第38話 プロローグ『ジェネアロジー』
お待たせしました。
少女達の血脈は如何なる道を辿ってきたか。
それではどうぞ。
―――今から250年前 王歴1584年 王都 ヴィクトリア
アシュフォード家の初代当主、ブリキン・アシュフォードには大きな秘密があった。彼には婚約者とは別に密かな愛を育くむ女性が居た。名をマリア・ドロッセルという。
彼女との出会いはブリキンが普段利用している人形店でのことだった。冬のある日、ブリキンは自身の新たな人形を買い求め馴染みの工房へ赴いていた。
「マスターこんにちわ。新作は出たかい?」
「おぉブリキンじゃないか。貴族様になったって言うんで、来なくなるかと思ったが、その様子じゃあ、俺の杞憂だったようだな。」
「止してくれよ。本来、俺は貴族なんて柄じゃないんだ。マスターのところには周りから止められても、『お忍び』で足を運ばせてもらうさ。」
「そう言って貰えるとこちらも嬉しい限りだ。」
この店の主で人形作家でもある爺は、目の前に立つ立派な身なりの紳士に笑顔を向けた。
「お前さんが喜んで飛びつきそうな新作は工房の奥に数体ある。」
「そりゃあ、出来上がりが楽しみだ。」
ブリキンは外の冷気で悴んだ手を擦り合わせながら、上ずった声で楽し気に爺の後を付いていく。もしも、この姿を彼の功績や風評しか知らない人間に見せたら仰天するに違いない。
先の帝国との戦争で数々の功を上げ、数万の敵を討ち取った破軍の将。彼の参加した戦線は、向かうところ敵無し。如何に劣勢であろうとも、必ずや敵の陣地を彼らの血で真っ赤に染め上げる。
王国からしてみれば国の英雄。帝国から見れば血染めの魔導士。
王よりその武勲が称えられ爵位を賜って以降、巷では破軍の傀儡大公なんて呼ばれるようになった。
そんな人物がまるで子供のように目を輝かせ、お目当てのものを前にして浮足立たせてしまっていた。
本人としては飽くまで軍人として、人形遣いとして、こなすべき仕事をこなしただけであって、仰々しい二つ名なぞ勘弁してくれと願ったりもした。けれども、彼の功績を鑑みるに呼ばれて然るべき話だった。
「お前さんは本に人形好きじゃのう。」
「魔法の才が無かったとしても、俺はきっと人形好きだった筈さ。」
「それが無ければ、貴族にはなれんかったが良いのか?」
「そいつは参ったなぁ。貴族になって、漸く戦争用以外の人形もたくさん買えるようになったのに。」
「全くお前さんという奴は、人形馬鹿もいいところじゃな。」
真剣に悩みだしたブリキンを見て爺は笑った。
……
数体の人形を前に、彼は腕を組み悩んでいた。時に顎を右手指先で摘みつつ、真剣な眼差しを向けている。
どの人形もさすが店主の取り扱う品と言わざるを得ない。どれを取ってみても、芸術的な作品ばかりだ。異国の王子をかたどった気高そうな人形。どっしりとした斧を構えた上半身が半裸で筋骨隆々とした青年の人形。そして、ひときわ背の低いとんがり帽子を深くかぶった魔法使いの人形。
今にも動き出しそうな位に精巧で、男性であれ女性であれどの人形にも人を魅了する美が備わっていた。もしも、先の会話の通り、魔法の才が無ければ、ブリキンはどの人形も即座に欲した事であろう。
けれども、魔導士として、人形遣いとして、ブリキンは自身の魔法に見合った人形を探していた。
彼が駆使する固有魔法<<ギフテッドスピリッド>>とは無機物に魂を与え使役する為のものだ。魔法を有用に使うには魂の器は高性能であればあるほど良い。故に、彼は自身の使役する人形には人一倍の拘りを持っていた。
更に言えば、同じ作者の作品であっても、自身の魔法の素体として各々の人形でその適性の度合いは異なった。
人形に込められた製作者の思い。それが自身のマナと同調した時、秀でた力を発する僕が生まれる。ブリキンは経験からそれを知っていた。
「どうじゃ、儂の自慢の新作は? お目に適う作品は有るかの。」
「……。」
いつ来ても、爺の作品は非の打ちどころのないものばかりだった。
見た目。性能。そして作品にかける情熱。ブリキンはこの小さな工房の店主を国一番の人形作家と認めていた。彼の作品であればどれも素晴らしい働きをしてくれるだろう。その思いに揺らぎはない。
けれども、今日の彼は欲張りだった。毎回高級な料理を食べていると、たとえ美味であっても、その味に飽きが来てしまうように、彼は今までと異なる新たな何かを求めていた。
彼は人形から視線を逸らし、力を抜いて部屋の中を見回した。そこで、彼は部屋の隅で椅子に座った状態で置かれていた人形を目にする。未だ完成していないようで、顔が無かった。
「マスター。あれは?」
「うん? あぁ、あの作品は先月から儂のところに出入りしておる弟子が作ったものじゃ。」
「弟子?」
通りで人形から伝わる雰囲気が爺の作品と異なる筈だ。ブリキンはジッと目を凝らす。爺の作品と違って粗が目立つ。しかし、何処か引っかかる。
彼は思案した末、そのしこりを無くす方法を思いついた。
「その方はいつ来られるのですか?」
ブリキンは製作者に直に会うことで、それを見出そうと考えたのだ。
「あいつは今日も来る筈じゃわい。」
カランカラン―――。
店のドアが開く音がした。
「噂をすればなんとやらじゃ。おーい、マリア!」
店主は入ってきた入り口へ戻り、弟子をこちらへ来るように呼びかける。
「はーい、師匠。今日もよろしくお願いします。って……あら?」
爺に先を進むよう促され、部屋に入ってきた一人の少女。
金色の髪。翡翠色の瞳。陶磁の如き白い肌。
それは一瞬の事。
ブリキンはマリアの美貌に目を奪われた。
「こちらはブリキン・アシュフォード。人形遣いの貴族様じゃ。ほら、マリア自己紹介を。」
「どうも。こんにちわ。」
「私はマリア・ドロッセル。人形作家志望で師匠のところでお世話になっています。」
にっこりと笑うマリアを見て、ブリキンの胸はときめく。人形が好きとはいえ、ブリキンは男だ。今まで、人並み程度の恋愛経験はしてきた。しかし、出会って間もない彼女に対するこの感情は何だ?
「どうされました?」
黙り込んでいた私を見て、首をかしげる彼女。ブリキンは気を引き締めなおし、あの人形について聞くことにした。
「あ、あぁ、申し訳ない。少し考え事をしていた。貴方があの人形を作っておられるのですか?」
「えぇ。師匠に教わりながら少しずつ作っています。」
「人形作りは初めてで?」
「ここに通うになって初めてです。」
「それにしては十分な出来だ。」
「そんなことないです。師匠に比べればまだまだです。」
マリアの照れる仕草を見て、ブリキンは自然と頬が緩む。その時、彼は理解した。
これが一目惚れと言う奴なのかと。
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―――王歴1629年 冬 王都 ヴィクトリア校外
「母さん、人形作家として、人形遣いとして、私はここまで大きくなりました。」
冬の寒い夜。一人の男性が、クローゼットの奥に隠していた人形に向かって声をかける。彼の家族は眠りにつき、吹雪の中目を覚ましているのは彼だけだ。
「子供たちは私と違って人形遣いとしての能力を受け継がなかったようです。」
隣の寝室に眠る少年と少女を頭に思い浮かべ、彼は落ち着いた様子で静かに話す。
「私はこれで良かったと思います。」
「母さんの父さんに対する想いがどのようなものだったのか。私には分かりません。」
「何故、若き日の姿を模した人形を作ったのか。」
男性の前に立つ人形は金色の髪、翡翠の目、そして真っ白な肌。
彼が幼き日に死に別れた母の姿とそっくりだった。父の経済的な援助が無くなる少し前、彼の下へ唐突にその人形は送られたのだった。
言葉少なに綴られた手紙には、この人形は母自らの手で作られたものであること。そして、母と父の形見として大事に取っておいてくれとのこと。
男性はいつか父にその真意を尋ねようと思っていた。
しかし、送られてきた人形の持つ意味を詳しく聞けないまま、父はこの世を去った。
「母さんが亡くなってから、父さんとは余り交流を持ちませんでした。」
男は隣のベッドで眠る妻を起こさないよう、そっと自身の寝床に腰かけた。
「アシュフォード家に対して母さんは何か思うところがあったのかもしれない。」
「母さんも父さんも死んでしまった今、あの家の人達との接点は切れました。」
「あの家と私達はもはや関係が無い。」
男性は自身の出自を公にすることで利を得ようとは考えなかった。むしろ、家族に災いが降りかからないよう、アシュフォード家という貴族とは一切関わりを持たないようにすべきだと思っていた。
古い人形店を経営する男性が家主の、ドロッセル家という平民の一家族。
彼は妻と子供の笑顔を思い浮かべながら、クローゼットの戸を閉める。今後、この人形が表立って世間に出ることは無いだろう。いや、出してはいけないのだ。
もしも、この人形が世に出るようなことになれば、それは即ち、自身の家族、もしくは子孫達の身に厄介事が起こった時に違いないのだから。
彼は吹雪に煽られがたがたと鳴る窓を見ながらベッドへと潜り込んだ。
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それから、約200年の歳月が過ぎた。
動乱の時代は過ぎ去り、王国は平和な時代を享受する。
アシュフォード家は王国内で一流貴族の仲間入りをし、不動の地位を築き上げていた。
―――王歴1825年 春 王都ヴィクトリア校外
とある路地裏に小さな人形店が有った。古くからある店だが、客の出入りはまばらだ。決して繁盛していると言い難い。
今は女主人が経営している。数年前までその主人は結婚していたが、不慮の事故で夫を亡くしていた。その為、女手一つで二人の子供を育てながら、店を切り盛りしていた。
彼女の名はクララ・ドロッセル。数代に渡って続いた店だが、客の出入りがめっきりな上、自身に人形作りの腕が無い以上、彼女は本格的に店じまいすることを考えていた。
自身の親から受け継いだはいいものの、クララは人形作りに関して才能が全く無い。
その為、駆け出しの人形作家であった夫との出会いを幸運と喜んでいた。夫の作品が評価され始め、幸せを噛みしめるのはこれからという時、彼は事故で帰らぬ人となってしまった。
新規の人形が作られなくなった店。人の作品を買い付けて棚に並べたこともあったが、鑑識眼もあまり優れないクララの手には余るものだった。そうこうしているうち、あれよあれよという間に経営は悪化。
潰れかけの人形店を未亡人一人で立て直せる程、商売の世界は甘くない。
「ママ、私のペンダント知らない?」
「はいはい。ちょっと待っててね。」
商売や芸術の才の無い彼女だが、一つ不思議な才を持っていた。
クララはショーウィンドウに座っているフランシーヌという人形に念を送る。すると、今まで微動だにしなかった人形が勢いよく、床に飛び降りた。
「フランシーヌ。この子のペンダントどこかで見たんだけど心当たりないかしら?」
人形はクララの発言に悩んだ素振りを見せた後、駆け足で店の奥へ入っていった。しばらくすると、人形は煤だらけになって戻ってきた。手にはペンダントらしきものが握られている。大方、娘が暖炉の側にでも落としていたのだろう。
「こんなに汚れてまで探してくれてありがとう。ナターシャもありがとうって言いなさい。」
ナターシャと呼ばれた少女は今年で14歳。夫の残してくれた忘れ形見の一つであった。
「フランシーヌ助かったわ。ありがとう。」
人形は照れくさそうに頭を掻くような素振りを見せて、キッチンへと向かう。自身の汚れを落とす為、洗い場へ向かったのだった。
「ママ、その力で何かできることあるんじゃないの?」
「こういう不思議な力は家の外で使っちゃいけないの。ママもどうしてかは知らないけれど、よくお爺様やお婆様が話してくださっていたわ。」
彼女は自身の能力を一種のオカルト的なものとして捉えていた。
人形に囲まれた環境で生まれ育った故に宿った神の奇跡、はたまた、神の悪戯か。彼女はこの不思議な力について理論立って考えようとしなかった。
「私も詳しいことは知らないけれど、きっと魔法の一種に違いないわよ。」
「うーん。この子がもう少し大きければ、ゆっくりと調べることが出来たんだろうけどねぇ。」
「それに店もこんな具合だし。」
ナターシャの言い分は十分に理解できるものだ。両親の言いつけも大事だが、店が無くなってしまうようなことになっては形振り構っていられない。金策となるのであれば、何処にでも行こう。
クララは大道芸ですらやって、この難局を乗り切ってやろうという覚悟は有った。しかし、乳飲み子を抱えているこの状況ではそれも難しい。
「それじゃあ、私は学校へ行ってくるね。」
「いってらっしゃい。帰りに寄り道とかしちゃ駄目よ。」
走り去る娘の姿が、幼き頃の自分と重なって見えた。手を振って見送るクララの隣には、ゆりかごに揺られすやすやと夢の世界に浸る赤子が居た。
それは夫の残したもう一つの忘れ形見。
ナターリア・ドロッセルだった。
アシュフォード家とドロッセル家。
ドロッセル姉妹はどうなるのか?
※拙い文章ですが、引き続きお読みいただけると幸いです。
※連休中更新できず申し訳ございません。
※次話の更新は来週末予定です。




