第36話 傷だらけのマリオネット
エレナを攫った人形。
対峙するピーター達に何が起こるのか?
それではどうぞ。
―――夜 ヴァルキュリア学園 グラウンド
クリスタルの淡い光と上空に浮かぶ満月の月明かり。妖しく照らされていた校内のグラウンドにはいるのは俺達と、エレナを攫った人形が居た。エレナを足下に置く自動人形。そいつの身体は全身傷だらけだ。
今にも壊れてしまいそうな風貌だが、見た目に寄らずこの人形は強い。如何に顔が半壊していようとも、全身にひびが入り黒く煤けていようとも、攻守合わせ、そこいらにいる魔物より断然にレベルが上だ。
「エレナを大人しく返しなさい!」
ミーナが人形に向かって叫ぶ。
「ミーナちゃん……、そんな叫ばなくても。」
透明化をかけていた俺達だが、エレナを見つけた瞬間、俺もミーナも声を荒げてしまった。その瞬間から、人形はずっとこちらの方を向いているのだ。
「主殿、透明化は無駄なようじゃ。あやつはマナで我らの事を把握しておる。」
せっかくの透明化を無駄にするのはもったいないが仕方ないか。透明化の魔法をマナでかき消しその場に姿を現す俺達。先程から一言も話さなかった人形はエレナをその場に置いたまま、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「主二仇ナスノはナゼカ?」
人形の謎の問いかけに俺達は戸惑う。マスターって誰?
「お前の主?」
歩みから強歩へ。少しずつ加速して向かい来る人形。前回、俺達は肉弾戦に追い込まれた。もしも、怪人達の援護が無ければ、あのままやられていたことだろう。
「ワカラナイならソレでイい。」
「知っタトコロで、キサマラに意味はナイ。」
手足を大きく振り、急加速して近づいてくる人形。俺とミーナはすかさず魔法を撃つ。夜の校舎に人は居ない。全力の攻撃を仕掛ける。しかし、幾らグラウンドに巨大な火柱が立とうとも、氷塊が降って来ようとも、人形は絶妙なタイミングを以てそれらを避ける。
「やっぱり早いわね。」
「でも今回は最初からアイツが居る。」
人形と俺達との距離があと五メートルになろうかというその時、走りくる人形の真横からタックルをかける怪人が居た。アイアンハンターである。
アイアンハンターは人形を地面にねじ伏せ、マウントの体制を取ると右左から打撃を喰らわせる。タコ殴りの状態だ。
「相変わらずえげつないわね。」
「ウィリー相手だと笑いで済むけど、こうして敵相手に殴るのを見るとね。」
「……う〜ん。」
「クリエどうした?」
「先程から変な違和感があるのじゃ。」
「どういうこと?」
「マナがぶれているのじゃ。まるで同じマナを持った人形がいるような……?」
クリエの発言に興味を持って話しを聞いていると、ミーナが俺の肩を揺すってアイアン達の方を見るよう促してきた。
「見てよ!アイアンのパンチが!」
人形は一方的にやられる相手ではなかった。アイアンが再び右からパンチを入れる寸前で、人形はその右手首を掴む。アイアンの動きが止まる。
この世界にアイアンが産まれてから、彼のボディに傷をつけた敵は存在しない。いや、今になっては存在しなかった、という言い方が正確だろう。彼のメタリックな右腕はメキメキと嫌な音を立てていた。
アイアンは機械兵士だ。痛覚の無い彼は捕まった右手を振りほどこうとはせず、残った左手で首元を狙う。しかし、相手も同じ無機質な身体を持った人形。首元にアイアンの拳が突き刺さる直前、人形も残った左手で彼の手を掴む。
両者の実力は互角。
人形とアイアン。表情の無い彼らの一進一退の攻防が続く。どちらが優勢なのか。傍で見ている俺達にはそれが分かりづらい。膠着状態を脱するかのように、先に動いたのはアイアンだった。
「ギ、ザ、マ。」
左手の握り拳を開き、首を掴む。その力は予想以上だったのだろうか。人形は足をばたつかせ、マウントをほどこうとする。けれども、それを許す俺達ではない。
人形の顔に両手を向けるミーナとフォルダーから抜いたクリエを顔に向ける俺。人形がアイアンハンターに捕まり、そこから抜け出せなかった時点で勝敗は決まっていたのだ。
「なんで、俺達を狙う?お前の主って誰だ?」
先程までアイアンの右手から生じていた嫌な音が止まる。人形は自身の敗北を悟ったのだった。それに呼応するように、アイアンも自身の左にかけていた力を緩ませる。押さえつける力はある程度残しているが、声が出やすくはなった筈だ。
アイアンは自由になった右手で人形の腕を押さえつける。彼の手首は人形の手の跡が凹みとして残っていた。『アイアンハンター』という映画の中で史上最高の強度を持つ合金。凹む筈の無いものが凹んでいた。恐るべき相手だ。
「ワタシは彼女を守りタカッタだけダ。」
「ソノ為ダッたラ、ナンデモやル。」
「だから、お前のマスターってのは……!?」
その時、俺の頭に何かが当たる。柔らかな感触。容易に振り向けない俺に向けて、その手の主は声を掛けてきた。
「ピーター。その手をどかせなさい。それは私の侍女です。」
「ナターリア!?」
「その声はミーナですね?やはり、貴方もピーターと秘密を共有していたのですか。」
俺はゆっくりと身体を後ろへ向ける。息を切らし、汗だくになってこちらへ杖を向ける少女がそこにいた。
「ナターリアがこいつの主ってどういうことだよ。」
そう問いかけた時、俺は気付く。彼女の瞳からあふれんばかりの涙が零れ落ちていたことに。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
人形遣いの貴族の一人娘として私は産まれた。
両親の間に愛情は無く、私へ愛情を注ぐことも無かった。
私の世話を両親は一切せず、全て侍女任せで育てられた。侍女達の態度は冷たく、どこか機械的だった。
更に、教育係による躾と言う名の虐待が私の心を塞いでいった。
ずっと私は一人なんだ。幼少期は、そんな思いが胸の中を占めていた。
そんな暗闇に希望の光が差し込んだのは5歳の夏。一人で魔法を使った人形遊びに興じていた私に、それが固有魔法であることを教えてくれたのが彼女だった。
それを両親の目の前で見せてから私の人生は変わる。
初代当主の血を色濃く受け継いだ事が判明し、私は次期当主としての扱いを受けるようになった私。今までの生活が嘘であったかのように待遇が急に改善された。
私の指示に従う人間達を見て、まるで人形のようだと思った。
当時は使用人へ無茶なことばかり要求して、彼らが困る様子を楽しんだ。今まで、ずっと虐げていた彼らに対する復讐心が何処かにあったのかもしれない。
そんな折、彼女は再び私の前に現れた。
名前はハーディというらしい。
美しい金色の髪。翡翠の目。美しい白い肌。当時は彼女が人形であると知らず、ただただ美しいとばかり思っていた。
彼女は、私専属の侍女として雇われたのだった。当初は侍女の癖に自分の言う事を聞かない事へ幾度も腹を立てたが、ともに笑い、ともに泣く彼女を見て私は安らぎを覚えた。
それは私が初めて感じた家族の暖かさだった。
そんな幸せがずっと続けばいいと願っていたある日、彼女は突然に家から追い出された。理由を何度聞いてもはっきりとしたものは得られなかった。両親曰く、次期当主である私への態度が馴れ慣れし過ぎて、教育に悪いというものだった。
そんな筈はない。貴族として平民への見下しが増長しきっていた私にとって、彼女の存在は家族にとっても有り難かったに違いない。
……
「お嬢様、ワタシはもうここには居られまセン。」
「どうして!?貴方は私だけの侍女なんでしょ!」
「ワタシは本来、この世にいて許されるべき存在では無いのデス。」
「……貴方が人形だから?」
「すでにお気づきになられていたのですネ。さすがはお嬢様です。」
「そんあお世辞はいいわよ。両親がそれに気づいたの?」
「えぇ、ご両親は私がお嬢様を狙った敵対勢力の刺客とお考えデス。」
「そんな!貴方がそんな存在でないなんて分かりきったことじゃない!」
「そうであっても、それの証明ができまセン。」
私の目頭は熱かった。どうして彼女が居なくならなければならない?私は理不尽さを感じていた。
「そんなぁ。嫌だよ。貴方がここに居てくれたから今まで良い子でいられたんだよ。」
「はい。」
「貴方が現れたから私はこうやって幸せなんだよ。」
「はい。」
「貴方が私を助けてくれたから!」
「はい。」
その時、私は涙が止めどなく流れ出ていた。私に愛情を以て接してくれる唯一の存在。それが居なくなってしまう。
「貴方の事がこんなにも大好きなのに!」
「……はい。」
顔を上げた私の目に飛び込んできたのはハーディの涙だった。
自動人形の彼女が流す涙。それは感情の起伏に伴い、人間と同じ場所につくられた涙腺から水を垂らす仕組み。
彼女の涙は人間と同じようなしょっぱさは無い。けれども、感情の起伏を証明するには十分だった。
「どうしても出て行ってしまうの?」
「はい。」
「一つだけ約束してくれる?」
「なんでしょウ?お嬢様。」
「ずっと私のことを見守って欲しい。いつか私に困ったことが起きた時、助けに来てくれるって。」
私はハーディの透き通った眼を見つめた。会えなくなるなんてことは無い。そんな思いから発した言葉だった。ハーディは自身の涙を拭い、笑って彼女の願いを受け止めた。
「分かりました。お嬢様。いつの日にか、再びお会いしましょう。」
「ありがとう。ハーディ。」
そのやり取りが私とハーディの最後の会話となった。ハーディは別れを告げぬまま屋敷を出ていった。
私はハーディとの別れを紛らわすかのように勉強に勤しんだ。貴族として立派になるのだ。そうすれば、ハーディと再会した時に褒めてもらえるかもしれないと。
そして、なるべく敵を多く増やそうとも考えた。もしも、私が多くの人から恨みを買えば、彼らに狙われるようになるだろう。ピンチになれば、彼女は飛んでやって来る。
そうする為に、多くの人へ不遜な態度をとった。人間至上主義にも傾倒した。貴族としてのあるべき姿の体現。亜人からも良くは思われない。それどころか、恨みを買う機会は多いだろう。
だから。
だからこそ。
私はハーディといつか会うその日を待ち焦がれていたのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それから、貴方はずっと彼女の事を見守っていたのね?」
「あぁ、そうダ。」
俺達はナターリアの話しをじっと聞いていた。ナターリアと自動人形の悲しい物語。けれども引っかかることがある。
「しかし、誰の指図でこんなことを?」
「あの方がワタシをヤトッた。我が主を害する人間がイル。排除ヲ手伝っテ欲しイと。」
「あの方って誰だよ。」
「う〜ん……。このマナの感じはやはり……。でも、今の話しを聞くにどういう事じゃ?」
「だから、さっきからどうしたんだよ?」
さっきからクリエが何かを熟考していた。何かを言いかけたクリエだが、急に声色が変わった。
「不味い。あの猿じゃ!」
「どこにいるの!?」
俺達はグラウンドの周囲の校舎を見回す。何処だ。
「下じゃ!校舎同士の間に居るぞ!」
その時、俺は自身の目を疑っていた。クリエの言う方向。そこに立っていたのは猿ではない。人間だった。
「まさか、貴方がハーディに指示していたの?」
「あぁ、そうだよ。僕だけの姫君。」
不敵な笑みを浮かべた一人の人間がゆっくりと歩み寄って来る。
「お前があの魔物だって言うのか!」
「あぁ。その通りさ。」
「どうしてよ?なんでヴィンセントを殺したの!?」
「グレッグ・ウラジミール!」
俺達の前に現れたのは、ナターリアの取り巻きの一人。
グレッグだった。
判明した大猿の正体。
グレッグは何者なのか?
※拙い文章ですが、引き続きお読みいただけると幸いです。
※次話は早くて明日ですが、急な予定が入った為、
来週末更新となりそうです。よろしくご承知願います。
⇒20150906追記
勝手ながら次話は0913の夜投稿になりそうです。
よろしくお願いします。




