第20話 合格発表
合格発表の裏で組織が動き出します。
それではどうぞ。
―――昼前 ヴァルキュリア カフェ「モンタナ」
太陽光に照らされたクリスタルの輝きが今日も綺麗なお昼前。俺、ミーナ、エレナの三人は、下宿近くにある喫茶店でお茶を啜り時間を潰していた。
「学長から直々に入学の許可が下りるなんて反則よね〜。」
「ピーター君はやっぱり凄いですっ!」
「二人には申し訳ないけど、先に決めさせてもらったよ。」
実技試験の翌日、俺の手元には学長より合格を知らせる手紙が届いた。最初は冗談じゃないかと疑っていたが、あの発言は本気だったようだ。学長の一言で合格とは……、権威って凄い。
また、俺の実力に見合ったカリキュラムを特別に組むというのも本気だったらしく、指定された日時に学園へ来るよう指示もあった。こちらの希望を最大限酌んでくれるつもりらしい。
ここまで至れり尽くせりにされると、何かあるのではと不安になってしまう。
<<こ奴の何処に惚れこんだのか? 只の助平坊主ではないか。>>
助平で一体何が悪い。
<<酔狂な奴もいるもんじゃのぅ。>>
クリエの嫌味も尤もだ。あの時、俺の何が学長の琴線に触れたのだろうか?
……何はともあれ、俺はエレナやミーナ達より一足先に学園への入学が無事決定した。試験のプレッシャーから解放され、ここ数日は落ち着いた気持ちで過ごしている。
「自分だけ先に入学が決まっているからって浮かれないでよ。私達はこれから試験結果を見に行くんだから。」
今日は一般受験者の合格発表日だった。地球に居た頃、試験結果の通知と言えば、大抵が郵便かインターネット上の連絡で済んでいた。しかし、そういった環境のないヴァルキュリアでは、校門前に合格者の受験番号が羅列した紙が貼り出されるのだ。転移魔法陣や使い魔を利用した連絡のやり取りも用意されていたが、利用できる人間は限られているし、発表から2ヶ月もすれば入学式が開かれるので、ヴァルキュリアに留まる受験生は多い。学園まで来るのは手間だが、俺は味気ないデジタルな通知よりも、こうしたアナログな連絡の方が好みだ。
学園の合格発表は街全体の行事と化しているようで、通りには入学歓迎のポスターが貼られていたり、入学生対象の特別セールが始まっていたりと、お祭りのような雰囲気になっている。学校指定の教材や制服を揃えるのに街の商店が利用されるのだから、この時期は稼ぎ時になるのだろう。商店を覗くと、皆、景気が良さそうな顔をしていた。
「そろそろ、学園へ向かおうか?」
「いいわ。私もソワソワしていたところなの、じっとしていると身体に毒な気がするわ。」
「うむ、受けていない妾もドキドキするぞ。」
「……?」
辺りをキョロキョロと見回すエレナ。俺はクリエを強く握りしめる。
<<す、済まぬ!主殿、つい喋ってしまったのじゃ。折れる!折れてしまうから止めてくれ!>>
ミーナはクリエをちらっと見ただけで、俺の折檻を止める気は無いようだ。《なんと薄情な!ミーナまで!》とクリエは言っていたが、自業自得である。何か煮え切らない表情のエレナと共に俺達は学園へ向かった。
(今、誰かの声が聞こえた気がするんだけど、気のせいかなぁ……?)
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―――同刻 レウマータ クロイツェフ家
「皆、今頃何しているのかなぁ……。」
一方、ピーターの実家では一人でアグネが留守番していた。彼女は父と母のいない寂しさから漸く立ち直って来たところだったが、ふとした瞬間にピーターやミーナの顔を思い出しては、こうして机の上に突っ伏してぼーっとしてしまうのだった。
「ガマグチ君や他の兄弟はジョバンニに呼ばれていいなぁ……。」
「というか、『アグネジャ様は結構です』って……なんですかその言い方は!」
「私の眷属じゃないんですか!?」
アグネはジョバンニへの怒りをプンプンと露わにしながら、一人愚痴っていた。因みに、散々駄々を捏ねたアグネは、ジョバンニから「一緒に付いていくのを諦める代わり、お土産のお菓子を貰う」という約束を取り付けていた筈なのだが。
ジョバンニの中で「アグネ=お菓子で釣れるチョロい人」という図式は出来上がっていた。しかし、彼にとっては残念なことに、アグネもまた「ジョバンニ=自分へお菓子を必ず持ってくる人」という定義を作っていた。
有難味を感じなくなったアグネには、「お菓子で釣る」作戦の効き目が無くなりつつあったのだ。
「はぁ……。」
溜息をつくアグネ。しかし、彼女の周りは賑やかだ。
「お姉〜様ッ!」
後ろから音も無く急に抱き付いてくる変態(自称)義妹をすっとかわす。アグネが椅子から立ち上がってしまった為、支えの無いウェンディはそのまま机にダイブした。ドンガラガッシャーンと派手な音を立てて、転がるウェンディを尻目にアグネは窓の外を眺めていた。
「私もヴァルキュリアへ行きたいなぁ。」
後ろから再び邪な気配がするので、次はどう対処しようと思いつつ、アグネは独り言を呟くのだった。
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―――ヴァルキュリア学園 正門前
受験日の朝と同じ位、人が集まって来ていた。試験結果の掲示は数日間続くので、いつ見たところで変わりないのだが、異世界でも人の心情は変わらない。一刻も早く試験結果を知りたいのだ。
筆記試験は悪かったが、面接と実技試験で巻き返しを図った者。筆記試験は良かったものの、面接官からの受けが余り良くなかった者。それぞれ思いを胸に、今か今かと紙が貼り出されるのを待ち構えていた。
「それでは皆さん、合格者の受験番号を掲示します。」
衛兵に守られて、数人の学生が大きな紙を抱えて小口から出てきた。ロール状に巻かれていた紙だが、風魔法を使ったのか瞬時に壁へ貼り付けられた。学生の中には先日面接のアシスタントをしていた女学生の姿を見かける。黒髪の子と談笑していたが、あれはブースにまで案内してくれた人か。
「受かっていますように。受かっていますように。……」
小さな声で目を瞑りながら何度も祈るエレナを見る。小動物のようで可愛いらしい。一方、ミーナちゃんは「受かって当然でしょ」とでも言いたげな風を装っているが、ちらちら掲示された紙を見ている。素直に番号を探したらいいのに……。
そんなことを思って周りを見回すと、どこかでみた縦ロールを発見してしまった。ゲッ、あの貴族様も来ているのかよ。人ごみが激しいこともあり、彼らに見つからないことを祈って後ろへと下がる。そうすると、ジョバンニが立って俺達の事を待ってくれていた。
「お疲れ様。支部の候補地は見つかった?」
「えぇ、下宿の近くに古く使われていない地下倉庫を見つけました。」
「現在、所有者も居らず隠れ家にはうってつけです。」
「地下倉庫か。広さはどれくらい?」
「どういった用途に使われていたのかは不明ですが、ミーナの実家の敷地の倍位はあるんじゃないかな?」
「それだけ広ければ、なんでもできそうだな。換気とかはできていた?」
「いえ、樽や箱が置かれていましたが、ほとんどが湿気で腐食しています。支部として利用するには改装が必要ですね。」
「そっか。その辺は追って良くしていこう。」
「ところでジョバンニはこれからどうする?一回、ミーナとエレナの結果を確認したら王都に戻るんでしょ?」
「えぇ、そうですね。王都の仕事も溜まっていますからね。今回のヴァルキュリアへの旅はいい休暇になりました。」
ニコニコしながら語るジョバンニを見て俺は問いかけた。
「組織として何か動かなきゃいけなかったのか?怪人達の一部がここにいることは知っているんだぞ。」
「えぇ、追って報告するつもりだったのですが……。」
その時、俺達の前に見たくない三人が現れた。
「あら、この間の田舎者じゃないの?」
取り巻き二人を連れて、ナターリアが声を掛けてきた。
「学園の試験はいかがだったのかしら?」
「あぁ、受かっていたよ。」
「あなたの顔なんて二度と見たくないと思っていたのに。まぁ、受かってしまったのなら仕様が無いですわね。もしも、また私の邪魔をするような事をしたら只じゃおきませんわよ。……あら?」
ナターリアはジョバンニの存在に気付いたのか、じっと顔を眺めている。
「貴方、宮廷魔導士の方では……?」
「えぇ、私はジョバンニ。ジョバンニ・ラーハン、宮廷魔導士です。」
「何度かパーティでお見かけしたことが有りますわ。私、ナターリア・アシュフォードと申します。」
ナターリアは貴族らしく、スカートの裾をちょいとつまみ優雅に挨拶する。ジョバンニもこういった挨拶には慣れているのか、すっとした動作で挨拶を返した。
「ところで、その田舎者と貴方は……」
ナターリアの問いかけが終わる前に、またも見たことのある顔が現れた。
「なんだ?また喧嘩しているのかお前たち?」
「やあ、ケビン。今日はただ話をしていただけだよ。」
「ふ〜ん、お前らもいちいち突っかかるなよな。」
ナターリア達はケビンに対して苦手意識を抱いているのか、ぼそぼそと小声で話した後、ジョバンニに向かって「ごきげんよう」と挨拶して去っていった。当然、俺やケビンには何の声掛けもない。
「俺達、嫌われちまったみたいだな。」
「そうだね。」
「こっちの人は?」
「こちらジョバンニ様。俺やエレナに魔法の指導をしてくれた先生なんだ。」
「へ〜、そうなのか。初めまして、俺、ケビンって言います。」
ケビンは握手を求めて右手を差し出してきた。ジョバンニは戸惑っているのか、一瞬手を差し出すのを躊躇った。
「どうかしました?」
「いや、なんでもないよ。僕はジョバンニ。ピーター君とはどんな付き合いで?」
握手と同時にジョバンニは笑顔で話しかける。
「さっき、生意気そうな貴族の娘がいたでしょ。あれとピーター君が喧嘩をしていたところを、偶々目撃したもので。その仲裁に僕がかかわったんです。」
「そうだったのか。ピーター君が喧嘩をするなんて珍しいな。」
「あいつらが俺のことを田舎者って言ったり、エレナのことを長耳って言ってあからさまに差別してきたんだよ。」
「長耳……、ということは彼女は亜人排斥派の貴族か。」
「亜人排斥派って?」
亜人排斥、又の名を人間至上主義。人口比率を人間が多く占めている国の上層部でよく聞かれる言葉である。彼らは人間が統治する国家に何故、エルフや獣人、ドワーフを組み込む必要があるのか考える。国家とは同一人種で構成されるべきという信条を持ち、少数派種族を国家内に抱きかかえることは統治に問題が生じやすいと考えていた。差別主義が生じた考えではあるが、これは人間が支配しない国家も同じことで、例えば獣人国や魔族国でも、種族名を置き換えて似たような主張がなされていた。
要は地球で言うところの、民族主義に近いものだった。ただし、先の説明からも分かる通り、結局は少数派の追出しを求めているだけであって、少数派の種族が自治権を勝ち取ろうとしているだとか、そういった抵抗運動に基づくものではないのだ。
「……といった具合さ。別に少数派の種族がこの国から出たがっている訳じゃないんだ。むしろ、彼らの多くは自分達の住む土地を愛し、この国に残りたがっている。だから、亜人排斥派の貴族達は、彼らがどうすればこの国を出ていきたがるようになるか、そういう事を真剣に議論をしているようだね。」
「……へえ、王国の貴族にはそんな事に時間を費やす奴らがいるのか。帝国ではそういう風に差別を助長する連中なんて見たこと無いぜ。」
「帝国だと魔族は別にして、国内に色んな種族を抱えているからね。」
<<そんな、思想が流行るとは……。残念な事じゃ。>>
そんな事を話しているうちに、ミーナとエレナが向こうから手を振ってやってきた。二人の表情を察するに無事合格したらしい。
彼らと合流した俺達はしばらく歓談した後、別れることになった。
……
「じゃあな!俺は他の連れと合流して別の街へ行ってくるよ!」
「またどこかで!」
彼らと別れ、僕は足早に路地裏へ向かう。まさか、ピーターとあの帝国の剣士とが知り合いだったとは……。
「ガマグチ、いるかい?」
「へい兄貴。ここに居りやす。」
ガマグチは姿を隠したまま、目だけを現し僕の声に応じる。帝国の魔導士達が、一体何の目的で王国に現れたのか?それを探らせるため、数名の怪人達をミサクーチからヴァルキュリアにて情報収集させていた。その中で、ガマグチには部隊のリーダーを務めさせていた。僕は声を潜めつつ彼に指示する。
「帝国の魔導士達の動きを改めて探るんだ。僕達の事を嗅ぎまわっているかもしれない。」
「彼らを見て分かったと思うけど、ばれないように探りを入れるのは非常に困難だろう。」
「最悪、死を覚悟してもらうことになるかもしれない。……いいね?」
「……分かりやした。」
間をあけて了承の返事をしたガマグチは、宙に浮かんだように見える目を閉じながら周りの景色に同化させていった。やがて、ペタペタと鳴る足音が小さくなるにつれ、彼が遠ざかっていくのを感じる。脆くなった壁の煉瓦の破片が落下する。どうやら、彼は壁を伝って屋根の方へ向かったようだ。
「あの剣士にばれていなければいいのだが……。」
冷や汗を拭い彼と握手した右手を見る。もしも、彼がマーティンとかいう老魔導士と同じ位の凄腕であれば、自分の正体など一発で見破っていた筈だ。きっとばれていない。そう思いながら、僕は影へと沈み込んでいった。
このヴァルキュリアで何かが起ころうとしている。
ジョバンニは自身の顔が影の中に溶け込むまで、学園に聳え立つクリスタルを見ていた。この街で起こっていること全てを見通しているのではないか。夕焼けで真っ赤に染まるクリスタルに、ジョバンニは不気味さを感じざるを得なかった。
ピーター君達に何が起こるのでしょうか?
次話は週末の更新です。
※拙い文章ですが引き続きお読みいただけると幸いです。




