第39話 カタルシスは悪の白光を以てして
ナターリアとハーディ。
彼女達へ真実が突きつけられます。
それではどうぞ。
―――深夜 ヴァルキュリア学園 グラウンド内
月とクリスタルが妖しげに輝く。学園内は遠くの人間の表情も十分に分かるほど、その光によって照らし出されていた。
グラウンド内は日中の暑さを奪いにきたのか、夏の夜風が俺達の間を過ぎ去った。
もしもこの場が前世の世界であったならば、風鈴の涼し気な音が聞こえたことだろう。
「お姉ちゃんですって?」
ナターリアはグレッグの発言に戸惑う。彼女の目は揺らいでいた。ハーディがナターリアの姉?
グレッグは動揺するナターリアとハーディを見てニヤついている。
「ハーディは人形じゃない。なんでナターリアのお姉ちゃんになるのよ。」
俺は彼らのやり取りに目を奪われている中、ミーナが果敢に声を上げた。
そりゃそうだ。人形がどうして人間の姉となるのか。
グレッグはミーナに顔を向けると、饒舌に説明し始める。
「アシュフォード家には大きな秘密がある。」
グレッグは猿化した両腕を大きく開き、満面の笑みを浮かべていた。一方で、ハーディは目線を彼から逸らしている。彼女は酷く恐れているようだった。
「大昔、初代当主のブリキン・アシュフォードは一人の愛人を囲った。」
「その愛人はブリキンの子供を身籠る。その子孫は貴族社会と縁を断ちつつ、平民として細々と暮らしていった。」
「要は、本家とは別に初代の血を引き継ぐ分家が生まれたわけだ。」
「アシュフォード家は長年その存在に目を光らせていた。もしも、分家の存在が表沙汰になれば、数世紀に渡って築き上げた王国の地位が崩れてしまう。貴族社会とは縁を切ったといえど、いつか分家が騒ぎ出すかもしれない。」
「そして、現代になってその懸念が顕著になった。」
「人形店を経営していたブリキンと妾の子孫。クララ・ドロッセル。彼女はブリキンと同じ固有魔法<<ギフテッド・スピリット>>を受け継いだ。本人には言いふらす意図は無いようだが、彼女は金銭に困っていた。」
グレッグはそこで右手の人差し指を突き出し、ナターリアへと向けた。
「王国内にいるゴーレム使い、人形遣いの中で、この固有魔法を使えるのは、アシュフォード家の血筋しか残っていない筈。違いないよな?」
「……。」
ナターリアは口を半分開け、何か都度言い出そうとする。しかし、それは声となる一歩手前で喉奥にしまわれた。
その様子を見て、グレッグは満足しているのかずっとニヤニヤした表情を浮かべる。
「いつ他人に言いふらしてもおかしくない。」
「そう思った現当主サイラス・アシュフォードは決心した。クララ・ドロッセルを消そうと。」
「ここからは親父の想像と、ある方から聞いた話だが―――」
「サイラスはクララの人形店を燃やした。人形店で店番をしていたクララはその火に巻き込まれ死亡。」
「クララには娘が二人いた。彼女たちは外に出ていた為、難を免れる。」
「サイラスにも思うところがあったのか。娘二人を自分の養子として迎え入れることにした。」
「しかし、娘のうち一人は大きすぎた。クララが死んだ時、一人は赤ん坊だったが、もう一人は14歳の少女だったからだ。」
ナターリアを支えていた筈のハーディ。人形でありながら、彼女の身の震いは止まらない。
「そいつはアシュフォード家に抵抗した。覚えたての魔法を使ってな。」
「彼女は人の目を欺き自らの存在をこの世から消すことにした。」
「なぜそんな真似をしようとしたのか、そいつには大事な目的があったからだ。」
グレッグは一拍置く。
「結論から言えば、その目論見は成功した。」
大猿の指がずれる。彼の視線の先にいたのはハーディだった。
「アシュフォード家から自分の唯一の肉親の妹を守る。」
「それが為せるのであれば、なんだってしよう。」
「例え、それが自分の肉体を捨て、人形の姿に成り下がるものであったとしても!」
「ヤメロォォォォ!!!」
グレッグの言葉を掻き消すかのような大声を合図に、俺達の間を一体の人形が駆けた。
それまで無言を保っていたハーディがグレッグに向かって走り出したのだ。
それは人間とは思えぬ速さで。しかし、彼女の叫び声はまるで人間であるかのように感情が十分に籠ったものであった。
「ちょっと揺さぶってみれば。」
グレッグは向かってきたハーディを裏拳で思い切り叩きつける。彼女はバランスを崩しつつ、校舎の壁まで吹っ飛んでいった。
「フン。所詮はこんなもんだ。」
「ハーディ!」
「頭の良いお前なら、今ので分かっただろう? 何が真実なのか。」
「嘘よ。じゃあ、私はなんだって言うの!」
「お前は人形店を営む平民の子供だったていう訳だ。」
「ドロッセル姉妹。人形になった姉と貴族になった妹。それがこの劇の重要なファクターだったんだ。」
「嘘!そんな!私はそんなの信じないわよ。」
ナターリアの目からは大粒の涙があふれ出ている。両手で抱えた頭は左右に振られている。彼女は必死に否定した。しかし、ナターリアの明晰な頭脳はグレッグの発言が辻褄の合うものであると認めてしまっていた。
何故、両親が私に対して愛情を注がなかったのか。
何故、ハーディは自身の事を思ってくれたのか。
何故、ハーディは家を追い出されたのか。
グレッグの話しが真実であれば全て説明は上手くつく。
「そんな、そんなことって!」
ナターリアは膝をつき、その場にうずくまってしまった。ミーナと俺は彼女の背を摩り気持ちを和らげようとする。
「奴の言うことは間違いなく真実じゃ。」
ホルスターから声が響く。クリエの声だ。
「先程から、同質のマナがまるで交錯するような感があった。あの自動人形ともう一人、ほとんど同じマナじゃった。」
「親類のように魂が似通っている者同士にはよくある話じゃ……。」
クリエの違和感の原因はそれか。
とすると、彼女たちは本当に姉妹なのか。
俺はクリエの発言を聞き、校舎へ激突したハーディを見遣る。衝撃が強かったのか、強度のある学園の壁にめり込んでしまっていた。意識が有るのか無いのか不明だが、首が下に向いたままだ。
そして、俺は視線をグレッグへと向ける。沸々と湧き上がる思い。
奴は再び喋り出す。
「あぁ、なんて愉快なんだ。登場人物は何も真実を知らないままストーリーは進んでいく。観客の俺にとっては笑いがいのある喜劇だよ。」
「お前は良い舞台女優だ、ナターリア。俺をこんなにも楽しませてくれた。」
「さて、俺はこのエルフさえ捉えられたらそれでいい。お前達は用済みだ。マナよ、我が体に亜種の力を!<<メタモルフォーゼ>>」
全身を猿化させたグレッグ。奴は歯を見せて俺達を嘲り笑う。
「お前達の正体も掴みたいところだが、死んでからでも問題ないだろう。」
口を動かしている様子は無いが、グレッグから声が響いた。
「あんた一匹で何ができるっていうのよ!こっちにはアイアンだって居るんだからね!」
ミーナはナターリアの隣に座りながら、魔法を放つ準備を整える。アイアンもミーナの言葉に応じて一歩前に踏みでた。その様子を見たグレッグは足元にいたエレナの身体を掴みあげる。
「おっと。こいつの事を忘れていないか?」
ミーナとアイアンの動きが止まる。
「俺がいつ加減を間違えて、この亜人を潰してしまってもおかしくない。」
グレッグは動きの止まったミーナとアイアンを見て満足そうに喋る。
「その目つきだと、まだ心の何処かでなんとかなると思っているな?」
大猿は右手を上にあげ指を鳴らした。すると、あちこちに魔法陣が描かれる。
「外の魔物は研究で産み出した合成獣だ。」
「まさか外に居る奴が全てとは思っていなかったよな?」
魔法陣から無数の魔物が現れて俺達を包囲する。継ぎ接ぎだらけの魔物。彼らの表情は乏しい。ただ眼前の敵を屠る為に。彼らの顔には敵意剥き出しの表情が有るのみだった。
「全ては亜人を圧倒する為に。人間こそが至高の正義である為に。」
「このエルフを存分に利用してやるぜ。」
笑いながら話すグレッグ。
俺はその言葉を聞いた瞬間、自身の中の何かがキレた。
「黙って聞いていれば、いい加減にしろよ、お前。」
「あぁ?」
自分でも驚く程冷めた声が出た。グレッグの挑発するような物言いを無視し、俺は続ける。
「俺達は目的の為ならなんだってやる。」
「力をつける為、命を創り出す。邪魔が有れば、命を奪うことだってある。」
「そんな生殺与奪、神様はきっと許さない。」
「天に背いてでも俺達はやり遂げる。」
「俺達は非道な悪だ。」
ミーナが不安そうに俺を見つめる。
「手段が正しくなければ、それ即ち悪。しかし―――」
「悪だからこそ、悪でなければ、成し遂げられない目的がある。」
俺はナターリアの背の上でミーナの右手を握り、グレッグに向けて問う。
「何が正義だ?」
「人ならざる道を歩んでおいて、今更何をほざく。」
「自分のやらかしていることを棚に上げて正義なんて抜かんじゃねぇ!」
ホルスターにぶら下がっているクリエを手に取り、グレッグへ視線を向けたまま呪文詠唱をする。
「我はマナの力をして万物を創造せしめん。<<クリエイト>>」
体内のマナが全てクリエに向かって注ぎ込まれる。
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「何じゃこれは!?」
クリエは驚いていた。今までに経験したことの無い程の量。
高純度のマナと熱き想いの濁流。自身に溜め込まれていたマナが一向に減らない。
それは消費量を上回るペース。空気中に浮遊する辺り一帯のマナさえもピーターの身を通じて自身の身に注ぎ込まれるのが確認できた。
ウィリー・マッハをここに送り込むためのゲートを開く。それが当初の目的だったはずだ。
けれども、自身に注ぎ込まれる想いはそれに止まらない。感情が爆発し、ありとあらゆる情報が一刻一秒と変化していく。
創造魔法の魔道具はフル稼働し続ける。
そもそも、クリエイティアに宿る『クリエ』という人格は魔道具としての制御性を高める為にあった。
マナが注ぎ込まれ過ぎている。『クリエ』がそう判断すれば、道具内部の弁を起動させ流量を調整する。
使い手から送られてくる情報がちぐはぐだ。彼女がそう感じれば、使い手の断片的な情報を精査しそれを想像で補足する。
クリエイティアの製作者は魔道具におしゃべり機能を付けたくて『クリエ』を産み出したのではない。使い手の補助機能の為に『クリエ』という人格を与えているのだ。
魔道具の設計段階で、『クリエ』が機能不全に陥るほどの高負荷は想定されていなかった。
その為、製作者にも創造のつかない現象が発生する。
オーバーフローで稼働を続けた魔道具はマナを無理やりに圧縮させる。
そして、高圧縮され行き場を失ったマナは爆発を起こす。結果、使い手を中心に眩い光の柱を創り出すのだ。
それは天高く何処までも上昇する。
その夜、ヴァルキュリア学園にクリスタルとは異なる光の柱が産み出された。
学園付近は白い光に包まれる。
創造魔法で何が産まれるのか。
※拙い文章ですが、引き続きお読みいただけると幸いです。
※次話は来週末の更新予定です。




