第40話 ピグマリオン
糸の切れた人形の行く末。
白い光は何をもたらすのか。
それではどうぞ。
こんなところで―――
ハーディは打ちのめされていた。
……
本来なら回避できる大猿の一打。先読みしやすい軌道のそれをもろに喰らう。彼女の怒りと焦りに支配された心。それが彼女に致命的な判断ミスを与えていた。
裏拳がクリーンヒットした身体は校舎の壁へ叩きつられた。ぶつかった衝撃は凄まじく、辺り一帯に轟音を産む。もしも、人間が同じ目にあっていれば、潰れたヒキガエルの如く内臓をぶちまけつつ、跡形もなくなっていたに違いない
けれども、彼女の身体は頑丈だった。似たような戦況は幾度となく味わってきた。比較的軽い体重故に、敵に投げ飛ばされるなんてざらだ。そして、経験則よりこの程度の攻撃ならばびくともしないのは承知だった。アダマンタイトよりは劣るだろうが、それに引けを取らないこの強固な身体。身体強化の魔法もかけてある。
攻撃を喰らった彼女は少しだけ冷静さを取り戻していた。しかし、この時点で彼女の感情の昂ぶりは未だ健在だ。直ぐにでも奴に一撃を喰らわせたい。彼女の思考はダメージコントロールを意識した戦法とかけ離れたものになってしまっていた。
あの程度の攻撃などでひるんでいる場合ではない。何としても痛めつけたい。それは、謂わば子供染みた執念。あの大猿に対する言葉にならない憎しみが彼女を突き動かしていた。
もしも、これが万全の態勢であったなら、大猿に対して強力なカウンターを返せたかもしれない。
本来、先の裏拳はハーディにとって『あの程度の攻撃』なのだ。
ダメージ蓄積の無い身体であれば。そう。彼女の身体はもう限界だった。
壁にめり込んだ身体を起こそうと腕に力を込める。が、反応は無い。様子を見ようと首を持ち上げようとした。しかし、それも自分の意思とは異なり僅かな震えが生じるのみ。
まさか。
身体の彼方此方へ。なんらかのアクションを起こそうと必死になって指示を出す。
しかし、何の反応もない。せめて目だけでも。
そう願う彼女の前に立ちはだかる現実。無情にも彼女の望みは天に届かなかった。外傷から免れた右目すら微動だにしない。
彼女の翡翠の目に映るはグラウンドの土。それと、いくつもの焦げ跡と裂傷が残る自分の手足だけだった。
なんということか。まさかこのタイミングでその時が来てしまうとは。ハーディは自身の身体が不調であることは知っていた。
身体の破損具合は酷いものの、人間だった時と比べて痛みを感じることも無く、日常的な動きに支障が出た試しはなかった。しかし、自身の意識と動きの間にタイムラグが生じるのを感じていた。初めはコンマ数秒。酷いときは数秒。
それが彼女に確信めいた予感を与えていた。そう遠くない未来、この人形の身体は動かなくなる。
だから、彼女は主人と仰ぐ愛しい妹と再度会えたことに感動していた。メンテナンスしていないこの身体でずっと戦い続けていれば、いつの日かガタが来るのも必然。自分はそれに気付かぬふりして、騙し騙し酷使し続けてきた。
結果、この様だ。こんな大事な局面で身体が動かなくなるなんて。
ハーディは自分の心に灯っていた復讐の火が急に小さくなるのを感じた。
……
妹を薄汚い貴族達の手から守りたい。その為に自分は人間の身体を捨てた筈なのに。
結果はどうだろう? 妹の友となった者達を敵と認識し、彼らを窮地に追い込んでしまった。挙句、妹まで危険な目に合わせてしまっている。妹に害が及ぶことの無いようずっと隠してきた秘密。それもあの大猿に暴露されてしまった。
大猿に煽られ逆上。考えなしに特攻した結果、ガタの来ていた身体がとうとう逝ってしまった。
ハーディ。
いや、自らの意志で人形となった人間。
ナターシャ・ドロッセル。彼女はただ妹を守るというその強い想いだけで今までを生きてきた。
それがこの瞬間、折れてしまったのだ。
動くに動けない。それはまるで糸の切れたマリオネットのようだった。
もし、動けるようになったとしても、あの大猿が全て事を終えた後ではないか。
妹と珍妙な眷属を引き連れた友。彼らの命運は尽きたも同然だ。
彼女の心は諦めに支配されてしまっていた。
自らの生涯をかけるに値する妹への想い。それが今断ち切られようとしている。
マリオネットの糸が切れる如く、自分の身と同様。そう、大事な心の糧さえも。
―――終わってしまうのか。
そんな折、白く暖かな光が彼女を包み込む。
(コレハ、一体?)
そう思った瞬間、彼女の意識は闇へと落ちていった。
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―――深夜 ヴァルキュリア学園 グラウンド内
「何だ!?今の光は!」
眩しい光が辺りを包んだその瞬間、グレッグはその光を目くらましの一種と認識した。故に、彼は目を隠し奇襲を警戒する。自分の周囲を合成獣で守らせて身を屈める徹底ぶりだ。
しかし、何か様子がおかしい。目くらましの筈の光が一向に消えない。それどころか光そのものに暖かく優しいマナの存在を感じる。
やがて、ピーターを中心とした光は徐々に収束していき、視界が晴れてきた。
大猿となったグレッグの眼前に居たのは5人。先程まで、4人しか居なかった筈がどうして?
グレッグはハッとなって、自らの手を覗き込む。
居る。あのエルフの少女は自分の手の内だ。
しかし、彼の心に不安が残ったままだった。もしや、あいつ前回のように増援を呼んだのか?
強力な魔族を呼び出されてはたまったものじゃない。
グレッグは迅速に判断し、周りの合成獣に号令を下す。
「やれ!アイツらを殺せ!」
……
「上手くゲートは開いたみたいね。」
「おいおい総統!この事態は一体何なんだ。呼ばれてみればあの大猿が目の前に居るじゃねぇか!?」
「そう焦るなって。……って、結局ゲートが開いただけか。」
光が収束して辺りを見回すと、いつの間にやらバイクに跨ったウィリー・マッハが側にいた。
「あなたはあの時の魔族さん。」
泣き伏せていたナターリアも、先ほどの光に驚いたらしい。顔を上げて様子を伺っていた。
「おうよ。俺はアイアンハンターの相棒、ウィリー・マッハだ!」
ウィリー・マッハは自身の顔の半分を占める単眼で周囲を眺めた。
「で、総統。あの自動人形が居ねぇのが不服だが、あいつとやり合うより難易度上がってねぇか?」
「そうだ。現在、我々に不利な状況だ。」
アイアンハンターが彼の言葉に追随する。
俺達を取り囲む形の合成獣達。外に出てきた奴らより数が多い。今はまだ先の光にとどまっているようだが、いつ攻撃を仕掛けて来ることやら。更に言えば、エレナは人質としてグレッグの手の内だ。
「もう一回、クリエにお願いして何とかしてもらうほか無さそうよね。……ってあら?」
「ピーター。クリエはどうしたの?」
「うん?」
おかしい。先程まで手に持っていた筈のクリエが無くなっている。先ほどまでしっかりと握っていた筈なのに。付近に落ちていないか確認するも、あのスポイトのような形状の魔道具はどこにも見当たらない。
「クリエ?」
そう呟いた時、合成獣達の雄叫びが一帯を支配する。どうやらグレッグが突撃の指示を与えたらしい。傍観していた先と異なり、魔物達は円を徐々に狭めるかのようにして間合いを詰めてきた。
「不味いわよ!幾らウィリーが来たからっていってもこの数は防ぎきれないわ!」
皆、臨戦態勢をとるものの、不安が顔に現れていた。
「取り敢えずやってみなきゃ分かんねぇだろう!?」
突撃隊長の名に相応しくウィリーがバイクを急加速して魔物の群れに飛びかかっていった。
「イヤッハァァァーーー!!俺の散弾とミサイルの雨を喰らいな!」
ウィリーはそう叫びながら、魔物をご自慢の火器で打ち倒していった。彼が目指すはグレッグ。単騎で攻め込み、混乱に乗じて、エレナを救出しようと考えていた。
ウィリーは合成獣を舐めてみていた。前回、大猿化したグレッグと戦った時、自身は碌な活躍をしなかった。しかし、彼はその大きな単眼でオクトヴィア・キラーベルとグレッグの戦いを観察していた。
断言できること。グレッグは大猿になったと言っても、俺達に比べれば弱い。そうグレッグの戦闘力はグランジェネシスを構成するだれよりも劣っていたのだ。
だから、その周囲に居る合成獣が弱いと勝手に判断してしまった。
故に彼はグレッグの下に辿り着く前に止められてしまう。
「何だと!?」
バイク側面から幾多も迫ってきた鞭のような蔦が、ウィリーの足を絡め取る。自慢の散弾銃でその蔦を何度も引き離そうと引き金を引き続けるが、無数の蔦が彼を襲った。
ウィリーはバイクより引きづり出され、宙吊りになってしまった。
「あの馬鹿は何をやっているんだか。」
ミーナと共に溜息を吐きながら、アイアンを送り出そうとしたその時。
「あれはイビルドリアードの蔦か!」
何処からともなく、いや、俺達の頭上から聞き覚えのある甲高い幼女の声が聞こえてきた。
「クリエ?」
俺達は上空を仰ぎ見る。そこには月を背にして宙に浮かぶ一人の幼女の姿があった。
「妾の事は後にせい。アイアンも出る幕は無かろうて。」
俺達に声を掛けるクリエと全く同じ声の幼女は、下着よりも際どい格好の姿で俺達に声を掛ける。そして、ナターリアに声を掛けた。
「そこの貴族の娘。」
「……?」
「お主の大事に思う魂の片割れ。それが新たな人形の器を以てして帰ってきたぞ。」
ウィリーを絡めとっていた無数の蔦。それが轟音と共に弾け飛んだ。
俺達の左右にいた合成獣達。それらは引き続き鳴り止むことのない轟音と共に見るも無残な姿に変貌していく。それはまるでミンチ肉になるかのよう。うめき声を上げることすらできず、魔物達は次々と屠られた。
「何が起こった!」
グレッグも突然の轟音に肝を冷やしていた。まるで蜂の羽音ようで。しかし、それは魔物の唸り声の如く。
ミーナとナターリアは推測する。彼女たちは蔦が弾ける前、光弾の軌跡を見た。そして、あの攻撃の正体が何らかの銃器が火を噴いた結果なのだと予測できた。但し、それがどんな銃器までかは想像できない。
一方、ピーター及びウィリー、アイアンはその正体を知っていた。不気味な回転音とそれに連なる轟音。通常であれば、航空機や艦船の上に設置されるはずの重火器。
その名は『ガトリング砲』。
毎分約4000〜6000発の銃弾を撃ち尽くし、実弾を用いる対人兵器の中では最強クラスの攻撃力を誇る。
しかし、彼らの興味は見知った兵器に向かわなかった。むしろ、その重火器を誰が駆使していているのか。
「さぁこれからが本番じゃのぅ。」
月明かりを背に宙を浮く幼女は笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目が覚めた。ここには何もない。有るのは私。白い空間に佇む私だけ。
先程まで私はヴァルキュリアにいた筈だ。大猿にやられて動けなくなって。そして、白い光に包まれた。
そうか。ここが天国と呼ばれる場所なのか。私は辺りを見回す。天国と言えば、もっと華やかで天使達が彷徨える魂を神の御許に届けるべく戯れる。そんな暖かで優雅なイメージだった。
しかし、ここには何もない。天国とは思った以上に寂しい場所らしい。
「ここは天国ではないわ。」
後ろを振り向くと綺麗な少女が立っていた。私はこの子をどこかで見た気がする。
「ここは私と貴方の世界。魂の器の中の世界。」
『魂の器?』
「そう。もともとここには私だけが居たわ。ある時、貴方はあの人と同じ魔法を使ってここに入ってきた。」
『迷惑だった?』
「いいえ。私は貴方に会えて嬉しいわ。」
『本当?』
「嘘なんかつくもんですか。貴方は私とあの人の血を受け継ぐ身。可愛い子孫なんだから。」
少女は心の底から嬉しそうに笑みを浮かべた。
『……貴方は誰?』
「私はマリア。」
『マリア。』
「それにしてもなんて暖かい光なのかしら。皆の想いを受け止めてくれているわ。」
私は彼女の美しい翡翠の瞳が向けるその方を向いた。白光の柱が天高く舞い上がっているのが分かる。
「それであなたはどうしたいの?」
『私は……。』
自分は何がしたかったのだろうか?
「あなたは私と同じ。私の場合、自分の死を悟ってあの人にお願いしたの。どうか我が子を見守る為、その子孫を守る為、魂を人形に移し替えて欲しいって。だからこの場にいるの。」
『でも。』
私は人形の身体を思った。そんな大切なものを、私の無茶でボロボロにしてしまった。
「あの光。」
『え?』
「あれに触れれば私達の想いは伝わるわ。」
翡翠の目をした白い肌の少女。彼女の差し出す手。それはどこか懐かしかった。
「行きましょう。」
「あの光はあなたにとって大切な人の想いにも通じているわ。」
私の大切な人。少女と共に光の柱へ近づいていく。
「彼女は願っている。あなたと笑いたい。あなたと泣きたい。あなたに会いたい。」
『私に上手くできるか分からない。』
「あなた、もしかして人形を壊したこと引け目に感じている?」
私は沈黙する。そう、自分の身体と思って酷使し過ぎてしまった。
「いいわよ。それよりもむしろ、私はあなたにはあなた自身を大切に扱って欲しいわ。」
『……ありがとう。』
彼女は柔らかな笑みを浮かべ、私の手を引っ張る。
「今度の作品はより実用性を兼ねて、あなたがどれだけ酷使しようとも壊れない。頑丈で強い身体を用意しなきゃね。」
「魂を持った理想の人形。数百年ぶりの大仕事。人形作家の腕が鳴るわ。」
彼女は独り言を述べながら、私の手を引いて光の柱へ入っていく。
そして、それに続く私もその中へ溶け込んでいった。
皆の理想が詰まった人形。
そして、クリエに一体何が起こったのか?
※拙い文章ですが、引き続きお読みいただけると幸いです。
※次話は週末休日の更新です。




