第15話 宿場町ミサクーチ
ピーター君の知らないところで色々と動きます。
それではどうぞ。
―――夕刻 宿場町ミサクーチ
エレナを旅の仲間に加えた俺達はその日のうちに宿場町ミサクーチへと辿り着けた。到着時、夕闇に差し掛かっていたにも関わらず、ミサクーチの街は露店の明かりに照らされどこも眩しく、人の往来が止むことは無かった。
ミサクーチは王国内における交通の要所だ。各地方都市とのハブの役割を担い、近くだと王都、ヴァルキュリア、そして、俺達の村との中継地点を果たしている。また、東の街道を進んだ先の湾港都市と繋がることもあって、海峡を挟んだ先に位置する獣人大陸との交易品も流れ込んで来ていた。
「うわ〜……。私の里とは大違いです。」
エレナは都会の喧噪に慣れていないようだ。俺やミーナも田舎者だが、俺は地球での記憶があるし、ミーナも領主の娘という立場から王都に行った事が有ったので、人の多さへの抵抗は無かった。
王国内のエルフの暮らし方は二つに分かれる。一つはエルフの里でひっそりと同族と共に暮らす者。もう一つは、自身の集落から離れ、人間と共に暮らす者だ。エレナは俺達と同年齢であって、先ほどの話しでいうところの、前者に分類される。彼女にとって、このような大きな街に踏み込むこと自体、今日が初めての体験だった。
しかし、エレナと比べ慣れているとはいえ、俺もミーナも人のことを言えなかった。露店に並ぶ数々の物珍しい道具や民芸品。美味しそうな匂いを漂わせる多種多様な料理。こういったものを見る度、俺達は好奇心に駆られあちこち目移りしてしまっていた。
「今までの街とは比べ物にならないわ。」
「宿場町と形容するには些か大きすぎるかもしれないね。」
「取り敢えず、今日の宿を見つけておかないと。」
「この時間にこれだけの人がいるってことは、早くしないと全て埋まってしまうかもしれない。色々と見たい気持ちは分かるけど、今は先を急ごう。」
俺達はジョバンニの後をついていった。多少後ろ髪を引かれる思いをしつつ先を急ぐ。
……
「えーとそうだな。大人1人、子供2人、えーとお嬢さんはエルフだね?」
「はい、そうです。」
「悪いけど、この魔道具で年齢を確認させてくれないかい?」
宿屋のカウンターには手形のような大きめの石板が置いてあり、エレナは宿の主人の言葉を素直に受け、その石板へ手を重ねた。
(クリエ、あれは一体?)
<<……。マナの質を読み取り、その術者の大体の歳を図る魔道具じゃ。おそらく年齢偽装対策じゃろう。>>
宿の主人は石板に表示された文字を確認し、エレナへ声をかけた。
「お嬢ちゃん、疑うような真似して悪かったね。俺もこうしてエルフの少女と出会えるなんてついてるな。」
「あ、ありがとうございます。」
ニカッと笑うがたいの大きなオジサンの言葉を受け、エレナはモジモジしながら照れていた。エルフは外見から年齢が判別できない種族だ。その為、人間種が人口比率の割合を大きく占める王国では、人間基準で年相応な老け方をしたエルフに出会うと幸運が訪れるなんて言われている。地球でいうところの『四つ葉のクローバー見つけました』みたいな迷信だ。
「部屋なんだがどうするかね?今のところ、俺の宿はダブルが3部屋だけ空いている。」
「それでは、男女で別れたらちょうどいい気がするけど、どうだろう?」
以前は、三人ともかなり近い存在だったので、部屋割りなど気にしなかった。俺やミーナは別にそれでもよかったが、エレナが増えて事情が変わったのだ。
「わ、私は、出来れば、その……と一緒が……。」
何か下を俯いてぶつぶつと喋っているエレナを見て、ミーナがすっと横に近づき何かを囁いた。エレナがミーナの言葉に驚くように顔を上げ、ミーナの顔を眺めてる。そして、ミーナの言葉にゆっくりと頷き返した。
「決まったわね。ジョバンニの言う通りにしましょう。」
俺は何があったと思いつつも、ガールズトークにでも花を咲かせるのだろうと安易に考えていた。しかし、宿屋のオジサンとジョバンニは何か勘付いたようだった。
「小さなうちから、色々とあるもんなんだなぁ。」
「本人が中々鈍いんですよ。」
「近々楽しい事が待ってるぜ、坊主。」
宿屋のオジサンは俺に向かって笑いかけると、俺の頭を鷲掴みガシガシと乱暴になでてきた。俺はオジサンの言うところの「楽しい事」が、決して自分にとって楽しくならない気がした。俺の不安を置き去りにして、宿屋の主人とジョバンニとの会話は進んでいった。
ジョバンニが二部屋分の料金を支払った後、俺達は自分たちの部屋へ荷物を置きに行く。ゆっくりしたいであろうジョバンニには申し訳ないが、夜の露店巡りに付き合ってもらうことになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねぇ、お師匠様。ヴァルキュリアへ行って何をするの?」
「ヴァルキュリアって王国の魔法学園があるところだよな。」
「うむ、儂の旧来の知人が居ってな。今はそのヴァルキュリア魔法学園の学長を勤めておるのじゃ。」
「ふ〜ん。その人って女性?」
「いやいや、ケーティは何を言い出すのじゃ!」
「やっぱり。」
「茶化そうとするでない。あやつは儂と同じくらいの爺じゃよ。10年以上は会っていないかのぅ。」
宿場町ヴァルキュリアの大通りを豪華な馬車が走っている。馬車には王国専用の印が掲げられ、道行く人の目を引いていた。王国専用の馬車が走るということは、その中には貴族クラスの要人がいることを意味する。交通の要所であるミサクーチにおいて有り得ない話ではなかったが、それでも一般人にとっては物珍しいものだった。「一体誰が乗っているのだろうか」と話題のネタにはうってつけの存在である。
馬車の中には三人の人間が居た。師匠と呼ばれる老人の名は、マーティン・ウィリアムズ。帝国出身の魔導士であり、世界各地を冒険した傑物だ。冒険者として名を馳せた現役時代、彼はその魔導の腕から賢者と呼ばれていた。ついこの間まで冒険家業から引退していたのだが、魔族の不穏な動きに対処すべく現役に復帰したのだった。ちなみに、引退の理由は若者の育成に力を注ごうとしていたからであり、同じ車に乗り合わせる二人は彼の教育指導を受けてきた。
特に、ケーティと呼ばれる娘の方は今や彼の右腕として、立派に助手の役目を果たすようになった。最近は、耄碌した自分を叱責するような言動が増え、可愛げが無くなり残念に思っている。しかし、その反面、早く自分を追い越すことへの期待と寂しさも感じるようになり、巣立ちの時期も近いとしみじみ感じるようになっていた。
もう一人の青年の名はケビン。彼もまたマーティンの教育を受けているが、こちらは魔法よりも剣術に己の才能を見出した。彼は魔法の勉強だけでなく、帝国の騎士団で見習いとして剣術を習ったのだった。マーティンは幼い頃の彼の意見を尊重し、魔法だけでなく剣術も学べられるよう裏から手を回していた。当初はどっちつかずであったが、ケビンは経験を重ねることでそれを克服し、自身の魔法と剣術、その双方の欠点を補う彼独自の戦い方を編み出していった。冒険者ギルドに所属する彼は、今や帝国の冒険者の間で、ルーキーの中でも飛びぬけて優秀な魔法剣士として認知され注目の的となっていた。
そんな三人がこうしてヴァルキュリアへ向かうことになったのは、帝国と王国を襲う正体不明の魔族が原因である。
当初は魔王軍の新たな軍事作戦と目されていたが、当の魔王側がそれを否定。一時は沈黙を守っていた魔王軍だったが、最近になって、その正体不明な魔族をはぐれ魔族として討伐することを宣言した。人間と協力はしないものの、彼らもその正体を追っている。
「今度の騒ぎは帝国も王国も手を焼いておる。その為にわざわざ休戦協定まで結んだのじゃ。我等もこの機を利用して互いの協力関係を結びなおすのじゃ。」
「冒険者ギルドに任せれば、その学長様にも会えたんじゃないの?」
「まぁそうなのじゃが、王国の様子を見つつ、あやつとも直に会いたかったのじゃよ。」
「それって……つまりは観光?」
「うっ……、決してそんなのではないぞ!」
「賢者様の旅好きも相変わらずですね。」
「ケビンまで言うか!こういう時の旅の出会いが人生には大事なのじゃよ。」
若い二人にからかわれつつも、賢者マーティンはこの度の敵について考察していた。
彼らは帝国と王国の国境付近にのみ現れる。襲うのは軍隊、或は、その魔族と遭遇した冒険者。民間人は襲われていない。魔族達はなんらかの目的で組織立って行動している。他に、分かっていると言えば―――
「アイツらみたいに強い奴とまた会えねーかな?」
「ケビンはホントに戦闘狂ね。」
「だって、帝国で退治する魔物とかじゃ、俺満足できないって。」
「……。」
そう奴らは強い。とある魔族の知人とのオフレコの会話じゃったが、魔王軍にもいないような強大な力を持った奴らが何人もおるようじゃ。……やはり情報が少ない。
賢者は馬車の小窓から見えるミサクーチの街並みを眺めた。この街は色んな人種に溢れている。人間、獣人、エルフ、時に擬態の下手な魔族など。魔族といえど、十人十色であり、悪さをしない限り、罰せられる必要はどこにもない。それが賢者の持論であった。むしろ、人間に擬態しようと必死になる若い魔族を見ると、微笑ましい気分になり、応援したくなったりもした。
「あれは……。」
白いロープをまとった人影に既視感を覚えた瞬間、彼らの乗る馬車が急停車した。
「イタタ……、どうしたっていうのよ!」
「すみません!急に子供達が馬の前を横切って行ったもんで。」
「どこの馬鹿よ!」
姿勢を崩した賢者は改めて馬車の窓より外を眺めた。人間とエルフの少年少女が、お辞儀して走り出していく。街道に目をやるも、先ほどの白いロープの人影は消えていた。
「なぁ、賢者様?」
「ん?なんじゃ。」
「俺って魔力を感じるのって下手糞なんだけどさ。さっきそこを通り過ぎた子供達ってスゲー強くなかったか?」
「ホッホッホッ、お主も成長しとるのう。あの中にはエルフの子供が居ったんじゃ。エルフとはマナに愛されし種族。幼き頃からその身にマナを宿しておるのじゃ。」
「ふーん、そうだったのか……。」
この時、ケビンは三人のマナを感じ取っていた。その為、彼は三人のエルフの子供がいると勘違いしていた。マーティンも先ほどの急停車と、街道の人影に気を取られ、それが人間の子供のモノではあると認識できなかったのだ。そんな会話を余所に、馬車は再びヴァルキュリアへ向けて走り出した。
……
「あの感じ……。帝国の賢者達か。」
ジョバンニは馬車から死角の路地へ入り込んでいた。子供たちが、賢者の乗る馬車を横切ってくれたおかげで、注意がそれたらしい。もしも、あのアクシデントが無ければ、自分の正体に勘付かれていたかもしれない。魔導士とはそういう類の化け物であり、賢者ともなればそれは猶更だった。
子供達を連れ宿屋へ戻ろう。ヴァルキュリアへの旅路で初めて、一抹の不安を覚えたジョバンニだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミサクーチの滞在を終えた俺達は、再びヴァルキュリアへの旅路についた。それからの一週間というもの、何事もなく平和であれば良かったのだが、何故か、エレナ絡みでトラブルに巻き込まれ続けた。
度重なる魔物の襲撃。次いで、山賊団による人攫い。共に赤熊程、厄介な敵では無かったのだが、改めて何か持っている娘なんだなと思う。念の為、ジョバンニにそういう呪いがかかっていないか聞いてみたが、簡単な検査だと何処にも異常は見られないとのこと。本格的に調べないと分からないが、不幸に見舞われやすい体質なだけかもしれないとのことだった。
そんなエレナは俺達に「ごめんなさい」と泣きながら謝って来た。心当たりがないか尋ねてみたが、里にいた時はこんなこと無かったと、ホームシックを発症しそう勢いだったので、宥めるのに一苦労だった。そんな時、何故かミーナちゃんは顔を背けていたが……一体、俺が何をしたっていうんだよ。
ジョバンニはそんな俺を見て苦笑していたが、彼は彼で何かあったらしくミサクーチを出てからというもの、何かに警戒しているような風だった。最初はエレナのことかと思っていたけれど、どうやらそれだけではないらしい。
……兎も角もそうこうしているうちに、目的地が見えてきた。
「あれが、魔法都市ヴァルキュリアか。」
朝日を受けて光り輝く街並み。光の尖塔と呼ばれる大きなクリスタルが町全体を照らしている。クリスタルの塔を中心に魔法学園とその学生街が周りを取り囲み広がった巨大な魔法都市である。俺達は今、ヴァルキュリアを一望できる丘の上に立っていた。
「さぁ行こうか。」
俺達は新たな希望を胸に、ヴァルキュリアの城門を叩く。
ヴァルキュリアでは何が待ち構えているのか?
拙い文章ですが引き続きお読みいただけると幸いです。




