第18話 入学試験<前篇>
※本話は次話と合わせて前篇・後篇とする二部構成となります。
入学試験と挑む者達。
それではどうぞ。
―――ヴァルキュリア城 学長室
「おぉ懐かしいじゃねぇか!マーティン!」
「そちらこそ、元気そうじゃのぅ。」
朝日が差し込むオフィスには、三人の魔法使いの姿があった。帝国の魔導士マーティン・ウィリアムズ。彼に話しかける短髪の老人はこの城のトップ、ヴァルキュリア学園、学長のブライ・シルベリオンだった。
「お主は若いままじゃ。儂と同じくらいの歳とは思えんわい。」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。碌に体力を鍛えようともしない奴が若さなんて抜かすな。日頃の鍛錬あってこそよ。」
ブライは皺を作りながら口角を釣り上げた。彼はマーティンよりも見た目が若い。長い髭を蓄え如何にも魔導士然とする細身のマーティンに対し、ブライは日々のトレーニングによって身体を鍛えていた。彼の頭はマーティン同様真っ白に染まっているものの、制服を着崩し腕まくりされた個所から覗く筋肉は齢八十を超える老人のものと思えなかった。
「そこのお嬢さんがお前の弟子かい?」
「そうじゃ。彼女はケーティ、儂の娘みたいなもんじゃ。」
紹介を受けたケーティは自身の師から中々口に出ない「娘」という単語に照れつつも簡単に自己紹介をした。
「ところでお前さん。ここ最近手紙のやり取りも無かったじゃねぇか?それが一体何の要件だ?」
「うむ。お主、帝国と王国の境でよく分からん魔族が現れておるのは知っておるか?」
「あぁ、あいつらの噂なら耳に入って来てるぜ。」
学長らしからぬ口調と態度にケーティは自分の師との違いに面白さを感じた。ほぼ同い歳にもかかわらず、こうもベクトルが異なるものなのか。もし、マーティンが若作りを努力すれば、こんな老人になれるのか?肉体改造に励む自分の師を想像した彼女は、思わず笑みを零してしまった。偶然、こちらを向いたブライにその笑みを目撃されてしまう。
「なんだ嬢ちゃん?俺の顔が面白かったか?」
「いいえ、決してそんなことは……。」
「なんだよ、マーティン。こんな堅苦しく育てちゃ駄目だろうが。」
突然、師に教育方針のダメ出しを始めたブライ。マーティンは以前からブライの熱い指導は苦手としていた。
「いいか、嬢ちゃん?目上の人間だからと言って、遠慮することはねぇ。そこの爺だって所詮は人間なんだろ?俺だってそうだ。だから、本音でぶつかってきな。」
「は、はい。」
「そう言うてやるな。普段はもっとお転婆な娘なんじゃよ。初めての相手に緊張しとるだけじゃて。」
「お主こそ、感性が若いのは素晴らしい事じゃが、礼節をもっとしっかりせんと下の者に馬鹿にされるぞ。」
「いいじゃねぇか。俺としちゃあ、媚びへつらってくる奴らより俺を押し退けてくるような方が好みだ。もっと下の奴らには俺を突き上げるように動いてほしいもんだぜ。さっき話しに出た魔族、俺はああいう奴らこそもっと居て欲しいもんだと思うね。」
ケーティはギョッとした。自分の態度を叱咤するに留まらず、例の魔族達を賞賛し始めた学長。一体、何を考えているのか?
「それはどういう意味じゃ?少なくない命が奪われ取るんじゃぞ?」
「お前も耄碌したなぁ、大方そこのお嬢ちゃんにも馬鹿にされてんじゃねぇのか?」
「な、何故それを!?」
「あ〜、つまんねぇ事当てちまったぜ、おい。」
ブライは片手を目もとに当てて天を仰ぐ。自分以外に振り回される師匠を見て、失礼とは知りつつも、なんとなく嫌な気持ちになった私はつい声を出してしまった。
「学長、私の師の言う通りその魔族はヒトの命を奪っているんです。どうしてそんな奴らに肩入れするのでしょうか?」
「あぁ?」
不機嫌そうに私の顔を見てくるブライ。そんな彼に負けるもんかとついつい目に力が入ってしまう。
「へぇ、お前さん……。いい目をしてるじゃねぇか。自分の親が馬鹿にされて見ていられなくなったかな?」
「そ、そんなことは……。」
「師とその弟子、ったく似た者同士だぜ。」
再び口角を吊り上げ、ソファに身を委ねるブライは幼子に説明するかのようにゆったりとした口調で話しかける。
「いいか、奴らが襲っているのは軍事力を持った奴だけだ。しかも、話を聞くにその襲われた大半は、王国を攻めようとしたお前らん所の軍隊じゃねぇか?」
「王国民の俺には、奴らを嫌いになる道理がねぇ。」
確かに。ブライの言葉に目から鱗が落ちる思いだった。今まで、帝国側、魔大陸側の意見しか耳にしていない。マーティンは自身の考えに王国側の視点がすっかり抜け落ちていたことに気付いた。王国の者とも話す機会はあったが、皆軍事の関係者であった。でもそれは、民の声では無かったのだ。
しかし……。
「でも、なんであの魔族達が王国を助けるの?」
隣に座っているケーティが続けた。声を低くして頷くブライは目を瞑る。昔から彼は何か物事を考えるとき、目を瞑る癖があった。若かりし頃、彼とパーティ組んでいた時も目を瞑っていたなと、マーティンは思い出していた。
「そいつらには守りたい何かが有るのかもしれねぇな。」
「守りたいもの?」
「あぁ、そうだ。結果を見れば、王国と帝国の戦争は止まった訳だ。」
「奴らの目的は、もしかしてそれじゃねぇのか? だとすると……。」
「いけねぇや、俺はますますそいつらの事を気に入っちまうぜ。」
目を空けたブライは豪快に笑いだした。
「何を思うのじゃ。儂はそいつらを討伐せねばならんと思っておる。一つでも敵の情報を知りたい。」
「ハッハッハッ!あーいや、奴らはお前さん達の言うような、野蛮な奴らじゃないかもしれねぇって事さ。」
「自らが囮になって全ての敵となる。そうすれば奪われる筈の無かった命が救われるじゃねぇか。」
「まさか……。戦争を避けるために、自らへ目がいくような動きをしているとでも?」
「そうさ、奴らはとんでもねぇロマンチストかもしれねぇぞ。」
いくらなんでもそれは無いだろう。ケーティはブライの言う事に胡散臭さを感じ始めていた。自分の師を馬鹿にしたような態度に始まり、唐突もないことを言い出す。あの魔族達と対峙したことが無いから、そんないい加減なことを思いつくのだ。初め、ブライについて師とは違った魅力を感じていたケーティだが、その思いは今や完全に冷めていた。
「ま、これは俺の勝手な推測に過ぎん。何の証拠もありゃしねぇ。ただ、帝国と王国、それに今じゃ、魔大陸の連中か。その三勢力と同時に相手しようなんざ、正気の沙汰じゃ有り得ねぇと思うだけさ。」
「それだけの覚悟に見合った理由を考えると、一番しっくりと来るんだよ。」
戦争を回避する為。マーティンは弟子と異なり、ブライの言葉に共感していた。今まで聞いてきた説の中で最も合点のいくものである。直接、あの魔族と対峙した経験のある自分たちの方が真実に近づける。それは思い上がりだったのかもしれない。
客観的な判断は、昔から自分よりブライの方が得意だった。ブライは理詰めというより感覚で物事を捉える。一種の才能と言えよう。共に迷宮を潜った時も、彼の判断のお陰で幾度も助けられた。マーティンは彼にアドバイスを乞う為、ヴァルキュリアまでわざわざ足を運んだのだった。
「頭のネジがぶっ飛んだ戦闘狂なだけかもしれねぇがな。」
クツクツと笑うブライは、目に見ぬ魔族達の長へ思いを馳せていた。
(一体、どんな野郎が指揮っていやがるんだ?姿を拝みたくなるじゃねぇか。)
「ところで、今日はこの学園の入学試験だ。どうだ、マーティン?試験の様子を一緒に見学していかねぇか?お前の仲間のほらなんだあの眼鏡は……。」
「ポールじゃよ。自分の職場の部下じゃろう。奴も泣くぞ。」
「いけねぇや。こういうとこで歳を食ったって感じちまうなんて。」
人が多かったのはそういうことか。ケーティはオフィスの窓を見る。
一体どんな人間が集まって来るのだろう?彼女は自分と歳の近い少年少女達の集う学び舎に憧れがあった。彼女はずっと師にくっついて魔法を習ってきた。ケビンもいたが彼は魔法一筋ではない。同じ志を持つ者同士の集団生活とはどんなものか。彼女の学園に対する興味は尽きなかった。
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―――同刻 ヴァルキュリア城門前
「本当に人が多いわ。ピーターは受験票忘れていないわよね?」
「あぁ、大丈夫だ。」
「筆記試験の結果はどうだったんでしょうか……。私、不安です。」
俺達はそんな事を会話しながら、城門が開くのを待っていた。ヴァルキュリア学園の入学試験は二日に分かれる。一日目は先日受けた筆記試験だ。内容は地球に受けた試験と同じようなもので、国語・数学・社会、そして、理科の代わりに魔法知識の、計4科目を受けた。数学については言わずもがな。他の教科はまぁまぁといったところか。
筆記は皆、バラバラの会場で試験を受けていた。俺が受けた試験会場は普段、学園の講義に使われているらしい場所らしい。地球での中学や高校の教室と異なり、大学によくある大講義室が会場である。会場は一つだけでなく、いくつもあったことから学園の規模がうかがい知れる。一学年おおよそ千人以上が在学しており、ここ最近の受験倍率はおよそ2.5倍だそうだ。
ジョバンニ曰く、倍率が3倍を超える時期も在ったとのこと。なんでそんな情報をジョバンニが知っているかというと、ちょうどその時期に彼がここに入学したからだそうだ。そもそも、この学園を俺達に勧めたのも、彼がOBだったからで勝手を色々と知っていたかららしい。
「今更、不安になったところで仕方ありません。平時のように振る舞って、魔法を見せればいいんですから。」
筆記試験の際は、会場に居る人々を俺は観察していた。初めは街に訪れて出会った貴族達を警戒しての事だったが、色んな人がいて次第に面白かったのだ。人間はもちろんのこと、獣人、エルフ、ドワーフ、更には魔族らしい者までいたことには俺自身驚いた。王国は教育について身分や人種に差をつけないよう推奨しているが、「魔族」について多くの人間というか国民が「魔物」との差を理解していなかった。
よって、多くの学校が魔族に対して忌避している中、ヴァルキュリア魔法学園は魔族への差別を明確に禁止していた。どうやら今の学長になってからその方針になったらしい。
試験というのはどの世界でも変わらないもので、俺の隣の席に座っていた人間の男子は筆記の各教科を受ける毎に顔が青ざめていった。試験が終わった後、机に伏せってブツブツと何か呟いているのを見るに試験の出来が酷かったのだろう。あまりの悲壮感に俺も声を掛けられなかったが……。彼の実技での健闘を祈ろう。
そんなことを思い出していると、城門の小口から数人の衛兵とロープを着込んだ学生が数名出てきた。
「これから城門を開きます。マナ測定の後、面談も兼ねた実技試験が実施されます。皆さん、受験票をお忘れなきよう注意ください。」
先程まで騒がしかった受験生達だが、試験監督であろう学生の言葉に会話が止む。俺達もその雰囲気に呑まれ、押し黙って門を見る。間もなく入学試験二日目、実技試験が開始される。
城内に入るのは二度目だが、今日は芝生に覆われた校舎外のグラウンドだった。ジョバンニが入れるのはその手前まだ。俺達は衛兵の誘導で、白い布で間仕切りされたブースへ各々通されていく。
一人持ち時間は平均15〜20分といったところだろうか?早い人は数分もたたないうちに出て行っているようだが……。果たしてどんなことをして、どんなことを言われたのか。
魔法には自信がついている。前世の時のように、人との会話も恐れなくなった。それでも俺は緊張している。他の受験者の顔を観察する余裕はない。
ドクン、ドクン。胸の鼓動が高鳴る。ヤバい。周りの声が聞こえない。
「……ん、……番、537番!!ピーター・クロイツェフ君いませんか?」
「は、はい!」
緊張のあまり誘導してくれた女学生の声が聞こえなかった。周りからクスクスと笑い声が聞こえる。遠くで掃除している人にまで見られたような気がした。
俺は深呼吸をして、呼んでくれた女学生の下へ歩み寄る。
「あら、緊張していたのかしら?」
「はい、少しだけです。」
「フフフ、強がっちゃって面白い子ね。ピーター君はここから5番目のブースよ。」
黒髪ロングの女学生に背中を押され、俺は前を見据えて歩く。一歩、一歩と踏みしめるうちに、地球での思い出が甦る。
『勉強はあんなに出来たのにねぇ』
『ずっとパソコンやテレビに齧りついていたせいよ』
『スポーツとかやらないから、協調性ないこと見抜かれるんだよ』
地球にいた頃、俺は就職に失敗した。一応、名の知れた大学にまで通っていたが、元々内向的な性格で面接なんぞ碌に喋れた思い出が無い。
これは……ピーターになって初めての勝負所かもしれない。
でも、過去がなんだ。今とは違うだろ。
俺は自分に言い聞かせるようにして心を落ち着かせる。実技試験、合格してみせようじゃないか!
……
受験者達が様々な思いを胸に試験へ臨んでいる時、会場となっているグラウンドの外で普段余り見慣れない清掃員の姿があった。
「我等が同志にもここに通うものがいるのか……。」
口元を隠したその女性は魔族であった。彼女は自分の同族へ心の内でエールを送りつつ受験者を観察する。
(ヴァルキュリアに巣食う闇。ここに『はぐれ』がいるというのか?)
彼女は口許の布をずらし、外の空気を吸う。朝靄が未だ晴れぬ中試験は始まったばかり、終わる気配を見せない。
「全てはこれからだな。」
再び口元を布で隠した彼女は、校内清掃の業務に戻って行った。
ピーター君の実技試験や如何に。
そして『グランジェネシス』の正体に迫る人々はどう動くのか?
次話の後編へ続きます。
拙い文章ですが引き続きお読みいただけると幸いです。




