第37話 人形達の悲劇と喜劇
長らくお待たせしました。
ピーター達の目の前に現れたグレッグが語る真実とは?
それではどうぞ。
―――夜 ヴァルキュリア学園 グラウンド内
俺達の前に姿を現したグレッグ。雲隠れしていた月が彼の姿を鮮明に映し出す。一見して何もおかしなところは無い。俺には普通の人間にしか見えなかった。
「お前は魔物だったのか。」
「フフフ。魔物だって?」
グレッグは俺達を挑発するような言い方をしつつ、こちらの方へ近づいてくる。
「あんな下等生物と同じにしてもらえないで欲しい。」
「俺にはちゃんとここがついている。」
こめかみ辺りを右手の人差し指でトントンと叩く仕草を見せ、グレッグは話しを続けた。
「俺は人間。知性あるヒトだ。それ以外は全て排除されるべき。」
「そうだったよなぁ、我が姫様?」
彼がジロリと睨みつける目線の先。全身を舐めまわすかのような彼の視線に、ナターリアは思わず後ずさってしまう。それを受け止めるようにして、ハーディは彼女の両肩を優しく掴んだ。
ナターリアは彼女の顔を覗き込み、安心した様子でグレッグの問いかけに返答した。
「人間であることは善。人間こそがこの世にある知性持つ種族の頂点に立つ存在。」
「そして、それ以外の種族を正しき道へ導く。時には強き力を以てして彼らを排除せよと。」
「流石は我が姫様。俺の仕えるご主人様だ。」
ナターリアの答えを聞いて満足そうに頷くグレッグ。
「でも、そんな考え間違っているわ!」
俺達の横まで歩いてきたグレッグに対して、ミーナは反論する。
「同じ知性を持っているならば、話し合いが出来るってことよ。野生の動物や魔物のように、人間の言うことを理解できない存在じゃないの。だから!」
「そう、間違っている。」
「え?」
ミーナの反論は想定済みであるかのように、グレッグからは冷静な口調で答えが返ってきた。彼は口元の笑みは消し、横目で俺達の方を眺めていた。彼は歩きを止めることなく、俺達を横切っていく。
「我が姫様の答えの通り、現状、王国内にいる同志の多くがその間違った考えを信じきってしまっている。」
「人間こそが唯一無二の存在であることは間違いない。けれど、俺達にそれを教えてきた大人達。彼らの考えに間違いがあったんだ。」
夜のグラウンドに彼の声がよく響く。彼は横たわるエレナに向かって歩いていた。グレッグは眠っているエレナの隣に立つと、蔑んだ目で彼女を見、そして、蹴った。
「止めろ!」
「煩い!」
勢いよく蹴った訳ではないので、彼女に害は無さそうだ。けれども、彼への警戒を最大限に高める俺達。その様子を見ていたグレッグは顔を歪ませた。
「おいおい、待ってくれよ。姫様までこの長耳の肩を持つって言うのか?」
オートマタに支えられつつも、ナターリアは自身の杖をグレッグに向けていた。
「えぇ、貴方が本当にヴィンセントを殺した大猿の正体ならば、私は容赦しないわ。」
ナターリアの目には確固たる決意があるようだ。グレッグはイラついていたものの、鼻をふんと鳴らし自身の感情を抑えた。
「まぁいいだろう。」
エレナを蹴っておいて何を言い出すんだ。今にも飛びかかりたい気持ちを抑え、グレッグの話しに耳を傾ける。
「人間至上主義の欠点。それは人間に力が無い事だ。」
「俺達の同志は『時には力を以てして彼らを排除せよ。』と、高らかに声を張っている。けれども、悔しいことにこのエルフを含めた亜人共は人間と比べ秀でた点がある。」
グレッグは語りながら、広げた手を見せる。
「エルフであれば長寿の命と魔法の才が。ドワーフであれば頑丈な肉体と精錬された技術が。獣人や魔族は、地に宿る獣や魔物の血の力が。」
指を一本ずつ閉じていき、最後に残るは小指。
「しかし、人間には何もない。」
残った小指も閉じ、掌は握り拳となった。
「地の才能の格差は埋まらない。同志の間違いとは、俺達人間に力が無いことを念頭に置いていない点だ。」
「俺も魔法の才を伸ばすことで、彼らを負かそうという子供らしい浅はかな考えがあった。」
「しかし、それも今や嘗ての話しだ。」
グレッグは拳を高く突き上げる。
「マナよ。我が血に混ざりし亜種の力を我が腕に与えよ!<<メタモルフォーゼ>>」
次の瞬間、グレッグの前腕が急に膨れ上がった。太もも位の厚みまで膨れた右手は服を破り、毛が生えて来る。やがて、その右手は既視感のあるものへと変わった。
「猿の右手!」
「これこそが俺の得た力。人間が他の種族を圧倒できる最良の策だ。」
グレッグは俺達に向かって、歯を見せ付けながら歪んだ笑みを浮かべた。間違いない。歯の見せ付け方。あれは大猿のそれと一緒だ。
「さぁ、我が姫様。こちらへ来ましょう。その自動人形とも出会えた訳だ。我らの同志と一緒にこの力を広めましょう。」
グレッグは両手を広げ、ナターリアに自分の下へ近づいてくるよう促す。俺はナターリアとハーディを見る。二人ともその場から動こうとしない。
「どうしました? 我が姫様早くこちらに。亜人と仲良くつるむ奴らとなんて一緒にいたら品格が落ちますよ。」
「私は種族の違いで評価に違いをつけるのを止めたわ。」
「はい?」
「正直に言って、未だ私の心の中では亜人に対して気持ち悪さが有りますわ。」
「なんで、人間と違って耳が長いの? なんで、そんなに背が低いの? なんで、人間と違ってあちこち毛で覆われているの? なんで、魔物のような力を持っているの? 理屈じゃなく、気持ちの問題です。」
グレッグは納得といった表情をして、うんうんと頷いている。
「私は血筋に振り回されてばかりの辛さを嘆いていました。」
「自身の能力が血に由来することであるというのも複雑な気持ちです。」
「貴族の血を引く存在が愛を受けずに産まれ育つという事。この身に流れる血の力が目覚めて、漸く皆から認められるようになった事。」
「どうしてこんな風にしか生きてこれなかったんだろうって悩んでいました。」
「だから、私は力を持った存在として評価を受ける亜人に凄く嫉妬していましたわ。」
「亜人として産まれただけで、何をせずとも周りが評価してくれる。それが羨ましかった。」
「けれども、それって凄く子供染みていると感じるようになりましたわ。」
皆、グレッグとナターリアとの会話に注視している中、俺の後ろで立っていたアイアンハンターが俺の手に何かを渡してきた。怪訝に思った俺は後ろを振り向くと、人間であれば耳が有るであろう位置に自身の指を向けていた。
俺は前を向きなおし、周りに気付かれないよう。イヤホンを付ける。
『あー、こちら、ウィリー・マッハ。 状況はどうだ? あの自動人形とは交戦中か?』
イヤホンから流れてきたのは、ヴァルキュリア支部に残っているウィリーの声だった。現在、支部の出立時に来れなかった者が来る可能性を否定しきれなかったのと、最後に奇襲をかける人材が居て欲しかった。
前回、前々回の戦いでは、怪人達の援護にピンチのところを助けられた。今回、『マイフェアレディ』作戦ではそれを正式な戦法として採用することにした。
ウィリーは当初それを聞いて即座に拒否していた。ずっと、あの自動人形と蹴りをつけたいと駄々を捏ねていたが、アイアンから矯正という名の暴力を受け、渋々承諾したのだった。
(クリエ、このイヤホンに見合ったマイクを出してくれ。)
<<了解じゃ。>>
俺は静かにマナを注ぎ込み、魔法発動の準備をする。まだ、二人の会話は続いている。
「……グレッグ。はっきりと確認しておきたい事が有ります。」
「なんでしょう、姫様?」
「聞きたいことは2つ。」
「なんでヴィンセントを殺したの?」
「奴は姫様の事を昔から好いていました。しかし、ここ最近は、姫様の言動には振り回されて疲れるだの、我儘で困ったものだ等と、家臣として落第の発言ばかりしておりました。挙句の果てに、殺す前日には姫様を襲ってみたらどう反応するだろうかと笑って下種な事を言い出したのです。」
「だから。」
「姫様へ歯牙がかからぬよう、食い殺してやりました。」
満面の笑みでナターリアへ返事をするグレッグは狂っていた。
「そんな理由で……。」
皆、絶句する。グレッグのいうヴィンセントの発言はどれも取るに足らないものばかりだ。男なら好きな女の子の取る我儘に付き合って疲れるのも、ある種当然の話しだ。嫌う人は嫌うだろうが、下種な話も思春期の男の子なら一度は出るであろう話題であってそこまで大きな話しに思えない。
「そんなに嫌だったのなら、お前が諌めてやれば良かったじゃないか。」
「俺が奴を諌める?」
「お前ら、幼馴染だったんだろう。」
「幼馴染? なんだそれは?」
グレッグは顎に左手を当て、何のことか分からないような表情をする。
「強いて言えば、奴は敵だった。同じ姫様を奪い合うな。」
ナターリアはこれ以上、グレッグの発言を聞きたくなかったのか、大声で先を続けた。
「なんで! ハーディを巻き込んだの!?」
「あぁ、その自動人形が鬱陶しかったんですよ。姫様の警護役は俺だけで十分だってのに、ずっと影からコソコソ覗いていて。姫様の事を思うのであれば、周りを飛び回る虫達の駆除と捕獲に役立ってもらおうと。」
「その自動人形も俺の言葉に賛同してましたよ。」
ハーディの表情に変化はない。しかし、ナターリアの肩を抱く彼女の手は僅かに震えているように見えた。
「でも、ハーディは!」
「ソのトオりです。お嬢様。」
「そこのエルフや彼らがお嬢様の敵ダと思いコンデおりましタ。……ハずべきはなしでス。」
「その自動人形も含めてこちらへ来なよ。そんなところに居たら、田舎者の―――」
「それ以上、彼らを侮辱するのは許しません!」
グレッグの言葉をぶった切るように、ナターリアの怒声が辺り一帯に響き渡る。
「貴方は昔の私以上に子供です。」
「なんだと?」
「貴族組と亜人組とが喧嘩しそうになった時、魔族の少女の話しを覚えていますか?」
「一体、何を言い出すんだ?」
「私は今でも心に残っています。彼女は自身の境遇に不満をこぼさなかった。自身の中に眠る筈の能力が出せない。それは心苦しい事。でも、彼女は言った。幸せだと。」
「それは自分と同じ目線で対等になって話してくれる他者がいるから。」
「貴方みたく、思うがまま自分にとって気に食わない他者を排除を続けていれば、いずれ周りには誰も居なくなり孤立することでしょう。」
「恥ずべきはハーディではありません。真に恥ずべきなのは、悲劇のヒロインに染まっていた過去の私。そして、狂気に駆られ思うがままに動く貴方です!」
ナターリアの発言に唖然とした様子のグレッグだったが、次第に顔が真っ赤に染まっていった。右手の毛が逆立っているのが分かる。グレッグは低い声で問いかけた。
「姫様、それが俺に対する答えかい?」
「えぇ、貴方は私の家臣でも何でもない。悪魔に魂を売った殺人者。」
「そんな下賤の者がこのナターリア・アシュフォードの名を『姫様』等と気安く呼ぶな!」
<<もう少しでマナが満ちる。主殿、ヴァルキュリア支部とここを繋ぐゲートも作れるぞ。>>
(分かった。それじゃあ、溜まり次第マイクを作って、ウィリーと交信して―――)
「あーはっはっはっ! こっちは気遣って姫様なんて呼んでやったのに! この喜劇は傑作だ!」
気付くとグレッグは両腕が猿のものに変わっていた。彼はその両手をバチバチと叩いている。それはまるでシンバルを持った猿のぬいぐるみが叩いているみたいだ。
「何がおかしいの?」
ナターリアは彼の様子に困惑している。ナターリアの事を姫様と呼ぶ様を見て、ストーカーのような薄気味悪さを感じていたが、どうやら違うらしい。
「本来、お前は姫様と呼ばれるような身分の家柄じゃないんだよ。」
「だから、そんな田舎者に惹かれたりする訳だ。全くどの口が下賤なんて言葉を吐くんだか。」
「え?」
「ちょっと、顔が良いからって図に乗るなよ。」
「何をいっているの?」
「そこの壊れかけた人形にでも聞いてみなよ。」
「ヤメロ!ヤメテくれ!ソレ以上は……!」
突然、狼狽するハーディに俺達は目を奪われる。
「ハーディ一体どうしたのよ? 貴方何か知っているっていうの?」
「お嬢様、それは……。」
愉悦に浸った顔でグレッグはナターリアに話しかける。
「あぁ、そいつは知っている筈さ。試しにこう聞いて見なよ。」
「何を隠しているの? 私の愛しいお姉ちゃんてな。」
ナターリアとハーディ。
彼女たちの秘密が、次回明らかに。
※拙い文章ですが、引き続きお読みいただけると幸いです。
※次話は来週日曜以降更新予定です。




