第34話 事案
エレナを怒らせてしまったピーター達。
彼女の頑固さを攻略することは果たして出来るのか。
―――翌朝 下宿にて
昨日の夜からエレナは俺達と話しをしようとしない。朝の挨拶も無しだ。普段は3人が交代制で朝食を作って3人揃って食べている。けれども、今朝は違った。
一人だけ朝の身支度を済ませたエレナは、俺とミーナを待つことなく、近くの雑貨屋で買ってきたであろうパンとミルクを口の中へ放り込む。
小さい口にモノをいっぱい詰め込んだ彼女はまるでハムスターのよう。
可愛い……、ではなくて。それを飲み込んだ彼女は若干むせつつも、先に学校へ登校していった。……やっぱり可愛い。
「あれは相当怒っているわね……。」
「意外に頑固だからなぁ。」
俺とミーナは寝間着姿のまま、そそくさと出ていくエレナの後ろ姿を見送った。彼女はナターリアに対してもそうだったが、許せない相手は無視する癖があるようだ。
「なんじゃ、あのエルフの小娘はもう出ていったのか。」
腰に下げているフォルダーからクリエが呆れたような物言いでくぐもった声を出す。まぁ、数か月飲食共にした仲間が、大きな秘密をひた隠しにしていたのだ。俺達の事を信じていただけに、猶更裏切られたという想いが強いのだろう。その分、怒りも増しているのだ。
「私達も学園に向かいましょう。……同じクラスだけどエレナは学園で私達とどう接するつもりかしら?」
「案外、お昼ごろにでもなれば、機嫌を良くしてるかも。」
「そんな都合よくいくかしら……?」
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―――お昼 ヴァルキュリア学園 食堂
「で、どうしてエレナと喧嘩しているのにゃ?」
学園に向かい、授業を受けてからずっとエレナは俺達と距離を置いていた。普段は3人並びで座って受ける授業も、エレナは別のグループの席に入り込んでいた。既に班決めしている授業でも、俺とミーナが声掛けしても徹底的にシカトだ。
「たわいもない話よ。」
「とうとう、痴情のもつれといったところかにゃ?」
俺とミーナは食堂にて同じクラスの獣人のマリンとお昼を過ごしていた。余り行かない食堂で浮ついていたところ、一人麺類を食べようとしていた彼女と合流したのだ。
「違うわ!そんな話じゃないわよ。」
顔を赤くしてミーナは必死に否定する。俺は彼女の気持ちに気付いている。しかし、俺自身、彼女への想いをどう受け止めればいいのか分からないまま。俺とミーナ、互いにそれを意識しているのだ。そんなだから俺は彼女に何も言えず、ミーナは自分の口から想いを素直に言えず。更にはエレナと言うライバルも現れたもので、事態は複雑化していた。
「ふーん。その調子だと何も進展は無さそうな感じみたいなのにゃー。」
つまらなさそうな顔をしつつ、マリンはエレナの事を案ずる。
「普段は仲がいいのに、一体何があったのにゃ?」
「ちょっとね……。」
「ふーん。エレナは怒るときついから、フォローが大変にゃ。」
ミーナが言葉に詰まるのを怪訝そうにしつつも、マリンはエレナの事を話す。
「何かあったの?」
「今日の授業中、エレナは私やリリアの近くで授業を受けていたんだけど、あの娘相当無理している感じだったにゃ。」
「私と話しをしている時も目が笑っていないというか。静かにしている時は、ずっと口を真一文字にしてきゅっと閉じているのにゃ。怒っている方が辛そうにしているっておかしな話にゃ。」
「そうだったのね。」
フォークで豪快に麺を掬い取り、ずるずると啜るマリン。尻尾がおいしかったのか、自然とくねくねと動いている。
「私なんか、いい加減な性格だから、そんなに辛いなら無理して怒らなくてもいいのにと思うにゃ。」
「早く水に流せるよう、ピーターやミーナの努力が必要にゃ。」
マリンは口をもぐもぐさせながら、フォークを俺達に向ける。元々ルームシェアするクラスメートに組織の事を隠し通すこと自体、難しい話だったのだ。それを今更、取り繕って隠すつもりは無いが、どうやったら謝罪を受け入れてもらえるのだろう。
「もぐもぐ……、あの頑固娘をどう攻略するかは、じっくり考えることにゃ。私なんかより長い時間、一緒にいるあんた達の方が分かる筈にゃんだから。おっ!」
パンを口に運んでいた俺達の後ろを見て、手を振るマリン。誰だと思って振り返ると、そこにはナターリアが居た。マリンの挨拶に気付いたのか、未だぎこちないながらも手を振り返していた。
「エレナもアイツみたいに近づこうとする努力はすべきにゃ。おーい、こっちに来て一緒に座るにゃ!」
ナターリアが獣人の誘いで共に飲食をする。1月前には考えられない行動だ。何も知らない生徒はナターリアが俺達に近づくのを見てギョッとした表情をしている。彼女は俺の言葉を素直に受け入れ始めた。クラスの全員と未だ打ち解けた感じは無い。けれども、一切関わりを断ち切っていたクラスの皆とも少しずつだが、話し始めたのだ。
「えぇ、じゅ……マリンさん。そんな行儀の悪い食べ方をして。皆様から変な目で見られますわよ。」
獣人と言いかけたナターリアだが、なんとか名前で呼べた。喋りには違和感があるが、以前と比べれば相当前進している。彼女は自分の中の偏見と闘っていた。人間至上主義の貴族仲間と付き合いを辞めたのが良い証拠である。その為、食堂で一人食事することが増えたのだった。
そんな様子を見て、マリンは首を縦に振りながら満面の笑みを浮かべる。彼女は隣の席をずらし、ナターリアへ座るよう促した。
「別に人様の眼なんぞ、気にしていないのにゃ。シャイン大陸ではこうやって音を立てた方が麺類は美味しく感じられるっていうのにゃ。これ常識にゃ。」
「全くもう王国ではそんな常識ございません。」
「ところで、あの長耳さんは?」
あぁ、エレナは長耳さんのままなんだ。
「エレナとは……ちょっと喧嘩していてね。」
ミーナはバツの悪そうな顔をしてナターリアへ事情を説明する。マリンのいる手前、全ては話せてない。怪人のことは魔法と置き換えて説明する。事件の時に見せた魔法をどうして隠していたのか。ずっと秘密にしていたこと、嘘までついて隠そうとしたことに怒っていることを話した。
「エレナはそういう曲がったことを嫌うからにゃー。」
「その魔法と言うのは、あの大猿相手に私も見たものの事ですか?」
「そうなのよ。私も知っていたのだけれども、大事になるからピーターとしてもこれは秘密にしておきたかったのよ。」
「マリンも今話したことは誰にも言っちゃ駄目よ。」
「構わないにゃ。なんか、面倒事になりそうな気がプンプンするにゃ。」
こういう隠し事は何でも喋りそうなタイプのマリンだが、獣の勘とでも言うのだろうか、気もそぞろに話しを聞き流し、器を両手で持って麺のスープを味わっていた。
ナターリアは俺と目を合わせる。怪人の事だと勘付いたのだろう。
「それにしても、未だあの大猿は見つからないのかにゃー。あんな危なっかしい奴、早く退治してもらわないと恐ろしくてしょうがないにゃ。」
「そうですわね……。」
ナターリアの声の落ち込みに、マリンは自身の発言がデリカシーの無いものだと気づいたようだ。幼馴染を一人失ったばかりで、自身も恐ろしい目にあったナターリアの前でいう話しではない。
「申し訳なかったにゃ。ナターリアのことを考えずに話してしまったにゃ。」
すぐさま頭を下げるマリンを見て、ナターリアはそれを制した。
「あの事件について、私の中では未だ整理がついておりません。一瞬の出来事でしたから。むしろ、声に出して消化していった方が良いかもしれませんわ。」
「ありがとうにゃ。」
「全く、マリンは正直すぎるのよ。」
ほっとした様子のマリンの足下へ一匹の三毛猫がやって来ていた。マリンの足にすりすりと自身の顔を押し付けている。
「おー、グスタフどうしたのにゃ?」
猫に向かってしゃべりかけるマリン。グスタフっていうネーミングはどうなんだ?それを見て俺は大猿事件の時のことを思い出す。
「そういえば、マリンって動物と喋れるの?」
「? ピーターは知らないのにゃ? 獣人は皆、動物と何らかの形で意思疎通が出来るのにゃ。」
「へぇ〜そうでしたの。その猫ちゃんはなんて?」
「動物によって、私達、獣人が感じる言葉は様々にゃんだけど、今、こいつは私と会いたかったみたいにゃ。……。また、お前は飯を集りに来たのかにゃ? 今日はもう食べ終わったから無いにゃ。」
そう話しかけると、グスタフはさっとマリンのもとを離れる。じっとこちらの方を見て、粗方食事の済んだ俺達にもう用は無いとでも言うかのように、フンッと鼻を鳴らして去っていった。
「ったく、現金なやつだにゃ。」
「あの時、マリンは角兎と何か話していたよね?」
あの時というのは大猿がやって来る前、マリンは逃げ出してきたであろう魔物の角兎と何か話していた。
『あいつ、様子がおかしかったにゃ。何か慌てて逃げ出してきたように感じたんで、もう少し詳しい事、聞き出そうとしたのにゃ。』
「うん?大猿事件の時かにゃ?」
「ピーター!もうそのことから離れなさいよ。」
ミーナは非難めいた目で俺を注意する。
「何を話されたのですか?」
ナターリアはミーナの発言を押え、マリンの発言を促した。彼女はあの大猿事件について一つでも解決の手がかりが有るのなら聞いておきたい。そんな気持ちがあったのだ。
「いや、あの角兎は『獣でも魔物でもない。変な奴が来た。早く走らなきゃ。』って言っていたのにゃ。」
「『獣でも魔物でもない』?」
「確か、そんな事を言っていたにゃ。」
何だろう。あの大猿はどっからどう見ても魔物であった。それが違う? 一体、どういうことだと思っていると、マリンは続けた。
「アイツ凄く怯えていたにゃ。確かに大猿から、動物や魔物特有の気持ちと言うか思いみたいなのが、届いてこなかったにゃ。まるで、人みたく自分の言う事を相手に話すまで伝えないようにしている。そんな感じだったにゃ。」
「マリンは人の内なる声と言うか、そういうのは聞こえない訳ね。」
「勿論にゃ。そんなの聞こえるのは、頭のネジが外れたような奴位だにゃ。」
マリンはニャハハハと笑って返す。
まるで人みたく、か。
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―――同日夕刻 ヴァルキュリア内 学生街
ヴァルキュリアを照らすクリスタルの光が赤や黄に染まりだした頃。エレナは、普段であれば通ることの無い露店の集まった繁華街を一人歩いていた。
「今日はどこに泊まろう。」
彼女は真剣に下宿を出ていくことを考えていた。けれども、こんな風に無計画に出ていくなんて、まるで子供の我儘だ。彼女は内心後悔していた。ピーターやミーナの言い分をもっと聞いておけばよかった。そうすれば、頑固な自分も納得できる何かを話の中で得られたかもしれない。
そうすれば、こうして衣食住出来る場所をわざわざ探す必要など、これっぽちも無かったのだ。エレナは始めてヴァルキュリアにやってきた時のことを思い出していた。
あの時と同じ場所。ピーターがあの貴族から私を庇ってくれた場所。なんでピーターのことを思い出す? あんな裏切者の事なんて。しかし、そんな思いと裏腹に、自分の足はどんどんと人気の少ないところへ向かっていく。
ナターリア達と決闘したあの路地裏へ。
……
「あら? あれは長耳さんじゃ……。」
ピーターから聞いたところ、あの長耳はピーターと喧嘩したとのこと。本来ならば、貴族である自分が彼女のこと、エルフのことなぞ気にする必要など全くない。
けれども、ピーターが「そういったものは差別であって、万人に対して優しく接しなければならない。特に貴族のように国の政に参加することを義務付けられたような人間は猶更だ。」というようなことを言っていた。
いけ好かない長耳だが、ピーターが言うなら少しは気を使ってやろう。そう思い、彼女の背中を追いかける。
彼女は何を思ったのか、一番最初に出会ったあの路地裏へ向かっている。当時の事を思い出し、やはり長耳への、というより、あの個人に対するイラつきは拭えなかった。
(よくもまぁ、人前で恥をかかせてくれましたわね。)
「キャー!!!」
「!?」
人気の少ない路地裏、後を追うようにその入り口まで来たナターリアは甲高い女性の悲鳴を聞いた。
「長耳さん!?」
彼女は路地裏へ向かって走り出す。一体どうした。不安を胸に彼女は奥へ奥へと入る。そして、ナターリアは見た。醜悪な姿の人形が背の低い一人のエルフを抱えている様を。
「コレで……。コレさえ、イナくナレば。」
「その娘を離しなさい!」
背を向けていた人形はゆっくりとこちらを向く。その時、ナターリアは言葉に詰まった。つぶれてしまった左顔に驚いたわけではない。人形の右顔を見た彼女は呟く。
「翡翠の眼をした自動人形……!」
「もしかして、貴方……!?」
人形はナターリアの言葉を無視し、左右のマンションの壁を蹴りながら空へと向かっていく。
「ちょっと待って!」
ナターリアの絶叫がその場に響いた。
彼女は思う。あの人形は間違いない。
そうだ、間違いない。
あの時、私を救ってくれた存在。
ナターリアは走り出した。方向だけを頼りに長耳を連れた人形の行方を追う。
なんとしても追い付かねば。
彼女は先を急ぐ。
自動人形に連れ去られたエレナ。
一体、どうなってしまうのか。パペットマスター編佳境に突入です。
※拙い文章ですが、引き続きお読みいただけると幸いです。
※次話は明日更新予定です。




