第六話「常火の守り手」
サブレ様が、常火を見せてくれた。
「今日は、山の奥へ連れていく」と言った。
二人は驚いた。丘の外へ出ることを、誰も言っていなかったから。
「行けますか」とルカは言った。
「お前たちが来られる場所だ。ただし、足元が悪い。気をつけろ」
三人で山を登った。
サブレ様は、年老いた見た目の割に、足が速かった。二人がついていくのに、少し苦労するくらいだった。
「サブレ様、速いですね」とセナが言った。息を切らしながら。
「遅くする」とサブレ様は言った。ぴたりと、速度を合わせた。
「ありがとうございます」
「言えばいい。言わなければ分からない」
「そうですね」とセナは言った。
三十分ほど登ると、古い祠が見えた。
石積みの、小さな祠だった。苔が生えていた。しかし、しっかりと立っていた。
扉の隙間から、光が漏れていた。
橙と金の光だった。
「常火だ」とサブレ様は言った。
中に入った。
炎があった。
ルカはその炎を見た瞬間、手が熱くなった。
今まで丘に近づいた時の熱さより、ずっと強い熱さだった。しかし痛くはなかった。温かかった。
「手が熱い」とルカは言った。
「お前の炎が、常火に反応している」とサブレ様は言った。「近づいていい。触れてもいい」
ルカは炎に近づいた。
手を伸ばした。
炎の端が、ルカの手のひらに触れた。
熱くなかった。
温かかった。
まるで、誰かが手を握ってくれているような温かさだった。
「サブレ様」とルカは言った。「この炎は、何ですか」
「人間と鬼が、共に灯した炎だ」とサブレ様は言った。「川の渡し場がまだ古い形をしていた頃、この山へ分けられた火だ」
「渡し場の火と、同じ火ですか」とセナが言った。
「同じ火から分けられた」とサブレ様は言った。「常火は一つではない。川のそばにも、山の奥にも、形を変えて残っている。だが根は同じだ。人間と鬼が、互いを選んだ夜に灯った火だ」
二人はサブレ様を見た。
「サブレ様も、その火を見たんですか」とルカは言った。
「見た」とサブレ様は言った。「長い昔、渡し場の番人が二人、この火の前に来た。半鬼の男と、渡し場育ちの女だった」
ルカの胸が、かすかに動いた。
理由は分からなかった。
「名前は」とセナが言った。「その二人の名前は、分かりますか」
サブレ様は炎を見た。
「ハルと、ミナ」と言った。
炎が、静かに揺れた。
その名を覚えているように。
「ハル」とルカは繰り返した。
「ミナ」とセナも言った。
聞いたことのない名前のはずだった。
しかし、まったく知らない名前には思えなかった。
「二人は、何をしたんですか」とルカは言った。
「選んだ」とサブレ様は言った。「渡し場を。互いを。明日も選び続けることを。その選びが、常火に残った」
「選びが、火に残るんですか」
「残る」とサブレ様は言った。「言葉も、手の温かさも、離れたくないと願った重さも、火は覚えている」
「その二人は」とセナは言った。「どうなったんですか」
「人はいつか逝く」とサブレ様は言った。「鬼も、半鬼も、渡し場育ちの者も、いつか逝く。だが、選んだことは残る。火の中に。場所の中に。そして、次に来る者の中に」
三人はしばらく、炎を見ていた。
橙と金が、静かに揺れていた。
「サブレ様」とルカは言った。「その二人を、今でも覚えていますか」
「覚えている」とサブレ様は言った。
「どんな人たちでしたか」
サブレ様は炎を見た。
「ハルは、どちら側にも行けない者だった」とやがて言った。「だが最後には、境界の上を自分の場所にした。ミナは、渡し場で生まれた者だった。怖さを知っていたが、怖さだけで人を決めなかった」
炎が揺れた。
「二人は似ていますか」とセナは言った。「私たちに」
サブレ様は二人を見た。
「同じではない」と言った。「しかし、火が似た響きを持つことはある」
ルカは炎を見た。
炎の中に、光の粒が揺れているような気がした。
「大事なことは忘れない」とルカは言った。
「そうだ」とサブレ様は言った。「大事なことは、忘れない」
「では、サブレ様が覚えていることは、全部大事なんですか」
「そういうことになる」
「たくさんありますか」
「たくさんある」とサブレ様は言った。「お前たちのことも、ここへ来た日から、全部覚えるだろう」
ルカはセナを見た。
セナもルカを見た。
「ありがとうございます」と二人は言った。
炎が、大きく揺れた。
(第六話 了)
---




