第12話 ホイップ仕立てなあの娘のリップス
文章量が今までと比べて非常に多くなってしまいました。
ご容赦下さい。
また本話はアグネ視点で語られます。
それではどうぞ。
秋が来て冬になり、春が訪れ、そして、再び夏がやってきました。
季節が過ぎるのは早いもので、私が生まれて一年が過ぎようとしています。
私は今、クロイツェフ家の手伝いで、食材の買い出しに市場へ向かっています。クレアさんに美味しい料理をいっぱい作っていただけるなら、私は何だってやってやれるんです。ただ、残念なことに私自身では、美味しい料理を作れません。
以前、お父様にパウンドケーキを食べていただこうと、キッチンを使わせていただいたのですが、どうも力加減が分からず、何度やっても黒っぽいモノしか作れませんでした。
上手く成功できず、しょげ返っていたアグネですが、お父様はそんな私の料理を美味しいと言って食べてくれました。自信が無かったのだけれど、掻き込むようにして必死に食べるお父様を見ると、本当においしかったようです。
今度は手際よく料理して、お父様にもっと手料理を食べてもらいたいなぁって思っています。ですので、今日はクレアさんに教わりながら、一緒に料理するつもりなのです!
「おや、アグネちゃん。今日はお買い物かい?」
「マーサおばさん!こんにちわ!」
「そうです!アグネはこれから夕飯の買い物に向かうのです!」
「マーサおばさんはどちらへ?もしかして、この香りは……。」
「おや、ばれてしまったようだねぇ。いいイチゴがいっぱい収穫できたんだよ。」
村ではお父様達が提案したイチゴの栽培が順調に進んでいます。クリエさんの創り出したビニルハウスのお陰で、冬の寒い時期にも美味しいイチゴを作ることができました。ジョバンニ様が王都でこの村の噂を広めてくださったおかげで、最近は色んな人が街にやって来るようになっています。
活気に満ちた村になってきましたが、悪いことも起きています。技術を教わろうとして来る人たちはいいのですが、村の技術を奪い取ろうとして泥棒までもやって来るようになりました。
けれども、ご心配なく。イチゴやその苗を盗みに来る泥棒が現れた際には、アグネがこっそり退治していたりします。闇夜に紛れて民家や農園に入りこんでくる盗人は、お天道様が許してもこのアグネジャが許すことはないのです。
結局、イチゴの栽培方法はミーナのパパさんが王都で特許を出しました。国を通じて支払われる特許料は村の貴重な財産となったそうです。ミーナのパパさんは「秘密にするよりも、皆で知識を分かち合い共有すべきだ」って、立派な発言をされてらっしゃいました。
ただ、作り方を知ったところで、「グランジェネシス」特製のイチゴの種も苗も無いですし、今のところ、ビニルハウスはクリエさんにしか作れないそうです。ミーナのパパさんはそれを分かっていて特許を出したとか。う〜ん……、腹黒ですっ!
「そういえば、マーサおばさん。聞いてください!」
「実はですね。今日はなんと!わt……」
そう、何を隠そう、今日は私が産まれて丁度1年経つ日。要は誕生日なのです。この世界の1年と地球の1年は同じでまるまる365日!ようやく訪れた365日目の朝なのです!
「おっと!アグネちゃんごめんねぇ。」
「え〜っと……はい?」
「実はこのイチゴ、あるところへ持って行かなきゃいけないんだよ。」
「また、今度話そうね。じゃあ。」
そういうと、マーサおばさんはそそくさとその場を離れて行ってしまいました。何をそんなに急ぐのでしょうか?誕生日ってことで、あのイチゴお裾分けして頂きたかったのに……。
イチゴを食べられなかった無念さからか、なんとなく寂しく思いつつ、私は再び歩き始めました。すると、後方から何やら視線を感じます。この感じは……!
「アグネお姉様〜ッ!」
「ウ、ウエンディさん!!」
「私、ウエンディはアグネお姉様に会えず、お姉様への慕情から身を焦がして気が狂いそうでしたわ。」
「ウエンディさんとは昨日お会いしたばかりじゃないですか!それに私に妹が出来た覚えはありません!」
「そんな寂しいこと言わないでください!私はお姉様に全てを捧げる覚悟ができているのですよ!」
「アグネはそんなの望んでいません!」
ギラギラとした目つきで私に迫ってくるこの娘はウエンディさんと言います。彼女は帝国の元奴隷でした。この世界の奴隷の方は首に隷属の魔道具をはめられているのですが、アグネが彼女の首についていた魔道具を引きちぎってあげました。
それからというもの、ウエンディさんはいつもこんな感じに絡んでくるのです。私を慕ってくれるのは嬉しいのですが……。
「お姉様何故です!?私の愛はこんなにも深いのに……。早くこの身をアグネお姉様の色に染め上げて下さいまし!」
「〜〜〜ッ!そういう恥ずかしいことを言っちゃダメです!」
ウエンディさんは頭の中が常時ピンク色です。しかも、それは私限定のようで、男性はもちろんのこと、他の女性にもそんなことは言っていないらしいです。
「あら!ウブなお姉様、なんて可愛らしいんでしょう!」
そう言うと彼女は私の右腕に両腕を絡ませ、顔をすりすりと擦りつけてきます。普段はとても上品で美人な方なのに……。なんか残念です。
「ところで、どちらへ向かわれているのです?」
「う〜ん、今日はクレアさんと一緒に料理を作る予定で、その買い出しに市場へ向かっているのです。」
「ア、アグネお姉様のお料理ですか……。」
どうしたのでしょう?さっきまで、元気いっぱいだったウエンディさんですが、急に顔色が悪くなりました。真っ青です。
「黒く焦げきっていルのに……。ナンデ、口の中で蠢くのでショウ……?」
何やらぼそぼそと喋っていて怖いです。ウエンディさんが何に怯えているのか分かりませんが、頭を優しく撫でてあげます。私は彼女のお姉様になった覚えはありませんが、彼女のような妹が居たらこんな風に接するのかなぁとニヤッとしちゃいます。
「そういえば、ウエンディさん聞いてくださいよ!」
「ハッ、ハイ!ナンデショウ?オネエサマ?」
「実はですね、私のたんj……」
「……あぁぁぁー!そうですわ!!アグネお姉様を見てすっかり浮かれていましたわ!」
「へ?」
ウエンディさんは絡ませていた腕を離し、直ぐに断りを入れてきました。どうやらウエンディさんも急ぎの用があったらしく、何度も頭を下げて謝罪した後、ピューッと走って去っていきました。
マーサおばさんといい、ウエンディさんといい、一体何があるのでしょうか?ちょっと位、私の話しを聞いてもらいたかったです。
確かに、私はクリエさんからポンッと産み出された命です。私の中にある記憶もクリエさんの力で創られたものであって、価値あるものではないかもしれません。
でも、お父様やお母様には少し位、祝ってもらいたかったなぁ……。少し、センチな気持ちになってしまいます。
―――ピコン、ピコン
「えーと、どこを押すんだっけ?ここかな?」
『通じたね。アグネジャ様、お仕事です。グランツェニアの北方征圧軍が動き出しました。』
「ガマグチ君はどうしたんですか?」
『今回の北方征圧軍は正体不明の魔物対策も兼ねているようでね。彼一人だと荷が重そうなんだよ。』
『そちらの魔道具に位置情報を送るから、こちらまで来てもらえますか?詳しい話は後ほど。』
「分かりました。では。」
何があったんでしょうか?今日はアグネの誕生日なのに……。朝から憂鬱になることばかりです。
天気はこんなにも澄み渡る青空ですが、私の心は曇り空なのです。
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―――エンスピード王国 南西側国境近く
「全く上司使いの粗い眷属です。」
「はい、はい。貴方の敬愛するお父様から与えられた仕事なんだから、文句を言わないでください。」
私はジョバンニに呼ばれ、帝国との国境付近の草原に飛んできました。ここ最近は、「グランジェネシス」戦闘員第一号として産まれたガマグチ君に任せっきりだったのですが……。
「ガマグチ君はどこに?」
「へい。アグネの姉御、おいらはここに居りやすぜ。」
何もないところから声が聞こえたかと思うと、景色が上書きされるかのようにガマグチ君が姿を現しました。ガマグチ君は所謂怪人です。この世界でいうところのリザードマンに近いのですが、設定上は爬虫類と両性類それから人間のミックスとのことです。顔はリザードマンとは全く異なり、カメレオンのようで口は大きくギザギザの歯を持っています。私と見た目は異なりますが、彼もお父様とお母様によってクリエさんを通じて産み出された創造魔法の子供です。つまり、私の可愛い弟なのです!
「帝国軍の規模は大きいのですか?」
「今までと比べものにならない位の人数の多さです。」
「恐らく、昨年撃退した帝国軍の規模と同じ位じゃないかな?帝国に居るスパイに聞いたら、彼らは北方征圧軍第3隊。つまり、人数の規模はあの時と同じ位って事さ。」
「本腰を入れて王国を攻めに来たってことですか?」
「名目上はそうだろうけれども、恐らく本命は僕らだね。」
「帝国も自分たちを脅かしかねない未知の魔族に対策を討っておきたいんじゃないかな。」
「おいら達の評価も随分と上がりましたね。」
「どんな敵であろうと、アグネの敵ではありません!」
昨年と同じくらいの奴らなら、ガマグチ君には少々荷が重いでしょうが、私だったら一網打尽にしてやれます!
「頼もしいですぜ、姉御。アグネの姉御には無用かもしれませんが、敵の中に数人桁違いの魔力を持った奴らがいます。恐らく、ジョバンニさんと同じような方ではないかと。」
ガマグチ君の話しを聞くに、ジョバンニクラスの魔導士が数名、それとパーティを組むように力量のありそうな剣士、武闘家が数名いるとのこと。油断なりませんね……。
「きっと、そいつらが僕ら対策の要だろう。スパイから聞いた情報とも合致する。帝国はギルド経由で国内にいる高ランクの人材を傭兵として雇ったそうだ。」
彼らは我より弱いだろうが、ジョバンニクラスが何人もいるとなると面倒だな……。
「それじゃ、早速、アグネジャの兄貴に変身して下せい。お願いしやす。」
「あぁ、分かった。」
我はアグネの身から男であるアグネジャへと変わる。鎧を身に纏うこの感じ、血が滾って仕様が無い。ジョバンニのような出逢い、我は望む!
……
「あーあ、戦争なんてつまらない!ずっと行進ばっかりじゃん!」
「そんなこと言うなよ、ケーティ。帝国の軍人さんに失礼じゃないか。」
「だってさぁ……。せっかく、派手に戦えると思って乗り込んだのに、魔族なんて一向に襲ってこないよ。」
「仕方がないじゃろ。帝国は広いのじゃ。北方征圧軍という時点で、移動距離の長さは覚悟すべきだったんじゃよ。」
「ぶー!お師匠様はそれを分かっていたんなら、私に話してくれても良かったんじゃないの!?」
「まぁまぁ、皆さん。そろそろ国境付近です。僕らの出番ももうすぐですよ。」
幌馬車のなかでは、戦争に似つかわしくない5人の男女がいた。一人は小柄でロープをまとったショートヘアーの女の子。そして、それを諌めるように話す白髪で長いひげを蓄えた老人、彼は少女と似たようなロープを身に纏っている。
3人目は剣を脇に携えた茶色い短髪の若者である。ケーティと呼んだ娘とは同世代くらいか。その眼差しは柔和であるが、瞳の奥底には計り知れない炎が滾っている。もう一人の男性は眼鏡をかけた黒髪の青年だ。騒ぎ出したその場を静めようと注意を促している。もっとも、その男性も内心は楽しんでいるようで真剣に怒っている雰囲気はない。
「ねぇ、貴方もそう思わない?女の子にこの道のりは苦行よ!」
最後の同乗者。ケーティに声をかけられた女性は、目元だけ残し、頭はバンダナ、口許は包帯のような布で隠されていた。
「あぁ……、そうだな。」
「(ねぇケビン、あの人なんか暗くない?)」
「(そうかな?衣装は独特だけど……。戦地を前にして気が立っているんじゃない?)」
「お嬢さんや、失礼ながらお伺いするが、その衣装とお前さんから感じる魔力。お主、人間では無かろう?」
「ッ!」
俺達の間に緊張が走る。これから向かう地に居るのは、恐ろしい魔族と聞く。もしも、この女性がスパイであったなら、この作戦は敵に筒抜けということになってしまう。
「……だったらなんだ?」
「いやはや、儂のような爺には人間であれ、魔族であれ同じ目的を持った仲間なら、何も思うところは無いのじゃがのう。いかんせん今回の旅路には若い者が多くてな。余計な先入観でお嬢さんを見ておったもので。」
彼は自分の弟子、それから若い剣士に睨みを効かせる。眼鏡を男性も最初は驚いたものの、状況の推移を楽しみだしたようだ。ちなみに同乗している帝国の兵士も睨みを効かされていた。
「……いいだろう。確かにお前の言う通り私は魔族だ。」
「私達を倒しに来たわけ!?」
「これ、これ、ケーティ。先ほどの話しをしたばかりじゃろう。何事も先入観は良くないぞ。」
「ですが、賢者様。魔族が魔族を討伐に来るというのはおかしな話じゃありませんか?」
「なんでお前はわざわざ人間と組んで今回の旅についてきたんだ?」
「帝国内の人間たちはこんなものなのか。この大陸に居る同志達の苦労が目に浮かぶ。」
「なんだと!」
「止さんか!二人とも、これからの戦いに不和は厳禁じゃ!特にお主らは人の話を聞くのじゃ!」
賢者から一気に溢れ出すマナに、帝国の兵士を始め、剣士と弟子は言葉を失った。現役時代の彼は、世界を股にかけた大冒険者だった。今では帝国お抱えの魔導士として、人材の育成に励んでいる。しかし、賢者と呼ばれるだけの実力は健在である。
「済まなんだ。お嬢さん、しかし、彼らの疑問ももっともじゃ。何故、そこまで同族思いのお嬢さんが、同族を討とうとするのじゃ?」
「……人間にも侮れない奴はいるのだな。私はそもそもこの大陸に居る魔族ではない。魔大陸からやってきた。」
「なんと!魔王領から来たのか!」
現在、帝国が大半を収める大陸より北方に魔族の住む魔大陸が存在する。そこの大陸には魔族の治める国がいくつかあり、魔王と呼ばれる存在がその頂に存在することは知られていた。
「そうだ。私は魔王軍より派遣された諜報の者だ。」
「やっぱり、敵じゃないの!魔王と帝国は敵対関係にあるはずよ!」
ケーティの言葉に怒気がこもる。やはり敵だったのか。賢者の顔にも陰りが見えた。しかし、それに反して魔族の言葉は続く。
「その通りだ。本来ならば、お前たちを殺して首を持って帰りたいところだが……。今回の指令は貴様らではないからだ。」
「お前達、帝国の人間が騒ぎ出している魔族だが、魔大陸の出身ではないと思われる。」
「それがどうしたのよ。魔族なんて世界中あちこちに居るじゃない。」
「ケーティさん、今回の敵は魔大陸から来た魔族と噂されているのですよ。」
「そうだ。もしも、我ら魔王軍の知らぬところで勝手に名を使われたのでは、魔王様の威厳に関わる。」
なるほど。賢者は今の状況を認識し、思考を整理し始めた。帝国軍で騒がれている北方の魔族。名を語ることも無く、ただひたすらに帝国軍を襲ってくるという。
一時期はエンスピード王国の精鋭ではないかと推測されたこともあったが、王国の魔導士もそれを否定し、それどころか国境の村や自国の軍が襲われているという。
初めて目撃されたのが、昨年の王国への進軍時。北方征圧軍第1隊がその歯牙にかかった。彼らは成す術もなく、一方的な暴力にさらされ、命からがら帝国に舞い戻って来た。
この魔族の娘の言葉が本当であるならば、一体奴らは何なのか?謎は深まるばかりだった。
その時だった。幌馬車の外が騒がしくなる。馬の鳴き声がけたたましくなり、鎧の金属音が大きな音をたて始める。
「どうやら現れたようじゃのう。お嬢さんもケーティも感じ取ると思うのが、この魔力只者ではないぞ。人間と魔族の垣根を越えねば、我らに命は無いぞ。」
その場に居た者は全員が感じ取れた。禍々しい強大な魔力を。
「(まるで魔王様の直属部隊を前にしているようではないか!一体、どこにそんな奴が隠れていたのだ!)」
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―――国境付近 草原地帯
「それじゃあ、まずはガマグチ君が透明化の能力を使って敵を混乱させる。」
「次にアグネジャ様が混乱に乗じて登場して攻撃を加える。」
「その時に帝国の精鋭が出てくるだろうから、彼らを引き付けて本隊と切り離す。」
「あとの有象無象はガマグチ君にお願いできるかな?」
「へい、おいらは問題ございやせん。アグネジャの兄貴はいかがでしょう?」
「うむ、我もジョバンニの案に異議はない。早めに片づけよう。」
我らは合図とともに進軍する帝国軍に襲い掛かった。まずは静かにガマグチが、馬の足を次々と切り付けていく。
馬は移動の生命線である。帝国が引き連れる数十車両の馬車には、陣地を構えるための道具や兵糧や武具が山ほど詰め込まれている。
ここさえ押さえれば、王国への進軍はまず無くなるだろう。それが、我とジョバンニの意見だった。
ガマグチが順調に馬を切り付けていくのに比例して、帝国軍の混乱はひどくなっていった。突然、倒れだす騎兵と歩みを止める馬車。彼らにはそれが何者かの攻撃であることは理解できた。
しかし、敵の姿は見えない。矢が飛んできたわけでも、魔法を放たれたわけでもない。目に見えない敵の恐怖に、帝国の下級兵士達は恐れおののいていった。
指揮官達が場を静めようとしたその矢先だった。誰も抗えない。そこに絶対の力が立ちはだかる。
「我は冷酷魔帝アグネジャである。我の目の前に現れた貴様らには死を与えよう。」
我は帝国軍のど真ん中、頭上へと飛んだ。我の役目は彼らの気を削ぎ、実力者とガマグチを切り離すことにある。
我は記憶の中にある自身の技を思い出していた。この世界の理とは異なるが、要領は同じだ。魔力の元である元素、マナを掻き集め自身の掌に収束させる。
「消えよ愚民共。暗黒放射光」
我は握りしめていた拳を開き、帝国軍へ向かって放つ。収束した魔力の塊からあふれ出たエネルギーは、まるでシャワーのように彼方此方へ、いくつもの線となって地上に降り注ぐ。
「ぎゃぁぁぁ!痛い!痛いよう!」
「腕が!引きちぎれそうだ!」
口では死を宣告したが、我が主からはなるべく人を殺さないように命を受けている。我が主人の寛大さに感謝することだな。
我は地上に降り立ち、辺りを見回す。あぁ、アイツらか。ジョバンニの話していた奴らに違いない。
「出たな……。儂も様々な敵と戦ってきたが、お前さんのような禍々しい奴は初めてじゃ。」
前に出てきたのは一人の老人、その後ろには4人の人間がいた。いや、一人は違うな。所謂、魔族か。
「ほう、面白い構成だな。人と魔が手を取り合い、我の、いや我らの覇道を阻もうというか。」
敵を前にして、我は気持ちが昂る。一体、どんな戦いを見せてくれるのか。
「これは、話しをしてどうのこうの言ってられねーんじゃないのか、賢者様?」
「……うむ、このような殺気を当てられてしまっては、な。」
「貴様は何者だ!?私は魔大陸から来た。お前とは同族の筈、何故敵対する!」
「笑止!我にとって我が主の命こそが全て。我の敵がなんであろうと、立ちはだかるものは蹴散らすのみ!」
「そんな……、貴様の主とは一体どこの魔王だ!」
なんと女々しい奴か。戦いに情を持ち出して、気を削ごうとするとは。つまらん。これ以上は我の血が待てぬ。
「我の主がなんであろうと……、貴様には……関係無かろぉぉぉぉ!」
我は自身の剣を抜き、魔族の女へ切りかかる。上段から一気に振り下ろしたと同時に、鋭い金属音が鳴り響いた。
「ぐっ……こんな重い剣筋、初めて受けたぜ。この馬鹿力野郎め!」
なんと!我が剣を弾き、直ぐに反撃に打って出るとは!しかし、この男の剣は我が鎧を傷つけることはできない。
「魔族の姉ちゃん大丈夫かい?」
「え、あ、……ありがとう。」
「何やっているのよ。私のお師匠様も言っていたけど、気を抜いていたら皆やられちゃうわよ。」
「でも、私は魔族で、貴様らの敵で……。」
「さっきは悪かったよ。こっちも先入観ってやつに囚われちまってた。お姉ちゃんも変な同族意識は止めな。アイツは……ヤバいぜ。」
我は奴らに隙を与えるつもりはない。とっとと終わらせてしまおう。そうだ、早く終わらせて家に帰るのです!
「(アヤツのマナが変わったのか?一瞬、揺らぎのようなものを感じたが……。)」
「行くぞ!うおぉぉぉ!」
我が剣が乱舞する。しかし、いくら振っても振っても、この眼前の小僧を叩き切ることができない。それほど、この小僧に力があるとは思えなかったが……。
「なんだ、お前!さっきの、一撃は、どう、した!さっきのに、比べ、たら、全然軽いじゃねーかよ!!」
最後の一振りが、小僧に押し返されてしまった。馬鹿な! 小僧ではない! 我の力が衰えているとでも言うのか!
「ケビン一旦引いて!」
それは一瞬だった。ケビンと呼ばれていた剣士にばかり、熱を上げてしまっていた。奴らに時間を与えていたのだ。
「「「マナよ、聖なる力で悪なる力を燃やし尽くせ!<<ホーリーフレイム>>」」」
3人同時で詠唱した聖魔法。聖なる炎が悪魔を燃やし尽くす。しかし、そんな魔法でも我は倒せん。なぜならば、我は絶対の強者と出会う為、そして、アグネはお父様の下へ帰りたいのです! アグネは誕生日を祝ってもらいたいのです!
「人間よ!そのような手で倒せると思ったら、大間違いだ!我は絶対の強者、この箱庭で貴様らなんぞに敗られてたまるか!」
「……私がいることも忘れるなよ。この魔族の恥さらしめ!」
「マナよ、絶対なる冷気をもって槍と成し相手を射抜け!!<<フローズンランス>>」
目の前に鋭く尖った氷が押しせまる。剣で軌道をはじくも、肩の鎧が削れる。更に、我の横を一つの影が過ぎ去った。先ほどまで相手をしていた剣士の小僧だ。
脇腹の鎧を見るとかなり深い剣傷が残っている。しかし、我の肉までは届かなかった。
「ふむ、良い連携だな。だが、その連携をもってしても、所詮はここまでだ。」
我は笑いが堪えられない。いいぞ、いいぞ! この世界は広い! 恐らく、彼らはまだ成長の途中だ。あの老人は別かもしれないが、にしてもまだまだ強くなりそうだ!
「あれだけやっても、ピンピンしてるなんて、ホント化け物ね……。」
「やってみなきゃわかんねーって!」
「待ちなさい、ケビン君!」
再び、ケビンと呼ばれた剣士の小僧が向かってくる。……惜しいな、今ここで命を散らそうというか。よかろう。我は剣を上段にして構えをとりつつ、剣に魔力を集中した。
我の力が弱まったというなら、魔法を使えばいいこと。さぁ、死を抱け、小僧!
「いかん!あのままでは真っ二つじゃ!」
「(間に合うか!あの小僧を敵の真上に飛ばせ<<テレポート>>)」
……ッ! これは無詠唱魔法! 我の裏をかこうとはいい度胸だ! 我は老人に向かって足元にあった小石を蹴り飛ばす。
老人の魔法の軌道が逸れたのか、運悪く、小僧に当たり奴が消えた。
「馬鹿めッ! 味方を消してどうする!」
「お前が馬鹿だって言ってやるよ! このカチカチ野郎!」
瞬間、意識が飛びかけた。我が鎧兜の角が折れ、肩の鎧まで割れる。足元が覚束ない。
私は膝をつきました。あぁ、まずは帰らないと……。誰も祝ってくれないじゃないですか。
その時、大きな何かが私を抱えてくれます。
「兄貴……、いや姉御ですかね?気をお確かに。このまま一時離脱です。我々の目的は果たせました。」
ガマグチ君……、ありがとう。
「姉御の仇は、ジョバンニさんが討ってくれますよ。」
それを聞いて、私は目を閉じた。欠けた兜の隙間から日の光が降り注ぐ。あぁ、こんなにもお天気なのになぁ……。
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魔族が倒れた筈だった。けれども、その魔族はどこからともなく現れたリザードマンに抱えられ、その場から消えた。
そして、仮面をかぶった新たな敵が現れた。
「あの人がここまでやられるとは、意外ですね。僕の計算から言うと、全員皆殺しだと思っていたのですが……。」
先ほどの魔族に比べると、どうも見劣りしてしまうが、目の前の敵も十分な実力者であることは間違いない。
こちらの戦力は、先ほどの戦闘でケーティの師匠様が倒れてしまった。頭から血を流し、意識が無い。当たり所が悪くないことを祈るばかりだ。
俺も、さっきの一撃で全身にかけた強化魔法が解けている。皆、残りの魔力は少ない筈だ。
「もしも、彼らを追う気力があるとまずいと思いましたが、どうやら肩すかしだったようですね。」
「剣士君は体力も魔力もバテてしまったようですし、そこの賢者さんも倒れた。後は残りの3人ですが……、」
「魔導士の少女ちゃんは魔力の枯渇。そこの眼鏡さんは体力が残っているけれども、私にダメージが与えられないだろうと諦めてしまっている。」
「そして、魔族のお嬢さんは……。」
仮面の男に向かって魔族の姉ちゃんが飛び出していった。黒いスーツはいとも容易く引きちぎれ、魔族の姉ちゃんの右腕が腹を抉った。
「魔族の女性とはホント縁がありますね。同じように腹を抉られたのはこれで2回目だ。」
不気味な仮面が笑っているように見えた。魔族の姉ちゃんの右腕は、そいつの身体を擦り抜け、そのまま空を切る。
「お前、中身は空っぽなのか……?」
「それは秘密です。大事なことは胸に閉まっておいて、人には話さないものですよ。」
「では、さようなら。」
そういうと、風に吹かれる塵のようにその男は消えていった。
「引き分けってところか……?」
俺は溜息交じりに独り言を呟いた。
「いえ、アイツの分析は正しかったです。この場にいる人間、そこの方も含めて、奴を倒せる人はいませんでした……。」
「悔しいがその通りだ……。あの魔族、私の実力を図る為、わざと攻撃させたようだ。」
「そっか……。」
アイツらは一体何者なんだ。俺達はモヤモヤが残ったままだった。分かったことと言えば、とてつもなく強い魔族達が、組織立って行動していること位か。
そして、あの鎧野郎に喰らわした最後の一撃。その時に割れた兜の隙間から見えた髪は、美しい金色で男とは思えない長さと美しさを兼ね備えていた。
「分かんねぇ事ばっかだよ。」
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―――国境から数キロ離れた森の中
私は夢を見ていました。お父様とお母様に捨てられてしまう夢です。
アグネは捨てないで!と泣き叫びます。徐々にお父様とお母様は離れて行ってしまうのです。
アグネはアグネジャになって走ります。鎧は身に纏いますが、普段と違って兜は出てきません。その為、私の涙は止まりません。ダンディーな声にもなりません。女の子のままなのです。
アグネは何でアグネなのでしょう?
私はお父様とお母様にとって、一体何なのでしょう?
都合のよい道具なのでしょうか……?
もしも、クリエさんが私と似たような方を創られたら、その時には私は用済みとなってしまうのでしょうか?
アグネは強いです。けれども、恐いんです……。
……
私が目を開けると、ガマグチのギョロメが近くにありました。
「おはようございます……。ガマグチ君。」
「へぇ、おはようごぜえやす。アグネの姉御。」
ガマグチ君はじっとしています。カメレオンだから、ダルマさんが転んだも得意なんですかね。
「何か、悲しいことでもあったんですかい?姉御の涙なんて初めて見ましたぜ。」
「えっ……。」
ヤダなぁ。私、現実でも泣いていたなんて。弟君の目の前で恥ずかしい。
「あらら、恥ずかしいです!痛みで泣いちゃったみたいですね!」
「そうですかい……。」
ガマグチ君はそういうと、何も言ってきませんでした。私は我慢ならなくなり、ガマグチ君に質問しました。
「……ガマグチ君はこんな私がお姉さんで不満じゃないですか?」
「どういうこって?」
「ガマグチ君は産まれてまだ数か月。けれども、頭の中には何十年も生きたような感覚とおぼろげな記憶があると思います。」
「何が仰りたいんで?」
「私達って何なのかなぁって。ガマグチ君を弟なんて言い出したのも、アグネのせいのようなもんですし……。」
「はっきりと、姉御の心中お察しできやせんが、アグネの姉御は今ここにいらっしゃるじゃないですか?」
「それだけで、あっしは十分ですがね。確かにクリエの姐さんの力で、おいら達は産まれてきました。」
「ピーターの旦那やミーナの姐さんと血がつながっている訳じゃねえのは百も承知のことです。」
「けれども、親父と御袋だって思うことが、なんで悪いことなんで?」
「ぇえッ、え〜っと……。」
「ホント、普段は能天気な方が何を悩んでいらっしゃるんですか?」
「ジョバンニの兄貴、ご無事で。」
「途中から話を聞いていたけど、全くバカみたいなことで……。」
「バカな事ってなんですか! アグネだって無い頭絞って! 必死になって考えていたんですよ!」
なんでなのでしょうか?頭では分かっているつもりですが、アグネの目からは涙が溢れてきます。ガマグチ君の優しさもジョバンニの正論も頭の中で受け取れるのですが、心がそれを拒絶します。
「はぁ、仕様が無いお方ですね。ガマグチ君もあれを渡しましょう。」
「兄貴いいんですかい?あれは戻ってから渡す筈じゃあ……?」
「まあ、泣き虫にはちょうどいい飴玉になるでしょう。それに私は王都から急に呼び出しを受けましてね。」
「恐らく、今回のことで騒ぎにでもなっているんでしょう。全く、スパイに暇はありませんよ。」
また、なんですか!?アグネの知らないところで勝手に話しを進めないでください!
「姫騎士様、どうぞお立ち上がり下さい。」
私に立つよう促したジョバンニ。私は鼻水をずるずる言わせながら、立ち上がります。
「なんでずが……!おどめごごろ、は、フクザヅなんでずよ!」
「面倒なお方だなぁ……。はい、コレ。」
私の目の前に小さな包みの箱が現れました。
「ごれは……?」
「前から約束してたでしょ。最近、王都にできたお菓子屋さんの話し。そこの新商品だそうです。」
「なんで今?アグネはたじかに、お菓子に弱いですが、こんなんで釣ろうとおもばないで下さい!」
でも、少しだけあったかい気持ちになったことは黙っておこう。
「それだけじゃありませんよ。貴方自分のことなのに覚えていないのですか?」
「へ?」
「姉御、私からもこちらをお渡しします。」
ガマグチ君も同じように、彼の容姿には似つかわしくないリボンでラッピングされた包みを持っていました。
「貴方、相当アピールしていたじゃないですか?」
まさか。でもなんで?
「でも私、一度も話しなんかしていません!」
「ピーター君が、貴方がどうも最近ソワソワしていると気づいていたんです。」
「貴方のことだし、こういうイベントごとを期待しているんじゃないかって。皆で相談していたんですよ。」
お父様が……?
「まぁ、今日の戦闘は突発的でしたから、いろいろと予定はずれましたけど。丁度良かったですよ。」
「姉御。元気出して下せぇ。家でパーティが待っていやすぜ。」
「パーティって?」
「もう、ここまで鈍いとは!だから、貴方の誕生日パーティを計画していたんですよ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――クロイツェフ家 居間
「「「「「「お帰りなさい!アグネちゃん!」」」」」」
家に戻ると、皆が待ち構えてくれていました。お父様、お母様を始め、クレアさん、ミーナのパパさん、ママさんも。
それだけではありません。村の皆さんもたくさんいらっしゃいます。
「ごめんねぇ、アグネちゃん。今日のことで大忙しだったのよ。」
「マーサおばさんありがとう!このイチゴのケーキすっごく美味しいです!」
「それは私のお手製だよ!いつもアグネちゃんの怪力にはお世話になってんだ。これくらいなんてことは無いよ!」
ノーマンさんの奥さんが笑って答えてくれます。
「あぁ、アグネお姉様、私もお許しください。どうしても皆からこの時まで言わないように口止めを受けていたのです。」
「あら?お姉様上唇にクリームが付いていますわ。……それッ!」
「な、何をするんですか〜〜〜!私の純情を奪わないでください!」
ウエンディさんに舐められたことも、今は全然へっちゃらです。口では叱っていますが、心の中は晴れ晴れとしています。
私はきっと世界一の幸せ者なのです!
人に捨てられるかもしれない恐怖は誰しもが抱えている気がします。
どんなに能天気なあの娘でも。
どんなに強気なあの人でも。
貴方はいかがでしょうか?
※前話と今話の2話は閑話となります。
来週から第2章に移ります。
引き続きお読み頂けると幸いです。




