第16話 貴族令嬢ナターリア
ピーター君の前に新たな女性が現れます。
それではどうぞ。
王国第二の都市ヴァルキュリア―――
そこには光の塔と呼ばれる巨大なクリスタルが聳え立っている。太陽が顔を覗かせる間、クリスタルは日の光を反射し辺り一帯を明るく照らす。
昼間は目立たなかったクリスタル内部より生ずる魔法光だが、夕方頃からぼんやりと輝きを増し始める。
深夜にもなれば、街全体は淡く白い光で覆われ、幻想的な雰囲気が生み出される。このヴァルキュリアの美観は、王国のみならず帝国にまで名が知られ、大陸の中でも有数の景色とされていた。
自然が生み出す神々しさは人々に畏敬の念を抱かせる。古くはクリスタルをご神体として崇めていたような時代もあったらしい。魔法学園のある今では、街のシンボルとして多くの人に親しまれ、街の学生達を見守るかの如く悠然と鎮座している。
王国による統治が始まって間もなく、クリスタル周辺は大規模な開墾がなされ魔法学園もその頃に建設された。学園の校舎はクリスタルをまるで飲み込むよう感じだ。敷地内にクリスタルを組込む形で建設された校舎は、クリスタルと同じ小高い丘の上にある。歴史の重みを感じさせる荘厳な校舎。それを囲むようにして、学園周縁は学生街が広がっている。
街の住民はその大半が学園の関係者だ。学生や教員達以外にも、学園に所属する研究者、学生相手に商売する商人、学園運営に携わる官僚や貴族等、その実多岐に渡る。街には学生の暮らす下宿や寮が点在し、その合間を縫うようにして、本屋や雑貨屋、飯屋等、生活に欠かせない商店が軒を連ねる。
街の広がりは当初の王国の予想を遥かに超えていた。今や王国第二の都市と謳われるまでになった。ヴァルキュリアの街並みは、後付でどんどん広がっていった為に、都市計画通り整備されていると言い難い。例えば、商店の商品を眺めながら歩いていると、高貴な方の屋敷が目の前に有ったり重要な魔法研究の施設へ辿り着く、なんてこともしばしばである。
ヴァルキュリアを訪れる他の都市の在住者が、その街並みに「まるで迷宮のよう」と形容するのも無理のない話しだった。
従って、春を迎えたヴァルキュリアでは、学園の新入生の中でも、特に地方出身の学生がその雑然さに戸惑い面食らうのも常である。しかし、そんな彼らも卒業して学園を出ていく頃にはその雑然さに愛着を覚え、街を離れる際の寂しさの要因の一つにまでなったりするのだが。
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「で、早速迷子になってしまったと。」
「私のせいでしょうか……?」
ヴァルキュリアの門をくぐった俺達は二手に分かれた。一組はジョバンニとミーナ。もう一組はエレナと俺である。ジョバンニ・ミーナ組は下宿先を見つける為に。俺達は入学試験の願書を購入する為だ。魔法学園の試験は地球で受けていた試験と同じく、願書を申請して受験票を貰う必要があった。
実はこの組分けには意味がある。エレナは道中を共にした仲間だ。彼女の実力も考えると級友になる可能性は大だろう。それでも、『グランジェネシス』のことを彼女には話せない。これは絶対の秘密だった。その為、組織についての話題は、彼女が居ない時を見計らう他無かった。
エレナと別れて行動できるチャンス。それを逃す手はない。
彼女と誰が一緒の組になるかは消去法で決まった。
現在、組織で手に入れた情報はジョバンニの下へ集まる仕組みとなっている。アグネジャの魔法で縛った帝国のスパイ、ガマグチ君のような怪人達、そして、王都に居る王族や貴族。ジョバンニは自身が構築した人材のネットワークより大小様々な情報を手に入れていた。情報の整理と幹部会での提言。『グランジェネシス』という組織おいて、彼は実質、総統代理であり、決定権は俺に委ねられたものの、ほぼ長の役目を果たしている。
ジョバンニへの信頼は厚いが、怪人の数も増え規模が大きくなってきている以上、改めて組織内の役割分担を見直さなきゃいけない。というより、彼に仕事が一極集中し過ぎている。
彼には申し訳ないな……。アグネジャの眷属とはいえ、彼の働きに見合った何かしらの報酬をあげないと。
話しが逸れてしまった。要は、ジョバンニが最も組織の仕事を多く抱えていて、それをこなす時間が必要だったって事だ。
エレナと行動するのが俺になったのは、女の子二人きりだと危ないと判断した結果だ。私なら大丈夫だとミーナちゃんは言っていた。確かに、ミーナちゃんの実力は申し分ないと思う。けれど、母さんとの約束もある。恐らく、旅の出来事を鑑みるに、エレナはまた何事かに巻き込まれる。そんな気がした俺はミーナに事情を伝え、この場は鞘を納めてもらった。
ちなみに、それを伝えてもミーナちゃんは不機嫌なままだった。ミーナちゃんの為を思ってのことなんだから、別に構わないじゃないか。別に後ろめたくは無いけれど、大目に見て欲しいと思う。乙女心は複雑だ。
「……このままでは、引いてもらったミーナさんに申し訳が立たないです。」
「?……まぁ、この複雑な道の入り組み方と人の多さだからなぁ。」
エレナの言葉はよく分からないが、俺は願書が購入できる学園系列の商店を見渡しながら探す。
王国全土から、時には他国からも、魔法を学びにヴァルキュリアへ人間がやって来る。その為、学生の数は膨大だ。そして、学園への入学を目指してこの町に訪れる受験者数など、言わずもがなだった。
複雑に道の入り組んだ学生街。加えて、入学試験前の人の多さ。迷子になってしまって当然だったかもしれない。辺りを見回したところで、延々と続く人ごみばかり。気が参ってしまいそうだ。
動いても埒が明かないと判断した俺とエレナは、いったん路地の壁に寄り掛かり休憩していた。行き去る人々を眺める。本当に多種多様である。ミサクーチでは少ししか見かけなかった獣人も結構な数を目撃する。
「私たちが出会った街よりも、人がずっと多いですね。」
「エレナの故郷ってどんなところだったの?」
「私のところは小さなエルフの隠れ里でした。」
「隠れ里?」
「えぇ、私たちは静かな暮らしを守る為、外界との交流を極力避けています。」
「エレナは人間と会ったの初めてじゃ無かったよね?」
「里の近くにあった村とは、人間の方含めお付き合いをしていたんです。ただ、親密なお付き合いをしていた方にも村の正確な位置までは教えていません。」
「結構厳しいんだね。」
「そうですね。里を出ていく者に対しては、記憶を封じる魔法をかけます。」
「だから、今は私も里が何処にあったのかはっきりと思い出せません。」
「本当!?」
衝撃的な事実である。
「えっと……でも、家に帰ろうって強く思うとその封印が徐々に弱まるんです。」
「簡単に里の位置を教えないようにする為の「まじない」なんだって、両親は言っていました。」
エレナから話を聞くに帰ろうと思えば、帰れるらしい。エルフの村の掟を学んでいると、クリエが俺に念話を使って話しかけてきた。
<<ここで時間をつぶしても埒が明かん。誰かに相談したらどうじゃ?>>
それもそうだな。もしかすると、俺達と似たような境遇の受験生が目の前を通るかもしれない。そう思った俺はエレナと相談し、学園の関係者らしき人に声をかけることにした。
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「あぁ、なんて人が多いのかしら!」
「全く。こんなの観光どころではない。父上達に頼んで手続きを済まして貰えばよかった。」
「平民と貴族の区別位つけて欲しいもんだ。」
一人の女の子が大柄な男を二人連れて、ヴァルキュリアの街を歩いていた。彼らも他の子供たちと同じく、入学試験の為にこの町を訪れていた。
「ナターリア、屋敷の場所は覚えているかい?」
「えぇ、この通りの先の交差点を曲がれば直ぐよ。」
ナターリア・アシュフォード。彼女は王国名門貴族アシュフォード家の長女である。彼女達は願書を購入し終え、ナターリアの父親が所有する別邸への帰路についていた。本来、そのような雑務は彼女達がやる必要のない事であったが、ナターリアを始めとする若い三人の貴族は観光がてら出歩いていた。
「ヴィンセントとグレッグはヴァルキュリアに別邸とか無かったけれど、学園に通う際はどうするつもり?」
「俺は学生寮に入るよ。親父から寮生活を勧められているんだ。」
「ヴィンセントの親父さんは何を考えていらっしゃるんだ?」
「さあ?学生生活を楽しむには寮が一番なんだとさ。そういうグレッグはどうなんだ?」
「俺は親の知り合いに学園の関係者が居てね。その人経由で下宿先を見つけてもらったんだ。」
「入学前からそういう知り合いがいるのもいいわね。今度紹介しなさいよ。」
「あぁ、分かった。今度会う機会があるから、ナターリアのことを話しておくよ。」
前に向かって突き進む、ナターリアの後ろに付いている大柄な二人の青年はヴィンセントとグレッグという。彼らはアシュフォード家よりも格下の家系であった。彼らの父親は元々商人であったが、王国から授与された爵位により貴族入りを果たした。ヴィンセント・ビノジエフとグレッグ・ウラジミールは幼少期からナターリアの側近となるべく、教育を受け、幼馴染として生活を共にしてきたのだ。
そんな彼らがヴァルキュリアの人ごみの中を縫うようにして歩いていると、道脇に立っている人物から声をかけられた。
「あの〜、学園の生徒さんですか?」
「はぁ?」
こんなところで、自分たちに声を掛けてくるなど、非常識極まりない。先頭に立っていたナターリアは声を掛けてきた人物を観察した。
長耳。他国では知らないが、この王国で言えば人間に支配される下等人種。唯でさえ、道の混雑具合にイライラが募っていた彼女にとって、平民ましてエルフから突如声を掛けられるなど言語同断な話であった。
アシュフォード家では英才教育と称し、彼女に様々な教育を施している。ゆくゆくは国政に携わるべき家系の人間として、経営・政治・宗教といった普通の子供が習わないことまで彼女は教わっていた。
支配する者と支配される者。彼女は自分自身が支配者になる資格を持ったものと理解し、それ以外の人間に対しては一つ見下した姿勢を取っていた。
特に亜人種について言えば、彼女の家では、彼らに対する差別の言葉が平然とまかり通っていた。常日頃から亜人種に対する悪口を聞いてきた彼女が心の内で、歪んだ価値観を育むのも仕方のない事だったのかもしれない。それがエレナへの暴言となって表れた。
「何よ、長耳風情が。目の前から消えなさい。」
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俺は直前に起きた出来事で言葉を失った。エレナと共に道が分かる人を探していたのだが、ロング髪で縦ロールのツインテール少女から突然暴言を吐かれた。脈絡が無さ過ぎて、俺もエレナもそれが悪口であると理解できなかった。
「えーっと。お気分を害してすみませんでした。」
「フン。下賤な民が私に声を掛けるとは……いい度胸です。私の気が変わらないうちに、早く去りなさい。」
とは言っても、この人ごみで立ち去るのも困難な状況である。エレナは戸惑いつつも苦笑いしていた。
「あら?そんなに長いお耳をお持ちなのに、理解できなかったのかしら?」
少女はどんどん悪態をついてくる。彼女の取り巻きだろうか、二人の男の子が後ろをガードするようにして立っている。彼らは少女を諌めるどころか、こちらを見てニヤニヤと笑っていた。
<<今の王国にはこんな貴族が居るのか……。嘆かわしい。>>
「キャッ!」
俺達が立ち尽くしていると、その貴族の少女がエレナの肩を押してきた。
「邪魔って言っているのが、聞こえないの!?」
このままでは不味い。エレナの危機に俺が前に出る。
「申し訳ございません。私達は田舎者でして、無作法を働いてしまっていたようです。」
俺は片膝をつき、恭しく頭を垂れた。
「あら?殊勝な心掛けね。平民はそうであるべきなのよ。」
「ナターリア、屋敷まであと少しだ。こいつ等は無視して先へ行こう。」
頭を下げた俺を見て満足したのか、ナターリアと呼ばれた少女は同伴している男の子達に応じた。
「まぁ、私の目の前に二度と現れないで欲しいわ。泥臭い田舎者と耳長には縁の無いと思っていたのに。」
フフフと最後まで嫌味を垂れながら、話しかけてくるナターリア。
「どうせ親も碌でもない輩なのでしょう。特に長耳の気持ち悪い血筋なんて途絶えればいいのよ。」
この発言に俺もムカッときたが、何とか宥めた。いけない。この場で騒ぎを起こしてはならない。そんな直観が一瞬の怒りを静めた。けれど、エレナは違ったようだ。
「も、もう、許せません!」
隣に立っていたエレナを見ると、顔を真っ赤にしてナターリアを睨んでいた。
<<不味い!エレナの周りでマナの流れを感じる!早くしないと……!>>
その時、俺の横を風が過ぎ去った。俺達に背を向けていた少女に風が当たる。
「あら、今のは魔法ですわね?一体何を……」
次の瞬間、こちらを向いたナターリアの服にパラパラと切れ目が入る。そして、一瞬のうちに服が裁断され、風に流されていく。
「〜〜〜ッ!!!///」
おぉ〜、眼福である。きれいな素肌に可愛らしい下着、そしてコルセットを身に付けたその身体は女性らしさを帯び始めたところといった風だ。うん、たまらん。
「な、な、何をするのです!!」
「ヴィンセントッ!グレッグッ!やって!やってしまいなさい!」
<<あ~あ、またこれじゃ。お主らと共にしていると肩の疲れが取れんわ。>>
お前のどの部分が肩なんだと内心ツッコミをいれながら、指や首の関節をぽきぽき鳴らす男たちを見た。本当にトラブルに恵まれたエルフだ。
俺はエレナの不幸体質にあきれつつも、今から向かってくるであろう用心棒に対し構えの姿勢を取った。
貴族に喧嘩を売ってしまったエレナとピーター。
一体どうなるのでしょうか?
※引き続きお読みいただけると幸いです。




