第31話 人形の狂気
ナターリアの想いとは果たして?
それではどうぞ。
―――夕刻 下宿までの通学路
赤く染まった街並みで蜩が鳴いている。クリスタルは夕焼け色に輝き、生徒達の下校姿を見守っていた。
女同士の一悶着が一時終結し、俺達はナターリアと別れ帰路に着く。
「一体全体、あのナターリアと何があったんですか!?」
「この間の事件で気を許してくれたんじゃないかな……?」
「それにしても、あの傲慢で偏見の塊のようなあの娘がですよ!」
エレナはナターリアが俺に心を開いていることが信じられないようだった。
「ナターリアもきっと改心したんだよ。きっと。」
「いいえ、そんなことないです!」
エレナは頑なに俺の言う事を否定する。
「ピーターさんにしか親しく話しかけてこないじゃないですか!」
ナターリアは事件後もクラスの輪に溶け込もうとしていない。俺に対しては、一人でいる時を見計らうかのように声掛けしてきていた。
何度か話しをするうちに分かったのだが、彼女は思った以上に明るくウィットに富んだ人間だった。
ミーナを除き、学年内で俺の魔法知識についてこれる奴はほとんどいない。しかし、ナターリアは家庭での高等教育の影響もあるだろうが、難しい学術的な話題でも会話を楽しむことができた。頭の回転は速く、学問に関しては一打てば十響いて返ってくる。そういう才女なお嬢様だった。
だから、俺にとっては「知的な会話」を楽しめる貴重な友人となった。打ち解けてみると、彼女の話し方に対する印象も変わった。以前から分かり切っていたことだが、亜人や身分絡みのことになると、彼女はどうしても厭味ったらしい喋り方になるらしい。
俺に遠慮して表情や態度を改めようとしていたが、未だ自然と表れてしまうようだ。それを除けば、普段は気品があり、おしとやかな物言いのできる女の子だった。やんちゃ盛りの皆に比べて、落ち着いて話をすることができた。精神年齢が30近くになる俺にとっては有り難い。
それに所々、箱入り娘の感が有る。基本的に家事の類は侍女にやって貰っていたようで、俺の村での暮らし、例えば薪割りをしたり水汲みをしたりしていた話をすると、興味津々のご様子でどのようにやっていたのか事細かに聞いてくるのだった。
人間至上主義という思想と非常に高いプライドのせいで、彼女は自ら高い壁を築き上げてしまっている。その壁さえ取り除いてしまえば、内面はちょっと世間知らずなお嬢様に過ぎない。
彼女が壁を乗り越える努力をすれば、もっと楽しみに満ちた世界を見ることが出来る。そう思った俺は、他のクラスメートとも話しをするよう何度か説得を試みた。
しかし、彼女は「ピーターと話すのがいいのですわ」の一点張りだった。
「……ナターリアは未だ抵抗が有るんだと思うよ。今まで育んできた考えをそう容易く変えることはできないんだ。」
「う〜ん、今のピーターさんの話しを聞く限りそれだけでは無さそうな……。」
エレナとミーナは俺を除いて二人きりで話し出す。「まさかナターリアが……」「十分あり得ますって!」なにやらひそひそと話しをしているが、一体何の話題で盛り上がっているんだ?
<<お主、わざとではなかろうな?>>
……。
なんとなしに察しはつくけどさ……。こんなにもモテた経験が無いからどうしていいか分からないんだよ。
<<本命はミーナじゃろ?>>
う〜ん……。ミーナは妹というか、大事な幼馴染というか……。
<<その煮え切らない態度じゃ、当分厄介なことが続くのじゃろうなぁ。>>
そんな風に話している俺達の背後で、カチャ、カチャ、カチャと金属が擦れるような音をたてながら、何者かが近づいてきていた。
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―――同刻 アシュフォード家別邸
少女は自室の天蓋付ベッドの上で横たわっていた。数体の人形を抱きかかえ、彼らに顔を静めている。人形たちは困った主人を慰めるかのように、彼女の頭を撫でていた。
「……この気持ちは何なのでしょう?」
幼馴染のような付き合いをしてきた将来の家臣の死。本来はその死を嘆き悲しむべきはずである。けれども、自分の心はそれと異なり落ち込むどころか、少し浮ついているのを実感していた。
不謹慎。それは分かっている。けれども思いは止まらない。
「貴方たちにはこの気持ちがわかるかしら?」
抱きしめていた人形を離し、声が出ないのを承知で尋ねてみる。可愛らしい女の子をかたどった手編みの人形。地球で言うところのテディベアのようなクマの人形。道化師の格好をした女性の球体人形。
各々、首を縦に振る。
「分からないのは自分だけか……。」
仰向けになり手を伸ばす。
助けてもらったあの時ではない。
彼らの何気ない楽し気な会話。そして、家族という言葉。
自分の存在を認めてもらう為、私は自身の血潮に宿る能力を磨き上げ、自分の家柄に見合った言動を取るよう努力してきた。
けれども、いつしか同じクラスにいる魔族の少女が言うように、血筋や才能に頼らずとも幸せを得ることができたのではないか?彼女の言葉を聞いてから何度か考えてみた。
……いや。
きっと私にはそれはできなかった。魔族の少女に有って自身にないもの。それは精神的な支えとなってくれる他者だった。
もしも、私に人形遣いの才が無ければ、今も暗闇の中をもがき続けていたことだろう。
……。
ピーターが引き連れていたあの魔族達。彼らは自身の事をピーターの家族と言い、彼のことを慕っていた。普段から似たような事をしているのだろうか。私が彼らと会って話しをしたのは少しだけだが、あんな温かみのある光景は産まれて初めて見た。
あれが家族。
王都に居る自分の両親を思い出す。夫婦の縁は小さな頃と同じく、相変わらず冷め切った関係が続いていた。互いが別邸を持ち、自宅には寄り付かない。家に居るのは自分ひとり。
私は愛に飢えていた。
「ピーター……。」
……
ドア越しにナターリアの声が聞こえる。
何故奴の名を呼ぶ?俺には理解できない。
アイツではなく、本来呼ばれるべきは俺の筈なのに。自然とドアノブを握りしめる力が強くなる。
……憎い。
憎い憎い憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……ニクイ!!
彼は目をぎらつかせ、歯を剥き出しにする。口から涎を垂らし、血走った眼をドアへと投げかけた。
一睨みした後、少年は身体をふらつかせながら、駆けるようにしてその場を立ち去った。
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<<主殿、気付いておるな?>>
俺達の後方から何かが近づいてくる。先ほどから、一定の距離を保って何かが近づいているのを感じ取っていた俺は既に身体に強化魔法をかけている。
それはミーナも同じようだった。彼女はマナの探知に疎い。けれども、先程から聞こえてくる金属の鎧が擦れあう音が自然と警戒レベルを高めた。
「この音は何ですか……?」
エレナが恐る恐る後方を向き、様子を確かめる。俺達も後に続く。目を凝らすと建物の陰に隠れて何かいた。
「出てこい!そこに居るのは分かっている!」
俺は大声を上げ、臨戦態勢に移る。すると、ゆらりゆらりと人影が前に出てきた。
「……人形?」
それはまるで地球のデパートにあったマネキンのようであった。関節が球体になっており、歩くたびに不気味な金属が擦れあうような音を鳴らす。何より不気味なのはその容姿であった。
その人形は元は陶磁器のように真っ白だったのだろうが、あちこちにひびが入り外皮の大部分が剥がれ浅黒くなっている。髪の毛もほとんどが抜け落ちたのであろう。頭にわずかに残すばかりだ。顔は、左目辺りを中心に窪みができ、ぐちゃぐちゃにつぶれていた。
人形は沈みゆく太陽を背に身体を右へ左へ揺らし、手をだらしなく垂らしたままこちらへと近づいてきていた。赤く燃えるような日の光は人が血塗れた姿を想像させる。影となっても分かる傷だらけの姿。人形は無表情のまま、残った右目を進行方向に向けていた。
「女騎士の亡霊!」
エレナが口を押え言葉を発した時。突如、人形の目がこちらへ向いた。
「ミツケタ……。」
人形はそう呟くと、今までのゆったりとした歩みを無視するかのように、前傾姿勢となりスタートダッシュを切る。
「ミーナ!連携をとるよ!」
「分かっているわ!」
「「マナよ!水となりて敵を静めよ<<ウォーター>>」」
俺達は阿吽の呼吸で水魔法を繰り出す。俺達は暴徒を押し退ける放水車のように左右から、人形へ水を浴びせかける。その水を受けて、人形はあっと言う間に宙へ飛んでいった。
「気を付けよ!奴は飛ばされたのではない!自ら距離を取ったのじゃ!」
「え?」
エレナの素っ頓狂な声が合図となったかのように、人形はまるで体操選手のように宙で身体をひねり回転させ、見事な着地をやってのけた。そして、再び距離を詰めるべく前傾姿勢でジグザグに高速で近づいてくる。
「駄目!狙いが定まらない!」
「任せて!マナよ、火となりて壁を作れ<<ファイアウォール>>」
俺は人形の進行方向を塞ぐようにして巨大な火の壁を構築する。人形は火を前にして勢いを止める。しかし―――
「嘘だろ!」
通り一帯に展開された4メートルはあろうかという火の壁。人形は一拍置いた後、それを易々と超える高さで跳躍し、俺達から見て左側の建物の壁まで飛んでゆく。そして、壁に右手足がかかった瞬間、勢いよくこちらへ飛びかかって来るのだった。
「ふざけるなよ!」
俺は前に出て人形を迎え撃つ。前方から飛びかかる人形に向かって正拳突きを当てる。
ドコォッ!!鈍い音を立てて人形は、飛んできた建物へまた戻ることとなった。一階の住人が並べていたであろう鉢植えに激突して派手な音を立てながら、土埃の中へ消えていった。
「気を緩ませるな!あやつのマナは健在じゃ!」
大きな音に驚いたのか、近くの住民が窓から様子を伺いだした。
(まずいな……。このままだと余計な被害が出そうだ。)
「ならば、我が力を頼れ!」
クリエは俺に向かって叫ぶと急速にマナを吸い取り始めた。
「急に何を創造する気だよ!」
「いいから呪文詠唱するのじゃ!イメージはこっちに任せい!」
「分かったよ!我はマナの力をして万物を創造せしめん!<<クリエイト>>」
呪文詠唱した瞬間、空間がグニャリと歪む。そして、先ほどの場所にまるで天球を被せたかのように、地面はそのままで鮮やかな星々が煌めく場所に移り変わった。
「一体、ここは?」
エレナが戸惑いながら様子を伺う。
「クリエ!ちゃんと説明しなさいよ!」
「細かい話は後じゃ!また奴が来るぞ!」
大穴の開いた建物の壁から、人形がカチャリカチャリと歩み出て来る。
「全然、ダメージが効いてないわね。」
ミーナが目を細めながら人形の様子を伺う。俺は人形の右顔に向けてパンチを喰らわせた。ボロボロだった左顔は別にして、右顔に何も傷跡が残っていない。
「恐らく、ピーターのマナを相殺して力を半減させておるのじゃ。」
再び人形が走り始める。それは第二ラウンド幕開けの合図となった。
狂った人形を前にピーターはどうなるのか?
※昨日(20150813)は更新できず申し訳ございません。
※拙い文章ですが、引き続きお読みいただけると幸いです。
※次話は明日更新予定です。




