第28話 課外授業
学長に亜人組と貴族組の喧嘩を報告したピーター。
課外授業の引率を任されますが……。
それではどうぞ。
―――翌日 朝 ヴァルキュリア学園 学長室
「事態の収拾を図るどころか、喧嘩に参加しちまったって事だな?」
「はい……。要はそう言う事です。」
「はぁ、ったく……お前さんにはがっかりだぜ。」
窓辺から差し込む日の光は眩しい。すがすがしい朝なのに、俺の心の中は雨模様だった。
昨日、俺は亜人組と貴族組の喧嘩について学長に報告すべく学長室に向かった。しかし、その時は学長不在だったので、日を明けて朝一に学長の下へ伺い事情を説明したのだが……。
「生徒の身を預かっている先生の振る舞いとしてどうなんだ」とか、「先生としてあるまじき行為」とか「お前、先生なんだろ?」とか。学長から厳しい言葉を浴びせられていた。
しかし、なんなんだ。この心の中のモヤモヤは。
俺は学長の長い説教を聞き、都度都度謝りつつも、違和感を覚えていた。
なんだろう……。
……。
……。
……あっ。
俺、先生じゃないよ。
お給料もらって、この目の前の人に雇われている訳じゃない。奨学金は貰っているけれど、授業料を払って学籍を置く生徒じゃん。
あれ? この説教って、実はめっちゃ理不尽じゃね?
確かに、怒りに任せて喧嘩買いそうになったが、暴力を振るわないようにかなり我慢してたし、周りに害を与えないよう動いたつもりなんだけど。
考えが顔に出ていたのだろうか、学長は目ざとくそれに気付く。
「まさかと思うが、今更、自分は只の生徒だって思っていねぇな?」
「ぇ……。」
「学長の俺がおめぇの為にどんだけ目をかけてやっているのか分かっているよな?」
「……。」
「な?」
「……はい。」
「おめぇなんか、俺の権限でいつだって退学に出来るんだからな。」
「……。」
地球の社会人も真っ青なパワハラである。地球であれば、訴えて勝訴間違いなしだろう。
<<……主殿は、大人の階段を上っておるのじゃなぁ。>>
クリエの涙声が聞こえた気がする。恐らく、いつもの幻聴だろう。
「ところで、そんなお前に挽回のチャンスをやろう。そこでしっかりと先生をやったら、ゼロになったポイントを返してやる。」
「はぁ……。」
俺は気の抜けた返事を返す。そもそも、ポイント制の説明はいつになったらしてくれるんだよ。
「お前にやってもらうのは……。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――数日後 ヴァルキュリア城壁外の森
ミンミンと蝉の音が煩い森の中。鬱蒼と生い茂る木々の木漏れ日が、薄暗い森の中を斑模様に明るく照らす。そんな中、木の根を踏みしめながら、俺達は奥へ奥へと進んでいった。
「ハハハ……。それは学長らしいというか。まぁ、理不尽ですねぇ。」
「ホント、考えれば考えるほど意味が分からないですよ!」
俺は木の枝を折りながら、横を歩くポール先生に愚痴をこぼす。
「だいたい、学長から先生やれって言ってきたんじゃないですか!? 碌なフォローも無しに先生役やれですよ! 少し、失敗しただけで長々と説教して! 挙句、退学って言葉で脅しかけてくるんですよ!? 酷くないですか?」
「私達ならまだしも、ピーター君は生徒なのにねぇ……。」
グリンダ先生が同情の言葉をかけてくれるが、それでも俺の怒りは収まらない。俺はミーナやエレナにはもちろんのこと、組織の怪人にもこの理不尽な事件について報告した。
皆、俺の立場になって同情してくれる。普段、俺の先生ぶりを厳しく査定してくる先生達も、今度ばかしは俺に同情してくれているようで、飯を驕ってくれたりする。
……けれども、俺の不機嫌は直らなかった。いつか、学長に頭を下げさせてやる。
「ところで、ナターリアさんとその取り巻きの男の子はどうだったのかしら?」
「えぇ、彼らには私から言い聞かせておきました。」
「名門家出身の生徒の中には、過激な思想を教わって来る人も多いのよねぇ。」
グリンダ先生は獣人だ。入学試験の時は帽子を深くかぶっていて分からなかったが、頭には可愛らしい熊耳が生えていた。グリンダ先生の話しを聞くに、人間至上主義の貴族組はグリンダ先生の事すら馬鹿にしているようだった。
しかし、先生の対応は大人である。
「授業の邪魔にならない範疇だったら、私を馬鹿にしても何ら問題ないわよ。但し、成績の評価は最低にしますけどね。」
こういう裏情報は先生役をやらないと仕入れられなかった。グリンデ先生は一見すると、優しそうなおばちゃんだが、実は結構根に持つタイプなのである。
「グレッグ君は今どうしているんですか?」
「あぁ、彼なら下宿先で謹慎中だよ。当分の間、停学処分になるだろう。」
「そうですか……。」
学生同士の喧嘩にしては厳しい処分な気がする。
「まぁ、ゴーレムを使って暴れようとしていたからね。もしも、あんなのが暴れでもしたら、とんでもないことになっていただろう。厳しくなっても仕方ないさ。」
「けれど、偏った考えを持っていたとはいえ、いつもの行動は模範的でした。少々厳しい気がしますが……。」
「ピーター君、これは個人的な意見なんだけれどもね。」
「はい。」
「僕は人間至上主義なんて馬鹿げたもの、早く捨てた方が良いと思うんだ。」
ポール先生の言葉に、グリンダ先生が続く。
「えぇ、その通りです。亜人だから、人間だから、と言って何が変わるというのです。私は獣人ですが、世間で言われているように、人間よりも強い力を持っている訳ではありません。私の場合、違いと言えばせいぜいこの熊耳位なものです。」
グリンダ先生の言葉にポール先生は、頷きながら話しを続けた。
「そう、結局は個人差なんだよ。人間だって、亜人と何ら変わらない。種族の壁を越えて、皆、平等であるべきなんだ。そんな中で人間と亜人の違いを受け止め理解する。一人ひとりがそう考えていけば、自ずと正しい答えが見えて来る筈なんだよ。」
「だから、彼の処分は決して重いものとは思わない。彼にとっては頭を冷やすいいチャンスだと思う。」
「僕は……そう思うんだ。」
俺はポール先生の言葉を胸に刻む。この種族同士の差別が横行する世界で、これだけ立派な考えに至るとは。地球ですら、人種差別の思想が絶対悪と認識され始めたのは、俺がこの世界に来る直前でも歴史の浅い話しだった。
先進的な考えを持った先生の言葉に、俺もグリンダ先生も暫く言葉が詰まった。
そうしていると、後ろの方から賑やかな声が聞こえてくる。どうやら生徒たちが集まってきたらしい。
「話しをしていたら集合場所へ着いていたみたいですね。」
俺達は学園に入って初の校外学習に臨んでいた。但し、引率役の先生としてだが。
「俺も皆と一緒に居たかったなぁ。」
「あら、先生じゃ不満かしら?」
「い、いえ、決してそんなことは無いんですけれども……。」
グリンダ先生は悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
「校外学習か。」
ヴァルキュリア学園1年生が経験する、初のビッグイベント。城外近くにある森へ行き、そこで魔法実技を行うのだ。魔法を扱う者は場所を選んではいけない。どんな環境下であれ、常時魔法が発動できるようにする。
特に、森の中というのは危険が多く、魔法を使う機会が出てくる場所だ。森の中には得体の知れない盗賊や魔物が潜むことが多い。今回の実習の目的は、単に魔法の練習するだけでなく、森の危険性をトレーニングを通じて認識することなのだ。
この森に危険な魔物がいないことは既に分かってはいるが、スライムや昆虫型の魔物など比較的危険度の低い魔物は数多く生息している。魔物を目撃したとしても、こちらから刺激することはしない。したとしてもせいぜい、生態観察止まりだ。魔物と遭遇してたとしても、攻撃をしてはいけない。基本的に向こうから仕掛けてきたときのみ反撃する決まりになっていた。
学長が言っていたチャンスとはこれのことを指していた。先生は1グループ2、30名を受け持ち、森の中を探索しつつ、適宜魔法練習を行う。森の中心地までは皆で列を作り行進し、そこから先は授業を行いつつ森の外まで安全に脱するのだ。
俺が生徒の引率役として皆の安全を守りながら、この校外学習を無事終わらせられるか?
それが学長の狙い目だ。
<<しかしまぁ、破天荒な学長じゃのぅ。地図と分布図を貰っているとはいえ、魔物を刺激しないよう縄張りを掻い潜りつつ、森の中を進んでいくのは難儀な話じゃ。>>
今日の実習は3グループのみ。俺とグリンダ先生とポール先生が、それぞれグループの先頭に立ち、森の中を進んでいく。グリンダ先生は北にある学園所有の山小屋まで。ポール先生は西南西にある学園近くの小さな村まで。俺達は東南東、来た道の周辺を見回りつつ、学園内にある宿屋まで戻ることになっていた。今は昼間だが、森を出るころには日が沈みかけることだろう。校外学習は朝から夕方まで丸々1日がつぶれる授業だった。
3つのグループに分かれ、いざ出発しようとする時、木の隙間から様子を伺う影が有った。
それはぎらついた眼光で生徒たちの姿を捉えるのだった。
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―――森の中心より1時間後 中心より2キロ地点
今のところ、何も問題は起きていない。俺は皆に光魔法を発動させながら、木々の根を縫うように歩いていく。今は昼間だが、夜の森を歩かざる得ない場面が人生のどこかで出てくるかもしれない。
その時、魔法を扱う者に求められるのは皆を照らす光だ。松明や火魔法を使う手も有るが、最も低燃費なのが光魔法である。マナが満ちる森の中では、自分達を照らす光を使ったところで、魔力が尽きるようなことは無い。熱を伴う必要が無いのであれば、低級の光魔法で十分なのだ。
「皆、足元に注意してねー」
「きゃっ!」
俺が注意を促した途端に転ぶ奴は誰だよ。よく見ると、緑色の服を着た女の子がうつぶせになって倒れていた。長い耳がピクついているのが見える。
「気を付けなさいよ。エレナはさっきから危なっかしいんだから。」
「ごめんなさい、ミーナさん。」
「大丈夫……?」
「えぇ、リリアさんもありがとう。」
エルフと言えば、森での暮らしは達者な筈で、木々の間を颯爽と駆け抜けるイメージがあったが……。近くに居た者だけでなく、同行していた皆が集まってくる。小動物のように可愛らしいエレナは、少しドジが多いけど、嫌味の無い性格も相まって、学年のアイドル的な存在になっていた。
「長耳の癖に森の中すらまともに歩けないなんて。これだから、亜人は……。」
余計な口出ししなくて良いものを、同じグループ分けされたナターリアとヴィンセントがコソコソと陰口を叩く。
皆の彼らに対する視線は冷たい。俺はあの事件を機にナターリアが人形遣いの名家出身であることが分かったので、マイロボット作成の為にも、是非ともお近づきになりたいところだ。けれども、今の調子じゃ付き合いきれないし、相手にもされないことだろう。
俺は残念に思いながら、辺りを見回す。今の騒ぎを聞きつけた魔物が近づいて来ないか確認するためだ。何事も石橋を叩いて渡らねば。
<<早速、何かが近づいて来とるぞ。小動物みたいじゃが……?>>
「キャーッ!」
歩き出した俺達だが、再びエレナの声がする。ズシンという音を立てて、エレナは尻餅をついていた。
エレナのお腹の上にはちょこんと角兎が座っている。角兎は動物の枠にくくられがちだが、れっきとした魔物である。
角兎は自身の角へマナを溜め込み、突進することで攻撃を加えてくる魔物だ。しかし、気性は温厚でこちらから害を掛けることの無い限り、決して危険な魔物では無い。普通の兎と大差ないのだ。
むしろ……。
「可愛いにゃ!お前はどこから来たのにゃ?」
マリンの言うように角兎は愛玩動物のようであった。
「突然、こっちの方へやって来てどうしたのにゃ?」
エレナのドジっぷりというか、不幸体質は日に日に増しているように思う。一体、走ってくる角兎とぶつかるなんて、どんな貧乏くじを引いているんだか……。
皆が角兎を愛でようとする前に、角兎はエレナの腹の上から飛び降りると、逃げ出すかのようにピョンピョンと飛び跳ねていった。
「あらら……。そんなに慌てて一体どうしたっていうのにゃ?」
「どうした?」
「あいつ、様子がおかしかったにゃ。何か慌てて逃げ出してきたように感じたんで、もう少し詳しい事、聞き出そうとしたのにゃ。」
「なんじゃそりゃ?」
マリンの言う事がイマイチ理解できないでいると、クリエが慌てたように念話を送ってきた。
<<何か大きなのがこっちへ来るぞ!>>
その時、俺達はなんとなく感じた。自分の存在を誇示するかのように、マナをまき散らしてくる大型の魔物の存在を。
ドシン、ドシン、ドシン―――
角兎が出てきた方から大きな足音が聞こえる。
そして、それは姿を現した。
「なんじゃそりゃ……。」
皆、言葉を失う。
まるでゴリラのような、体長3メートル近くは有りそうな筋肉質の大きな猿が俺達の目の前にいた。
その猿は近くに居た生徒を唐突に掴むと、自身の大きな口をおもむろに開ける。
「う、うわ―――」
瞬間、その生徒の上半身は猿の口の中へと消えていった。辺りにはゴリゴリと骨を噛み砕く鈍い音が鳴り響く。
「ヴィ、ヴィンセントが……!」
その場で声を発したのはナターリアだった。
それ以外、誰も言葉を発せない。
彼は叫ぶ間もなく、瞬時に命が奪われたのだ。
そうか、彼は死んだのか。
俺がそれを理解した時、無情にも蝉の声と猿の咀嚼音だけがその場を支配していた。
唐突に訪れた同級生の死。
突如現れた猿の魔物は一体何なのか。
緊迫した状況にピーター達の行く末は?
※拙い文章ですが、引き続きお読みいただけると幸いです。




