第29話 対大猿戦
人食いの大猿。
ピーター達はどうなってしまうのか。
それではどうぞ。
―――昼過ぎ ヴァルキュリア城外の森
ジュルジュル―――
大きな猿はヴィンセントの下半身を両手で掴み彼の血を啜る。俺達は日常から余りにかけ離れた光景を前に、ただ傍観する他なかった。
猿は大方血を吸い終えたのか、ヴィンセントの下半身を投げ捨てる。
「ヒ、ヒィ……!」
落下地点の直ぐ側に立っていたフランクが、尻餅をついて後ずさる。猿はその姿を見て嘲笑うかのように、血塗れた歯を剥き出しにして周囲を見回す。
圧倒的な恐怖が皆を襲う。俺は手足の感覚が抜けていく。真夏のまだ日の高い時刻にも拘らず、全身が寒気で震えていた。
<<しっかりせんか!お主は先生何じゃろ!?>>
俺はクリエの声にはっとする。そうだ。皆を守らなきゃいけない。
「逃げろ!森の出口までの一本道はここから近い!そこを走れ!」
「ピーター君!?」
エレナの叫び声を無視し、俺は猿の目の前に立ちふさがる。
落ち着け。いつものようにやればいいんだ。俺は自身に強化魔法をかけ、戦闘態勢を取る。
「どうした?かかって来いよ!!」
猿は一瞬目を細め俺のことを睨む。俺に注意が向けば皆が逃げる時間を稼げる。そう判断した俺はミーナへ目配せする。
ミーナは困惑した表情を浮かべつつも、彼女は俺の意図に気付いたのか、何度も俺の方を振り返りつつも、皆に声を掛け森の出口の道へ誘導していく。
再び、目の前の化け物に目を移す。猿は俺から視線を外していた。その視線の先には緑色の服を着た少女と縦巻きロールのお嬢様が立ちすくんでいた。
「エレナ!ナターリア!」
「早く逃げろ!」
「で、でも、ピーター君は!」
「俺のことは良いから早く!」
「ッ!!」
その時、目の前にあった筈の巨体が消えた。木漏れ日は消え辺りは薄暗くなる。
「上じゃ!」
クリエの一声で、猿が跳躍したのに気が付いた。不味い。彼女たちの前に猿の大きな巨体が着地する。地面が割れんばかりの勢いの着地。大きな地響きを鳴らす。
「マナよ!水を以て相手を切り裂け!<<ウォーターカッター>>」
俺は右手を突き出し、猿の背に向けて水の刃を振りかざした。猿の左肩から右腰に掛けて高圧水流が瞬時に薙ぎ払われる。
「グォォォ!!」
パシュッ―――一拍おいて、猿の背に真っ赤な大輪の花が咲き乱れる。猿のくぐもった呻き声をあげ、息を荒げながら顔をこちらへ向けてきた。
俺をギロリとねめつける。
良いぞ。お前の相手はこの俺だ。その女の子達では無い。
早く。早く、こっちに向かって来い!
しかし、そんな俺の期待と裏腹に―――
「嫌ぁぁぁぁ!!」
猿は自分の裂傷の痛みを堪え、目の前の女の子へ自身の右腕を振りかざした。
「エレナァァ!ナターリアァァ!」
俺は叫び声を上げ、心の内で哀願する。
止めろ!止めてくれ!
人の死を間近で見たのは初めてだ。
あぁ、また死んでしまうのか。
もう駄目かと諦めかけたその瞬間、黒い影が横を走り抜ける。そして、何かがぶつかり合う鈍い音が鳴り響いた。
「我が主とその朋友に害為す不届き者め!我、アグネジャがここに貴様の墓標を建ててやろう!」
真っ黒なフルプレートメイルに2本の角が突き出したフルフェイスの兜。そして、その場にはためく漆黒のマント。あぁ、そんな、そんなまさか!?
「主殿!安心せい!近場に居る連中、皆ここに来るぞ!」
「「「!?」」」
クリエが叫んだ瞬間、ズドン、ズドンと連続して大きな地響きが辺り一帯を埋め尽くす。あちこちで土埃が舞い、得体の知れない怪人達が俺達を取り囲む。
俺達の周りに現れたのは6つの影。やがて、各々が名乗り出す。
「機甲軍突撃隊長ウィリー・マッハ、今到着ぅぅぅ!」
「同じく機甲軍所属、対機甲用機械兵士アイアンハンター、目標地点に到着。」
「「こちら破壊工作軍遊撃隊オクトヴィア/ジューン・キラーベル到着ぅ。」」
「破壊工作軍遊撃隊隊長、レオニア参陣。」
「情報軍、ガマグチ。今ここに参りやした。」
大猿はもちろんのこと、エレナとナターリアも唖然とした表情を浮かべ固まってしまっている。
しかし、それも束の間、大猿はドラミングをしつつ大声を上げた。
「ウホホホホホホホホホォォォォォ!!!」
「皆、心せよ!今の声を聞いて、魔物が集まって来とるぞ!」
「あらまぁ、心細くなっちゃったのかしらねぇ?」
「ねぇ、あんな大きな体しちゃっている癖にぃ。」
キラーベル姉妹が艶めかしい声で大猿を嘲笑する。自分が馬鹿にされていることに気付いたのか、大猿は俺やアグネジャを放置し、二人へ飛びかかる。
「いやぁーん。お猿さんてば、お盛んなのかしら?」
「そんなに昂っているならば、私が食べてあげようかしら?」
オクトヴィアが前に出てくる。彼女は胸元が大きく開いた真っ赤なロングドレスを着ている。一見すると麗しい美女のようであるが、背中に生える8本の節足と、目元を隠す蜘蛛の巣を模したアイマスクが異様さを引き立てている。
オクトヴィアは各々の足から粘着質の糸を吹き付ける。
「ウホォッ!?」
勢いをつけて飛んだ筈が急に減速し、地面が急速に近づいていく。何をされた?猿は自身の足元を見る。木の根と自身の足元が分厚い頑丈な糸で結び付けられていた。猿は円の弧を描き地面へと叩きつけられる。
「あらー?勢い余って地面とキスしちゃったわねぇ。」
「残念でしたー。」
「「キャハハハハハ!」」
う〜ん。劇中通りの煽り方。彼女たちは特撮番組「インセクトライダー」に登場する怪人だ。キラーベル姉妹は人の苦しむ姿を見るのが大好きなS全開な女性怪人なのだ。姉であるオクトヴィアは蜘蛛女であり、妹であるジューンは。
「最後に私の針で苦しみながら死んでいってもらえるかしら?」
ナース服を模したような黒いレザーコスチュームを身に付けた彼女は背中から2対計4枚の透明な羽を生やす。そして、蜂特有のブーンという音を鳴り響かせつつ、右腕の形状を注射針のように変化させた。彼女は蜂女なのだ。
ジューンは自慢の右腕をうっとりした目つきで眺めた後、頬を擦り付けて舌で舐め上げる。
彼女が扇情的な仕草をしている最中、隣に立っていたライオンの獣人が声を荒げた。
「神聖な戦場をなんと心得ている?不埒な売女共め。」
この発言にピクリと反応するジューン。
「あらぁ?ライオンさんは真面目ねぇ。そんな堅っ苦しくしても損よぉ?」
「黙れ!戦場とは命の奪い合いをする神聖な場。それを貴様らのような汚らわしい売女に穢されてたまるか!」
この発言にカチンときたのか、オクトヴィアも参戦し口論が大きくなっていく。あいつら、何しに来たんだよ……。
大猿は好機と判断したようで、足に絡みついた糸を力任せに引きちぎる。そして、集まりだした昆虫型の魔物に向けて指示を出し始める。しかし、またしてもそれを怪人が邪魔をする。
「イィィィヤッハァァァーーー!!」
叫び声と共に強力な火炎放射が昆虫型の魔物を包む。大分距離が離れ、地べたに座り込んでいる俺達にまで火炎放射の熱風が飛んで来る。
ウィリー・マッハは一輪型のバイクに跨った暴走アンドロイドである。彼は洋物SF映画に出てきた敵キャラで、スピードと破壊を好むクレイジー野郎だった。
「オラオラオラ!燃えろ燃えろ燃えろ!ヒャハハハハハ!!」
ウィリー・マッハは次第にエスカレートし、魔物がいない方にまで四方八方へ火炎を放つ。
「っていうか、あの馬鹿!森の中で火を使うなよ!!」
アンドロイドの癖に計算ができない。残念な暴走ロボットだった。
「総統の意を認識。これから対機甲戦に突入します。」
隣で突っ立っていたアイアンハンターが動き出す。彼は対機甲用の戦闘員だ。元はSFの映画「アイアンハンター」に登場する正義の味方だったのだが、戦いに明け暮れ続けたせいか、彼のチップは異常をきたし敵・味方拘らず、終盤の場面では数千のロボット達にたった一人で立ち向かっていくのだ。
とはいえ、やはりこいつも暴走ロボット。主人に忠誠を尽くすのはいいが、勝手な判断が多すぎる。ウィリー・マッハのお目付け役になればいいと思っていたが……。
「ブヘェェ!」
一輪の真横から強烈な右ストレートがウィリー・マッハの左頬に叩きこまれる。結果、ウィリー・マッハの暴走は止まったが、アイアンハンターの一撃のお陰で、火炎放射が上空へ向けられる。
まさに烈火のごとく、枝を伝って火が燃え広がった。
「あんた!そういう上から目線止めなさいって言っているでしょ!?」
「アイアンハンター止めろ!分かったって!」
「武人たるもの、正々堂々と勝負をつけねばならん!」
「あぁ、私の羽が燃えちゃうー!」
「プログラム完遂まで残り23発。」
「我が主は何処だッ!?煙で前が見えん!」
滅茶苦茶だった。
はい。総統として恥ずかしいです。
「親父。今のばたばたであの猿逃げていきやしたけど、どうしましょう?」
この中の唯一の良心、ガマグチが俺に声を掛けてきた。
「あーっと。今は良いよ。それより問題は身内の暴走と俺の同級生達だ。」
いつの間にか、エレナは誰かに押し倒されたのか、お尻をつきだすようにして前のめりで気絶していた。もう一人に目をやる。
「あ、あ、そこの庶民。こいつらは一体何なのですか?」
あーヤバい。意識がしっかりしているよ。
俺は頭を抱えつつ、まさに文字通り火消活動に入った。
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―――夕刻 ヴァルキュリア城外の森
「お前ら全員、反省しとけよ。」
「「「「「「はい。」」」」」」
俺は人間態になった怪人達を一列に並ばせ、地べたの上で正座させていた。
「まぁ、私の命の恩人ですし、そこまでやらなくとも……。」
「いや、駄目だ。こいつ等にはお灸を据えねばならん。」
「はぁ……。」
ナターリアには細かな事情は伝えていない。しかし、彼女は戸惑ってはいるものの、思考は冷静で自分の命を助けてくれたことについて感謝しているようだった。
「ところで、この方たちは何なのですか?」
あー、ついに聞かれたかぁ。ナターリアも聞きたい所を黙っていたのだろう。俺達がウィリーが起こしたボヤ騒ぎを水や氷の魔法で鎮火作業まで手伝ってくれたりしたのだ。ちなみにエレナは今もずっと眠っている。疲労と緊張がピークに達していたのだ。
「えーと、こいつ等はだなぁ……。」
「はい!ピーターさんの家族です!」
「「えっ?」」
正座していたアグネが挙手して答えた。まぁ、確かに。俺はアグネの回答に虚を突かれつつも、彼女の回答を肯定した。ナターリアは相変わらず、面食らったままだ。そりゃそうだ。
「「おとーさん、あたし達頑張ってたよね?」」
「あぁ、そうだな。」
「僕はあんまり役に立てなかった……。」
「レオはまだこれからだから、気にする必要ないんだぞ。」
「「あー!レオに甘いんだからー!」」
正座をしていたキラーベル姉妹とレオニアが立ち上がり近づいてきた。俺はアグネの一言で怒りが吹っ飛んだ気がした。
「ところでアグネ達はなんでここに居たんだ?」
「え?」
ニコニコしていたアグネの顔が固まる。今にも年少組とともに立ち上がろうとしていたが、直ぐに姿勢を正す。そして、目線を俺から逸らし冷や汗をかきだした。
「ん?」
「「あのねー。おねーちゃんがこっそりヴァルキュリアに行ってみようって言い出したのー。」」
「僕たちも誘われて。」
「アイアンと俺は姉貴がどうしても車で移動したいっていうんで。」
「あっしは姉御を止めたんですが、気付いた時にはもうヴァルキュリア付近まで来てやしたんで……。」
俺はアグネに冷たい視線を向ける。
「言ったよなぁ。いつか、招待してやるって……!」
「あわわわ……。お父様、これにはマリアナ海溝よりもずっとずっと深い訳が!」
「「ヴァルキュリアの美味しいお菓子を食べたかったんだよねー。」」
「お前たち、今言う必要は……!」
「アグネェェ!!」
と、俺が怒鳴りつけようとした瞬間、後ろから笑い声が聞こえてきた。
「ははは。なんて愉快な方々ですの。」
俺が振り返ると、涙目になって笑いをこらえるナターリアの姿がそこにはあった。
「家族ってこういうものなのですね。」
彼女の心の底から笑顔を見た気がする。
「良いでしょう。詳しいことを私は追及しませんわ。」
「えっ?いいの?」
「ええ。気になることは山ほどあります。今すぐでなくて結構です。」
「ですから、少しずつ教えて下さい。そ、それと田舎者。」
「うん?」
「これから貴方の事をピーターと呼んであげて差し上げますわ!」
顔を真っ赤にしたナターリアがそこに居た。今まで見たことの無いその雰囲気に俺は戸惑う。
ナターリアから差し出された手を俺は握り返す。
美しい西日がピーター達を照らし、紫がかった空には一番星が輝き始めていた。
<<(これは、面倒なことになってきよったのう。)>>
ヴァルキュリアのクリスタルは今日も煌めく。
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―――ヴァルキュリア学園 ???
「ちっ、あのエルフさえいれば……!」
暗闇の中で、一人悪態をつく者がいた。
腹いせか近くの椅子を蹴り飛ばす。
「あのお方に顔向けできないじゃないか!」
「小僧、お前の正体は何だ?」
影の視線の先には一枚のプロフィールが有った。
「ピーター・クロイツェフ。」
そうつぶやき、机の上に置いてあるナイフを魔法で描かれた肖像画へ突き立てる。
「見ていろよ。俺の計画の邪魔する者は誰もただじゃおかないからな。」
影は暗闇へとその姿を消していく。残されたのは机の上に残された数枚のプロフィール。ナイフが突き立てられたピーターのもの。残りは2枚。
エレナ・ハーミッシュ。そして、もう1枚は―――
―――ナターリア・アシュフォード。
グランジェネシス一行のお陰でなんとか大猿の危機から逃れられたピーター。
ナターリアとの仲も縮まったようで……。
※拙い文章ですが、引き続きお読みいただけると幸いです。
※次話は水曜以降の投稿です。




