第17話 帝国の魔法剣士
貴族との喧嘩が始まります。
それではどうぞ。
―――ヴァルキュリア城下 学生街裏路地
まだまだ日の高い昼下がり。俺達は人で溢れかえる道を避け、人気の少ない裏路地を選んで歩いて行った。当初は直ぐにでも喧嘩する勢いだったが、人があまりに多かった為、場所を変えることになった。
下着姿になったナターリアは、連れの上着を着せてもらい恥じらいながら道を進む。その際、彼女は俺のことを親の仇の如く睨んでいた。なんで、エレナじゃなくて俺を睨むんだよ……。
<<お主の眼がいやらしかったからじゃろ?>>
確かに良いモノ見させてもらったけれどさ。
「そろそろいいだろう。さっきの通りに比べれば、この道は人通りが少ない。」
「あぁ、ナターリアに恥をかかせた罪は重いぞ。」
ヴィンセントとグレッグは俺達の後方で、道を塞ぐように腕組して立っていた。俺達が居るのはアパートに挟まれた狭い路地。隙間なく隣接した建物のおかげで、今まで通った所には抜け道は一つ無かった。恐らくこの先も同じ一本道となっているのだろう。俺達の前方は行き止まりといったところか。
「ピーター君、ごめんなさい。私が怒りに任せてあんなことをしなければ、こんなことには……。」
「エレナに非は無いんだから、そんな卑屈にならなくても大丈夫。」
この世界の身分に疎い自分だが、貴族だからと言って平民をあそこまで馬鹿にされたら堪ったもんじゃない。俺も親のことを貶められて腹が立っている。エレナはそれに加えてエルフであることすら否定されたのだ。ここまで来た限りは、しっかりと仕返してやらないと気が済まない。
俺は目の前の巨体を改めて眺めた。ナターリアのお付きは二人とも大柄で、ヴィンセントは細身、グレッグはがっしりとした体格をしている。彼らも貴族なのだろうか、いい服を着こなしているのが分かる。
「二人とも泥臭い田舎者と長耳を叩きのめしなさい!二度と私達の目の前に姿を現せないように!」
「「了解!!」」
ナターリアのヒステリックな叫びが合図となって、二人が俺に向かって突進してきた。
あいつら見た目通り、力でごり押ししてくるタイプか?
そう思った瞬間、ヴィンセントが呪文詠唱してきた。
「マナよ、我が敵の声を奪え!<<サイレンス>>!」
「「!?」」
俺達の声が魔法の力によってかき消される。不味い。呪文詠唱ができない。
この世界の魔法は全てマナによって成り立っている。マナとは魔法を産み出す源である。地球にはないこの世界独自の物質であり、それはありとあらゆる場所に存在している。
「命在るところにマナ在り。」これは古くから伝わる魔導士の格言である。詳しくは知らないが、この言葉を鑑みるに一種の生命エネルギーのようなものなのかもしれない。
兎も角、魔法はマナを変換する事、もしくは変換した結果を指すのだが、マナを何らかの事象に変換する為にはイメージが大事なのである。言葉を発さずとも魔法が使えるのは、この世界でも当然のように受け止められている。
それでも、呪文が残ったままなのは何故なのか。アスリートが競技中に大声を発するのと同じ理屈で自身の闘志を高める為か。はたまた、古くから伝わる慣習、または、儀礼の一種として自身をイメージの世界へ没入させる為か。
何が真実かは分からないが、古くから魔法使いの間では「マナに語り掛け力を得ることが大事だ」と言い伝えられてきた。無詠唱でも魔法は使える。しかし、呪文を声に出すことで、魔法の威力が上がるのも、感覚的に知られていたことだった。
俺とエレナはヴィンセントの魔法により声が出せない。それは、魔法を発動しても威力が減衰する事を意味する。自身の声が封じられ、エレナは焦っていた。もしかすると、彼女は未だ無詠唱魔法が使えないのかもしれない。
ヴィンセントが<<サイレンス>>を発動させて立ち止まる一方、グレッグは俺達向けてそのまま突っ込んでくる。
「お前らのような田舎者じゃあ、こういう戦い方もあるってこと知らなかっただろ!?」
「学園の試験に落ちないよう、よく勉強しとけよな!!」
「マナよ!大地の力で敵をねじ伏せよ<<アースハンド>>!」
俺達の前で地面に拳を振り落したグレッグ。すると、石畳の地面がぼこぼこと隆起し始め、俺達位の大きさの手を創り出した。普通の少年にとっては、絶体絶命のピンチだった。
<<見た目に反して以外と頭を使ってくるではないか。>>
(あぁ、俺もこれには予想外だ。けれども……)
俺は手をかざし心の中で呪文詠唱する。
(マナよ、全てを炎の渦で焼き尽くせ<<ファイアストーム>>)
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どうしよう。また、ピータ君に迷惑をかけてしまった。彼と出会った時もそうだった。彼は優しく強い。人間の男の子なのに、エルフの私よりマナの扱いに慣れている。そして、あっという間にあの赤熊を倒してしまった。今はこうして傲慢な貴族から私を守ってくれている。
初めは、面白い子だなって思っていた。道中で何度も助けられるうちに、彼のことを見ていると胸がドキドキするようになった。ミーナさんの思いは宿場町で聞いている。それを聞いても猶、胸の高鳴りが収まらない。
こんな事初めてだ。彼への思いが日に日に募っていく。私は……
……
「……!?」
押し迫って来る巨大な手を目の前にして身体が硬直する。無詠唱魔法が使えない私はこの戦いを諦めていた。叩き潰される。そう覚悟した時、すっと風が吹き込んできた。ピーター君に目をやると、巨大な手に向かって右手を前に突き出す。
エルフの私には見える。彼の身体のあちこちから右手にマナが集中していく様を。絡み合った糸が宙を舞い、まるで渦の中心へ手繰り寄せられせていくかのようだ。膨大なマナが一点に流れ込んでいく。彼の右手がオレンジ色に輝きだし、紅蓮の炎が生み出される。そして、炎は渦となって巨大な手へと向かっていった。
ドゴンッ!
大きな衝撃音が鳴る。振り下ろされた土の手は炎に当たりその勢いを失った。黒色だった掌は急激な温度変化により白・橙・赤と円形状にその色を変えていく。ほんの数秒もしないうちに、グレッグの産み出した手は大小の土塊となって爆散した。
そんな光景を目の当たりにし、若い貴族三人は驚嘆していた。詠唱を封じられた筈の平民が一体何をした?驚きのあまり上手く思考が働かない。
しかし、彼らには驚いたまま止まっている余裕は無かった。敵の放った火魔法が、グレッグの魔法を打ち破るに留まらず、自分たちの方へ突き進んできたからである。
ピーターにとっても予想外の出来事だった。土の手の耐久力を高めに評価して、打ち破るのに必要以上の火力を産み出してしまったのだ。止められない。このままではあの三人の命にまで関わる。彼らの悪態は許しがたかったが、それにしてもやり過ぎた。自分の額に汗が滴るのを感じる。
彼は体内に保有するマナが豊富にあるお陰で、大出力の魔法を放つことができた。しかし、威力の高い魔法を放つのが得意な一方、自身に眠る無尽蔵とも言える膨大なマナを精密にコントロールするのは困難を極めた。
「グレッグ、早く土魔法を!壁を作るのよ!」
「無理だッ!もう間に合わない!」
彼らに向かう炎の軌道を変えようとするも制御が上手くいかない。せめて呪文詠唱ができたなら……。俺の炎が彼らに当たろうかというとその時、彼らの後方から人影が現れた。
「おいおい、こんな路地で馬鹿デカい魔法を撃ち放つなよなッ!!」
それは一人の青年だった。彼は両手を広げ貴族達を炎の渦から庇うように立つ。
「はあぁぁぁぁぁ!!」
彼が雄叫びを上げるのと同時に結界が張られる。炎は結界を打ち破ることなく四方八方に散っていく。あの結界は何だ?ジョバンニと模擬戦を行った時、<<ホーリープロテクト>>という結界魔法と対峙したことがある。その時は自分の魔法で比較的簡単に打ち破ることができた。貴族達に自分の魔法が当たらなかったことに俺は安堵しつつも、青年の作り出した無詠唱魔法に興味を示していた。
「ふぅ。危ないことするなよな。お前達、ヴァルキュリアの学生か?」
「い、いえ、受験生ですわ。道を歩いていたら、彼らがいきなり私達に突然暴力を振るってきたんです!」
「そうだッ!あの田舎者が僕たちに襲い掛かってきたんだ!」
俺の炎を受け止めた青年は腰に剣を下げていた。戦い慣れをしている。そんな事を思っていると、彼と目が合った。困惑したような表情を見せる。
<<なんと卑劣な!それでも誇り高き貴族かっ!!>>
クリエの叫びが脳内に反響する。余程許せなかったのだろう。俺に<<クリエイト>>を発動させようと、マナを吸い取ろうとしてくる。
怒りの度合いはエレナも同様のようだ。歯を食いしばっているのがうかがい知れた。
青年に事態を説明しようにも、<<サイレンス>>の魔法にかかった俺達は声を出せない。彼らはそれを分かった上で、俺達を陥れようとした。どうしようと思っていると、その青年は俺達に向かって呪文を唱えた。
「お前らいい加減にしろ。」
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「へ〜、やっぱりエレナは呪いにでもかかっているんじゃないの?」
「やっぱりそうなのでしょうか……?私としては思い当たる節が全く無いんですけれども……。」
貴族と揉め事を起こした後、俺達はジョバンニ・ミーナ組と合流した。彼らは無事、両方の用事をこなせたようだった。
「大変だったね。僕らが見つけた下宿先へ向かうとしようか?もちろんエレナもね。」
「私もいいんですか?」
「当たり前じゃない。初めてできたエルフの友達よ。入学できたら、一緒に通えるじゃない。」
屈託の無い笑顔でエレナに声を掛けるミーナ。組織のことを考えると不安な気もするが、ミーナはそれを分かっていつつも、本心からエレナを誘っているのだ。彼女にとって困っている友人に手を差し伸べるのは当然のことだった。
「ミーナさん。ありがとうございます。」
「あとで何があったのか色々聞かせなさいよね。」
「はい!」
またも男子禁制の何かが始まったようだ。ジョバンニは俺の方を見つつ苦笑していた。
<<こういう事は疎いのぅ……。>>
ミーナとエレナの間に何があったのか。イマイチ事態を呑み込めていない俺は、先ほど出会った剣士の事を思い出した。彼は帝国の出身とのことだった。
(帝国の魔法剣士……か。)
……
―――数十分前 ヴァルキュリア裏路地
「マナよ、彼らにかかった呪いを打ち消せ<<リカバリー>>」
青年が呪文を唱えると俺達の声が元に戻った。
「……ち、違います!その貴族の方々が私達に悪態をついてきて!」
怒り心頭だったエレナは魔法の効果が解けたと同時に喋りだす。青年もその迫力に圧されたのか、まぁまぁと宥めている。
「ま、このエルフのお嬢さんがいうことを信じるに、喧嘩の非はお前らにもあったんだろ?」
<<サイレンス>>が解けるとは思っていなかった貴族たちは押し黙った。
「どんな経緯であれ、坊主の最後の魔法はヤバかったぜ。」
「はい。相手の力量を見抜き切れませんでした。」
俺の嫌味が通じたのか、土魔法を繰り出したグレッグとかいう貴族はあからさまに顔を顰めていた。青年は初めキョトンとしていたが、意味が理解できたらしくケラケラと笑い出した。
「敵を高く評価することは大事なことだ!」
「面白いな、お前!名前を教えろよ。」
いきなり肩を捕まれて顔を覗き込んでくる青年。顔は童顔で非常に人懐っこい笑顔を見せてくる。まるで犬みたいだな。そんな失礼なことを考えていると、俺を驚かせたと勘違いしたのか、一歩離れてくれた。
「こちらから名乗るのが礼儀ってやつか。」
「俺の名はケビン。ケビン・フォン・エルリック、帝国の魔法剣士だ!」
……
あの後、貴族達がごちゃごちゃと難癖をつけてきたが、ケビンに何を話しても受け流されるばかりだった。彼は俺達の肩を持ち、あんな奴ら相手にするなと言ってくれた。そして、彼は面倒になったのか自身に強化魔法をかけて、俺とエレナを抱えてその場から逃げ出した。
話しの途中だった貴族達は、自分達を放置していくとは露にも思っていなかったらしく、唖然とした表情で俺達を見送っていった。
彼の話しを聞くと、ケビンは自身の知り合いの用でここまで旅をしてきたらしい。ケビンと歩きながら話していると、願書を購入できる店まで着いた。
「また何処かで会おう!」
彼はそう言い残し、去っていく。
「とてもいい人でしたね。」
「うん。」
エレナの言葉に俺は頷いた。帝国の人間にも良い奴はいる。村にやってきた帝国の商人もそんな悪い奴はいなかった。
そう。決して個人が悪い訳ではない。戦争なのだから。
帝国への複雑な思いを胸に、ケビンとの邂逅を果たした俺はヴァルキュリアの入学試験に臨む。
ケビンと再会の約束をしたピーター。
ミーナ、エレナと共に入学試験へ臨みます。
拙い文章ですが、引き続きお読みいただけると幸いです。




