表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サブレ様の一族――炎の子らの唄 - 続・鬼の渡し場  作者: Kentarou Tou / Kentarou Theater


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/10

第五話「父の秘密」


父が丘の方向を見ていた。


夕方、ルカが集落に戻る前に気づいた。父クダが、集落の外れに立って、北の丘の方を見ていた。誰も傍にいなかった。ただ、一人で見ていた。


その背中が、いつもと違った。


族長の背中ではなかった。


子供の頃の、何かを恐れている者の背中のような気がした。


ルカは声をかけなかった。


その夜、床についても眠れなかった。


父が丘を見ていた目が、頭から離れなかった。


翌日、丘へ行った。


セナは来なかった。体の具合が少し悪いと言っていた。


ルカ一人で、サブレ様の前に座った。


「一人か」とサブレ様は言った。


「セナは今日は来られません」


「そうか」


「サブレ様」とルカは言った。「父のことを教えてください」


サブレ様は少しの間、ルカを見た。


「クダのことか」


「昨日、父が丘の方向を見ていました。一人で。その目が——怖れているような目でした。父がそんな目をするのを、初めて見ました」


「そうか」


「父上は、サブレ様を怖れているんですか」


「怖れているかもしれない」とサブレ様は言った。「しかし、怖れているのはサブレを怖れているのではない」


「では何を?」


サブレ様は少しの間、黙っていた。


「クダには、伝えてある話がある」とやがて言った。「クダが族長の座についた時に、私が話した」


「どんな話ですか」


「炎の話だ。この族には、炎を持つ者が時々生まれる。代々の族長がそうだった。クダもそうだ。そしてお前もそうだ」


「それを父上に話したんですか」


「話した。そして、こう伝えた。炎を持つ者は、やがてその炎を次の者に継がせなければならない、と」


「継がせる」とルカは言った。


「炎を持つ者には、役目がある。常火を守ることだ。この山の奥に、常火がある。消えることのない、古い火が。その火を守るのが、炎を持つ者の役目だ」


「父上もその役目を持っているんですか」


「持っている。しかしクダは——その役目を、果たすことを、恐れている」


「なぜ」


「常火を守ることは、この集落を離れることかもしれないからだ」とサブレ様は言った。「常火のある場所に留まることが、役目の一部だ。そこを離れないことが、常火を守ることに繋がる」


「集落を離れる」とルカは言った。「父上が族長を辞めて、常火の傍へ行くということですか」


「それを恐れている。しかし——その時は、まだ来ていない。来るかどうかも、分からない」


ルカは考えた。


「父上は、俺が丘へ来ていることを知っていますか」


「知っているかもしれない。知っていて、黙っているかもしれない」


「なぜ止めないんですか」


「それは、クダに聞け」とサブレ様は言った。


「また父上に聞けと」とルカは言った。


「子が親に聞くことを、やめてはいけない。前にも言った」


「言いました。でも父上は——」


「怖れている親は、子に聞かれた時に、本当のことを言いやすい」とサブレ様は言った。「怒っている親より、怖れている親の方が、聞きやすい場合がある」


ルカはその言葉を考えた。


「今夜、聞いてみます」と言った。


「聞け。そして聞いたことを、次に来た時に教えてくれ」


「教えます」


「セナにも伝えておけ」


「はい」


ルカは立ち上がった。


下りかけて、振り返った。


「サブレ様」


「何だ」


「俺が炎を継ぐことになったら」とルカは言った。「父上は、解放されますか」


サブレ様は少しの間、ルカを見た。


「解放、という言葉が合うかどうかは分からない」とやがて言った。「しかし——クダが背負ってきたものの、一部が、お前に移る。それは確かだ」


「それでいいと思います」とルカは言った。「父上が、あんな目をするのが——嫌だから」


サブレ様は黙っていた。


その金色の目が、温かかった。


悲しい目ではなかった。今日は、温かい目だった。


「行け」とサブレ様は言った。「父上のところへ」


その夜、ルカは父に聞いた。


「父上、サブレ様のことを話してください」


父は、しばらく黙っていた。


それから、囲炉裏の火を見たまま言った。


「知っていたか。お前が丘へ行っていることを」


「止めないんですか」


「止められない」と父は言った。「止める権利がない気がして」


「なぜですか」


父は囲炉裏の火を見たまま言った。


「お前は、俺より炎を継ぐのに向いているかもしれないから」


その言葉が、ルカの胸に落ちた。


重かった。


しかし、父の声が、少し軽くなった気がした。


言えた、ということで、少し軽くなったような。


「父上」とルカは言った。「俺が炎を継ぎます。だから、父上は族長でいてください」


父はルカを見た。


長い間、見ていた。


「まだ決めることではない」とやがて言った。


「分かっています。でも、そう思っています」


父は囲炉裏の火に目を戻した。


何も言わなかった。


しかし、背中が、少しだけ変わった気がした。


いつもの族長の背中に、少しだけ近づいた気がした。


(第五話 了)


---


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ