! 大体元はと言えばお前が……!」
これ以上は不毛だ。何を言ったところで、俺が夏香の胸を触ったことには変わりないからな。
あぁ、何で恋人の胸を触って凹んでるのかわかんねぇ奴いるだろ?
近い心境を教えよう。自分の家族に同じことしたと思えばいい。
「夏香先輩からもガツンと言ってやったらどうですか!」
「うへへ、最近スキンシップとってなかったからむしろ嬉しい」
「ガツンと来たわ!!」
恍惚とした表情の夏香に、俺の精神力は大きく削られる。どうせなら怒ってくれた方が気が楽なのに。
「ったく……ん?」
「奏? どうかした?」
「いや……」
何か変なのがいた気がした。
気のせいだとは思うが、何か変なのが……。
「おい、怪しい奴がいる」
プールの監視員がレシーバーに向かって話している。内容は、
「特徴は、えぇ、身長は195、髪は茶、イギリス人、筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ」
見間違いじゃねぇぇぇ!! あれ間違いなくメイちゃんだぁぁぁ!!
よくよく考えてみれば、プールサイドをブーメランパンツで歩く巨体を見間違うはずがない。
「あ、メイちゃんだ! おーい、メイちゃーん!」
夏香が大きく手を振ると、195㎝の巨人はこちらに気づいた。
「その声はナツカじゃないか。それにみんなも」
「あぁ、まぁ、奇遇だな……」
「ど、どうも、メイちゃんさん……」
無駄に鍛え上げられた肉体は途轍もない威圧感を放ち、会話のきっかけを作らせない。
だが陽室と夏香は……
「メイちゃんも一緒に遊ぼーぜ!」
「良いのかナツカ。みんなで楽しんでいるのを邪魔してしまうんじゃ……」
「構わんさ、企画者が良いって言ってるんだ。流れるプールあたりなんてどうだ、メイちゃん?」
「みんな……アリガトウ」
何で奴らは……適応力が桁外れに高いんだ。
「せ、先輩……私もう帰りたいです」
「おう、出来るもんならやってみな」
「無理だから言ってるんじゃないですかぁ!」
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「じゃあね〜、みんな〜」
「さらば友よ」
「さ、さようなら……」
陽室はいつもの無表情で、冬乃はげっそりした表情で別れた。
陽室は(どうでも)いいとして、冬乃が心配だな。明日差し入れでも持って行こう。
「カナデ、ナツカ、送っていくか?」
「いやいらない! 明日バイト頑張ろうぜ!」
「そうか。なら、また明日会おう」
メイちゃんはそう言い残すと、藍色のワゴン車に乗って去っていった。
「今日は楽しかった! 奏は?」
「あぁ、楽しかった」
厄日以外の何物でもないわ、と本当は口を吐いて出そうだったが、何とか堪えた。
夕焼け空にヒグラシの鳴き声が響き渡る。
あの日も確か、こんな綺麗な景色が見えていた。
「ねぇ奏、覚えてる?」
「……もちろん」
俺と夏香が出会った日。
夏の香りが残る、心を焦がすような日。
「奏、今日はハンバーグが食べたい」
「どうした突然」
「二人が出会った、デステニィーデイだからさ」
「……買い物付き合えよ?」
「うん!」
腕に抱きついてくる夏香。こんな暑い日に勘弁してほしい。
全く。
これじゃあただのバカップルじゃないか。
続く




